カフェ日誌4

翌日、カフェの仕事は昼まで。

ぱたぱた動いているカナリアやマスターに悪いなぁ、と思いながら、コウはホールの端っこのテーブルにかけて待っていた。テーブルは既に三つくっつけられ、これから来るであろう人数を示している。
隣ではソウが、足を揺らしながらテーブルにごろごろ、ごろごろ。

やがて、カランコロンと鳴った入り口から、待ち人が現れた。彼ら--蒼井と天草はすぐにこちらに気が付き、迷う事なく近寄ってくる。

「コウさん、遅くなりました」
「ごめんなさいぃ~」
「そんなに待ってないよ。あれ、宗谷は?」
「あいつは流石に来れませんよ。石神って、片道一時間単位でかかりますから。代わりに、他の手を連れてきました」
「他の手?」

今目の前にいるのは、二人だけだ。

今日も先日に引き続き七夕の飾りを作るという事で、たまたまカフェに出なきゃならないのは昼までだと知っていたコウは、自分も一緒に良いかと申し出た。彼らは一考の暇もない勢いで勿論、と返答があり、ならここを待ち合わせ場所にしようとなった。

蒼井が学校が終わり次第、天草もそれに合わせて来ると聞いていたが、暁ではないあと一人とは、誰なのだろうか。
コウが首を傾げ聞くと、蒼井は肩にかけていた鞄を下ろしながら、ちょいちょい、とカウンターの方を指し示した。

「カナリアさあぁーん!! 会いたかったですよー!!」
「ちょ、茜、お盆! お盆持ってるから!!」

果たしてそこには、短い髪の制服の女の子に抱き着かれているカナリアがいた。
彼女にしては慌てた声で、必死に手に持っているお盆(もちろん上に食器が載っている)を落とさないようにしている。女の子の方は、それに構わずといった勢い。
ああ、なるほど。と納得したコウは、苦笑して成り行きを見守っていた。

それから数分後、ようやく女の子はコウのいるテーブルへと向かってきた。
呆れた表情の蒼井が、溜息を吐きながら声をかける。

「鳥谷、仕事の邪魔しちゃ駄目だろ」
「つい嬉しくなっちゃって……後で、マスターに謝っておきます……」
「うん、仕方ないよね。分かるなぁ、ボクもそうだったから」

天草が少し目を泳がせながら、同意する。
そうだったかな?と彼との再会の時を思い出すと、確かにまず飛び付かれるわ泣かれるわで大変だった、と口には出さずに頷く。そこまで再会に喜ばれた事は、純粋に嬉しいのだけど。

女の子--鳥谷茜は、気を取り直してコウに視線を向け、にっこり笑顔で口を開いた。

「コウさん、お久し振りです! 私の事、覚えてますか?」
「うん、あの時はお世話になったね。茜嬢」
「良かった~、忘れられてたらどうしようかと! 今日は蒼井君に誘われて、ヘルプに来ました! よろしくお願いしますね」
「天草が、作り方が分からない飾りがあるとかで。俺も分からなかったので、知っている人を学校で探していて。そしたら、鳥谷が手を上げてくれたんです」
「蒼井君には助けられてばかりで、申し訳ないです……」

先日のお菓子作りの先生探しといい、天草が途方に暮れた時は、蒼井が手を貸しているらしい。異世界とほとんど変わらない関係に、少し懐かしさを覚えた。

「黄太とか、『お前が行っても邪魔になるだけだろ』とか言ってくるんですよ。失礼しちゃう!」
「相変わらずみたいだねー」

鳥谷はぷぅと頬を膨らませ、若干真似するかのように眉間にシワを寄せ、言う。こちらもこちらで、変わらないようだった。

「さて、あんな奴の事は良いとして。何から作りますか?」
「俺達は鶴と星作るから、鳥谷はコウさんに菱飾りを教えながら、巾着とか作ってくれるか? 天草、とりあえず分からない奴は、コウさんに教えるのが終わってからにしよう」
「うん、分かった」
「はいよーっ! 任せて!」

