くる、くる、くるん。
リズミカルなステップを踏みながら、今しがた拭いていたテーブルから隣のテーブルに。口ずさむメロディは、いつか聴かせて貰った、名も知らぬこの世界の行進曲。
「機嫌が良いね? 莉結嬢」
そんな様子を見た青年ーーコウが、苦笑しながら声をかけた。手にはメニューと、莉結と同じように布巾を持っている。
「コウさん、よくぞ聞いてくれました! 今日は、ここでセイバーの皆さんと、女子会というものをやる約束なのです!」
「知ってる。カナリアもそれで休みだもんね」
この世界で目を覚ましてから、異世界でお世話になったセイバー全員には、残念ながらまだ会えていない。
それを聞いた狼牙が、ならばと高校生組のセイバー達と協力し、今日の女子会をセッティングしてくれたのだ。その為莉結と、この場にはいないカナリアは、本日のシフトから外されている。
「その節については、ちょっと申し訳ないです。代わりにコウさん達が男子会をする時は、張り切っちゃいますよ!」
「はは、ありがとー」
むん、と気合を入れるポーズを取れば、返ってくる笑い声。男性陣が、女性陣程話好きなメンバーがあまりいない事にまだ思い至らない莉結は、その時もまた狼牙さんにお願いしないと、と考えていた。
「御剱にも感謝しないとだね。蘭嬢は体調が優れないようで、残念だったけど」
「はい、それは本当に。でも、花さんに、リシアさんに、夕紀さん。凛さんもいらっしゃるそうです。ふふ、これが楽しみでなくて何と言うのでしょうか!」
異世界で浄化作業に勤しんでいた時は、お茶会という形で似たような集まりを行っていた事はある。あるが、今日の女子会はもっと、素晴らしく楽しいものになる確信があった。
「莉結さーん、コウさーん、終わったー?」
不意に、キッチンの方からマスターの顔がひょっこり覗く。うっかり話に夢中になってしまったらしい、二人は慌てて答えた。
「あ、はーい! あとちょっとです!」
「俺もこれ置いたら終わりー」
■ ■ ■
カフェのお客様も少なくなってきた、昼下がり。
やってきた四人を案内し終えた間錐がキッチンへと消え、久々の再会に言葉を交わすのもそこそこに、どれ食べようか、と顔を寄せ合う。
本日のデザートは、旬のメロンをふんだんに使ったメロンケーキ也。むむむ、美味しそうです、と頭を悩ませていると、色々注文してシェアしよーよ!というリシアの一言。誰からも異論は上がらず、計六品の注文内容と、各々の飲み物が決まった。
「マスター……じゃなかったコウさーん、注文お願いしまーす!」
「ごめんねー、ちょっと待ってー」
「コウ、伝票一枚貰うわ。こっちで書いておくから、手が空いたら取りに来てくれる?」
「ありがとー、カナリア」
リシアがメニューを見ながらコウを呼ぶが、生憎他のテーブルの応対中。間錐はヘルプに入ったはずだが、まだ出てきていないようだ。
するとカナリアが立ち上がり、彼のサロンエプロンのポケットから、伝票を一枚抜き取り言った。なるほど、そうすれば注文取りで彼の手を止める必要はない。
席に戻ってきた彼女が伝票をテーブルに置き着席すると、それを見計らったかのように、リシアが口を開いた。
「それにしても、まさかマスター達がこっちの世界に来て、カフェなんて始めてるとはなぁ。リシア、花から聞いてびっくりしたよ」
「私も間錐君から聞いて、びっくりしちゃいました。でも、マスターさん達とまた会えて、本当に嬉しいです」
「ありがとうございます。でも、こちらの世界では『マスター』ではなく、それぞれのお名前で呼んでくださるよう、お願いしますね」
「分かってるよぅ! 莉結もコウさんもカナリアさんもマスターも、元気そうで何よりなんです! カナリアさんは特に!」
「まぁ、この場で話す内容でもないから、それはおいおいね」
彼女の事情を知っている莉結は、そのややこしさを思い出す。確かに、こんな賑やかで楽しい集まりの中で、無理に話す事ではない。
花達はその事情を聞きたそうではあったが、それを敢えて気付かないふりをし、隣にいる二人に声をかけた。
「夕紀さん、凛さん。今日は来てくれて、ありがとうございます」
「こちらこそ、誘ってくれてありがとう。また会えて嬉しいわ、莉結ちゃん」
まったく変わらない、優しい笑顔を笑顔を浮かべる夕紀の笑顔に嬉しくなり、自然と緩む頬。はい、と答え、もう一人の少女に顔を向ける。
