ほのぼのを敢えてぶち壊したお話

■はじまり

『昨日未明、星辰町○○地区に住まう中学一年の男子生徒が行方不明となっている事件で、警察は捜索隊を―――』

日替わりで異なる音を奏でるカフェのラジオから流れるのは、おおよそ平和とは言えないニュース。
昼休みの長閑な雰囲気を一変させるその言葉は、仕事前に馴染みのカフェに立ち寄っていた山吹日明の耳に入った。僅かに表情を険しく変化させた彼に気が付いた、本日のカフェのホール担当であるコウは、軽く首を傾げる。

「日明? どうしたの?」
「ん? あー……、いや、さっきのニュースがちょーっと気になってな?」
「失踪事件の事? 大方、どこかの重役の子供が拐われて親が慌てている誘拐事件みたいなものじゃないかしら。まだ、拐われた子の身元が分からないだけで」

キッチンの奥から話に割って入ってきたのは、厨房担当の美玲夏名里。
手の盆には、三人分のパスタ。それをはい、と二人の前に置き、最後にコウの隣に置いてそこに着席する。自分が注文していたメニューを、ついでに休憩の賄いとして拵えたらしかった。

カチャカチャとフォークの入った籠を鳴らしながら、日明が口を開く。

「カナリアは知らないけどさー、俺達が異世界に行く事になるちょっと前と、似てるんだよ。あの頃だって、『神隠し』っつってマスコミが騒いでた」
「そういえば、紫上先生が言っていたような? 『生徒達が消えた神隠しの原因はこれか』って……」
「そ。だから何か、イヤーな予感がした気がして、な? コウ、お前は何か感じねぇの? お前、あっちじゃ察知力高かっただろ」
「俺?」

話を振られたコウが、フォークでパスタくるくると巻き付けながらうーん、と考え込む。

「今のところは特に……というより、異世界と違っていろんな気配が混在しているから、俺には見分けがつかないかもしれないよ」
「異世界じゃ、星喰いかセイバーのどちらかだったものね」
「あー……ま、そりゃそうか」

ずるずる、とはしたなくパスタを口に入れながら、日明もそれ以上追及するのは諦めた。異世界しか知らなかったコウが、ここに来てから様々な気配がある事に戸惑っていたのは、記憶に新しい。

「まぁ、そういうのはとりあえずケーサツの方々に任せておけば何とかなるし? 俺達が気にするような事じゃねぇな」
「そうね。コウ、水おかわりは?」
「あ、いる、あり」

ありがと、とコウが言い終わる直前。
カフェの扉に付けられた鈴が店内に嫌に響く。そちらを見ると、何故かボロボロになったひとりの少年が、肩で息をしながら立っていた。
カナリアが一瞬で表情を強張らせ駆け寄ると、少年は倒れるようにして地面にへたり込み、両目を見開いたまま叫んだ。

「慎?」
「カナリアさん、昴が――!!」

   ■ ■ ■

■大学生組

「おー、狼牙。お前今からどのコマ?」

次の講義への移動中。
狼牙が大学の廊下を歩いていると、後ろから気軽な声をかけられた。
振り向くと、望月希望と星守戒の二人が立っていた。二人も、自分と同じように資料とファイリングノート、筆記用具を抱えている。
先程の声は戒だろう、と見当をつけ、彼に視線をやって答えた。

「生物学」
「おっ俺と同じ。一緒に行こうぜ」

戒が胸元に抱えた資料の一枚を手に取り、ひらひらと掲げるそれは、確かに今狼牙のファイリングノートに挟まっているプリントと、同一のものだった。
すると、希望がショックを受けたかのようにえっ、と声を上げる。それはもう、漫画のひとコマのように見事な顔だった。