それぞれ割り振られたものを作り始め、コウは鳥谷に渡された色とりどりの紙を眺める。これをどうやれば、昨日作られていたようなものが出来るのか、本当に分からなかった。

「菱飾りは、まずこう半分に折って」
「こう?」
「うおっと豪快。そうです、それで――」

そして出来上がった菱飾りは、ものの見事に『不格好』という言葉が似合うものとなった。
互いの隙間に差し込む過程で、無理矢理やろうとしてしまったので、厚みは増している、紙にシワが寄る、またのりの使い方もよく分からなかったせいで、見えるところに埃がついて、跡が残っている。出来たものを見た鳥谷が、うーん、と困った顔をしていたのは、気のせいではない。
蒼井と天草も、その出来に困惑の表情をしていた。

「コウさん……」
「はは……」
「菱飾りを頼んで、正解だったみたいだな……」
「ゆーと、みずき、あかね、コウいじめてる?」

三人の表情がコウを困らせている原因だと把握したのだろう、ソウがむぅと眉を吊り上げ、言う。手持ち無沙汰に、折り紙で何かを作っている光景を眺めていた彼女は、状況は良く分かっていないはずだ。
何かとんでもない事をしでかしそうだと察知したコウが止めるよりも先に、鳥谷が慌てて彼女の頭を撫でながら、謝罪した。

「ごめんごめん、ソウちゃん」
「いじめてない?」
「いじめられてはないよ、ソウ。ちょっとヘコんでただけだよ……」

しかし、この折り紙というものは、なかなか繊細なものらしい、とコウは思った。綺麗に折ろうとする程力が入り、結果盛大にズレたり紙にシワがついてしまう。これでは手伝うと言うより、邪魔をしているだけだ。
蒼井達の手際と比べても、ひとつ作るのに時間がかかっているし。鳥谷に至っては、自分にやり方を教えながら、何かのメロディまで口ずさんでいたと言うのに。

思わぬところで露呈した、自分のマイナスの一面に本気でヘコんでいると、正面の鳥谷が「まぁまぁ」と口を開いた。

「コウさん、落ち込まないでくださいよー! 菱飾りは続いていれば良いんですから、ぶきっちょでも全然オッケーです!」
「そうなの?」
「はい、七夕飾りってそれぞれに意味合いがあって、菱飾りは七夕の夜に見える『天の川』を模しているんです。他にも、鶴はお家にいる最年長の人の年の数だけ折って、『長寿や長生きを願う』、とか」
「茜さん、詳しいですね?」
「えへへ、私おばあちゃんっ子だったから、良くおばあちゃんと一緒に作ってたんだ。その時に色々教えて貰ったの」

天草が言うと、鳥谷も楽しそうにあれはこれは、と答える。そんな二人を、手を動かしながらも眺める蒼井。
異世界にいた頃は緊張した表情ばかり見ていたからか、それが新鮮で、嬉しくもあった。

「あら? またみなさんお揃い。昨日の続きをやっているのでしょうか?」
「莉結嬢」

自分と同じく、ホールが昼までだった莉結が、上からの階段を下りてきた所でこちらに気が付いて近寄ってきた。
小さく首を傾げて問いかけられ、蒼井がそうですよ、と答える。

「昨日と同じ、七夕の飾り作りです。今日はコウさんも一緒に、ですけど」
「はは……邪魔しかしてない気がするよ……」

ぴろぴろ、自身が作り上げた歪な菱飾りを摘まんで揺らす。目の前に並ぶ、蒼井達が作ったものと並べると、本当に自分はこういうものは向いていない--鳥谷いわく『ぶきっちょ』なんだなぁ、と息を吐く。
莉結はそんなコウをじっと見詰め、--やがて、にこりと笑みを浮かべた。

「コウさんが楽しそうですし、わたしも混ぜてもらってもよろしいでしょうか?」

如何にして『楽しそうだ』と判断されたのかは分からないが、莉結の申し出に鳥谷が嬉しそうにいらっしゃい!と声を上げた。

「莉結ちゃんにも、折り紙の作り方教えてあげる~!」
「茜さん、ありがとうございます。頑張っちゃいます!」
「おねえちゃんやるならソウもやるー!」

すると、隣で不思議そうに作業を見ていたソウまでそんな事を言い始めた。
初めての折り紙教室は、まだまだ終わりそうにない。