だらだらと

時は深夜。
繁華街から少し逸れた、ひっそりとした路地裏にあるそこは、喫茶店のようだった。
営業時間はすっかり過ぎているというのに煌々と明かりが灯っているのは、まだ人がいる証である。
それもそうだ、中では数人の者達がカウンターを囲っているのだから。

我先にとビールジョッキを煽り、ものの数秒で空にしたヒスイを見ながら、コウは自分の烏龍茶を口にした。

「あぁ、うめぇ。やっぱこの一杯は最高だぜ」
「見苦しい呑み方ね、相変わらず。そのうちアルコール中毒起こすわよ?」

眉をしかめそう言ったのは、コウの隣に座るカナリア。彼女はワイングラスに注がれた赤ワインを、まず匂いで楽しむ最中らしかった。
そのワイングラスを渡した本人が、苦笑しながら口を開く。

「いやいや、カナリアさん。ビールはこれくらい大袈裟に呑まなきゃいけねぇんだって」
「これが大袈裟ではないのなら、貴方の言う大袈裟について教えて貰おうかしら」
「おっと、手厳しい」

言いながら、彼――秋春も自身の氷入りのグラスに焼酎を注ぐ。

消えるだけだったはずのジュエルマスター達の魂は、何の因果か再び生を受ける事となり、自身を滅びへと導くだけだったあの場所ではない世界で意識を取り戻した。見知らぬ場所――いや、正確には知っているが知らない場所で目を覚まし、飛び込んできた眩いばかりの蒼に驚いたのも束の間。

コウは何故か、あれよあれよと言う間にこのカフェで働く事となっていた。同じく倒れていたという、不思議な雰囲気を持った彼らと共に。
今夜は、セイバーの一人である白鳥王子の計らいで潰れかけたこのカフェの再開を――そして、思わぬ形での再会を祝し、飲み会なのだった。
同じくジュエルマスターとして再生した、莉結を初めとした未成年組は残念がっていたのだが。学校に通っていないとはいえ、彼女らもまた幼い。こういう場に参加するにはまだ早い、とコウともう一人が説き伏せたのだ。

「お待たせ、つまみ出来たよー」

厨房から現れたのは、女性か男性か判別しにくい容姿の人物。ちょこんと結んだ髪が、動きに釣られて揺れた。
件の、飲み会に参加したがる未成年組を説き伏せた片割れである。

「おおーい、ちょっと待った! 塩忘れてるぜ!」
「あ、いけないいけない。ありがとうございます、御剱さん」

ひょこ、と厨房に通じるドアから顔を覗かせるのは、御剱狼牙。
そして、彼に礼を告げる人物は通称「まるもち」で通っていた。
ここに集まっている人物の中で、狼牙だけは元々この世界に存在していた。
話せば長くなる複雑な世界の仕組みの中で、コウや他のみんなのセイバーだった彼らもまた、狼牙と同じように元気だと聞いた時には喜んだものだ。

運ばれたつまみに、ヒスイが待ってましたとばかりに手を伸ばす。

「おーう、これよこれ。やっぱつまみがねーとな!」
「ヒスイ、あまり飲み過ぎないように気をつけろよ? 明日はーー」
「わーってるわーってる。折角文芽と和雪の孫や珠子に顔出すんだ、自制はするっての」
「本当に分かっているのかしらね」

呆れた様子のカナリアにも動じず、ヒスイが持ってこられたつまみに手を出そうとしていたので、だめだよーと苦笑気味に声をかけてみる。

「まだ乾杯が終わってないよ? ね」
「あ? もう一杯空にしたぞ」
「気持ちの問題だよー、こういうのは」

コウの意見に同感だったらしいまるもちが、にこにこと笑いながら追い討ちをかけてくる。そうなれば何も言えなくなったのだろう、ヒスイは仕方ねぇ、と出しかけた手を収めた。荒くれ者のレッテルを貼られた彼も、そこまで言われれば――正しくは身内内で最強と噂される二人に反対されたからだが――大人しくなるしかないらしい。

「おーし、飲み物とつまみ各自行き渡ったかー?」
「大丈夫だ問題ない」
「秋春さん、それ多分このメンバーには通じないぜ!?」
「大丈夫だ問題ない。と、冗談は置いといて……じゃあ、乾杯するぜー」

何やら二人だけでコントが開始されるかと思いきや、秋春が気を取り直して自身の焼酎を掲げる。狼牙も苦笑いしつつチューハイを手に取り、それに倣う四人。
準備が出来たのを確認し、代表して狼牙が音頭を取った。

「では、カフェのオープンを祝して……」

乾杯、と誰からともなく言った言葉に応じるように、グラスが音楽を鳴らした。