「凛さんも、道中大丈夫でしたか?」
「ええ、なんとか。あなたに会いたくて、頑張っちゃった」
「ふふ、嬉しいです。わたしも凛さんに会いたかったのですよー!」
他人の心を読めてしまう特異な力を持ちながらも、会いに来てくれた事はとても嬉しい。移動の間は、とても大変だっただろうに。
「あっ、夕紀さんに凛さん! 莉結を独り占めはずーるーいー!」
「わ、私達も混ぜてください!」
「こら、まず注文を復唱しなさいな。コーヒーと紅茶が四杯、烏龍茶が一杯だったかしら?」
「多分!」
穏やかに話をしていると、リシアが勢い良く割り込んで。
花も同感だと声を上げ、カナリアが二人を咎める。
そんな何気ない光景を、夕紀と莉結は顔を見合わせ、吹き出す。凛も満更でもないようで、くすくすと笑みを溢していた。
「はい、お話をしましょう。わたし、皆さんのこの世界でのお話が、とても楽しみだったんですから!」
■ ■ ■
「あら?」
楽しかった女子会も終わり、閉店後のカフェ。
莉結が店仕舞いの仕度を手伝いましょうか、とホールへ向かうと、一組のお客様が残っていた。いや、これは身内だ。
向こうがこちらに気が付き、おーい、と手を振るものだから、とことこ近付いてみる。
テーブルには二人の男性。
片方はここに住み込んでいる黒髪の、大柄な男性ーーヒスイだが、もう片方は莉結も知っているセイバーだった。
「よぉ、マス……じゃなかった、莉結ちゃんじゃん!元気?」
「この通り、元気ですよ! 日明さん、今日はお仕事なのでは?」
日明の仕事であるホスト事業は、確か夕方から夜にかけては仕事だったはず、と記憶している。不思議に思い問いかけてみると、返ってきたのは後ろからだった。
「ヒスイさんの付き合いついでに、ちょっと様子見に来たんだって」
答えたのは二人ではなく、キッチンから出てきたマスター。
ヒスイの付き合いと聞きテーブルをよく見ると、なるほど確かに、店では出していないはずの缶が載っている。計二本、という事はマスターは辞退したのだろうか。
「様子?」
「あ、いや大した事じゃないんだけど。俺、数日前に地元に帰ってさ。んで、道を歩いてたら、カナリアのお袋さんにばったり会っちまってよー」
「え」
山吹日明とカナリアーー美玲夏名里は、地元が一緒で、小学校からの付き合いだと聞いている。
その関係で互いの親の事を知っていてもおかしくはないのだろうが、日明の表情を見るにあまり楽しい話は出来ていないようだった。
浮かんだ疑問を察したのだろう、彼は先回りをして答える。
「言ってねーよ? ただ、本当にそれで良かったのかと思っちまって?」
「んん……でも、カナリアさんは」
「聞いてる。死亡扱いになっているであろう家に今更戻っても、って。……ただ、お袋さん、信じてたっぽいからさ。娘は生きてるって」
「つっても、こればかりは本人の問題だしなぁ。いっそ俺みたいに、周りに知り合いほとんどいなけりゃ、まだ吹っ切れるんだろうけどな」
「ヒスイさんは特殊だからねぇ……」
マスターが、こてんと首を傾げる。
なるほどそう言う事か、と納得し、莉結はにっこり笑顔を浮かべ、口を開いた。
「大丈夫ですよ。ちゃんと自分の中で整理した上で、家に戻らない、と覚悟されたのでしょうし。ならばわたしは、カナリアさんの意思を尊重したいと思います」
結局、ヒスイの言うように、本人の気持ちの問題なのだ。外野が色々言ったとしても、最終的に決めるのは彼女自身。
それならば、莉結に出来る事は何もない。ただ見守り、必要があれば手を貸す事だけ。
きっぱり言い切った莉結を三人がしばらく見つめ、--やがて、日明が降参だ、と手を上げた。
「莉結さんの言う通りだねぇ」
「勝てねぇなー」
「いつ勝てると思ったんだよ」
「いやいや。信じる事に関しては勝ってるつもりだったんだよ、俺。でもちょっと、お袋さんに感化されちまったかなぁ。ありがと莉結ちゃん」
ぐでー、と椅子の背にもたれながら、日明が言った。口々に浴びせられる言葉にも然程ダメージを受けない程に悩んでいたらしい。
それが、自分の言葉で少しでも軽くなったのなら良いなぁ、と言う思いを込めて、どういたしまして、と返した。
「しかし旦那、呆れる程に缶ビール似合わねぇなぁ」
「ほっとけ!」
「それ、お酒なんですか?」
「おう、飲むか?」
「莉結さんは駄目だよー、それはアルコールが入ったお酒だからね」
「むぅ。気になります」