はじめまして?

#1

「だーかーらー!! その口上は良いっつってんだろ!? 良いから部屋に案内しろ! あ? ――お前の部屋じゃねぇ!! 後で覚えてろよお前!!」

部屋の外から聞こえてくる、聞き覚えのない声。それに続くのは白鳥の声で、誰か彼の知り合いが来客したのはすぐに分かった。
キッシュの次に出された、デザートのガトーショコラをちまちまと食べながら、その喧しい声に耳を澄ませ……ているのだが。
向かいにいる男――コウと名乗った彼が、もぐもぐもぐもぐと二個目の皿に手を出すのが気になって仕方がない。
荊棘従道と名乗った、執事の男性謹製だというデザートで、コウが絶品だと評価するそれ。確かに、美味しい。美味しいけれど、二皿目に手を伸ばすつもりは、自分にはなかった。
結局どう呼べば良いのか分からないままの彼女――何故か男物の服を身に纏っているが、女性だと思われる――も、その食べっぷりを興味津々と見ながら、来たみたいだねぇ、と言った。ちなみに、彼女のデザートは既にコウに譲られている。

「皆の者!! 新たなマスター達が、たった今到着したぞ!!」

ばーん!!と勢い良く両開きの扉を開き、件の白鳥が部屋に戻ってきた。静かに入りなさい貴方の家でしょう、と口を開きかけ、そちらに視線を寄越す。

「へ」
「ん?」

コウが口許にスプーンを向けたまま、気の抜けた声を上げ固まる。
見付かったジュエルマスターは二人だと聞いていたが、仁王立ちする白鳥の後ろには六人の人間がいる。
そのうちの、着流しを身に纏ったいかにも粗暴者といった出で立ちの男は、私と視線が合うとぽかんと口を開けた。後で聞いた話だが、その時の男とコウの顔は全く同じだったらしい。

「お前……灰子か?」
「え、知り合いなの?」
「違うわ。私の知り合いに、こんな身の回りがだらしなさそうな男はいないもの」

初対面早々、自分とは違う人の名前で自分を見る失礼極まりない男と知り合いにされるなど、たまったものではない。
コウの問いにきっぱりと告げると、その男は何がおかしいのか笑い声を上げ、私の視線を鋭いそれで返してきた。

「随分はっきりと言ってくれるじゃねぇか、お前」
「事実を言ったまでだけど?」

何、この男は。
不愉快を隠さず答えた私に、男が更に続けようとした――のだが。

「ヒスイさん、ヒスイさん。落ち着いてください。珠子さんを思い出すのです!」

位置的に、男に半ば隠れていた少女が、彼の衣服の裾をくいくいと引っ張りながら声を上げた。
自分よりも下、ではあると思う。そんな彼女の発言に、男はそうか、と露にしていた好戦的な笑みを消し、呟く。

「珠子といい、ここは俺の知っている時代と違うんだったな」
「その通りです。ですから、あの女性はヒスイさんの言っている方とは違うと思われます。残念ですが……」
「いや、助かった。お陰で冷静になれたからな。悪かったな、お前」
「……分かってくれれば良いわ」
「それは良かったです」

会話から人違いだと分かり、私もそこから更に言う気も起きず、手元のフォークに載ったガトーショコラを口に運び、ぱくりと食べた。

#2

自分にそっくりな男にも驚いたが、その背後に見覚えのある姿を認め、コウは首を傾げる。
向こうもこちらに気が付いてはいたのだろう、ヒスイと呼ばれた男の隣から完全に姿を出した彼女は、次にこちらに視線を向け、ふわりと微笑んだ。

「お久し振りです、で良いんでしょうか? コウさん」
「多分……久し振り、莉結嬢」

前に会った時と変わらない、不思議な雰囲気をまとった彼女は、懐かしい呼ばれ方ですねぇとくすくす笑う。
後ろから彼女を追って来た、こちらも懐かしい二人にも、久し振りと声をかける。

