闇に堕ちた光04

二人の前に現れたのは、かつて剣を交えた男。
全身真っ黒な衣装を纏い、血のように赤い大剣を掲げた彼は、その帽子の下の瞳を更に鋭く細めた。
全身に冷や汗が流れ出すのを感じながら、山吹は男の名を口にする。

「――荊棘従道!!」
「……私達の事をこそこそ嗅ぎ回っている者達とは、貴殿方の事でしょうか。傍迷惑なので、お控え頂きたいのですが」

大剣はまだ、体に添えるように立てて柄を持っているだけで、構えようとはしていない。隙だらけ、とは思えなかった。そんな体勢でも、彼の双眸には戦意、いや殺意が禍々しく宿っていたから。

「おいおい、何の冗談だよ……」
「むしろ、予想して然るべきだと思うよ。彼の、主に仕える事への執念は、日明さんも知っているでしょう?」

現在のマスターに仕える為に、必要とあらばかつての主の子供ですら切り捨てる。あの時は途中で邪魔者が入ったので結局決着が付く事はなかったが、その戦闘力は、村崎が知るセイバーの中でもトップを争う実力だと思っている。

問いをスルーし、会話されている事に痺れを切らしたのか、荊棘の双眸が更に細められた。

「退くか退かないのか、お答え頂きたいのですが……考え中でしょうか?」
「退く訳がないだろ。というか、ボクらが止めたところで、暁君が止めるとも思えないし」

同じ陣営の先輩の名を挙げ、村崎が肩を竦める。
荊棘従道[彼]の所属する陣営の、リーダーとも言える人物は、暁宗谷の腐れ縁だそうだ。その為、「あいつが誤った道を進むなら止める」と意気込み、今も別行動で彼を探しているはず。

その返答に、荊棘は帽子の鍔に軽く触れ、表情を隠す。唯一見えている口許が、そうですか、と紡いだ。

「――ならば」

ヒュ。
風が一際強く吹いたか、と錯覚させる程の音が鼓膜に届いた時。村崎は咄嗟に握り締めていた、帯刀したままの鞘を掲げ、荊棘の大剣を受け止めていた。

「致し方ありません。貴殿方には、消えて頂きます」
「くそっ、パワー系の癖に速いとか、ズル過ぎるだろ!」

ギリギリと鍔迫り合いをしながら交わされる会話。と、荊棘が自身に向かう力を受け流し後退る。
軽い発砲音。
拳銃の弾は、被弾先であった荊棘が移動した為、その向こうに建っていた建物の壁に跳弾し何処かへと消えた。
日明が発砲したお陰で、互いの距離が離れる。

「ナイス日明さん!」
「十織、気を付けろ! 荊棘の旦那、ガチで向かってきてるぞ!」
「言われずとも気を付けてる!」

前に対峙した時は、手も足も出なかった相手だ。油断したら最後、あの大剣で体ごと持っていかれる。いくら自分が他より頑丈とはいえ、それでは復帰も困難だろう事は容易に想像がつく。

タン、と地面を蹴る音に反応し、村崎は剣を鞘から抜く。今度は突撃にも似た勢いに負け、体ごと後方に吹っ飛ばされ体勢を崩した。

「くっ……!」
「十織!」

体勢を整える隙すらくれない相手に、村崎は自然と自身の口許が歪むのが分かった。背中には変わらず冷や汗が流れ、悪寒も消えない。なのに、この妙な高揚は何なのだろうか。
いやそんな事よりも。やはり、パワータイプの荊棘相手に、真っ向勝負は厳しい。

「はは……すっげぇ馬鹿力。――でも!」
「!」

わざと体勢を更に崩し、地面に左手を付き、そこを軸にして足元を掬うように、足払いをかける。力は完全には乗せられなかったが、今度は相手の方の体勢を崩す事に成功した。

「――!」

パン、パァン!
荊棘の体がぐらりと揺らいだ瞬間を狙った、日明の拳銃の音。
流石に避け切れず、彼の二の腕に二つの弾丸のうち片方が掠り、コートを切り裂いた。