記憶の中の姿 01(勇愛マスター)

「――せいっ!」

閃く一閃。
僕の剣の切っ先は外れる事なく目の前を切り裂き、星喰いはボロボロと崩れ落ちた。

チン、と剣を納刀すると同時に、背中に感じる衝撃。
でもこれは星喰いではなく、仲間の――暁宗谷の拳だった。

「カッコ良かったぜー、十織!」
「そんな事はな……暁先輩、痛い!」
「だーかーらー、水くせぇから暁で良いって言ってんじゃん。頑固だなー」
「僕より一個上だろアンタ!」

暁宗谷、高校二年――僕より一つ年上の、先輩。だが彼は、僕の『暁先輩』呼びが気に食わないのか、いつもそんな事を言ってくる。親しき仲にも礼儀あり、と答えても、全く諦める気配がない。それは僕も同じだから、おあいこではあるんだが。

「よーし、この辺りは終わりかー? カナリアー、どうだー?」

もうひとりの仲間――山吹日明さん。
星辰町の繁華街のホストクラブで働いていた、年上の面倒見の良い人だ。僕みたいなのが相手でも、気軽に接してきてくれるのはとても嬉しい。見てて飽きないし。が、暁先輩以上にスキンシップが激しいので、たまに戸惑う。

僕達が今いるのは、捻れた重力から解放されて地上に降り立った先。そこは生命を感じないオフィス街で、月光に照らされた高層ビルが、水平線まで墓標のように立ち並ぶ場所だった。

彼が斜め上の窓を仰ぎ見ると、声が聞こえたのか人が顔を出す。
一度背後を振り返り、そして躊躇いもなく窓の縁に足をかけ、そこから飛び降り――は?

「ってまた――!? お前その格好で飛び降りやんなっての――!!!」

慌てて駆け寄ろうとする日明さんなどどこ吹く風だとでも言うように、彼女は僕達の立つ大地に危なげもなくタン、と軽やかに降り立った。

背中くらいまでの長さの黒髪を、燃えるような赤い色のリボンでまとめた髪が揺れている。リボンと同じ色の双眸は、変わらず周囲を警戒しているようだった。
スーツとは違うがそれなりにシンプルな上着を羽織り、タイトなスカートという格好で、平然と危険な事(主に高所からの飛び降り)をやる、困った人だが――この人こそ、僕達のジュエルマスターだ。

「騒がしいわね、日明」
「お前がんな無茶するからだろ!?」

日明さんがお前なぁー、と呆れたように咎めるが、マスターは再び周囲を見回すと口を開いた。

「とりあえず、周囲にはいないみたい。安心して良さそうね」

あ、この人完全に日明さんの発言聞かないつもりだ。
僕はそう察し、だからといって何をするでもない。精々「お疲れさまでした」と返すくらいに留めておく。
散々そういう危険な事は止めてくれと懇願はしてきたが、柳に風と受け流されてしまい、未だに諦めていないのは日明さん位だ。良くもまだ続いていると思う。

「あ」

と、そんな事を考えていると、マスターが声を上げた。女性にしては細い双眸を更に細くさせ、ビル群の奥を睨み付ける。

「いた?」
「多分。この気配は……」
「大丈夫でしょ。さっさと片付けて帰ろうぜ」

怪訝そうに気配の元を辿ろうとするマスターだが、それを遮り視線の先に向かおうとする暁先輩。
だが僕には分かった――件の気配、いや纏う瘴気が、より強く蠢いたのを。

「マスター!!」
「!?」

現れたのは、炎を纏う蹄を力強く地面に叩きつけ、嘶きを轟かせる馬。――いや、馬型の星喰いか。
僕は腰の剣の柄と鞘を握り締め、素早く前に出る。

「暁先輩、二人であいつの動きを止めましょう! 日明さん、援護お願いします!」
「了解!」
「おう、頼んだぞー」

拳を打ち付け、地面を蹴る暁先輩に一拍遅れて駆け出す。マスターの傍から、日明さんのリボルバーが轟かせる銃声が耳に届いた。

縦横無尽に駆け回る、炎を纏った馬型の星喰い――のちにコイツを、マスターが『フレイムファクス』と呼んだ――の動きを止める為、暁先輩とは逆の方へ回り挟み撃ちを試みる。抜刀し素早く二閃、より強めの斬り付けを一閃。向こう側では、暁先輩が渾身の力で拳を叩き付けているのだろう。
再び、先程斬り付けた場所狙い斬り付ける。ほぼ同時に両側から攻撃される星喰いは、動物が怒りを募らせるように動きが大袈裟になっていく。
星喰いの叫びが、耳をつんざく。そのせいで、僕と暁先輩は気が付かなかった。星喰いの身に纏う炎が、ゆらりと不気味に蠢いたのを。

「!? とーる、そーや! 離れろ!」
「え? ――うわっ……!」
「あっちぃ!? なんだこれ!」

日明さんの忠告虚しく、僕達は突如として膨れ上がった炎に飲み込まれる。
ごうごうと激しく燃え盛るそれに、体の力が奪われていく。少なくとも好きでは絶対にない感覚に、僕は振り払うように勢いをつけ星喰いを睨み付けた。

「そのまま、動かないで」

凛とした声は、動揺の色も見せず響き渡る。

炎の向こうから青い光が照らされ、馬型の星喰いの嘶きが、ゆっくりと止む。同じように、僕達を襲っていた炎の熱さも収まっていく。
やがて光が馬型の星喰いすら包み込み、そして本来の姿――星宝石へと戻すと、それはカランと乾いた音を立てて地面に落ちた。

「いてて。ありがとう、マスター」

暁が立ち上がり、その星宝石を拾い上げると、マスターの元に歩み寄りそれを渡す。

先程の青い光は、マスターの力だ。星宝石の暴走した力を沈静化させ、その力を吸い取る――彼女曰く「奪い取る」特異な力。
それのお陰で僕達はこうして星喰いの討伐が出来ている訳だし、ギリギリとはいえ自分達の守護石が暴走するのを防いでくれている。
僕達のような身体強化とはまた違う、星喰いに対し直接的に無力化させる力を使え、セイバー達の暴走を抑える。セイバー、と呼ぶにはおかしな力だと思う。
だから、彼女を知り、慕う者達は彼女を「マスター」と呼び、身を寄せているのだ。

マスターは暁に礼を返すと、くるりと周囲を見回し、安全を確認する。そして特別何もない事を確認してから、一息吐いた。

「ダメージ蓄積量的にはギリギリだったけど、何とかなったわね。助かったわ」
「しっかしお前のそれ、本当にセイバーの力じゃねーの?」

日明さんの台詞は、もちろんマスターの異質な力を指している。僕や暁先輩も、体をほぐしながら聞き耳を立てていた。それくらい、彼女の力は謎に包まれているのだ。

マスターは掌に視線を落とし、ぎゅっと握り込むと、ぽつりと呟くように言葉を紡いだ。

「私は、違うのよ。セイバーでは果たせなかったから。オーブにもそう言われたしね」
「……うん?」
「そのうち分かるわ。そのうち」

なんだそれ、と呆れた笑顔を浮かべ突っ込む日明さんと、難しい話になると思考放棄する、と公言した事がある暁先輩を横目に、僕はマスターの横顔を眺めていた。

   ■   ■   ■

カナちゃんの力はコウの浄化の力とは異なり、コウが星宝石の力を『浄化する』のに対して『奪い取る(吸い取る)』力です。なのでばちばちとはしていない。
限りなく似ているけど異なる力だと思って頂ければ。