カフェ日誌5

「さーさーのーはー、さーらさらー。のーきーばーに、ゆーれーるー」

何かの歌を口ずさみながら、くるくる踊るように歩く莉結。
その歌の意味は分からないし聞いた事もないはずなのに、懐かしい気持ちになるのは何故だろうーーと首を捻る。

「莉結さん莉結さん、それ、何の歌?」

隣にいたマスターが莉結に声をかけると、彼女はぴたりと歌うのを止め、はい、と返事をしてから答えようと口を開く。
だが、先に思わぬところから返ってきた。

「七夕の歌だろ、マスター」
「うえ、そうなの?」
「私は、貴方がそれを知ってる事に驚いているんだけど。そんな柄じゃないでしょう?」

答えたのがヒスイだと気が付いたカナリアが、心底驚いたような表情で言う。
しかし、直接言葉にしたのは彼女のみとはいえ、他の皆も驚いているのはコウでも気が付いた。という事はヒスイが気が付かない訳がなく、彼は顔を顰めて答える。

「弟が歌ってたんだよ、弟が。この時期が近付いてくる度に、灰……幼馴染と一緒に何かやってた。俺は歌わねぇよ」
「成程、納得したわ」
「どういう意味だお前」

そろそろ恒例とも言える二人のやり取りに苦笑しながら、先程の郷愁はそういう意味かぁ、と納得。お前らまで何笑ってんだよ、と不機嫌そうな声が飛んでくるが、言う程怒ってはいないのか、嫌悪の感情は感じられない。
莉結がくすくす笑いながら頷くと、そうです、と認める。

「七夕の歌だそうです。先日、折り紙で飾りを作っていた時に茜さんが口ずさんでいたメロディが気になって、教えて貰ったのです」
「そういえば、歌いながら折り紙をしていたね、茜嬢……」

同時に、自分が作った歪な飾り達まで思い出してしまい、少しだけ沈む。あの時はただ折り紙をするのに必死で、彼女の鼻唄を聴く余裕などなかった。

その微妙な声の落差に莉結が気が付き、慌てて声をかける。

「ああっ、コウさんの背中に暗雲が! コウさん、落ち込んじゃダメです!」
「まぁ、現実世界の事を知らない……いえ、この国の文化を知らない人間にとっては、折り紙はかなり難題でしょうね。ある意味、ひとつの独特な文化でもあるし」
「この国出身であっても無理だからな。俺も無理だ」
「むしろ、貴方が不器用なのはこの人のせいでしょうし、そう落ち込む事ではないわよ。本人もこう言ってるし」
「うん……」
「全くその通りなんだが、何だ、こう、込み上げてくる悲しみは」
「意外ね。どうでもいいと言うものだと思っていたわ」

大分慣れてきたのか、最近はヒスイにやたらと厳しいカナリアの容赦無い言葉。だがそれらがコウに向かっている訳ではないし、慰められていると分かるので、うん、と苦笑しながら気を取り直した。彼には悪いが。

こちらも笑っていたのだろう、マスターが口元にやっていた手を動かし、人差し指を立て発言する。

「それに、コウさんが七夕を楽しむなら、もっと相応しい物があるよー?」
「へ?」
「御剱君が、七夕限定デザートはどうかって白鳥に打診してたのよ。それで、私もちょっと協力させて貰って、今構想の最終段階に入ってるところ」

デザート、と聞いて反応してしまう自分。今しがたの落ち込みも瞬時にどこかに吹き飛んで、その話に興味を持ち、わくわくしながら問いかける。

「何を出すの?」
「それは秘密よ。答えちゃもったいないでしょう? それより、ちゃんと短冊に書く内容、思い付けたかしら?」

腰に手を当て、ずいっと目を覗き込むようにして問いかけてくるカナリアのそれに、う、と唸る。

まだ考えてはいるのだが、本当に浮かばない『願い事』。
いざ書けとなると、思考はどこか靄がかかったように不透明で、自分は何かを望んでいるのだろうか?と不安になってくる。流石にこれがこの世界に来た影響だとは思わないが、ここまで思い付かないとなると、逆に不安になってくるのであった。

