荊棘さんと光君※メモ

「荊棘従道……」

目の前に立つ少年は、確かにそう口にした。
何も感情が篭っていない、ただただ無意識に口についたように見えた。

「荊棘さんを、知っているのか?」

驚いた顔で、蒼井が問いかける。
そこで初めて、彼は眉間にしわを寄せるという感情を表す行動を起こし、答えた。

「知ってる。……よく、知ってる」
「?」

既知の相手だと言うのにそんな言い方をした少年に若干の違和感を感じつつ、彼らは戦いを見守る。
少年は一言も発さず、ただただ一人の動きを追いかけていた。

「終わったねー」
「ソウがんばったよ!えらい?」
「うん、偉い偉い」

快活な声は、怪我のない証拠。
マスターに青い髪をぐしぐしと撫でられ、ニコニコ笑うソウは心底嬉しそうだ。

ふい、と黒い影が動く。
撫でる手を止め、気が付いたマスターが声をかけた。

「荊棘さん?」
「行きましょう、マスター様。ここは浄化されました。力なき彼らも、暫くは安全に過ごせる事でしょう」

若干早口で答えた荊棘さんに、いつもの雰囲気は感じられない。まるで、すぐにでもこの場を離れたいと言うが如し。

だが、それを許さない厄介な人間がいた。

「オイオイ、お前会って行かないのかよぉ~?元ご主人様の子供がすぐそこにいるんだぜぇ~?」

千里のその発言は、荊棘さんにとって不愉快そのものだったらしい。
変身が解かれ、黒縁の眼鏡の向こうから向けられる視線が鋭くなる。

「黙れ、見嶋。……今の私の主人は、マスター様ただ一人です」

その声に、一抹の後悔と寂しさを感じたのは気のせいか。
マスターは困ったような、良く分からない表情でソウと顔を合わせる。

「良いのかい?」
「良いんです。むしろ、会わない方が彼の為でもあります。……会ってはならないのです」

荊棘さんは眼鏡に手をかけ、答えた。
一瞬見えた表情は、とても悲しそうで辛そうだった。

父さんの事が嫌いだった。

その頃、それが原因で僕は両親からぞんざいな扱いを受けていた。自分に従わなければ敵、と考える父さんにとって、僕という存在はとても煩わしかったのだろう。
それでも僕が平静でいられたのは、ひとえにあいつが気を回してくれたからに過ぎない。

「光様、お茶をお持ちしました」

コトン、と小さな音を立て、高価なティーセットに注がれたお茶が置かれる。漂ってくる匂いは、りんごの甘酸っぱい香りか。

「今日は冷えます。風邪を召されないよう、温かくしてください」
「……分かっている」