政府からの使い

この本丸の部隊の長を務める山姥切国広と、天下五剣である三日月宗近は、とても仲が悪い。

山姥切国広は本丸が出来た直後から審神者と共に戦ってきた、いわゆる『初期刀』という立場だ。彼を慕い頼る刀は数知れず、恐らくこの本丸にいる刀の一振りを除いた全員かもしれない。

さて、除かれた一振りだが、彼こそが先に上げた刀--三日月宗近である。

彼は、審神者に顕現されたとは言え、元は政府の調査の一環として派遣された刀だ。
数多とある本丸の中には、『ブラック本丸』と呼ばれるものもある。
それは、暴力、暴行、と挙げれば胸糞悪くなる類いの行いを、呼び出した刀剣達に向ける審神者がいる本丸を指す。

--とはいえ、審神者はただの人間。僕らからすれば、か弱き生き物でしかないのだけど。

刀剣男士は、刀に宿った付喪の神とされる。
それなのに、人間である審神者に逆らう事が出来ないのは、やはり彼らの霊力がなければこの世に顕現出来ないからなのだろう。
そんな相手に向け、時には卑下する言葉を浴びせ、また時には手どころか足を上げる者もいるのかもしれない。

そんな本丸がないか調査をするべく、政府は定期的に政府預かりとなっている刀剣を派遣する。派遣、というよりは貸与、と言うべきか。

もちろん、堀川国広がいるこの本丸も調査を免除される訳はなく、政府から刀剣がやってきたのだが--それがまさか天下五剣であるなど、一体誰が予想出来たのだろうか。普通はもっと、こう、と当時は言い表しようのない言葉を、届くはずはない政府に向けて話していたのを思い出す。

堀川は、向かい合っていた机の帳簿から顔を上げる。
長らく兼業していた山姥切国広と、堀川国広と交代で、この本丸の近侍は回っている。審神者は霊力がとても不安定で、なかなか顔を出せない為、本来であれば審神者が行うべき業務も近侍が行う。故に、誰でも気軽に行う事が出来ない。つい先日まで、鍛刀も手入れも刀装作りも、全て山姥切国広だけで行っていたのだ。

ほんのつい最近日課になった日誌から顔を上げたのは、近侍部屋の外から、捨て置けない怒号が聞こえたからだ。

「相変わらず薄汚いな、写しの子。さっさと俺の視界から外れないか」
「アンタに言われずとも外れてやるさ。それから、その呼び方は止めろ」
「写しの子にそうと呼んで何が悪い?」
「俺には、山姥切国広という名がある! 俺は確かに写しだが、お前がそうと呼ぶ権利はないはずだ!」

障子を少し開いて外の様子を伺うと、例の二振りがいつものように険悪なやり取りをしていた。
内番の際に着るジャージを身に纏った兄弟--山姥切国広と、狩衣から防具を取り払った姿の三日月宗近が、縁側で言い争っている。
周りで様子を見ている刀達は、はらはらとその様子を見守っているようだった。

「まぁたやってんのかよ。あの二人」
「兼さん」

様子を見ていると、騒動の反対側の縁側に内番着を纏った刀--自分の相棒である和泉守兼定が、呆れた表情で立っていた。

和泉守が言った通り、あれはここ最近で日常茶飯事となってしまった光景なのだ。
何の拍子でか三日月が突っ掛かり、山姥切がそれに言い返す。言い争っている内に白熱してしまい、そこらにあるもので乱闘をする事だってあった。その度に、近くにいる主に大太刀、または太刀勢が力ずくで止めに入る。

「切国もとんだ災難だよなぁ……」
「そう思うなら、兄弟を助けて来てよ」
「あー? 大丈夫だ、獅子王と山伏が割って入ろうとしてっから」

長い髪を掻きながら座ろうとする相棒に助けを求めるが、和泉守はちらりと一瞥し、自分より大柄、あるいは練度の高い刀が動いているのを確認して言った。堀川もそれを認め、もう、と息を吐く。

「三日月の奴、来てからずっとあの調子だろ? 初期刀の切国すらあの扱いだしよ」
「うーん……」
「何唸ってんだ?」

今もまだ、山姥切と三日月は山伏国広と獅子王に押さえられながらも、言い争っている。

だが堀川は、そこに妙な引っ掛かりを覚えて首を傾げた。
二振りが発する言葉は辛辣そのものだ。そのはずなのに、何かが違う、と己の勘が告げている。
どうせならもう少しヒントをおくれよ僕の勘、と頭を悩ませていると、怪訝そうに和泉守が顔を覗き込んできた。
どうせなら聞いてみよう、と二人を視線で指し示し、堀川は尋ねる。

