【注意】見荊

見嶋千里の興味の対象は、後を絶たない。
それは時に特定の人物だったり、敵であるはずの存在だったり、果ては世界そのものだったり。時には危険を顧みず、ひたすら“知識”を――いや、その更に先を追い求めた。
荒廃した世界を、ここに生きる全ての生物を、その総てを、この双眸に収めたい。それが、見嶋千里という人物に唯一存在する欲求だった。

――否。
それ以外にも、一つ。

「――なーにしてんの、麗しき執事さんよぉ」

目の前を歩く、自分より長身の黒髪に声をかけた。手には何かの買い物の帰りなのか、紙袋を抱えている。
日中でも暗い路地裏を歩いている事に若干の疑問が生じなくもなかったが、そこはとりあえず気にしない。気にはなるが、気にしない。

相手は声の主が誰なのかに気が付くと、あからさまに嫌悪の表情を浮かべ口を開いた。黒縁眼鏡の向こうにある切れ長の瞳に、殺気が込められている。

「……見嶋、何の用ですか」
「いやぁ、ちょいと外を彷徨いてみようと思ってたら、タイミング良く話し相手を見付けたからよぉ」
「残念ですが、他を当たって下さい。私はこれから、マスター様に買い物を届けなければ――」

そそくさと逃げようとする相手――荊棘従道の肩に手を置き、足を止めさせる。こうでもしないと、多分本当に逃げられそうだと感じたのだ。

「つれねー事言うなよ。つか、何でこんなところいんのよ。アンタみたいな奴が彷徨いて良いトコロじゃないぜぇ、ここは」
「私が何処にいようと、貴方には関係ないでしょう。用はそれだけですか? 先を急いでいるんですが――」
「関係あるんだよナァ、コレが」

どうしても自分と話をしたくない、という態度が勘に触る。

――ダン!!

荊棘の白い首を掴み、側の建物に身体を勢いよく叩きつける。ギリギリと首を締め付ける力を強くする。
相手が持っていた紙袋が地面に落ち、中に入っていた缶詰やら飴やらが散らばって行った。

ぐぅ、と小さく呻き声を上げるも、荊棘はキッと双眸を自身に向ける。
あぁ、何て綺麗な殺気なのだろうか。丹念に研がれたナイフを首筋に当てられているような、曇りない殺意。それが、全て自分に向けられている。

その悦びをひた隠し、細い首にかける力を強める。切り忘れた親指の爪が、白い肌に食い込んだ。
双方の顔の距離は、互いの息遣いが聞こえる程に近い。

「この通りってさぁ、結構ヤバい連中が根城にしてんの。アンタみたいなキレーな兄ちゃんが彷徨いてりゃ、すーぐ捕まっちゃうぜ?」
「今の貴方が、しているみたいに、ですか?」
「そーそー。……まぁ、食って欲しいって言うんなら止めねーけど?」

言いながら、親指の爪はとうとう肌を切り裂いた。伝い落ちる赤い血液が、今の自分にはとても魅力的に見える。

「……貴方は、私をどう、見ているんですか」

気道が押さえつけられ、呼吸が思うように出来ないからだろう。途切れ途切れに紡がれる言葉を受けながらも、視線は首筋の血から離れない。

「んー? 皇の事を知る為の重要人物、そんで……」

ダメだ、こりゃ我慢出来ねぇな。

「ご同類、だな」
「――っ……!」

首筋の動脈から流れ出した血液を、舌で舐め取る。
チリチリ痛みを感じ苦痛に歪む顔を見ていたくて、いきなり出元を狙うのではなく、徐々に、徐々に――。

唐突に、後頭部を鷲掴みにされる。荊棘が、自由な右手でこれ以上の迫撃を止めたのだ。

「……離して、下さい。貴方と話す事は、ありません」

眼光がかつてない程に鋭く尖り、有無を言わせぬ雰囲気を乗せて言下された。
こうなってしまえば、退かざるを得ない。名残惜しくはあったが荊棘の首から手を離し、軽く肩を竦める。

「マスター様にヨロシク言っておいてくれよォ。千里が遊びいくぜっつってたってよォ」
「……出来る事なら、貴方をマスター様に近付けたくはないのですが……覚えていれば伝えておきましょう」

乱れた襟元を正しながら、先程までの殺気など何処に行ったのか最初の態度のままで返してきた。荊棘に勘付かれないよう、口元を歪める。

そうだ、それでいい。
でなければ、面白くないのだから。

見嶋千里に存在する、もう一つの欲求。
それは――。