Puppeteer03

「目を覚ませ、この馬鹿野郎!!」

幾度目かの、剣と拳のぶつかり合い。
鋭利な刃物と、グローブを嵌めているとはいえ生身での衝突。不利なのは明らか暁の方だが、それを補って余りある攻撃力に俺は苦戦していた。
全体重を載せたストレートを、剣を水平にして受け止める。ギリギリせめぎ合うが、力は僅かに暁の方が強い。

道場を途中で辞めた俺と、今でも鍛錬を続けている暁。どちらの攻撃が重いかは明白だが、負ける訳にはいかなかった。

「俺さ、強くなりてぇんだ……みんなを守る事の出来る強さが欲しい。だから、石を手に入れなきゃいけねぇんだ! 悠斗、邪魔すんな!」
「馬鹿かお前は!」

剣で暁を弾き飛ばし、距離を開ける。
けど直ぐに、暁はこちらに向かって突進してきた。それに気が付いた俺は、人工林を走り回って逃げる。

「マスターが持つ石の力があれば、俺はもっと強くなれる……!」
「だからばかつきって言われるんだ、お前は! そのみんなの中に、マスターは入ってないのか!?」

俺の言葉に、戸惑いが生まれたのか暁の動きが止まる。チャンスは逃さない、地面を蹴って跳躍した。

「セイバーはマスターを守らなきゃいけない――思い出せ!!」

剣を振り被り、落下と同時に振り下ろ――さずに左手に持ち替えると、右手拳で暁の頬を殴った。
フェイントが決まり、完全に袈裟がくると思っていたであろう暁は剣を防御する構えだったから、何の苦もなく右ストレートが決まり勢いで吹っ飛ばされる。
叩きつけられ、木の幹を揺らした暁は――だがやはり浄化しなければ意味がないらしく、その瞳をギラギラと蠢かせていた。

その時、その空間を銃声が支配した。

「おやおや、何だか楽しそうな事をやっているね? 俺も混ざっていいかないいよね」
「遊んでいる訳ではないんだがな」

ザッザッ、と地面を鳴らす音に視線をやれば、そこには新たな人物が現れていた。

白い軍服に身を包んだ、大量の重火器を背負う男。
柱間を斬りつけようとした、輝く甲冑が印象的の男。
顔を俯かせ沈黙を守る、俺より少しだけ下の少年。

暁達と同じように瘴気を身にまとい、正気を失っている三人――確かに、こいつらを捜して繁華街を発っていた三人だった。
俺は無意識の内に顔を顰め、三人の名を口にする。

「紫上先生、上絶さん、天草……!」

山吹さん、風間、暁に続いてこっちもか、と悪態を吐く。天草だけ何故か変身をしていないのが気になったが、戦況が悪くなった事に変わりはない。
そして、柱間と荊棘さんの状況を確認する為に一瞬だけ顔を向けた時、声が耳に届いた。

「あ、蒼井君……」

と、か細い声だったが――確かにそれは、天草のものだった。

天草はがく、と膝をつき、頭を押さえる。何かに苦しんでいるようなその動作に、俺は一縷の望みを賭け問いかけた。

「天草!? 天草、お前正気――」
「蒼井……君……! この下の、星宝石を……浄化……うわあああああああぁ!!!」

だが、天草は息も途切れ途切れになり絶叫すると、糸が切れた人形のように両手をだらんと下ろした。
次に上げられた顔には、いつもの常に泣いてしまいそうな気弱な表情はなく――ただただ虚ろに笑っていた。

「蒼井様!!」

仲間が堕ちる瞬間を間近で見たショックと、どんどん悪くなる戦況に茫然自失としていると、荊棘さんが俺を呼ぶ声がして身体を引っ張られる。

情けない事に、どうも暁の攻撃が来ていた事に気が付いていなかったらしい。それを、荊棘さんが俺のコートの襟を引っ張って無理やり避けさせてくれたようだ。
我に返った俺は慌てて剣を構えるが、それを荊棘さんが制止した。

「蒼井様、一度退がられて下さい。ここは私めが」
「あ、いや、大丈夫……」
「蒼井様は、先程のカオスグリフォンからずっと動いていらっしゃるでしょう。私が時間を稼ぎますから、少しでも休んで下さい」

肩越しにニコリと微笑みを向けられ、俺は戸惑う。荊棘さんだってずっと戦いっ放しだと思うのだが、大丈夫なのだろうか?
返事出来ずに頭を悩ませる俺に、これまでずっとマスターの側にいた黒冬が細い剣を抜いて前に出た。

