fateパロ(隆夜さん莉結ちゃん)

走る、ひたすら走る。
体力は、既にほとんど残っていない。何も履いていない足は地面の石で傷付いているはずだが、確認する余裕などない。
追いかけてくる、自分より小さなふたつの影。ばっ、と飛び上がった音が耳に届いたので、慌てて建物の陰に身を隠す。
「逃げてはいけませんよ。これも、貴方を想っての事ですので」
だが、それがいけなかった。
少女の声が聞こえるや否や、片方の影が操る超常的な力によって浮遊する護符に、先回りされる。と、それがバチィと音を鳴らしながら半透明な壁を展開させ、俺の退路を封じたのだった。
「っ――!!」
「逃げられませんね。追いかけっこは、おしまいです」
背後から、徐々に近寄ってくる気配。
逃げ出す時に取り戻したそれを強く握り締め、必至に思考を張り巡らす。
どうしよう。どうしたら良い。
ここで捕まってあそこに戻されれば、また実験だと称した牢獄と変わらない日々を過ごすのみだ。
そんなものは、味わいたくない。ほんの少しでも自我が芽生えてしまった以上、求めるものが出来てしまった以上、あの牢獄には戻れない。戻りたく、ない。
諦めたくない。まだ、
「俺は死にたくない、諦めたくない――!」
刹那。
目の前が目映い光に覆われたかと思うと、ごうと音を立てて風が吹く。向こうの二人も同じなのか、驚愕の声が上がったのが微かに聞こえた。
反射的に目を庇う腕が、燃えるように熱く感じる。
――やがて風が収まり、視界が回復すると、誰もいなかったそこに誰かが立っているのに気が付いた。
俺は、心底驚いた。突然何もない場所に人が現れたのもそうだが、何より、自分にそっくりな顔が、そこにあった事に。
「よォ。弱い者苛めか? 感心しねぇなぁ」
袖に腕は通さず肩からかけた羽織を始め、向こうのキャスターと同じような雰囲気の衣服を纏った男。異なるものと言えば、自身の身の丈程もある刀を持っているところだろうか。短く切り揃えられた黒髪が、日光に当てられて僅かに緑色に見えた。
少年が、現れた男に視線を固定したまま、怪訝な表情で背後の少女に声をかける。
「…………マスター」
「ええ、困りました。――紛れもなく、サーヴァントです。彼は魔術師ではありませんが、裡に宿す魔力はそれ以上と聞いています。儀式なしに喚び出せても、おかしくはありません」
僅かに冷や汗をかいた少年と違い、少女は少しも動揺を見せていなかった。ただ淡々と、事実と推測を述べる彼女に、若干の恐怖を感じる。
と、隣の男が利き手は刀の柄に手をかけたまま、空いている方の手を俺に差し出してきた。座り込んだままの俺は自分の手を載せ、力任せに立ち上がらせられる。
「俺のクラスはセイバー。命令を、マスター」
「……助けて。俺は、彼女らに捕まる訳にはいかないんだ。でも」
ぼそぼそ、と相手には聞こえない声量で言うと、彼はぽかんとした顔をし、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「良いのか?」
「理由は後で話すけど、それは、俺の望むところじゃない。――お願い」
「よし」
利き手で刀を抜き、少年に向かってそれを構える。
徹底抗戦だと悟ったであろう彼も、臨戦態勢を取った。
一瞬の踏み込みの後、瞬間移動でもしたかのような速さで少年の懐に飛び込んでいくセイバー。だが少年は予測していたようで、僅かに口許を震わせると自身の正面に障壁を生み出した。
結果、セイバーの刀はそれに阻まれる。
「は、妙なモン使いやがって。――ンなモン、打ち砕くまでだ!」
「うわっ……!?」
しかし、セイバーはそこから更に踏み込んだ。
頑丈なはずの障壁はぎりぎりと刃を食い込ませ始め、少年の表情が僅かに歪む。
「――ぜりゃあああぁ!!」
やがて、セイバーの力に押された障壁はパリンと割れた。少年は刀が自身を捉える一瞬前に体を捻り、間一髪避けた――だが、障壁が割られたダメージなのか、先程より息は荒い。
くるん、と刀を自身の元に引き寄せたセイバーは、くるりと踵を返す。そのままこちらに駆け寄り、あろう事か軽々と俺を小脇に抱えたのだった。
「行くぜマスター! 舌噛むなよ!」
「う、うん……!」
俺が選択したのは、『交戦』ではなく『逃走』。万全な状態の少年では容易く追いかけられると思い、セイバーに『一撃だけ、後はこの場から立ち去りたい』と頼んだ。それを、彼はやってのけたのだ。
セイバーは驚異的な跳躍力で建物の屋根の上に飛び乗り、一切スピードを落とさずに駆け抜けたのだった。

「待ってください、キャスター」
「良いの? 逃げちゃうよ」
逃走する二人を追いかけようとした少年――キャスターは、自身のマスターに制止されて動きを止める。
標的に逃げられてしまえば、再び見付ける事は困難だからだ。
だが、マスターはゆるりと首を縦に振った。
「はい。……一度、策を練り直しましょう。サーヴァントを喚び出されてしまった以上、このままでは、返り討ちにされる可能性も捨てられませんから」
相性的に言えば問題はないが、相手は正体も分からぬセイバーを味方につけた。
こちらの出方も、それなりに考え直す必要がある――少女はそう判断し、ひとつ溜息を吐いた。