はぐれちゃった村崎君

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

忙しなく呼吸をしながら、肩越しに背後を見やる。
夥しい黒。まるでオイルの流れ出した海のように、だがそのどれもが蠢くようにこちらを見ている。
星喰い――だがこれは、まだ雑魚と言える強さしか持たない。問題は、その習性だ。
野生動物の中には、群れを作り一斉に獲物を襲う奴らがいる。こいつらはそんな動物と同じで、今まさに僕――村崎十織を付け回している。

「くそ、まだ来る……! しつこいんだよ、お前ら!」

腰の鞘から剣を抜き、飛びかかってきた一体を斬り捨てる。だが気持ち悪い慟哭を残し消えたそいつの場所に、別のそれが現れた。キリがない。

舌打ちし、そいつに構う事なく再び逃げる。確か、この先に廃墟があったはずだ。そこで一旦やり過ごして、態勢を立て直そう。

――と、思考を一瞬でも敵から逸らしたのが間違いだった。

「――ぐぅっ……!」

気が付けば、僕は岩山に叩きつけられていた。肺から押し出された空気が吐き出され、全身に痛みが走る。

突然現れた、新たな星喰い。群れを成すこいつらとは違い、そいつは両目を不気味に光らせながら僕を見据えていた。ふしゅるるる、という鳴き声が、舌舐めずりをしたように感じる。
腹部が痛いのは、突進されたからかー或いは、古傷から連想される恐怖からか。

咄嗟に剣を構えようとしたが、手元に見当たらない。見れば、少し離れた先にそれは転がっている――どうも、突き飛ばされた時に手放してしまったらしい。
とんでもない失態を犯してしまった、と悔やむ暇はなかった。目の前の星喰いは、大口を開け僕に迫る。
絶対絶命――僕は覚悟を決め、目を閉じる。

「村崎っ!」

直後、ザン!と空気を斬る音と自身の名を呼ぶ声が耳に届き、僕は弾かれるように目を開ける。

「――うおおおおぉっ!」

青い髪と群青の服。
僕と星喰いの間に割って入ったその人物は、気合と共に袈裟を繰り出し星喰いを後退させる。

「無事か、村崎」
「……ありがとう。助かった」

差し出された手を取り、僕は彼――蒼井悠斗に礼を言う。引っ張りあげて貰いながら、目前の星喰いを見据えた。

「村崎君、はい。剣、取って来たよ」

そう言って僕の剣を差し出したのは、天草水樹。二人とも、はぐれていた仲間だった。

「遅くなってごめんな。迷ってた」
「僕も逃げ回ってたし、仕方ないさ。それより――」
「あぁ、こいつらをまずは片付けないと、な」

この広い世界だ、逃げ回っている人間を直ぐに捜せというのが無理難題なのは承知している。
僕の言葉の先を察してくれた蒼井は、再び剣を握り直した。

「おっきいよ……倒せるの?」
「天草は下がってて。村崎も、ダメージが残ってるなら休んでて良い」
「いや、大丈夫。もう回復してる」

天草は涙ぐんだ表情で星喰いと僕らを交互に見ているが、蒼井は既に応戦の態勢になっている。
岩山に叩きつけられたダメージは大きかったが、元々死ににくい体なのだ、回復も早い。僕は蒼井の隣に並び、剣を構えた。

■ ■ ■

蒼井君と村崎君を喋らせたかった結果。