「じゃあ、俺が出よう」
「マスター様を頼みます。蒼井様」
「……はい」

黒冬の申し出に荊棘さんが頷き、棘の剣を構える。俺は黒冬とポジションを変え、陽世と並ぶ。
そして、そう言い残し二人は残る仲間の元に向かって行った。

「お疲れ様、悠斗。でも、もうちょっと頑張ってくれるか?」

マスターの元へ行くと、気絶した風間に浄化を行っている最中だった。蒼い光が彼を包み込み、瘴気を取り払おうとしている。山吹さんは既に終わっているらしく、その近くの地面に寝かせられている。
本当に、この人は俺達の苦労を分かっているのだろうか――そう溜息を吐きながら、分かりましたよ、と答え警戒を続けた。

   ■   ■   ■

「で、俺の楽しみを邪魔しようとしてるのは君か君なのか? 勿論歓迎だよさぁ思う存分邪魔をしてくれ」
「あんたの快楽の為に、邪魔をする訳ではないんだがな」

俺は一つ溜息を吐き、細剣を構える。
上絶霰士郎――これが実質初対面なのだが、どうにも分からない男だ。石を狙っている割には邪魔をしてくれと懇願しているし、嬉々として己の武器であろう銃の二丁を手に取る様は、戦う事を望んでいるようである。

「つれない事を言わないでくれ。俺はこの銃をぶっ放せる相手が欲しい! 君はその相手に決めたぜ」
「そうか。だが、大人しく蜂の巣になるつもりはない」
「そうでなきゃ――面白くないんだよオォ!!」

ガシャン!と音を立てて、二丁の機関銃を俺に向けられる。あまりにも大きいそれらは、だが俺を震えさせるには至らなかった。

ババババババババ、と銃弾が発射された。
鬱蒼と生い茂る木々を利用しそれを避け、上絶との距離を僅かずつ縮めて行く。相手の懐に入るタイミングを間違えれば、速攻でアウトだ。
次々と薙ぎ倒される木々を横目に、チラリと上絶を見る。機関銃とはいえ、銃弾の装填は必要不可欠――と思いきや、胴体にそれが大量に収められているベルトが見える。という事は、装填の手間はない、か。
――仕方ない、と細剣の柄を握り直し、俺は飛び出した。

「待ってたぜ、俺の標的よぉ!!」

真っ直ぐ向けられる銃口を睨み付け、返事をする事なく駆ける。銃弾が発射されるまでに、一ミリでも距離を縮めたい。
やがて、銃口の奥に弾が見えたような気がし――細剣を振るう。一瞬で俺の目の前に飛んできていた銃弾は、見事真っ二つになり落下。続けざまに、傍目からはがむしゃらに見えるであろう動きで銃弾を斬り落とした。

そして上絶の構える銃の一丁を切断し、もう一丁を蹴り飛ば――せなかった。

「甘ああああぁい!! 」
「っ!?」

黙ってやられてくれるはずもなく、上絶は自身の銃を変形させ刃を出し、至近距離で突きを繰り出して来たのだ。
際どいタイミングで体を捩りそれを躱し、小さく舌打ちをする。銃は連続的で装填の手間要らず、接近されても仕込んだ剣で迎撃される。厄介な相手だ。

動きは止めない。素早く距離を取り銃剣の間合いから外れると、上絶の銃弾の雨が俺を追いかける。最後のチャンスを逃した事を悟ったが、後悔よりも先にどう戦略を組み上げるか。俺の思考は、動きながらも止まる事を知らない。

その時だった。
今までにない轟音が周囲を支配し、叫び声が聞こえたのは。

肩越しに振り返ると、信じられない光景が広がっていた。
さっきまでどこも同じような人工林が並んでいたそこは、巨大な地割れで木々が薙ぎ倒されている。いや、地割れと言うよりもあれは。

その淵で、陽世新芽が何事か叫んでいた。内容は聞き取れないが、右手を必死に地割れの中に伸ばしている。
――誰か落ちたか……?

そこまで判断し、視線を上絶に戻す。
時間をかけている暇はない。早急に終わらせる為、俺は細剣を構えた。

   ■   ■   ■

地獄の底から響くような轟音は、俺の耳にも届いていた。
機敏ではないが、だからと言って鈍重でもない先生の猛攻を凌ぎながらどう気絶させるか考えていた所だった。

先生の剣が、俺の喉元を狙い振るわれる。俺は棍と、拾ったまま持っていたカザの槍を交差させそれを止める。力は分散させられるが、元々持ちうる力の差はどうしても埋められない。

「んぎぎ……っ! な、めんなぁ!!」

どうにか先生の剣を振り払い、反撃を試みる。
槍を薙ぎ隙を作らせ、棍で攻撃をしかける。甲冑を着込んだ相手には、斬撃や刺突より殴打の方が有効、だと思う。棍と槍は間合いこそ似ているがその攻撃方法は全く異なる為、ついぞ経験した事のない戦いをしているのは自覚している。