「兼さん。あの二人を見て、どう思う?」
「あ? そりゃ、仲悪いとしか思えないだろうよ」
「…………そうだよねぇ」

顔を合わせれば、凶悪とも言える言葉の応酬。そのまま乱闘騒ぎに発展するまでの喧嘩。成程、仲が悪いと思うには十分だ。

取り押さえられた二振りは既に関心を他所に移し、山姥切は山伏と、三日月は獅子王と話をしながら、振り向きさえしない。

--でも僕には、どうしても喧嘩なのだとは思えないのだった。

   ■   ■   ■

「前回の任務で、承久の乱が起こるよりも前に幕府が倒されていた事は確認している。推測だが、時間遡行軍は倒幕を企てていた勢力に荷担し、既に幕府の歴史を変えてしまっているのではないかと判断した」

政府から支給されている端末を操作しながら、山姥切が今回の任務内容を読み上げる。

今回の第一部隊は、山姥切が隊長、堀川、和泉守、獅子王、石切丸、--そして三日月。
何故この二人が、と刀選を知った時は頭を抱えそうになったのは、きっと自分だけではない。

「なので、今回は承久の乱が起こるこの時代に来た訳だが……」

話を聞いてはいるものの、堀川は三日月が気になってしまいあまり頭に入らない。

当の三日月は悠然と直立しており、だがその双眸は鋭利な刃物のように細められている。視線の先は山姥切で、堀川には彼が今何を考えているのか、さっぱり予想がつかなかった。
それは他の刀も同じようで、隣に立つ和泉守が、三日月の視界に入らないようわざわざ移動してから、堀川に小声で話しかけてきた。

「おい国広、何で三日月が来てるんだよ」
「主さん、押し切られちゃったんだよ。武家の時代は俺も出るって」
「じゃあ切国を置いてくれば良かったんじゃねぇのか」
「とは言っても、僕達の中では最高練度だし、単純に戦力としては……」
「とりあえず、この時代で歴史との差異を探す事が今回の任務だ。何かおかしな箇所が見付かったら教えてくれ」

端末を懐に仕舞い、山姥切の説明が終わる。
一先ずはこの時代を歩いてみて、時間遡行軍が現れそうな歴史の綻びを探すのが先決だ。

--と、そんな事を考えていた刹那。
空が歪み、パリパリと空間に亀裂が入る。

「! 兄弟!」
「手荒い歓迎だなぁ?」

現れたのは、薙刀、槍、太刀、短刀を持った時間遡行軍、計六体。
対してこちらは、大太刀、太刀、打刀、脇差。槍の貫通力にさえ注意すれば、然程手こずる相手ではないはず。

「短刀から落とすぞ!」
「太刀は私が!」

石切丸に太刀、槍に三日月と獅子王が駆ける。敵の中で防御が低い短刀目掛け、刀を抜いた山姥切も走り出す。
堀川も脇差を抜き、現部隊の刀剣いちの身軽さを生かして建物の屋根の上に駆け上がると、時間遡行軍の死角から襲いかかった。狙いは、和泉守が相手をしている薙刀。
振り被られる薙刀を弾き、揺れた体に和泉守の刀の一閃が叩き込まれる。

短刀の一体を、山姥切が一撃で仕留めた。残り一体の短刀は、今まさに体勢を整えようとした和泉守に、斬りつけようと振りかぶっているところだ。

「和泉守!!」
「っ!」

山姥切の声に間一髪防御が間に合い、眼前に掲げた自身を払うと、和泉守は一歩後退する。入れ替わるように、山姥切と堀川の同時攻撃が放たれ、残りの短刀も崩れ落ちた。

「薙刀、来るぞ!」

襤褸布が重力に従い落ちきらない内に、山姥切が地面から跳躍しその場を離れる。薙刀の刃は地面を抉り、その威力を際立たせた。

「和泉守、止め頼む」
「はぁ!? 切国ちょっと待」

返事を聞かず、山姥切が薙刀の懐に入り込む。すれ違い様に数度斬り付け、素早く離脱--しようとして、出来なかった。
薙刀をくるり、と返すと、払うようにして振り回して来たのだ。
堀川の位置からでも、ニタァ、と時間遡行軍の口が歪んだように見えた。

