思わぬ出会い(莉結ちゃん、秋春さん)

今日も今日とて、異世界のあやかし達は自分達を喰らおうと襲ってくるのを、叩き伏せている。

ここは異世界。誰も彼もが敵なのか、味方なのかすら判別が難しい世界。
あやかしが何なのか、何故俺達をつけ狙うのか、全く分からない。だが奴等が狙っているのは、どうも人が持つ《宝石》らしい、という推察だけが、この世界にいる人間達の共通認識であった。

いつ終わるのかすら分からない戦いで、少なからず気力を消耗していたのかもしれない。
協力者である神楽と石神に周囲を任せ、自身の得物である大太刀を振るっているところに、それは起きたのだ。

「ヒスイ! あやかしがそちらに行きました!」
「了解……っと!」

神楽の呼び掛けに応じ身体を反転させると、そこには既に、巨大なあやかしが自身を見下していた。
チィ、と舌打ちし、振り下ろされる爪を大太刀で受け止める。

「!? テメェ……!!」

ヒスイは何かに気が付き声を上げるが、あやかしがそれに動揺する事はない。耳障りな声を発しながら、もう片方の足の爪を構える。
--追撃……!!
両手を大太刀に添えているヒスイが、それを防げる術はない。
あやかしの爪は容赦なく脇腹を引き裂き、軽くはない身体を吹き飛ばす。

その先には、ぽっかり口を開けた空虚の闇。激痛と重力で態勢を整えられないヒスイは、まるで吸い込まれるかのように、そちらへと向かってしまう。

「ひーくん!?」

気が付いた石神が叫ぶも、時既に遅し。
彼女の呼び掛けがうっすらと聞こえ、それを最後に、ヒスイの意識はそこで途絶えた。

   ■   ■   ■

「あ」

目を覚ますと、見覚えがあるどころか何一つ変わらない星空が目の前に広がっていて。

唯一異なっていたのは、そこにひょっこりと現れた人物。知り合いでもなければ、会った事もないはずの彼女は、小さく声を上げた。
紫がかった銀色の髪と紫の瞳。和服とは異なる、外国人が着用するような洋装。日本人とはまるで違う容姿を持つ、少女。

「お目覚め、でしょうか?」
「……日本語?」

てっきり外国人だと思っていた少女が発したのは、紛れもなく自身の国のもの。それに驚いて固まっていると、少女は困ったように眉尻を下げ、顔をこちらから正面に向けた。

「秋春さん、秋春さん。お目覚めのようです」
「ん? おーい、大丈夫かー? どこか痛いとこあるか?」

少女が声をかけたらしき相手は、彼女と正反対の方向から視界に入ってくる。こちらもまた見覚えもないが、日本人とはかけ離れた、亜麻色の髪と新緑色の眼を持った男だ。話す言葉も、日本語。

「……え、なにこれ」

困惑しか浮かんでこないヒスイは、やっとの思いでぽつりと呟いた。

銀髪の少女は『莉結』、亜麻色の髪の男は『峰秋春』と名乗った二人を前に、ヒスイは尚も首を傾げ続けている。
頭が混乱している。何がどうしてこんな状況に?

「……ていうか俺、脇腹怪我してたはずなんだが」

仰向けに寝転がっていたのを、上半身を起こして座る体勢になって、ようやく思い出す。意識が途切れる前、自分はあやかしの攻撃を受けて脇腹を負傷していなかったかと。現に変身は解けていて、今の自分は黒髪の、至って日本人といった出で立ちだ。
痛みも何も感じない脇腹を触っていると、ああ、と秋春が声を上げた。

「俺が治療したぞ」
「は? アンタ、医者なのか? でも傷痕なんてどこにも、」
「違うのです、ヒスイさん。秋春さんも《ジュエルマスター》なのですよ。ただ、わたし達とはまた違う浄化の力をお持ちのようですが」
「そ、俺は石の力で治療する事が出来る。ゲームで言う、治癒魔法だな」

ジュエルマスター……? ゲーム……?
二人の言葉の、日本語としては耳慣れないそれらが全く理解どころか想像すらする事も出来ず、ヒスイは頭を捻る。
考える行為が苦手なヒスイは、早々に手を上げ降参の意思を示し、教えを乞う事にした。

「悪い、日本人なんで日本語に直してくれねぇか。さっぱり分かんねぇ」
「横文字が苦手なのか?」
「成程! ……ジュエルマスターの日本語訳って何でしょう」
「知らねぇ」
「ですよねぇ」
「ニャー! 星喰いがこっちに向かって来てるニャ!」

突っ込みが不在のまま続けられていた会話は、しかし莉結が抱えていた猫の叫びに遮られた。というより、猫が喋った? 腹話術の類いだろうか?

秋春がす、と猫が指し示した方向を確認し、眉間にシワを寄せる。

「マジだ」
「星喰い?」
「困りましたね……」

耳慣れない音に首を傾げるが、莉結もそちらに視線を向けると困ったように呟くだけで、答えは返ってこない。
仕方なしに自分もそちらを見やると、そこには見慣れた怪物の姿が。納得し、頷いた。

「ああ、あやかしの事か」
「あやかし?」
「……お前さん、ひょっとして--」
「悠長に話してる暇はないニャ! 早く逃げるニャ!」

秋春が何かを問いかけようとするが、猫の叫びに遮られる。べしべしべし、と莉結の頭を叩き、止めてくださいよーと困る少女との姿は可愛らしいのだが、今はそれどころではないはず。

手元に意識をやる。
ここにいる、とでも言うかのように、星宝石は一際強い力をヒスイに返してきた。

「逃げる必要はないだろうが。むしろ倒さないと、後々面倒な事になるだろ」
「それはそうなのですが、今はセイバーさんがメメちゃんしか」

莉結が話す横で、ヒスイは星宝石を呼び出す。いつものように光が自身を包み込んだ事で、この辺りに異常は感じられない事に多少安堵しつつ、その奔流が収まるのを待った。

光が収まり、背中にもう慣れた重さを感じつつ、目を開ける。
服装も、いつも通りだ。きちんと変身出来ている、大太刀も背中にある……だが、妙な感覚だけは変わらずあった。一体何なのだろうか、と首を傾げたかったが、今はそれどころではない。

「ニャ!? アイツ、セイバーだニャ!? マスターじゃないニャ!?」
「……はい、いえ、違います……メメちゃん達とは、何となく、異なります。でも、マスターなのに変身して戦えるなんて、聞いた事は……あ」

驚いた表情でヒスイを見る莉結が、小さく声を上げる。言下せぬままのその言葉を引き継ぐように、秋春が周囲を一瞥して、言った。

「よく分からないけど、戦えるってんなら頼む。後方から援護すっから」
「任せろ」
「お二人とも、頼もしいです……!! 私も、」
「おミャーはなんも出来ないから黙って観戦してるニャ!」
「ひどいですメメちゃん!」

   ■   ■   ■

気が向いたら戦闘書きたかった代物

あやかし=星喰い