断章 ver.1

「俺は、アンタのような人の命をなんとも思っていない奴とは違う!」

拳を握り締めながら激昂するマスターに、だが灰敷は然程動じていないようで、面倒くさそうに口を開く。

「……何を仰られているのですか? 私と貴方は、兄弟と言っても差し支えない関係ですのに」
「は? 何を言って……」

その時だった――ぞわり、と背筋が凍るような、凄まじい悪寒を感じたのは。
ぎぎぎ、と擬音が付く程にぎこちなく顔を向ける。見なければ、でも見たくない、と反発する体と思考回路。

ようやく動いた視界に入ったのは、一体の星喰いだった。

僕達の頭の上より幾分か高い位置にある口からはじゅるるるるる、と唾液を流す。顔には入り口で見た星喰いのように、またそこは顔ではないだろうと思われる場所にも仮面が着けられている。
咄嗟に向けた視線の先で、村崎君が目を見開いているのが見えた。

灰敷は現れた星喰いに無造作に近寄り、そいつの顔の仮面を外す。
そこから現れたのは、どことなくマスターと似ている、と感じられる顔。

「『大黒翡翠』――この顔に、どなたか見覚えは?」

問いかけられた言葉。
僕はその名前に、覚えがあった。おばあちゃんの話にたまに出てきた、友達の名前。
驚愕の声を上げたのは、黒冬君だ。

「……爺さんの写真に、一緒に写っていたひとりだ。大黒天を祀る神社の出で、爺さんよりもずっと強かったと聞いている」
「その通りです。琴葉文芽にトドメを刺され命を落とした、貴方より数代前のジュエルマスターです」
「えっ……!?」

灰敷の言葉に、僕は動揺の声を上げた。それはつまり、おばあちゃんが。
だけどそれはスルーされてしまい、不快な響きを帯びた声は続きの言葉を紡いだ。

「大黒翡翠の亡骸はLmesに回収され、素晴らしい実験に使われました。それが新たに生み出された星喰い――貴方達が『仮面の星喰い』と呼ぶ、この存在なのです! そして私は彼を連れ、新たに再生したこの世界に辿り着きました」

徐々に高揚しているのか、声に歓喜の色が混じっている。
逆に、マスターの表情がみるみる強張っていくのが分かった。多分、僕も似たような顔をしているのだろう。
ここにいるのが、村崎君が追い求めていた『仮面の星喰い』で、そいつがマスターと似た顔をしている。でもその顔の持ち主はマスターではなく、『大黒翡翠』という何世代か前のマスターだと言う。正直、何を言っているのか頭が整理しきれていない。

「貴方が何故存在しているのか私は存じませんが――その姿、立ち居振る舞い。貴方は大黒翡翠の生き写しと言っても過言ではない。そして、『仮面の星喰い』は私の分身――つまり、私と貴方はルーツを同じとする、兄弟みたいなものなのですよ」
「…………冗談、だよね?」

掠れた声が、辛うじて発された。
それはある意味、願いでもあっただろう。だが灰敷は、あっさりとその願いを否定してしまった。

「冗談ではありませんよ。何なら、石神や神楽の人間と会ってみたらどうです? 私の言葉が真実だと、彼女らが証明してくれるはずですよ」

灰敷はそれだけ言うと、仮面の星喰いにひょいと乗り込んだ。このまま逃げるつもりなのだと、頭が判断する。

「では、また交渉しに来ますよ。この世界のジュエルマスター」

――判断は出来ても、仮面の星喰いの強力な瘴気に当てられた僕達は、灰敷を見送る事しか出来なかった。