闇に堕ちた光02

「悠斗、」
「他人には理解出来ないと思うし、昔の俺ならこの選択を選ぶ事はなかったさ。けどな、俺は……それでも、助けたいんだよ。俺達のマスターを」

ぎっ、と歯を食いしばり、蒼剣を持つ両手に力が込められる。

「突然現実世界から異世界へ飛ばされて、右も左も分からない世界で、手を差しのべられた。俺達の世界を助けると、あの人は笑って言った」

顔は見えない。だが見えずとも、暁は腐れ縁である彼が今、どんな感情を抱いているのか、想像がついた。
ああいう風に俯く姿を、過去に何度も見た覚えがあるからだ。

悔しい――だろう。多分。

「自分の為ではない、俺達の為に、無茶して敵に捕まって、やっとの思いで助けられたのに、あの人はあの人でなくなっていた。――放っておけるかよ! マスターは俺達のせいで、俺達が弱かったせいで、《人》ではなく《人形》になってしまったのに!!」
「悠斗、そいつに従えばマスターを元に戻すとか言われたのか? お前が、それを信じたのか?」

暁は、頭は良くない。
良くはないが、しかし、その内容はどう考えても『怪しい』。
敵対するマスターを捕らえ、あまつさえ傀儡とする相手と言えば、星喰いか或いは――LMES。
敵にとって思い通りに扱えるマスターを手放す事は、是が非でも避けたいはず。それを戻してやる、なんて、まずあり得ない。

暁でさえそう思うのだ。聡明な彼が、その可能性を考慮しない訳がないはず。

蒼井は答えなかった。
代わりに蒼剣を構え直し、俯いていた顔を上げ、殺意に満ちた蒼い瞳をこちらに向けてくる。

「マスターを助ける為なら。いや、例えそうでなくても、俺達はマスターから離れないし、マスターの為に戦う。立ち塞がるのが仲間でも、友達でも――全て、倒してみせる!!」

蒼井の咆哮に呼応するように、蒼剣は輝きを増す。光の奔流がそれを覆い尽くし、彼すらを呑み込み、視界を奪われる。

そうして次の瞬間現れたのは、形を変えても尚美しい、蒼い光を帯びた蒼剣。
目映いばかりの輝きを放つそれは、だがどこか、悲しみの声を上げているようだった。

暁は、目を閉じる。
蒼井の話を聞いて、自身はどうするべきなのか。自身がそのような状況に陥った時、どうするか。
――どうして欲しいか。

そう考えて、すぐに心の中に落ちてきた答え。よし、と頷き、しっかりと握り締める。それはきっと、間違ってはいない。
蒼井の気持ちも分かる。もし自分だったなら、答えも出せずにうじうじと悩んでいただろう。もしかしたら、逃げ出しているのかもしれない。
だが、蒼井は答えを出した。『道を誤っていたとしても、自分が信じた道を進む』という答えを。

(相変わらずクソ真面目で、大馬鹿だ。悠斗)

覚悟は決めた。
顔を上げた暁を見て、怪訝そうに眉をしかめる蒼井に向け、口を開く。

「悠斗。俺、昔っから難しい事考えるの苦手でさ、そうやって自分で出した答えを貫けるお前の事、尊敬してた。けどどこかで、怖がっていたんだ」

分析力と決断力と、一度決めたらてこでも考えをねじ曲げる事のない意志の強さ。
それはいつか、彼自身を破滅に導いてしまうのではないかと。そんな恐怖を暁が感じていた事なんて、きっと蒼井は知る由もないだろう。

明らかな敵対行為を取りながら、暁はより明確に意志を示す為に、決意を言葉にした。

「悠斗。俺は全力で、お前を倒す。止めてみせる」

腰を低く、重心を移し、両の手をしっかりと構え。
その先に見据えるは、もう『腐れ縁』ではない。己の使命にただただ忠実に動く、ひとりの『敵対者』だった。

「やってみろよ。出来るものならな!」

蒼井が動く。地を蹴り、一陣の風のように、外套の裾をはためかせながら。
比較的身軽な彼を相手取るには、自分の機動力は役に立たない。
ならば、迎え撃つ!

考えている間にも詰められた距離、目の前に迫る蒼剣。間一髪のところでかわし、暁は引っ込めていた腕で掌底を繰り出す。
読まれていたのだろう、蒼井はそれを無理矢理自身の傍に引き戻した蒼剣で、受け止めた。ガキィ、と籠手が鳴る。

同時に互いが距離を取り、再び衝突する。今度は受け止めた蒼剣を暁が弾き返し、体勢を崩させると、顔面目掛け拳を振るった。
咄嗟に庇う事も出来ず、蒼井は見事にそれを顔面に喰らう。だが、倒れるその勢いを利用し地面に手を付き、思い切り暁の顎を蹴り上げる。脳震盪を起こしかけふらつく暁を深追いはせず、軽やかに着地し立ち上がる。

一瞬の攻防。間合いの外で、揺れる脳を落ち着かせる為に、互いに動きを止める。

「くっそ、お前蹴り技とかやるキャラじゃなかっただろ」
「お前こそ、他人の顔を容赦なく殴るような性格じゃなかっただろ。お互い様だ」

咥内に貯まった血と共に、吐き捨てるように言い合う。口許を拭い、そしてまた、互いの出方を伺い合う膠着状態。
次に動くのは、どちらが先か。