「!? しまっ--」

懐全てをカバーする攻撃に、その中にいた山姥切はまともに喰らう。吹っ飛ばされ、建物の壁に叩きつけられた。三半規管を打ったのだろう、すぐには動けないようだった。

「野郎ォ……!」

背後に回っていた和泉守が、山姥切と薙刀の間に割って入ろうと駆け出し、だがそれは他の人物によって阻止された。

「--これでどうだ?」

いつの間にそこにいたのか、三日月は薙刀の振り下ろしを片手一本で受け止め、弾き返す。そしてぐらりと体勢を崩した薙刀の体を、会心の一撃でいとも簡単に地に伏せたのだった。

「み、三日月?」
「和泉守、後ろに槍が来ておるぞ」
「ってうおっ!? あっぶねぇな!」
「兼さんが余所見してるからでしょ! 兄弟は僕が見ておくから、早く獅子王君と石切丸さんの応援に!」

堀川は慌てて山姥切に駆け寄る。その際、三日月とすれ違い様に視線が交わった。

--え?

一瞬だけ見えたそれは、驚いて振り向いた時にはもうなくなっていた。でも、間違いなく堀川は見た。

駆け出す前の三日月の視線は山姥切に向かっていて、表情こそ全く変わっていなかった。が、その三日月を宿す瞳は、悲しそうに--まるで自分が傷付いたかのように、揺らいでいたのを。

現れた六体の時間遡行軍を殲滅し、とりあえずの危険は去ったと皆が納刀するので、それに倣って堀川も自身を鞘へと納めた。
衝撃から回復した山姥切は立ち上がり、隊員の方へと視線を向ける。

だが、何かを言う前にそれを遮る声があった。
三日月は不機嫌を隠す事もせず、山姥切を静かに、鋭利な視線で睨み付け、口を開く。

「写しの子、お主は隊長であろう。隊員を庇って負傷など、まだまだ鍛練が足りんと見える」

びくり、と名指しされた山姥切は体を震わせるが、襤褸布の下の目を三日月へと返し、反論する。

「何を言う。隊長こそ、仲間を守って傷付くべきだろ」
「その結果、もしお主が折れたらどうするのだ? 隊員は頼るべき隊長をなくし、路頭に迷わないとも限らんのだぞ? まして我らの審神者は非力故に、緊急時の対応が可能かは不明瞭。そんな中に、動揺で冷静さを失った隊員を残し、さてどうなると思う?」
「そ、それは……」

一方的、だった。
新たな反論の声を上げる暇もなく、つらつらと述べられる言葉。それは確かに、山姥切の危うさが招きかねない『結果』を示していた。
集団戦であれば、頭となる人物を先に倒すのは戦略として有効である。司令塔がいなければ、どんな完璧な統率が出来る部隊でも簡単に瓦解するからだ。

今もし山姥切が折れていたら、堀川や和泉守はそれでも動揺せずに戦えていただろうか。少なくとも僕は無理だな、と堀川は両の拳を握り締める。

「隊長こそ傷付くべきという、その自己犠牲しか見えない考えを改める気がないのなら、俺はお主の指示など聞かんぞ。一度頭を冷やして、考えてみよ。--獅子王、行くぞ」
「え? あ、ああ」

踵を返し、三日月は獅子王と並んで前を歩き出す。町の住人を探し、現在の状況を確認する為だろう。
すっかり黙り込んでしまった山姥切に、和泉守が息を吐きながら近寄る。三日月の言葉は嫌に緊張を覚え、迂闊に動く事が出来なかったのだ。

「三日月、相変わらず切国に酷ぇ言い方だなー。気持ちは分かるが、もうちょいどうにかなんねぇかね」
「身内がすまないね。本来の三日月は、あそこまで辛辣な言葉は口にしないはずなんだが」
「石切丸さんも、あんな三日月さんの姿を見た事はないんですか?」
「ああ。私が知っている三日月は温厚でのんびり屋過ぎる面もあるが、他人に直接的な非難を浴びせるような刀ではなかった。正直、彼の変わりようは、同じ刀派の私でさえ戸惑っているよ」

大太刀の石切丸は、三日月宗近と同じ三条の作の刀剣。ここに来る以前にも、共に過ごしていた時間があったのだろう。
その同派の刀剣でも見慣れないという、三日月の態度--余程、山姥切国広を敵視しているのだろうか。

