記憶の中の姿 02(勇愛マスター)

「だからー、何で君達はいつもいつも怪我を拵えて来るんですか!」
「あはは、ごめん雨宮先生」

拠点に戻ると、迎えてくれた雨宮先生――僕や暁先輩から見れば他校の先生だけど、そう呼んでいる――が僕達の格好を見るなり血相を変え慌てていた。常備してある救急箱を走って取りに戻り(その間に二回転んでいる)、椅子を出し(一個おかしな組み立て方をした)、さぁ消毒!と両眉を吊り上げていたのがついさっき。僕は治療の必要がないので、日明さんは順番を譲る事で暁先輩を生け贄に捧げ、横で雨宮先生の激昂を眺めている。

「他校の生徒とはいえ、キミ達は僕にとって子供でしかないんです! 現実世界に帰った時傷だらけじゃ、保護者として親御さんに顔見せ出来なくなるじゃないですか! 少しは限度ってものを――」
「雨宮先生、そこまでそこまで。怪我は男の勲章とも言いますし」

続けられると思われた説教を止めたのは、神崎紅夜さん。トレードマークになり気味の白衣の裾を揺らしながら、苦笑気味に雨宮先生に笑いかけた。足元でちょろちょろしている彼の飼い猫が、同意するようににゃあ、と鳴く。

「神崎さん。とは言いますけど、この子達の場合怪我を貰い過ぎて、僕は胃が痛くなるんです。今もキリキリと……」
「雨宮先生が倒れられたら私が診ますから、ご安心を」
「それ安心出来なくないですか?」

あ、そこは分かるんですね、雨宮先生。と失礼な事を思いつつ、マスターの方に視線を移す。
彼女は彼女で、拠点回りの星喰いの討伐に当たっていた女の子達に囲まれている。

「お疲れ様です、マスター!」
「リシア達も、さっきこの辺りの星喰いを片付けたとこだよー」
「大体この辺りの星喰い達はいなくなりました。みんな頑張りましたから」
「お疲れ様。ありがとう、助かるわ」

鳥谷先輩、リシア、菜野が口々にマスターに労いと報告を口にする。と、リシアが一瞬きょとんとし、その大きな瞳を一点に――マスターの右の二の腕辺りに向け、固まった。
が、すぐに形の良い両眉を吊り上げ、僕と日明さんの方に顔を向ける。

「マスター、擦り傷出来てるじゃない! ちょっと男子ー、マスターちゃんと守りなさいよねー!」

……なん、だと。

彼女の口から発された言葉に、僕は理解が遅れた。マスターが怪我?
慌てて彼女の側に駆け寄れば、リシアがほら!と今しがた見ていた腕を指し示す。確かに服の袖が割かれ、うっすらと傷口が出来ていた。
日明さんも僕の後に、それを見た。

「守ってたっつの! マスター、いつの間に……!」
「ああ、大した事ないんだけど、星喰いの攻撃を避け損ねてしま」
「大した事あります!! マスターさん、私がやりますから消毒しましょう!」
「え、いや別に大丈……」

大丈夫、と続けられたであろう言葉は消え、マスターは菜野にずりずりと引きずられるようにして雨宮先生の方へと向かっていった。多分、消毒液を分けてもらう為だろう。

「花ってばゴーイン」
「あはは……でも今のはマスターも悪いかなぁ」
「そこには同意! マスターだって女の子だもん、傷とかもっての他だよね!」
「うん。リシアちゃん、私達も花ちゃんの手伝いしよっか」

鳥谷先輩とリシアがそんなやり取りをして、菜野の後を追うのを見送る。

それにしても、星喰いと接触した時、マスターは奴らには極力近付かないようにしていたし、遠距離攻撃もしてこなかったはず。そんな状況で、彼女に擦り傷を負わせる事が出来るだろうか?

「日明さん、マスターの――」

僕はその事を日明さんに聞こうとして、言葉を出すのを躊躇った。
彼は普段の穏和で人好きする気配を全て消し去り、瞳を細めてただ黙っていたからだ。その瞳で見られれば、背筋を震えさせ恐怖する程の鋭利さを宿らせている。
そんな横顔に話しかけるのは、僕には勇気が要った。どうしようか迷っていると、彼の方が口を開いた。

「十織」
「えーと、はい」
「今夜から拠点の警備強化するけど、手伝ってくれるか?」
「もちろん。……先日の怪しい奴らの件もありますからね」

先日のとは、えーとなんだっけ……現実世界で聞いた覚えのあるブランド名と同じ名前の組織の者だと名乗り、マスターに近付いてきた奴らの事だ。どうもマスターや僕達の事を嗅ぎ回っているようで、薄気味悪いと思っていた。
まさかさっきの廃ビルにあいつらがいたとは考えにくいが、用心するに越した事はない。
そう答えると、日明さんは怖い顔をふっと緩め、いつもの表情に戻る。

「ありがとな、とーる。さて、ならカナちゃんに伝えてくるとしようか」

そう言い残すと、カーナちゃん!と声を上げ、彼はマスターの方へと向かっていく。僕は胸を撫で下ろし、わいわいと話している彼らのもとへと歩を進めた。

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うちの日明は二面性が強いですね!(