「御剱と間錐も、久し振り。元気だった?」
「おう、この通り」
「コウさん、お元気そうで何よりです」

そのやり取りが不思議だったのだろう、横で聞いていた彼が、んん、あれー?と声をあげる。

「こっちのふたりは、お互いの事を知っているの?」
「はい。ちょっと予想外の事がありまして」
「そっか、特異な事象もあるんだねぇ」

心底不思議そうに、だが納得したように彼は言った。俺達よりも状況を把握している節のある彼だが、声音からして、本当に予想外だったようで、驚いているらしいと分かる。
莉結がちらりとヒスイの方を一瞥し、軽く首を傾げながら続ける。

「ヒスイさんにお会いした時に、まさかとは思ったのですが……やはり、別人だったのですね」
「えーと、その件については、彼とカナリアも交えて、後で説明するよ。俺、あの後ちょっと色々ややこしい事になってさ」

これまた説明する相手が増えたな、と内心頭を抱えながら告げる。何度も説明するのは手間であるし、今は過ぎ去った事なのだから、現在の状況よりは優先度が低いはずだ。

「それはなんとなく気が付いてた。あの兄さんを見た時点で……つーか、あの姉ちゃんも絡んでるだろ、確実に」
「はは……」
「分かりました。とりあえずその件については、後程……お返しに、私もあの後の事をお話しますね。そういえば、ソウちゃんは?」
「ソウはまだ寝ているから、白鳥さんに別の部屋で寝かせるようにお願いしていたんだけど……そろそろ起きてくるかもしれないなぁ」

顎に手を当てながら、記憶を思い返し答える。自分が目覚めて時間が経っているし、もうそろそろだと思うのだが――。
と、その時。

「ゆーとー!!!」

と、豪邸全体に響かんばかりの声が鼓膜を刺激した。

#3

休日である今日、部屋で来週の模試に向けて自主学習をしていた俺は、異世界から戻ってきた後にコンタクトを取った間錐から、連絡を受け取った。

内容は信じがたいものだったが、やけに朝から胸騒ぎのようなものを感じていた原因はこれか、と妙な確信を抱き、上着を引っ付かんで家を出たところで、ばったり暁に遭遇し。
慌てる俺に不思議そうな表情を浮かべていた相手に一言マスターが、と告げると、暁も顔色を変えて付いてきて。

駅で合流した間錐と御剱さんが連れていた、懐かしい姿。彼女はお久し振りです、とふんわり笑い、俺達は二人揃ってマスター、と口にしかける。
だがそれを許さなかった彼女に、お二人とも私の名前を忘れてしまったんですか!?とショックを受けたように言われてしまえば、俺達は記憶の中から彼女の名前を拾ってくる他なかった。
莉結さん、と呼べば、ショックを受けたように振る舞ったのはわざとだったのかと勘違いする速度で振り返り、ぱっと笑顔を浮かべられる……と言うのが、ここまであった事。

そして今は、白鳥邸の廊下にいる。
先頭を歩く白鳥さんに、ぞろぞろと部屋に案内され。
最後尾にいた俺は荊棘さんと話していたが、しばらくして突然背後からの衝撃と、耳元での大音量の声に襲われる事となった。

キーンとなる耳を押さえながら誰だ!?と犯人をひっぺがすと、見慣れた青いパーカーの少女がそこにいた。

「――って、ソウ!? お前もいたのか!?」
「ソウだよ! ゆーと、ひさしぶり!」

えへへー、と満面の笑顔で、悪びれもなく言ってのける彼女は、続けてコウどこ?と聞いてくる。
しかし彼女がいると言う事は、

「ソウ! と……悠斗に宗谷!?」
「あれー、蒼井さんと暁さんだ」
「コウ!」
「マスター!」

声を聞き付けて慌てて来たのだろう、扉の方から顔を出した顔は、やはり最後に会った時と変わらない二人の姿だった。
俺と暁が同時に声を上げ、ぴゃっと跳ね起きたソウは嬉しそうにマスター――コウの方に飛び付いて行く。

