断章 ver.2

目を覚ますと、そこは見知らぬ建物の屋内だった。
体をゆっくり起こすと、少し痛みが走る。けれど、動けなくなるレベルではなかった。

ぼんやりする頭で、自分は一体どうなってしまったのだろうかと考える。
一人ゴルドゴーグと対峙して、その後。

「俺は……」
「ゴルドゴーグ相手に一人で立ち向かうたぁ、無謀な事すんなぁ坊主も」

呟いた直後、ドアの開閉音と共に聞き覚えのある声が耳に届いた。
そこに立っていたのは、見嶋千里。

「見嶋さん!? みんなは……マスターは!」
「一応、全員無事に拠点に戻った。俺が飛び込んだ時、坊主はゴルドゴーグの攻撃でボロボロだったから、せめてまともに動けるまではって事でここに運んでやったんだぜぇ?」
「そうか……良かった。ありがとうございます」

彼は手に持っていたお盆を無造作に俺に託すと、ベッドの縁にぼすんと座った。
お盆には、僅かに湯気を立てるスープが入った皿が載っていた。まさかこの人の手作りか、と思ったが、当人が察したのか「レトルトだぜ~」と一言。

お腹は減っていたので、ありがたく口にする。毒が入っていたら、その時はこの人を恨もう。

二口ほど口にしたところで、見嶋さんは「ところで」と声をかけてきた。

「坊主はよぉ、マスターの事どこまで知ってんだ?」
「え? どこまでって、どういう意味ですか?」
「マスターがどんな存在なのか」

問われた意味が分からず聞き返すと、嬉々として返してくる男。俺は少し頭を捻り、その質問の答えを考える。

「えっと……自分が何者なのかっていう記憶がなくて、星宝石を浄化して回る使命だけは覚えていて……」
「おかしいと思わねぇか?」

どこが。と反射的に口にしそうになったが、この人も一応自分より年上だ。ぐっと我慢して、相手の続きを待つ。

「記憶がねぇと言う割には、星喰い相手に予想外のやり方で立ち回る。鼠の嬢ちゃんに対する行動。俺達セイバーへの、過剰なまでの気の使いよう」
「何が言いたいんです?」
「まるで、誰かを模して――或いは誰かを元にして作られた、って感じしねぇ?」
「……まさか」

まさか、そんな事。
ありえないと否定しかけるが、俺の脳裏にはいくつかの不可解な光景が浮かんでいた。

マスターが村崎と初めて会った時、村崎は「誰かからマスターが現れる話を聞いていた」と言っていたそうだ。
それに、何故かマスターの事を『マスター』ではなく『コウ』と呼んでいる者も少なくない。
また、星喰いであった時にソウが口にした『ヒスイ』と言う言葉。

もし――もし、見嶋の言うように、マスターが誰かを模造した存在なのだとしたら。それらに説明がつくのでは、ないのだろうか。

「あくまで可能性の話さ。ただ、俺は職業柄色んな所から情報が来るんでな? いろいろ処理して回っているうちに、そういう疑念が湧いてきちまったっていう話よ。ヒヒッハハ」
「……………」
「面白い事になってきたじゃねーの? こっからどっちに転ぶかはマスター次第。つっても、その選択肢は無限大だ」

両手を大仰に広げ、ケラケラ笑いながら言う。
そして、途端に瞳から愉快そうな色を消し、至って普段通りの調子で俺を見定めた。

「何もその選択を、黙って見る必要はねぇよ。可能性を示し、道を絞って選択を促す。こういうのは専売特許だろォ?」
「可能性を、示す……」
「ヒヒッハハ! そうだ、お前がマスターちゃんを動かすのよ。そうすりゃ、どうとでも転がせるんだからな」

俺は言われた事を反芻し、思考する。
可能性を示す――それは、とてつもなく難しい事だ。どちらかと言えば、目の前にいる男が一番得意としているだろう。
だけど、それは別に特別な技術が必要な訳ではない。情報と、そこから導き出される少し先の未来を予想すればいいだけの話だ。

時として、自身に譲れないものがあると途端に頑固になり、周りが何を言っても首を縦に振らない人ではあるが――、それすらも考慮し、道を示す事が出来るなら。
果たしてそんな高度な事を、自身が出来るかどうか。

「それに、荊棘サンも、今はマスターから離れたらしいぜぇ?」
「!? 荊棘さんが!?」
「おっと、俺ですら理由は分からねぇぜ。ただ間違いなく、マスターのところにはいねぇ」

荊棘さんがいないとなると、残るメンバーで自分より年上で常駐してくれているのは、日明さんしかいない。
限りなく不透明な不安を感じ、俺は自身の体の調子を改めて確認する。所々細かい切り傷が痛むが、動けない程ではない――体力の方は、どれだけ寝ていたか分からないが、戻っている方か。

「――見嶋、さん。俺を、拠点まで連れて行って下さい」
「その怪我でか?」
「これくらい、なんともないです。昔はこれ以上だったし。それに、荊棘さんがいない今、マスターの許にいるセイバーで頼りになるのが日明さんしかいない。戻らないと、そっちの方が心配です」

どうか、みんな無事で。
自分の目で確認しない事には、この不安は拭えそうになかった。