闇に堕ちた光03

ひらり手を振って立ち去ろうとする見嶋千里を、おい、と引き留めたのは、山吹日明その人だった。

へらりと笑顔を顔に張り付け、いつものようにふざけた口調で問いかける。

「見嶋さんよぉ。アンタ、どういうつもりなんだ?」
「あァ? 何がだよ」
「アンタはいつも中立を守っていたくせに、そんなに大事な情報を俺達に伝えるとか、どう考えても怪しいでしょー。俺だってそれくらいは分かるぜ?」
「ヒヒッハハ! ――嘘吐けよ」

一瞬、空気が変わった。
見嶋千里は変わらず笑顔のまま、山吹も同じ。だが村崎は、がらりと雰囲気が変わったのを肌で感じられた。冷たい何かが背筋を伝い、緊張を張り詰めさせる。

「いつも、って言っちゃ駄目だろ? それだけで、お前さんがその笑顔の裏で、俺に対して常に警戒してたって言ってるようなもんだぜ?」
「――!!」
「遅ぇよ、ヒヒッハハ」
「……チッ」

失言を指摘され、山吹が舌打ちと共に軽薄な雰囲気を消し、両目を細める。

まるで別人のような雰囲気は、慣れていない人が近くにいれば戸惑いの種となるだろうが――生憎、村崎はこの《山吹日明》という人間が、そういう人間である事に慣れていた。
ホストという職業柄、人好きのする笑顔。
全てどうでも良いと言いたげな、気だるさを見せた表情。
どちらも彼で、故に油断も隙もない、と思った事は少なくない。

「言えよ。何でだ?」
「おお、怖い怖い。別に深い意味なんてねぇよ」
「本当だろうな」
「ほんとほんと。まぁ、強いて言うなら……」

奴の、身に纏う白い外套の裾や背中の紐が、動きに合わせてひらひら揺れる。

「先に俺が目をつけていた観察対象なのに、そいつを俺の許可なく、勝手に面白おかしくされるのが気に食わねぇだけよ。ヒヒッハハ」
「……ほんとお前、悪趣味」
「今更だろぉ?」
「ああ、本当に今更だ。テメェみたいな奴に助けられると思うと、自分に嫌気が差すよ」

右手を上げ、前髪をかき上げながら溜息を吐く山吹。本当に嫌らしく、いかにも不機嫌ですと言った表情である。多分、こうして話す事すら嫌だと思っている。

このままでは埒があかないな、と判断した村崎は、代わりに質問する事にした。

「つまり、見嶋さんはあのマスターを助けたい、と?」

ぴたり。
見嶋はあからさまに動きを止め、それからゆっくりと、口許に弧を描いた。見る者の不安を掻き立てるような、歪な笑みを。

「いや? 別に、そんな事は望んじゃいねぇよ」
「じゃあ、何故僕達に」
「決まってんだろーよ。コイツ、その情報を渡したら俺達がどう動くのか見たい、と思ってるだけだぜ。恐らく」
「あながち間違っちゃいねーなぁ。へぇ、結構俺の事よーく観察してんじゃねぇの」
「あーもーコイツうっぜぇ! 知らねぇよ、テメェの考えなんか知りたくもねぇし!」
「ま、そういう事だ。安心しろよぉ、俺もお前らを助けてやるって」
「……それは、あのマスターを助ける為に、だよね?」

村崎は、改めて問いかける。
言葉に嘘偽りはなさそうだったが、この人の事だ。二重にも三重にも、裏がありそうな気しかしない。
果たして答えは。

「そうそう。マスターの為に、だ」

その薄ら笑いさえなければ信じたのに、と思わざるを得なかったのは、きっと自分だけではないだろう――と、村崎は頭を抱えるのだった。