なんだこれは。
横にいた荊棘さんを見上げると、困ったように微笑を返され、俺は新たな波乱の予感を感じていた。

#4

うおっとと、と勢い余ったソウを受け止めながら部屋に入るコウを見ながら、相変わらずコウさん好きだなーと笑う。が、俺はふと疑問を口にした。

「あれ? でも、何でソウは人間の姿なんだ?」
「それが分からなくて。そもそも、俺がこの世界に今存在している理由すら分からないし」

コウさんの説明を受けながら、俺と悠斗、荊棘さんも部屋に入る。
と、そのやり取りが聞こえたのか、新たな声が疑問を口にした。

「え? この子、人間じゃないの?」
「あ、マス……じゃないや、カナリアさん!」
「宗谷、久し振り」

顔には出ていないが、心底驚いたような声に顔を向ければ、こちらも懐かしい顔で。笑顔で名前を呼べば、軽く手を振ってくれた。
カナリアさんの問いに答えたのは、ソウ本人。

「ソウはソウだよ?」
「ソウちゃんはハムスターのセイバーさんなんですよねぇ」
「そうなんだ? ソロンさんやアスハさんと同じ、動物のセイバーさんなんだねぇ」

どうやらソウの事を知らないらしいカナリアさんと、他の動物セイバーを挙げながら納得するマスターのやり取りを見ていると、こっちは見覚えのない背の高い男の人の声が、耳に届いた。

「ちびすけ、お前ひょっとして……」

きょとんとした顔がふたつ。
男の人を見上げたソウが、じーっと見つめたかと思うと、コウと彼を交互に見ながら、やがてこてんと首を傾げた。

「……コウ? ううん、コウじゃない……でも同じ……?」
「やっぱりかよ……」

その返事だけで何かを察したのだろう、男の人は黒髪をがりがり掻きながら納得の声を上げる。
あ、と声が聞こえたのは、丁度そのタイミングだ。

「思い出しました。大黒寺だ」
「大黒寺? って、星辰地区にある寺の事か? 入口に、鼠の双像がある」

桃榎が手を打ちながら言った言葉に、悠斗が反応する。石神住みで、星辰とそこまで縁がない俺には皆目見当がつかないが、悠斗には覚えがあるようだ。

「そう。星辰地区唯一の、古来より伝わる口伝を守りながら大黒天を祀っている、鼠を神徒とするお寺の名前。特異ではあれど、うちとは違う畑だからなかなか思い出せなかったけど」
「それ、俺の家。この時代にも残ってんだな」
「嘘でしょう? 私の祖母の家の近所だけれど、あれが貴方の家?」
「それが、珠子さんと既知のようですし、ヒスイさんの言う通りかと」
「既知と言っても、あいつとは異世界で知り合ったけどな」

口々に発される会話を聞きながら、俺は改めてその場にいる人達を眺めてみる。
自身の記憶にある『マスター』と呼んでいた人達と、セイバーを見ていると、何と言うか――。

「非科学的だ……」

そうそれ。どちらかと言うと、俺はそれをファンタジーと称したいけど。
頭を抱えながら呟いた悠斗の台詞が聞こえたのか、コウさんが苦笑した。

「懐かしいなぁ、その言葉」
「間錐から連絡があって半信半疑で合流して来てみたら、どういう事なんですか、どういう状況なんですか。マスターが何人もこちらの世界にいるなんて、理解の範疇を盛大に越えているんですが」
「蒼井さん、顔、顔」

まぁ、悠斗の気持ちも分からなくはない。
間錐に連れられていたジュエルマスターは、記憶にある彼に良く似た人を連れていてまず驚き。
白鳥邸に到着すれば、その思い浮かべた一人が相変わらずな笑顔を浮かべていて。一緒に、もうひとりの尊敬する一人もいて。
そして、やんわり悠斗の表情について告げた彼女も『そう』であったと、自身の記憶が告げている。

さっぱり意味は分からないし、状況も分からないが、俺は悠斗の背中を叩きながら言った

「だから、悠斗は考え過ぎなんだって! マスターが無事で、しかも俺達の世界にいるって事を喜ぼうぜ!」
「相変わらずの謎理論ね、宗谷」
「お前はそれで良いんだろうが、俺は無理だ。……とりあえず。ゲシュタルト崩壊するレベルでマスターが一堂に介している訳ですし、それぞれ名前で呼ぶしかなさそうですね」
「はは、そうしてくれると助かるよ」

何とか開き直った悠斗が、溜め息を吐く。その音を聞きながら、改めて、今日は凄い日だなぁ、とぼんやり思った。