「俺だけ天科専攻かよ!? 待てよー置いてくなよー俺も狼牙と戒と行くー」
「アホ、ちゃんと行け」
「やだーさみしいー」
「服! 服引っ張んな! 伸びる!」

駄々をこねて相手の服を掴んで離そうとしない希望に、服を掴まれた戒が容赦なくチョップを繰り出している。
流石に見過ごせない狼牙が、苦笑しながら声をかけた。

「放課後にカフェで会えるだろ? 我慢して受けて来ようぜ」
「うう……へーい」

希望がしぶしぶと戒の服を離し、名残惜しそうにじゃあ俺こっち、と狼牙の目的地とは異なる方を指差す。
了解の意を込めて片腕を上げ、別れを告げようとした、その時。

「!?」

ぞわり、と感じた悪寒。
知り合いから「野生の勘」と揶揄される狼牙の勘は、嫌に良く当たる。ばっ、と勢い良く振り向くが、そこには誰も、何もいない。

「狼牙?」
「あ、いや……何でもない」
「んだよー。生物学始まっちまうぞ? 希望も行ったし、俺達も行こうぜ」
「ああ……」

何でもない事だ、きっと気のせいだろう。
怪訝そうに問いかけてきた戒に従い、狼牙も大学の廊下を歩き始めた。

   ■ ■ ■

■三位一体

「っ……!!」

抵抗を感じ、カナリアが顔を歪ませる。
だがそれでも、《それ》から手を離さなかったのは流石だった。彼女の掌には、敵の力から生成された、見覚えのあり過ぎる石が、二つ。

「カナリア! それ、貸して!」
「えっ? これは汚濁した星宝石……」
「良いから!」

半ば奪うようにして彼女から預かった石は、青い光を多い尽くすような黒い染みで染まっている。
コウは一か八か、と両目を閉じ、脳内でイメージを描く。

(浄化の感覚を思い出して……!!)

荒れ狂う波が、穏やかな海に変わるように。青い光が、空間を包み込む。
耳元で僅かに、ぱち、と音がした--と同時に、掌の石が暴れるのを止め、大人しくなった気がした。

恐る恐る手を開いてみると、あれ程黒くなっていた染みが消え、綺麗な青い光を放つ石--星宝石が、そこにあった。

「! 出来た……!」
「えっ?」
「ヒスイ!」

カナリアが目を丸くして見ているのを取り敢えずかわし、コウは星喰いと対峙しているヒスイの名を呼ぶと同時に、その石を投げた。
彼はひらりと星喰いの武器を避けながら、放物線状の軌道を描いたそれを危なげなくキャッチする。

「あ? これは……」
「俺が浄化の力を使えた事で確信した。今、この世界に障気が発生し、異常が起きている--だからヒスイ、アンタも出来るはずだ!」
「出来るって……」
「この場合、やるべき事はひとつだろう?」

にっ、と笑顔を浮かべると、ヒスイもそれに応え口の端を吊り上げる。

「こっちはソウ、いけるかい?」
「うん!」

残りのひとつをソウに渡せば、彼女も嬉々としてそれを受け取り、ヒスイの隣に並んだ。

すると、二人の手の中にある星宝石が突如光を放ち、彼らを包み込む。
ざあっと風が吹き抜けた直後には、佇まいを一新させた二人が立っていた。

ヒスイはいつもの着流し姿から、しっかりした着物を纏い、腰に大太刀を佩刀している。
ソウも、異世界ではしょっちゅう目にしていた色のパーカーの袖から、鋭利な爪を覗かせる。

「追っ払うくれぇなら任せな!」
「おまえ、じゃま!」

抜いた大太刀を振り抜き、星喰いの体を貫く。それを踏み越えてきた新たな星喰いには、ソウの爪が捉える。二人が倒した敵の体は、粒子となって消えたり、消えなかったりしていた。
恐らくは、それこそが《マスター》と《セイバー》の違い。ヒスイが倒した星喰いは粒子となり、だがソウが倒したそれは、そのまま地に伏せている。
異世界と同じような現象が起こっている--これは明らかに、この現実世界でも異変が起こっている証拠であった。

そして、立っているのが二人だけになり--ようやく、静寂が訪れた。

「これくらいで取り敢えず安全か?」
「多分ね。お疲れ様」

ヒスイが大太刀を鞘に納めると同時に、元の黒髪の姿に戻る。首をコキリと鳴らしながら周囲を見渡す後ろ姿に、カナリアが声をかけた。

「ソウつかれたー!」
「お疲れ……ってソウー! そこで戻ったら――!!」

ソウが叫びながら上空で変身を解き、ハムスターの姿に戻る。
慌てて落下地点に駆け寄りコウが受け止めると、満足そうに腕を伝い、肩のいつもの場所に陣取った。

「アイツら、何なんだろうな」
「分からない。ただ……何かが起きているのは、確かだよ、ね?」
「そうね。一度マスター達全員、それとセイバーも数人の耳には入れておいた方が良さそうね」

   ■ ■ ■

平和なカフェ世界を敢えてぶち壊したやつ。
お借りしたマスターの親御さん達に土下座して回ります。正直すまんかった。