お昼寝(莉結ちゃんとコウ)

時間の感覚など感じられない世界で、時計の短針が丁度真上を向いた頃。
黒冬は自身のマスターである莉結と、メメを連れて、繁華街の一角にあるビルの入り口に立っていた。隣で莉結が「荊棘さーん! コウさんちの荊棘さーん!」と大きな声で叫んでいるが、これで果たして聞こえるのだろうか、と疑問を抱き始める。本人に直接問う必要がなくなったのは、その直後。

「おや、莉結様に黒冬様。メメ様もご一緒ですか」

中から顔を出したのは、荊棘従道。
声が聞こえたのか、たまたま下に降りてきていたのかは分からないが、彼は相手が誰か気が付くと、にこりと笑顔を浮かべた。

「はい。ちょっとコウさんに顔を出しに来ました」
「ありがとうございます。しかし困りましたね……マスターは今、昼寝をしておられまして」
「こんな真っ昼間からかよ。確かに、こっちじゃ万年夜みたいなもんだが」
「和馬さん、そんな言い方はだめですよ。お疲れですか?」
「……そうかもしれませんね。あの方も、あまり自分を大事にしない方ですから」

黒冬をたしなめつつ首をかしげる莉結に、荊棘の顔が曇る。

「荊棘さんが言える事じゃないですよー?」
「そうだニャ。こっちのお前は特にニャ」
「耳が痛いですね……」
「俺としては、そっくりそのままアンタにも返したいところなんだがな」

莉結の、笑顔と共に指摘された言葉に、荊棘は申し訳なさげに答える。
早くも突っ込み疲れたと言いたげな黒冬は、溜息を吐きながら付け加えた。だがしかし、相手が寝ているというのなら、無理に待って会う事もないだろう。

「でも、そうですねぇ。起こすのも忍びないですし、待ちますよ。時間はあります!」

――という彼の思惑は、びしっと手を上げつつ宣言した莉結によって裏切られる事になった。

「あっ……アスハさんとソウちゃんに囲まれています……!」
「よくもまぁ、この状態で寝ていられんな……」

中に通され、主に使っているらしい部屋に案内されると、三人がけのソファーの向こうに黒冬と同じ黒髪が見える。
くるりと回ると、肩にはハムスターの姿のソウ、お腹の上には猫の姿のアスハを載せたコウがすやすやと寝ていた。普段だと確かハムスターのソウがアスハを警戒して近寄らなかったはずだから、アスハはコウとソウが寝入った後に近付いて来たのだろう。

少し抑えているとはいえ、莉結の声音に少しばかり「良いなぁ」と言いたげな雰囲気を感じつつ、黒冬は呆れたように言う。

「先程寝入られたようですから、しばらく起きないかもしれませんね。その間、お茶でも入れましょう」
「ありがとうございます。それにしても、ぐっすり寝ていらっしゃいますねぇ」
「ほんとだニャー。アスハの奴があそこまでぐっすりなのは珍しいのニャ」
「なんだかわたしまで寝ちゃいそうです……」
「同意だニャ。じゃあ我輩もあっちに行くニャ」
「え!? メメちゃん、わたしを置いて行かないでください~!!」

マスターの足元でうろうろしていたメメが、ひょいとコウの眠るソファーに飛び乗ると、アスハの近くに収まる隙間を見つけもぞもぞと身じろぎをする。
莉結が名残惜しそうに手を伸ばすが、メメは早々に寝に入ってしまったようだ。ちなみに、重量が増えたであろうこの状況でも、コウが目を覚ます様子はない。

「うう、メメちゃんも寝てしまいました。仕方ありませんね……わたし、荊棘さんに毛布があるか聞いてきますね」

しばらくむむぅ、とむくれた後、莉結は気を取り直したように言う。そのまま、炊事場へと向かった荊棘を追いかけていった。

それから、一時間程後。

「…………黒冬、これどういう事?」
「知るか。俺に聞くな」

蒼井が拠点に顔を出すと、ソファーで自身のマスターは相変わらず寝ていた。
それはともかくとして、もうひとつの三人がけのソファーで珍しい顔がいる事について、当人である黒冬に問いかけるが、返ってくる返事は素っ気ない。というか機嫌悪い。

それもそのはず、隣で座っていた莉結までもが、コウの眠気に当てられたのか黒冬の肩に頭を載せて寝ているのだ。こっちも割とぐっすりである。

「マスター様が起きるまで待つ、と莉結様が仰られていましたが、まさかその当人まで寝てしまわれるとは」
「肩が痛いから早々に帰りたいんだがな」
「とか言ってるくせに、マスターが落ちないよう動かずにいてやってるんだから、黒冬は優しいニャ」
「……メメ。起きているならこっちに来い」
「いやニャ」

蒼井は、動けないせいで茶化すような発言をしたメメに向けてアクションを起こせない黒冬にこっそり苦笑する。それでも大きく動かない辺り、メメの言う通りである。

「……ふぁ~ぁ……。ん? あれ、賑やかだね?」

その時ようやく、コウが目を覚ました。彼はお腹の上のアスハをゆっくりと下ろし、肩のソウが落ちないように体を起こすと、大きく体を伸ばし言う。

なんと言うか、マスターってどこか抜けていなければならない決まりでもあるのだろうか、と疑問を抱くセイバー達であった。