「そんなものか」

棍の攻撃を避けた先生は、再び俺に攻撃をけしかけた。棍を突き出すも、ひょいと避けられ返される。
どうにか隙を作って、強烈な一撃を――だが、先生の眼鏡の向こうの眼は油断無くギラギラしていた。どうしたもんか……と考えていると、視界に映る見慣れた影。

「せいっ!!」

それを見つけた瞬間、俺は握っていた槍を振り上げ、気合の声と共に投げた。
気が付いた先生はあっさり避け、駄目な子供を見るかのような呆れた表情を浮かべる。

「下手な足掻きだな。狙いがズレているぞ」
「狙いがズレてる? ちげーよ、狙い通りだよ」
「何?」

ただ闇雲に武器を手放す攻撃をするような、そんな馬鹿じゃねぇ。
ニヤリと口角を吊り上げ返した俺の視界には、投げた槍をキャッチし構える姿が映っていた。

「先生、目を覚ませええぇ!!!」

槍の本来の持ち主――いつの間に浄化されたのか、堕ちていたはずのカザは先生の背後で槍を突き出した。完全に不意を突いた攻撃は、先生の頬に赤い線を刻む。
それと同時に、俺も棍を振るう。鏡のような光沢を持つ甲冑は頑丈だが、衝撃は体まで伝わるはずだ。振り下ろし、甲冑の肩に当たる。

「くっ……!」

初めて、先生が呻き声を漏らした。
俺とカザは得物を構え、油断なく次の一手に備える。

でも、その機会は来なかった。

「……星宝石が、動いたか」
「は?」
「私の目的は、星宝石の入手。それだけだ」

先生はそう呟くように言うと、踵を返して駆け出した。待て!と言う暇もない、あっという間の判断の早さだ。

「な、何だ……?」
「黄太!」

あまりの鮮やかな逃走に呆然としていると、カザが切羽詰まった表情で駆け寄ってきた。ああそうだお前、自分も堕ちてたくせに目を覚ませって言えた義理じゃねぇだろ、そう言おうと口を開きかけ。

「黄太、マスターと蒼井が――!」

そして、今の事態を知った。

   ■   ■   ■

堕ちてしまった人の浄化は、そう簡単に行くものではないとばかり思っていた。
瘴気に冒されると堕ちるという事は、それは星喰いのようになってしまうという訳で。
だから、マスターがしばらく山吹さんと風間君の浄化を行った後「はい終わり」とあっさり言ったのには、正直驚いてしまった。

「終わり、なの? 風間君達、これで戻るの?」
「うん。元々変身出来るんだし、悪影響も少ないと思うよ」
「あっさりしてるんですね、意外と……」

蒼井君も同じ感想を持っていたみたいで、額に手を当てながら息を吐いている。とにかく、これでとりあえずは――。

「っ!」

突然剣を振り上げた蒼井君、そして何かがぶつかり合う音。
そこには、さっきよりはボロボロになっているものの相変わらず堕ちたままの暁君がいた。蒼井君が剣を振るったのは、彼が攻撃をしかけていたからみたいだ。

「悠斗……邪魔すんな……!」
「俺を指名かよ……上等だ、ばかつき!」

ズバァン!と勢いよく剣を払い暁君を弾くと、蒼井君が吐き捨てるように言って跳躍した。普段の彼からは想像もつかない言い方に、僕は少し肩を震わせる。

「……うぅ、」

小さな呻き声が聞こえ、振り向けば風間君が目を覚ましていた。隣では山吹さんも頭を振り、体を起こしている。

「おはよう、日明に葉一」
「んお? 俺何してたんだっけ……?」
「いでで……体がいてぇ」

やっぱり、堕ちていた間の記憶はなくなっているみたいだ。琥珀ちゃんの時と一緒。
山吹さんはマスターの姿を認め、ばつの悪そうな顔を浮かべる。詳しくは知らないけど、山吹さんは初期からのメンバーだったらしいから、自分がどうなっていたか一瞬で把握出来ちゃったんだろう。
……あ、土下座し始めた。

――ずしゃあああああぁ!! どしゃ!!