山姥切は襤褸布の端を摘まみ、ぐい、と引き下げながら、ぽつり、と呟いた。

「……当然だろう。写しごときが、審神者に近い近侍や部隊長を命じられているんだからな」
「そんな地位、俺は羨ましくも何とも思わねぇんだがなぁ……忙しそうだし」
「兼さん?」
「冗談だよ、じょーだん。俺だって頼られればやるっつの」
「知ってるよ。兼さん、任されたら張り切ってやり遂げる刀だって事は!」
「この前、私と畑当番だった時は張り切り過ぎて、怪我をしていたね」
「張り切り過ぎて空回ってた時ですね、それ」
「国広!」

他愛のない会話が続く。
山姥切が受けた三日月の言葉のダメージを少しでも払拭出来れば、と思う反面--堀川は、あの言葉を『非難』と称する事に疑問を抱いていた。

山姥切と石切丸、堀川と和泉守と別れて聞き込みをし、時間通りに戻ってきた刀から、それぞれ得た情報を述べていく。
幕府や倒幕側の動きを見て歴史の差異を確認していくが、影響はこちらでも起きているらしかった。幕府は健在であったが、倒幕側の戦力が正史以上に強い。
つまり、これよりもっと前--厚樫山の戦いが、倒幕側の戦力が強力になり幕府が倒れた原因の発端である、という推論が立てられた。
そこに、遅れて戻ってきた三日月と獅子王の二人の情報で、推測が確信に変わる。

「やはりこの時代でも、随分と齟齬があるな……」
「もうちょい前の時代か、本命は」

最初に鉢合わせてから、時間遡行軍には遭遇していない。とはいえ、山姥切は軽傷ではあるが傷を負っている。
さてどうするのかな、と指示を待ちながら、空を扇いだ。

「とりあえず、もう少し時間遡行軍を殲滅したら、一度本丸に戻るか」
「何故?」

暫し思考した山姥切が、決断を口にする。
が、まるで予想していたかのような早さで、三日月が理由を問うた。
山姥切は何を問われたのか一瞬分からなかったようで怯んだが、それに構わず、疑問は更に続けられる。

「先の襲撃で、我らは無傷ではない。お主は吹っ飛ばされ、建物に叩きつけられておったはずだ。その状態で、長居は無用の時代に留まる理由は?」
「……余裕があれば、練度上げを行っても良いと主に」
「余裕? 『部隊』の余裕ならともかく、『個々』として見るならば、余裕はないはずだが? 特にお主が」

堀川は、山姥切を見る。
立ち位置が悪く、被っている襤褸布が体全体を隠してしまっているが、先程は暫く動けなくなる程の力で建物の壁に叩きつけられていたのだ。どこかしらに傷があってもおかしくないが、堀川は自身の兄弟がそういう申告をきちんとしない事を知っている。

図星だったのもあるだろう、山姥切は言葉を詰まらせたかと思うと、キッと三日月を睨み付けた。あ、これ駄目な奴だ。

「何なんだアンタは!? そこまで俺に不満があるのなら、アンタが部隊を率いれば良いだろう!」
「俺は、政府の調査を目的として派遣された刀なのでな。そこまであの本丸に助力するつもりはないぞ」
「じゃあ、何故そうやって」
「ふ、二人とも落ち着けって!」

予想通り、山姥切は完全に頭に血が上り喧嘩腰で三日月に突っ掛かる。見た目に対して意外と沸点の低い兄弟には、限界だったらしい。獅子王が慌てて間に入り、落ち着かせようとしている。
その怒りを向けられた三日月は、だがいつもとは異なり冷静だった。ちらりと山姥切を一瞥し、

「視野が狭いと、己の命を縮めるぞ。写しの子」

言うが早いか、風の動きが変わった。

青かった空に、段々と雲が発生し、周囲が暗くなる。町を歩いていた人々が、急な天気の変わりように驚き、家の中へと入っていく。ぽつ、ぽつりと、空は泣き始めた。
ほぼ一瞬でただ事ではなさそうな気配に変わった周囲に、堀川は冷や汗を浮かべる。天気が変わりやすいと言うレベルではない。

