はじまりのめざめ

#1

「――は……」

目を開ければ、眼前に広がるのは見た事もない一面の青空。
異世界で意識を失ったのは覚えている。ああ、これで俺の役目は終わりかな、と諦めにも似た感情が頭を過り、それもまた役目のひとつだったのであろうと――そういえば、オーブの声が聞こえたような気がする。あなたの本当の願いを、とか――。

むくりと起き上がり、改めて一面の青――遥か上空に広がる空を眺める。今まで当たり前のように見上げていた暗い空は、そこにはなかった。

「――んぅ……」

と、近くで声が聞こえた。
そちらを見やれば、ソウと抱き合うようにして、見覚えもない女性が倒れていた。知らない人であるはず、だがどこか懐かしさを覚える彼女は、やがてゆっくりと瞼を上げた。
ぱちぱち、ぱちぱち。やはり青い空を見て、驚いたのか目を見開く。

「え、嘘……私、何で」

きょろきょろと戸惑いを顕にしながら、女性は起き上がる。と、そこでようやくこちらに気が付いたのか、あなた、と微かに呟いたのが分かった。
それから続かなかったのは、新たな第三者が、建物の影からひょっこり現れたからである。

「あ、はっけん」

中性的な顔立ちの、少し長めの前髪から覗く青銀が、起き上がった状態で固まる俺達を見て、はっきりそう言った。
そのまま動かないのに疑問を持ったのか、その人物はしばし唸り、やがて

「えーっと……おはようございます?」

と、挨拶を口にする。

#2

「……おはよう?」

とりあえず訳も分からないままに返事を返し、女性の友人なのかと視線を向けてみるが、彼女も知らない相手らしく首を傾げている。
ならばもう、本人に聞いた方が早い。

「アンタ、俺か彼女の事を知ってる?」
「うーんと、そうだねぇ。見知った仲ではないけれども、存在自体は知っている、そんな感じです」
「……うん? うん」
「わたしが目覚めたのは、もう少し前かな? オーブさんが『他のジュエルマスター』……あるいは『マスターだったもの』もそのうち起きてくるって言ってたので、じゃあ捜してみようかな、と」

彼――いや、彼女?とりあえず彼で良い、はそう答えると、女性の隣で未だ健やかな寝息を立てているソウを見やり、首を傾げる。

「ふふー、ぐっすりおねむだねぇ。まだ起きそうにないし……。お兄さん、彼女を運べます?」
「え、うん。いけると思うけど、」
「ねぇあなた。ここは、現実世界なのよね?」

女性が口を挟む。
現実世界、と言うと、力を貸してくれたセイバー達が本来住んでいた世界の事であろうか――となれば、今自分がここにいるのが、いよいよもって疑問であった。
そしてそんな発言が出るという事は、彼女もまたこの世界の住人だったのであろう。
その問いに、彼はこくんと頷く。

「うん、まぁいわゆる現実……セイバーさんたちにとっての日常世界、だそうです。詳しく話すと長くなるし、とりあえず、移動しようか」
「どこへ?」

行き先がさっぱり予想がつかないので問いかけてみると、彼はうーん、と悩んだ後に答えてくれた。

「えっと……白鳥さんのところ?」

#3

「おお、夏名里! また会えて嬉しいぞ!」
「はいはい。――というか見かけるなりその行動をするの、いい加減直したらどうなの? 白鳥」

彼に連れられた先は、向こうでは見た事もないような大きな建物。これが全部白鳥王子の家だと言うのだから、あまり顔見知りではない自分も流石に驚きと呆れの表情を浮かべざるを得なかった。自分の拠点と言えば、繁華街にある雑居ビルの一室だったのだから。

出迎えに現れたのは、白鳥王子その人。女性を見かけるなり両手を広げ、熱い抱擁を待機する体勢を取ったが、彼女はさらりとスルーする。
そしてその隣には、全身真っ白な貴婦人風の女性――オーブの姿があった。
彼女は心底安堵の表情を浮かべ、口を開く。

「貴方もこちらで目覚める事が出来たのですね。本当に良かった……」
「オーブ、これは一体どういう事なの? 俺は確かにあの時」
「マイマスター……いえ、もう今はマスターではありませんね。貴方達は、招かれたのです。貴方とカナリア……そして」
「わたしも、だって」

ふむ、分からない。
招かれたとは、一体誰に?
あの時消えるはずだった自らの運命に、水を差した原因が不明瞭なのは、少し気持ちが悪い。
それは女性も同じようで、顔を顰めて発言する。

「それだけでは納得がいかないのだけど……特に私は、あの時確かに刺されて、命を落としたのに」
「貴女と、もう一人の彼は、こちらのマスターの願いで副産物的に再生されたようです。そもそもこの世界は……」
「……なんだろう、正常なはずなのに、なんだかどこか歪……?」

普通にしていれば、確かに何の異常もない。が、うっすらとその異常性に気が付き、ここまで案内してくれた彼をついと見やった。
ほとんど無意識に視線を向けたのだが、それで何を言いたいのか分かったらしく、「そうだねぇ」と返事が返ってくる。

「そうなの? ――というか、あなたは誰なの? あなたの願いで私が目覚めたって、どういう事?」
「えっと、俺は……とりあえず、コウで良いよ。話すと長くなる」

白鳥は彼女を「夏名里」と呼んだ。つまりは自身のルーツと言える「美玲夏名里」その人であり、故に、今に繋がるように説明をすれば少なくない時間を費やす事が、火を見るより明らかだった。端的に済ませられる自信もない。
彼女はそう、と答え、とりあえず納得してくれたようだった。

「まぁ、そんなこんなで、わたしみたいに曖昧な存在が他にもいるらしいという事で、捜索してみてます」
「他にもいるの?」
「んんー……まだいるかもしれないし、いないかもしれないし? 曖昧じゃない子もいるかもしれないし?」

なるほど、分からない。
とりあえず、現状把握にはもうしばらく時間がかかるようであった。