ホスト単騎

「やー……これはちょっと、どうしようか」

赤黒い海を背後に携え、山吹日明は苦笑いを浮かべる。

難破した豪華客船の残骸。一体どの位の人間が乗っていたのだろうか、周囲に漂う瘴気は尋常ではない。
船頭に作られた、本当なら目を疑う程の美しい女性だったであろう女神像も、衝突の際の衝撃か――はたまた星喰い達の仕業か、顔が半分しか残っていない。その微笑みが、更にこの空間の歪さを際立たせる。

日明の悩みの種は、その見目麗しい女神像の凄惨な姿の事ではない。確かに、この女神像が本当に人間だったなら、先ず口説いたであろうが――。

閑話休題。

とにかく、日明は今目の前の現状に頭を抱えていた。
目の前には、それなりに強い星喰いが唾液をボタボタ零しながらただよっている。
後ろに逃げ場はない。

「うーん、お前俺の趣味じゃねーんだよなぁ……でもま、遊んでやるぜ? AKIRA様の特別サービスだ」

四面楚歌といった状況にも関わらず、日明は苦笑いを不敵なそれに変える。と同時に、何処からともなく現れた宝石――カーネリアンを握り締めた。

宝石は眩い光を放ち、日明を包み込む。そこに、星喰いが飛びかかって行く。

――刹那、銃声が轟いた。

「あのなぁ、ホストってもんは格好大事な訳。淑女達の前に出る準備を邪魔するなんて、野暮な事するんじゃねーよ?」

光があった位置の真逆。そこに着地した日明は、スーツだった服装からセイバーとしての力を帯びた姿に変え、星喰いの能天に短銃を向ける。

が、星喰いは急に方向転換し襲いかかって来た。
日明は舌打ちし、跳躍して距離を取る。銃は近接攻撃には向かない。

「気紛れなのはカワイコちゃんだけで十分だってーの!」

喧しくコートをはためかせ、繰り出された攻撃を躱し星喰いの懐に――そして死角に入り込んだ。

「――Adios.」

パァン!

銃口が火を吹く。
飛び出した弾丸は、見事星喰いの能天を直撃、後に貫いた。星喰いが悲鳴を上げる暇もなく、第二撃の引き金を引く。

やがて、星喰いはぱたりと動かなくなった。

「ヒュー……焦ったぜ」

短銃を人差し指で器用に弄びながら、日明は海を見る。

夕焼けのような美しさは欠片も見当たらない空。それを丸々写し取った、不安を抱かせる海。

だがそれらを見ても、日明は笑みを消さなかった。

「お客様を喜ばせるのがホスト、だもんな」

その日常を取り戻すまで――自分は、何があっても笑っている事だろう。