カフェ日誌1

「おはよう」
「はよー」
「おはようございます」

休日の開店前の扉を潜ってきたのは、御剱と間錐。テーブルを拭いていたコウの出迎えに、二人も返してくる。

「今日のデザート、何にするの?」

学校と大学がある二人は休みの日にしか手伝いに来れないが、その時その時の旬の果物をふんだんに使った、御剱製のデザートは評判である。
御剱が視線を宙に飛ばしながら、答えた。

「んー、先週がさくらんぼだったから……夏みかんか、メロンかな。今日暑いらしいし、夏みかんのゼリーを使ったデザートとか?」
「良いですね。今日終わったら、オレも持ち帰りさせてください」
「おう、いいぞ。…………コウにも作ってやるから、そんな目で見るなよ」

気が付いたら良いなぁという感情が表に出ていたようで、御剱が噴き出しながら言う。
ありがとうと答えながら、そのデザートにありつけるまで今日も頑張ろう、と思った。

   ■   ■   ■

「おっ、お姉さん可愛いね~。俺、ちょっとサービスしちゃおうかなぁ~」

ホールから聞こえた声に、またか、と溜息を吐く。
件の声が聞こえたテーブルに向かうと、案の定、というか予想通りの光景が広がっていた。――希望が、仕事中にも関わらずお客様の女性を口説いているのだ。

それに夢中なのを逆手に取りつかつかと近寄ると、自身より少し上にある彼の耳たぶを、遠慮なく掴み上げた。

「うわ、ってて!!」
「貴方ねぇ、今は仕事中って事、分かってるの? ――すみません、別の者がご注文を承りますので、少々お待ち頂けますか?」
「カナ、痛い、痛いって!」

悲鳴が上がるのを無視して、近くに代わりのホール担当がいるか捜すと、丁度莉結が別のお客様の注文を取り終えたところだった。

「莉結ちゃん、こちらのお客様の注文、代わりにお願い出来る?」
「はい、いけますよ! 希望さんは後でわたしからもお説教ですから、覚悟してくださいね!」
「分かったからカナは離してマジでいてぇ!!」

ずりずりと掴んだまま、カウンターの脇から厨房へと戻ると、ようやくそこで希望を痛みから解放する。

「ひぇー、マジで容赦ねぇ強さだった……」
「ホールでナンパするのを止めないお馬鹿さんには、良い薬になるでしょう」
「何でそんな怒って……あ」

耳を押さえた希望が、何かに気が付いたかのように動きを止める。それに怪訝に思ったカナリアは、何よ、と返答を待つ。

「カナの方が可愛いよ? いつもと違って髪下ろしてるのも――いった!!」

その結果、何の反省もしていないようなナンパの常套文句が吐き出されたので、無言で足を踏ん付けておいた。
後で莉結やコウにも伝えておこう。希望をホールで使うなら、ナンパに注意、と。

   ■   ■   ■

営業時間終了後、コウは伸びをしながらキッチン(の入口)へ戻ってくると、異様な光景が広がっていた。

「希望さん、業務中のナンパはダメです」
「ダメなのです!」

マスターと、宣言通り莉結が二人揃って仁王立ちになり、その前には正座をさせられた希望。ちなみに、床は畳というものではもちろんない。

あ、これいつもの奴だ。
聞かずとも把握してしまった状況に苦笑し、成り行きを見守る事にする。

「いや、だって可愛い子だったんだよ? ナンパしたくなるじゃん、マスターしたくならない?」
「わたしはならないよ。お仕事なので」
「えー、あ、コウ! ナンパしたくなるよな? な?」

不意に振られた話に、コウは軽く首を傾げながら答える。

「俺はそもそも、ナンパってのがよく……」
「望月君! 貴方、コウに変な事覚えさせないで!」
「コウさんは草食系男子なので、そもそもナンパという行為についてが疎いんです! コウさんまで希望さんみたいになってしまったら、わたし、困ります!」
「草食系……?」

だがコウの言葉が終わらないうちから、傍を通りかかったカナリアと莉結が、妙に力強く反論する。莉結の台詞に知らない単語が出てきたので、後で聞いてみようかと思いつつ、口を閉じる。今、自分の発言は求められていないようだ。

「希望さん、良いですか? わたしは別にナンパについては、止めるつもりはないです。それを業務中にやるのは止めてください、と言っています」

業務中のナンパ、ダメ、ゼッタイ。

胸元で腕を交差させてばつを作りながら言うマスターの無言の威圧に、希望ははい、と答えるしかなかった。

■   ■   ■

カランコロン、と来客を知らせるベルを鳴らしながら、『closed』と札がかかった扉を潜る。
既に営業時間は終わっているので誰もいないかと思っていたのだが、カナリアはカウンターの席に誰かがいるのに気が付いた。

「――あら」
「すー…………」

静かに寝息を立て、カウンター席のテーブルに突っ伏して寝ているコウの向かいに、同じような格好をしたソウがいる。今日、ここに住んでいる他の子達は、みんなセイバーの家に泊まりに行ったはずだから、誰も咎める者がいなかったのだろう。

カナリアの帰宅に気が付いたソウが、体を起こし、ぴょん、と椅子から降りる。

「カナリア! コウ、つかれてる?」
「みたいね。起こしたくはないのだけど……こんなところで寝かせるのは、ちょっとよろしくないわね」
「?」
「ベッドで寝た方が良いって事。そうね……とりあえず、ご飯作るまでは寝かせておきましょう」
「ごはん!」

鞄をコウの右隣に置くと、カウンターを回ってキッチンの電気を点け、かけてあるエプロンを身に付ける。何か作っていれば匂いで起きるかもしれないわね、と端から運ぶのを諦めている。

冷蔵庫の中を見て適当に見繕っていると、階段の方から物音がし、顔を上げる。

「お、帰ってたか、カナリア。すまん、何か適当に夜食作って貰えねぇ?」

現れたのはヒスイで、もう大分慣れたらしい現代の部屋着に身を包み、大きな欠伸をしながら階段を下りてくる。
その動作で何をしていたのか察したカナリアは、呆れた、と渋面を浮かべた。

「貴方も寝ていたの? だから程々にしろって言ってるじゃない。――部屋に持って行けるものを適当に作るから、ちょっとコウを部屋に連れてってくれないかしら?」
「んお……またコイツ、こんなところで……」

カウンターで寝ている彼を指し示しながらそう言うと、ヒスイもコウに対し、呆れたように息を吐く。

「よいせ。うわ、軽……。ソウ、ちょっとついてこい。手伝ってくれ」
「はーい」

カウンター側に回り、軽々と肩に担ぐと、傍にいたソウに声をかけ階段に取って返す。ソウも素直な返事をすると、ヒスイの後をちょこちょこついて行く。
そんな三人を見送ると、四人分のご飯を作るのに取りかかった。