断章 ver.3

コウが自分の正体を知りました。の後

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「うわ……!」

まずい。セイバーを連れていない。
一人で考えたくて護衛は要らないと言った自分を軽く呪いながら、セイバーがいなくても浄化をする為に、接近する方法を考える。

――オーブの話が本当なら、俺の星宝石は星喰い達にとってご馳走に見えるんだろうな……!

ふしゅるるる、と口から空気が漏れる音が聞こえる。
それが途切れた時、突っ込もうと決め――だがその前に、視界の外から蒼が飛び込んできた。

彼は振りかぶった蒼の剣で星喰いの体を斬り付けると、コートを翻しながらその場から飛び退ける。狙い澄ましたかのように、そこへ星喰いの足の攻撃が飛んできた。
奇声を上げながら、星喰いがコウに向かって別の長い足を振り下ろす。

そこに、また視界の端から小さな影が。
目映いばかりの光を放つ十字架を煌々と掲げ、自身とコウの正面に薄い障壁を張ると同時、そこに星喰いの蹴りが直撃する。空気がビリビリと唸り風が巻き起こったが、彼は怯む事なく、その衝撃を耐えた。
星喰いが生んだ僅かな隙に、再び距離を詰めた蒼が煌めく剣閃を生み出した。素早く動けないように、容赦なくその足を叩き斬る。

「「マスター!!」」

二人に同時に呼ばれ、コウは浄化の力を発現させる。
ばちばちばち、青い稲妻が星喰いを包み――やがて、星宝石となって地面に落ちた。

星宝石を拾い上げ、コウは二人を振り返る。
二人とも変身を解き、悠斗は制服を叩いている。水樹は、安堵したかのように息を吐いた。

「悠斗、水樹」
「言っておきます。――望まぬ形で背負わされたとはいえ、貴方は俺達が傷付くのを黙って見ている事が出来るんですか?」

何か声をかけようとし名前を呼ぶが、それよりも早く紡がれた言葉。
その発言の主――悠斗の、今は通常の焦げた茶色の瞳に、己の姿が写り込む。

「例えば、貴方が俺達を元の世界に帰すという約束を反故にしたとします。つまり浄化作業を放棄したと。それにより俺達は力を失い、この世界で生きていく手立てがなくなる。いずれ、死を迎える。これに、貴方は耐えられますか?」
「それは」
「出来ないでしょう? 貴方はそういう人です。一度懐に入れてしまえば、善悪も何もかも二の次にして、誰かを守れる人です。きっかけがどうであれ、やると思ったならば実行する人です。俺達がどんなに『戦えないなら守られてろ』と言っても、そいつは怪しいんだと言っても、聞きやしないんですからね。今も、捨て身で飛び込むつもりだったでしょう。勝算もないのに」

ずけずけと言い連ねられる自身への評価に、言い返す事も出来ない。全部図星であるし、何より悠斗の目が反論を許していない。黙って聞け、と言わんばかりの気迫がある。
助けを求めるように水樹を見るが、今回は残念ながら味方にはなってくれないようだ。普段なら気弱そうに下がっている眉尻が、今はぴんと吊り上がっている。悠斗の言葉に、少なくとも同意ではあるのだろう。

「それに、『俺達を元の世界に帰す』と口約束でも交わしたのは、大黒翡翠でも美玲夏名里でもない、『コウ』ですよ。少なくとも、俺にとってのマスターは、貴方です」
「ボクも、マスターにたくさん教えられたし、助けられました。こんな訳の分からない世界でここまで頑張れたのは、マスターがコウさんだったからだと思います!」

ここで自分も、と水樹が両の手に拳を作りながら、口を開く。目にはじんわり涙が浮かんでいるが、必死に溢れ落ちるのを止めているようだった。

「だから、その、ボク達を助けてくれたコウさんは、ボク達にとってあなたしかいないんです……! そう、思います!」
「天草の言う通り。貴方は貴方、です」

こうもきっぱりと言い切られると、コウとしてはいっそ清々し過ぎて。
自分が星喰いと同じだとか、過去に生きた者の生き写しだとか、そんな事をぐるぐる考えていたのがアホらしくなり、口許が歪んでしまう。
目の前の二人はそんな己の挙動を、真剣に見つめている。――あるいは、自分達の発言が正解だったのか、見極めているのかもしれなかった。

はぁ、と一息吐き。
ひとつだけ、尋ねておこうと二人の目を見た。

「二人は、俺がヤケを起こして殺し合いを誘発するかも、とか思わないの?」

記憶もない、人間でもない、存在すら作り物であった、と絶望した自分が、それならばこんな世界は要らないと、星喰いを煽動する事も出来るのだろう。そうする未来も、多分にあるはずだ。
それを恐れないのか、と口にすると、二人はぽかんとし、やがて笑いながら答えた。

「貴方が? する訳がない。出来るものならやってみてくださいよ」
「マスターが真っ先に止めると思います
けどね!」

言葉は全く違うものの、どちらも確信を持っている言い方だった。
自信満々で即答されてしまったコウは、ふふ、と笑いを溢すと、黒髪を掻いた後降参、と両手を上げた。

「何か色々考えてたのに、どうでも良くなっちゃった。そもそも、考えたってどうにかなる訳じゃないし……」

オーブに文句を言ったところで人間になれる訳でもないし、これまでの事がなかった事になる訳でもない。ならば今は、自分にやれる事をやるしかないのではないか。そう、彼女に会った頃と同じように。

コウは二人に向き直ると、最後の質問を投げ掛ける。

「ありがとう、二人とも。――俺は、これまで通り浄化作業を続けるよ。手伝ってくれる?」
「当たり前でしょう」
「もちろんです!」

二対の瞳にほっとしたような、安堵の色が浮かぶ。
先の事は分からない――だがコウの心は、どこかすっきりしたように晴れやかだった。