その時、僕らの近くで砂埃が起きた。続け様に、木の幹に何かがぶつかった音が響く。

「かはっ……!」

砂埃が晴れたその先には、木の幹に寄りかかり咳き込む蒼井君が。暁君の攻撃で吹っ飛ばされたみたいで、口の中を切ったのか赤いものまで吐き出しているようだ。

「悠斗!!」
「あ、マスター……!!」

血相を変えて駆け出したマスターを、僕も追いかける。
マスターは右手を翳す。あれは、浄化行為を行う時の行動。暁君と距離は離れているけど、一か八かで浄化を試みようとしている。
でも、それは危険度の高い行為だ。
浄化をしている最中、マスターは無防備――ほら、暁君がマスターを補足して嗤った。

「マスタあああああぁぁぁ!!!」

それは僕の叫びだったのか、あるいは――。

焔を拳に宿して、マスターに襲いかかる暁君。
間に合えと願い、護る力を使う僕。

――ゴシャアアアアアアアアァァァァ!!!!

轟音が、総てを支配した。

   ■   ■   ■

剣と拳の乱舞。

俺が剣を斬り払い、暁が避ける。
暁が拳を放ち、俺が躱す。

互いに攻撃がヒットしない均衡状態が続いていた。怒りに脳が支配されないよう落ち着け、落ち着けと念じながら、だが疲労は確実に蓄積されていた。

ここに来て直ぐの、カオスグリフォン数体。
人型の星喰い。
そして、堕ちた暁。
決して雑魚ではない敵との連戦に、自分の集中力も途切れ途切れになっているのは分かっていた。疲労で、動きが鈍くなっている自覚もある。
それでも、俺はサファイアの剣の柄を握り続けている。強制された使命でも正義感でもない。ただの、意地だ。

「っ!!」

ガク、と体が傾く。
地面を踏みつけた瞬間、転がっていた小石に足元を掬われる。
そこに、焔を宿した拳が向かって来た。
避けられない――そう判断した時には、腹部に暁の拳が叩き込まれ、肺を押し潰されていた。

勢いで吹っ飛ばされる、自分の体。
奇妙な浮遊感を感じる余裕すらなく、俺は硬い何かに叩きつけられた。

「かはっ……!」

立て続けにかけられた肺への圧力に、酸素が一気に押し出される。苦い何かも共に吐き出し、それでも暁を睨み付け――俺は、絶望的とも言える光景を見た。

「悠斗!!」

俺の名を呼び駆け出したマスターに、暁が視線を向け嗤っている。
完全に俺に定まっていた暁のターゲットが、マスターがセイバー達から離れた事によりそちらに変更されたのだ。
暁が動く。拳にまた、焔が宿る。

「マスタあああああぁぁぁ!!!」

痛む体を無理矢理起こし、マスターに向かう暁を追い抜き、間に割り込む。その拳のエネルギーをサファイアの剣で受け止め――。

ゴシャアアアアアアアアァァァァ!!!!

暁の、堕ちた事により強化されたパワーは俺の剣により方向が変えられ、地面へと吸い込まれていった。

そして、思いもしなかった事が起きる。
低い地鳴りが断続的に続いたかと思うと、突然足元が崩れ再び体が浮遊した。地割れだ。
地割れは俺と暁を中心に亀裂を生み、どんどん広がって行く。
俺は何とか地面の淵に手をかけ、落下を免れる。でも早く引き上げて貰わないと、この地面もじきに崩れ去り、俺は暗闇の中に落ちて行くだろう。
暁は、既に落ちてしまったようだ。

堕ちているとはいえ、暁ごときの力で簡単に崩れる程地盤が弱かった――いや、それだとこんなタイミングで崩れる訳が思いつかない。もっと別の、何かが、

そこまで考え、俺は大事な事を思い出した。
自分の後ろに、誰がいた?

「蒼井君!! 捕まって……!!」
「蒼井!!」

陽世が、泣きそうな顔をしながら必死に腕を伸ばしてくれている。目を覚ましたらしい風間が、その隣に駆け寄ってきた。

――でも。ここで俺が助かれば、マスターはどうなる……?

マスターの姿は見えない。恐らく、もう既にあの奈落へ落ちてしまったのだ。暁と共に……。
あの人の事だ、俺が助かった事には諸手を挙げて喜ぶだろう。でもそれは、セイバーとしては――ジュエルマスターを護るというジュエルセイバーとしては、失格だ。

『セイバーはマスターを守らなきゃいけない――思い出せ!!』

脳裡に、先程の自分の言葉が再生される。
そして、俺は腹を決めた。

「陽世、風間。……ごめん」
「蒼井君……?」
「頼んだ」

必死に手を差し伸べる陽世と風間に謝り、崩れゆく地面の淵から手を離した。
重力が正常に存在しているこの場所で、俺の体は抗う術もなく、ぽっかり空いた闇の中へと向かって行く。

「蒼井くうううううぅぅん!!!」

陽世の叫びが徐々にフェードアウトし、そして消えた。

To Be Continue……