「あんなに晴れてたのに、雨……?」
「来てしもうたか。少々、足が早い」

三日月が、忌々しいと言いたげな声音で空を見上げた。

時間遡行軍が現れるのと同じように、空が割れる。だがそこから現れたのは、それよりも禍々しい姿をした、初めて見る敵。
ぞくり、と背筋が冷える。
あれは、やばい。

向こうからはこちらが丸見えであろう、ゆっくりと堀川達に視線を向けられたのが分かった。

「--走れ! 町から離れるぞ!!」

山姥切の指示に、弾かれたように誰からともなく駆け出す。
ここはまだ町の中、あれが堀川達に攻撃をしてくるのなら、人間達が危険だ。

すぐ脇にあった竹藪に身を隠しながら走っている間にも、空は青を覆い尽くし、水の滴を落とす。勢いはまだ弱いが、じきに叩き付けるような大雨になるかもしれない。

「み、三日月! あれ、何だ!?」

獅子王が三日月に問う。あれ、とは聞かずとも何を指しているのか分かるだろう。
聞かれた本刀は、背後に視線を投げながら、その答えを口にした。

「歴史を修正しようとする時間遡行軍、それを殲滅しようとする我ら。それとは別に、歴史そのものに接触するのを阻もうとする奴等よ。政府から連絡が来ておらんか?」

言われて、堀川は内心頭を抱えた。
主宛の、政府からの瓦版に、その存在が現れ始めた事による注意喚起の文面が挟まっていた事を思い出したからだ。
一体何処の者の差し金かも分からない、謎の一味。姿形は時間遡行軍に似ていなくもないが、帯びている禍々しい気配はそれと似つかない。
その知らせは本丸にいる全刀剣にも伝えていたので、三日月以外の皆も、その名を思い出したようだ。苦々しい表情で、山姥切が敵の名を口にする。

「検非違使……!?」
「長らく同じ時代に留まっていると、気配を察知してこちらを消そうとしてくる。個々の戦力も高く、倒すにはちと骨が折れる」
「災厄の根幹とも言うべき敵、と言う事か……」
「まぁ、来てしもうたものは仕方ない。写しの子よ、さっさと本丸の者に緊急帰還を指示せよ」
「今やっている!」

それぞれが叫ぶようにして会話をする中、堀川の鼓膜は異質な音を拾った。この時代には絶対に存在しない、だが何処かで聞いた音。
何だったのか思い至った時、それはもう背後まで迫っていた。

「--みんな伏せて!!」

ドドドドド、と雨に紛れて撃ち込まれる銃弾。指示が一歩遅れてしまいそれぞれの狩衣を抉ったが、指示があったお陰でそれだけで済んだ。幸い、身体に当たった者はいない。

しかし、気を取られたせいで検非違使に追い付かれたのも事実。いつの間にか長柄槍を構えた奴を中心に、前後左右に六体の検非違使が立っていた。
いざ目の前にすると、何ておぞましい姿なのだろう、と唾を飲み込む。震えそうになる両足を奮い立たせ、鞘から得物を抜く。

「追い付かれたか」
「く……」

長柄槍が、じわじわと間合いを詰めていく。既に自身を抜刀している三日月と和泉守が、油断なくその動きを睨み付けた。

「今、薬研が帰還準備を進めている! それまで耐えるんだ!」
「何分だ!?」
「最速でも五分はかかる!」
「五分か……致し方ないなぁ」

本丸への帰還に使う門の操作はどの刀剣でも行えるが、如何せん起動に時間がかかる。待機してくれている薬研が対応しているのなら完璧に、最短の操作をしてくれると分かっているが、それでも五分。こういった場合、それだけの時間が生死を分ける。
加えて、ここは竹藪の中。敵も同じだろうが、こちらの太刀や大太刀の戦力も、若干削がれてしまう。

堀川は、自身の柄を握り締める。
長柄槍と大太刀と太刀、薙刀と、槍が二体。
脇差の間合いで戦うには些か危険だが、飛び込むしかない。

「長柄槍は俺が請け負おう。あやつが頭目のようだ」
「分かった。石切丸、獅子王。それぞれ大太刀と太刀を押さえていられるか?」
「承知した。やってみよう」
「やるしかないだろ!」
「頼む。和泉守、兄弟。迅速かつ確実に、一体ずつ仕留めるぞ」
「それしかねぇな……!」
「了解!」

大太刀と太刀が半分を押さえている間、機敏に動ける打刀と脇差の三人で残りの半分を仕留める。賭けに近い戦法だが、他に有効な手段は思い付かない。

槍の一体が、和泉守と堀川に攻撃を仕掛ける。二振りは左右に避け、突き出された武器を引き戻す動作を見ないまま、検非違使へと斬撃を繰り出す。和泉守は刀で槍の一撃を逸らし、堀川の攻撃は相手の腕を抉った。

