カフェ日誌3

「「七夕?」」

お客さんが疎らな、カフェのホール。
そこで、隣のテーブルをくっつけて何かをしているのが気になったコウは、同じく気になったらしい莉結と共に、そこに近寄っていった。

テーブルにいるのは、天草水樹と蒼井悠斗、暁宗谷。三人はテーブル一杯に色とりどりの紙を広げ、ちまちま何かを作っている。
彼らに何をしているの?と声をかけると、返ってきた答え。コウには聞き覚えのない言葉に、オウム返した問いは、図らずも莉結と異口同音となった。

天草が作業の手を止め、頷く。

「そうです、七夕。うちのホームでも、先日から子供たちがはしゃいでて」
「水樹ー。コウさんと莉結、多分七夕自体が分かってないぞ?」
「あっ、そうですよね……! 七夕っていうのは、ええっと」

暁に指摘されたは良いものの、どう話せば良いのか分からないらしい天草は、あわあわと狼狽え出した。相変わらずの反応に落ち着いて、と苦笑すると、蒼井が助け舟を出す為に口を開く。

「七夕は、この世界で長く続いている風習のひとつで、短冊に願いを書いて、笹の葉に吊るすんです。そして、星に願いを込めて眺める……端的に言えば、こんな感じですかね」
「織姫様と彦星様が、唯一会えるかもしれない日、だったっけ?」
「唯一? お二人は、どこか遠くにいらっしゃるのでしょうか? そもそも、どちら様なのでしょうか?」
「えっと、織姫様と彦星様は、星の名前なんですよ。七夕は、普段は川を挟んで別のところにいるけど、その日だけ天の川に橋がかかって、二人が会えるっていう日なんです」
「伝説の一つなんですよ。現代に伝わるにつれ、色々話は変わってきてしまいましたけど」
「星に願いを、って、この世界特有の星喰いが現れるんじゃないよね?」
「まさか! 平和な行事です。コウさん達マスターにとっては、どうしてもそれがちらついてしまうのでしょうが」
「へぇ……」

二人が思い出すように説明し、蒼井の補足が的確に入る。コウと莉結の(ある意味突拍子もない)質問にも、笑いが上がりこそすれど、真面目に答えてくれた。

「だから、誰かに七夕にちなんだお菓子の作り方を教えて貰おうと思ってたんですけど、荊棘さんは忙しそうだったからどうしようと思ってて……そしたら蒼井君が、御剱さんにお願いしてくれて。今は御剱さんを待ってるついでに、その飾りを作ってるんです。ボクのホームは教会だから、厳密にはやらなくても良いんですけどね」
「で、俺達も待っている間、その飾り作りの手伝いです」

テーブルに置かれた紙は、輪っかにして次々と繋がれたものや、鳥の形をしたもの、それ以外にも様々なものが作られている。不格好だったり、逆にぴしりとしていたり。聞かずとも誰が作ったのかが分かるそれらに、コウは知らず口元が緩む気がした。

「よぉ、待たせたな天草。コウと莉結はどうした?」
「あ、狼牙さん」

そこに現れたのは、件の人物。
莉結が応じ、問いかけに蒼井も答える。

「七夕について話していたんです。ーーそうだ、コウさん達も書きませんか?」
「わたしたちも、ですか?」

四角い紙とは別に横に分けられていた、細長い紙。これは短冊と言うんですよ、と説明しながら、蒼井は黄色いそれを莉結に、青いものをコウに手渡した。
思わぬ提案に、それ良いですね!と、天草が目を輝かせながら同意の声を上げる。

「どうせなら、マスターに頼んでここの入口に笹を飾りましょう! カフェにも、季節の雰囲気が出ますよ!」
「笹なら多分、白鳥さんにお願いすれば手に入ると思います。飾りは俺達も作るの手伝いますし」
「あれ、そうなると折鶴は何羽作らないといけないんだ? ここに住んでるので一番年齢高いのって、ヒスイさん?」
「いい考えだなぁ。それなら、七夕限定デザート出せるよう考えてみるか」

セイバー達が口々に口を開き、あれよあれよという間に話が進む。それはどこか遠くの世界で繰り広げられているようにも感じ、だが紛れもない現実であるのだと、ぼんやり考えていた。

ああでもないこうでもない、と続いた会話は、最後に蒼井がこちらに視線を向け、締めくくられた。

「カナリアさんやヒスイさんはともかく……折角、この世界に来れたんです。少しずつで良いから、俺達の生活や行事にも、馴染んで欲しいと思って。ーー迷惑なら、申し訳ないですけど」

■   ■   ■

「受け取ったは良いものの」

すっかり日も沈み、星空が広がるーー始めのうちは、この言葉すらも新鮮だったーー空を寝転んで眺めながら、コウは短冊を天に掲げた。

短冊に、願い事。
何を書けば良いのか、さっぱり思い付かなかった。

「……願い事かぁ」

異世界では、ただセイバー達みんなの世界を守る為に、がむしゃらに頑張っていた。自分がどんな事を望んでいるのかなど考えた事もなかったし、唯一の願いはあの時にもう叶えて貰ってしまった。
他に願う事などーー。

「あれ、コウさん」

自分を呼ぶ声が聞こえ、そちらの方を見やる。
そこにはひょこ、と顔を出した格好で梯子を登ってくるマスターの姿があり、先程会ったにも関わらず元気?と問いかけられる事に笑みを浮かべ、体を起こした。

ーー余談だが、ここはカフェの屋上の出入口、水を貯める大きな何かが設置してある方の天井の上。
相当登り辛いので、ここまで上がって来るのには割と労力を要する。

「元気だよ。というかそれって、長い事会っていない相手に言うべき言葉じゃないっけ?」
「んんー、それは分かってるんだけど、何だか難しそうな顔してたから? どうしたの?」
「実は……」

昼にあった事を簡潔に説明すると、昼間に天草さんがお願いに来たのはそれだったんだ、と納得したように頷いた。

「天草さんたちが頑張って何かを作っているから、気になってはいたんだけど……そっか、七夕の準備をしていたんだね」
「俺最初、この世界特有の星喰いでもいるのかって言ったら、笑われちゃったよ」
「星に願う、とか聞いたら、わたしたちからしたらそうなっちゃうよねぇ。星宝石と願いかな?と思っちゃう」
「だよねー……。それで、何を書けば良いのかさっぱり分からなくてさ。なんだろうなぁ」

ぴらぴら、薄い短冊を揺らすように持ち上げる。青い紙は星空に溶けこむように馴染み、その向こうから照らしてくる星の光を遮断する。
と、そこで思い出し、コウはごそごそと上着のポケットを漁って、目的のものを手に取る。

「アンタも書く? 短冊、マスターにも渡してくださいって言われて預かってるんだ」

それはコウが持っている短冊と同じものだが、色は白く、明かりの少ない中でも浮き上がって見える。
はい、と差し出すと、マスターはうーん、と首を傾げ、しばらく悩んでから、短冊を受け取った。

「――でも、」
「ん?」
「わたしには、ここに書くべき願いは……あるのかなぁ」

呟くように紡がれた言葉の、深い意味は分からない。だがそれは、コウの耳に妙に残る事となった。