というのを子細に伝える訳にはいかないので、コウはしどろもどろに誤魔化しを図る。

「あ、えーと、その--」
「これは書けてないわね。コウ、デザートがお預けになってしまうわよ?」
「とはいえ、無理矢理捻り出すのも、何か違う気はしますしねぇ」
「そういう莉結嬢は……」
「ふふ、内容は秘密ですが、決めましたよ。マスターさんは?」
「わたしは、決めてはあるよ」
「ええー……。願い……願いかぁ」

僅かながら仲間がいる可能性をかけて問いかけて見るものの、答えは否。これは本当に、自分だけが決められていないようだ。

頭を抱え呻いていると、カウンターの椅子に腰かけていたヒスイが立ち上がり、わははと笑いながらコウの背中を叩く。叩くにしては鈍い音がしたが。

「難しく考え過ぎなんだよ、お前は。七夕の願いなんて、酒飲みてぇーとかそんな気楽に考えたもんで良いんだよ」
「この人は何もかも酒に走り過ぎだけど、最初の一言は同感ね。純粋に、今何がしたいか、くらいで良いと思うわ」
「だねぇ。もしかしたら叶うかな?位の、ささやかな幸せを感じる事とか?」
「そうです。ささやかな幸せが積み重なれば、それはやがて大きな幸せへと繋がって行くのです!」
「ささやかな幸せ……?」

はて。
助言を貰ったと思ったのだが、自分には把握しづらい感覚で。うーん、ともう一度首を捻り、考え込む。
そんなコウをくすくす見ながら、莉結は再び口を開いた。

「おーほしさーまー、きーらきらー。そーらーかーらー、みーてーるー」

■   ■   ■

七夕当日--。

カフェの入口には、朝から白鳥が調達してきてくれた笹が立て掛けられ、訪れたセイバー達の協力もあり、これでもかという量の七夕飾りが飾られていた。
その中にはもちろん、自分が作った不器用な飾りも顔を覗かせていて、コウは苦笑を浮かべるしかない。

「わぁ、豪華になりましたね!」
「後は短冊を飾れば完成だねー」
「短冊短冊っと。はいあがり!」

天草は嬉しそうに声をあげ、鳥谷が短冊を取り出す。その横で既に短冊を持った暁が、いそいそと笹にくくりつける。

その光景が微笑ましく思えて、自然と口許が緩むのが、自分でも分かった。
彼らの日常が見られるとは、本当に思ってもいなかったから。

少し離れたところに立っていたコウの背中を、誰かが叩いた。
振り向くと、カナリアが何してるの、と問うてくる。

「ほら、貴方も早く飾りなさい。それが終わったら、みんなで今日出す限定デザートの試食会よ?」
「う、うん」

先日、結局ヒントも教えて貰えなかった楽しみを目の前にぶら下げられれば、従う他はない。
ごそごそと上着のポケットから自分の短冊を取り出し、蒼井達が場所を譲ってくれたのに礼を告げ、拙いながら何とか笹にくくりつけた。ひらひら、風に揺れる短冊。

蒼井に行きましょう、とカフェの中へと促されたので、天草達に倣い、足をそちらへと向ける。

「コウさん、願い事書けました?」

蒼井が、遠慮がちにそう尋ねてきた。
今日までに悩みまくって、うんうん唸っていた事を、みんなから聞いていたのだろうか。

「――うん。なんとか、ね」
「デザート食べたい、だったら、速攻で叶う事になりますけどね」
「はは、残念ながら違うんだなぁ」

長いようで短い間に悩んで、ひねり出した願い事を綴った短冊。
それが誰かの目に留まり、もうちょっと高望みしろよだとか、らしい願いだとか、いろんな事を言われるようになるのは、あと数時間後。

――賑やかな喧騒に包まれたカフェを訪れた誰かが、笹飾りに気が付き、そこに吊るされた短冊の願い事を見る。
彼女は目に涙を滲ませながら、嬉しそうに微笑んだ。

   ■   ■   ■

コウが願い事なかなか浮かばないのは、そもそも現実世界は彼にとってまだ未知数なところが多くて、「何が出来るのか」がさっぱりなせいだと思うんですけどね(ネタばらし
何を願ったか書けよって? 教えてあげないよっ、チャン!(古

最後は言わずとも誰か分かるでしょう。
という訳で、突発的な七夕関連カフェ話でした。お付き合いありがとうございました!