山姥切もひらりと薙刀の袈裟斬りをかわし、もう一体の槍の目の前に着地、跳躍。それを追いかけるように突き出された槍は、同じく山姥切を狙い追撃しようとしていた薙刀の肩に突き刺さる。
相討ちを誘発した当の本人は、背後から薙刀を蹴り飛ばし手放させると、検非違使の能天を刀で貫く。ギェ、と耳障りな音を立て、検非違使の一体は地に倒れた。

だが山姥切がもう一体の槍に狙いを戻した時、相手は山姥切ではなく堀川の方へと駆け出していた。
竹藪を容赦なく踏み抜き繰り出された、堀川の右腕を的確に捻り落とす軌道に沿った、槍。脇差があれを喰らえば、折れはせずとも軽傷では済まない。

「国広!」
「わ……!」

ぐい、と襟首を掴まれた堀川が声を上げ、後方へと引き摺られる。代わりに晒される和泉守の利き腕に、槍の突きが直撃した。ざく、と肉を斬る音が、嫌に耳に届く。
ふらついた隙に、元々対峙していた方の槍も攻撃を繰り出す。何とか山姥切がそれを阻止し撃破するが、和泉守の腕はみるみるうちに赤く染まっていた。

「兼さんっ!!」
「へ……利き腕か、ちっとヤベェな……」
「あと二分……!!」

薙刀と槍二体は倒した。後は太刀と大太刀と長柄槍、それぞれに応援を。そう考えた山姥切が、応戦しているであろう三人の方を振り向き--目を見張ったかと思うと、飛び出した。堀川は和泉守を一瞥していた為、反応に遅れる。

「兄弟!?」
「うわっ……!」

獅子王の悲鳴。
山姥切の向かう先には、獅子王が戦っていたはずの太刀が、三日月と長柄槍に割って入ろうとしているのが見えた。

「--三日月!!」
「!?」

まさに三日月に振り下ろされるところに、割って入った山姥切の刀と検非違使の太刀が衝突。ギィン、と甲高い音が響き、山姥切が弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

衝撃で意識を失ったのか、どさり、と倒れる山姥切の手から力が抜け、刀が手放され、地面に落ちた。
ヤバい、と堀川の頭の中で警鐘が鳴る。まだ折れるまでには至っていないようだが、あれでは折ってくれと言っているようなものだ。
検非違使の顔に気持ち悪い笑みが浮かべられたように見え、また三日月と相対する長柄槍の視線が、山姥切の刀の方へと向く。

堀川は駆け出し--だが、それよりも先に、山姥切の刀に手をかけた者がいた。

三日月は地面に転がる山姥切の刀を手に取り、自身の刀を、長柄槍と太刀へと向ける。瞳は絶対零度の冷たさを帯びている、直に殺意を向けられている検非違使でなくとも背筋が凍る思いがした。

「これを折る事は、俺が許さぬ」

静かに、だが最上級の威圧が込められた言葉。
ざ、と土を鳴らすと、三日月は次の瞬間には長柄槍の懐に入り込み自身の刀を振るい、舞うように数回斬りつけた。重い、それでいて的確に同じ箇所だけを幾度となく攻撃している。あそこまで入り込まれると、攻撃範囲の広い長柄槍は攻撃までに予備動作も行えない。
そして止め、と言わんばかりに、三日月が検非違使の体を一閃した。

続けざま、今度は太刀の振り下ろしを受け流し体勢を崩させると、一辺の迷いもなく首を落とす。検非違使は声を上げる暇もなく倒れた。

三日月が刀にこびりついた液体をぴっ、と払った時。
何かが繋がったような音がし、直後後方に『門』が現れる。本丸への道が開かれたのだ。
最速五分だ、と叫んだ山姥切の言葉を思い出したが、今はそれどころではない。
幸い、残る大太刀は石切丸と獅子王、和泉守兼定が片付けてくれていた。帰還するのに邪魔をされる心配はないが、油断は出来なかった。

「獅子王君、兄弟をお願い! 皆さん、早く門へ入ってください!」

××国、識別番号XXXXX。
本丸の第一部隊が初めて遭遇した検非違使との戦いは、隊長の山姥切国広と和泉守兼定が重傷寄りの中傷、石切丸と獅子王が軽傷寄りの中傷、堀川国広と三日月宗近が軽傷という結果で終わったのだった。