Puppeteer02

「おい、陽世!! 呆けてんじゃねぇ!!! 黒冬、おめぇも立ってねぇで手伝え!」

マスターの危険はとりあえず何とかなったみたいだが、俺達の周囲にはカオスグリフォンが密集し、陣形が崩されようとしている。
睨み合ってる場合じゃねぇ、と陽世と黒冬の二人に怒鳴りながら、目前のカオスグリフォンを殴りつけた。
蒼井は、黒冬の攻撃で吹き飛ばされた人型の星喰いに警戒してマスターの側に移動。代わりに前に出た執事の人が、デケェ剣をぶん回して雑魚を蹴散らした。

「……全く、世話の焼ける奴らだな」

溜息を吐きたいのはこっちだ、と言いたいのを堪え、カオスグリフォン達に意識を集中させる。いけすかねぇ奴だが、悔しい事に実力は本物だ。

スラリと折れそうに細い剣を抜き放ち、黒冬が駆ける。カースグリフォンの硬い翼を事もなげに切断し、均衡を失ってふらつくそいつの胸部を深々と貫いた。
悲鳴を上げる暇もないまま消滅しゆくカオスグリフォンには目もくれず、更に次を消滅させる。俺も負けじと、棍を握り直した。

道は拓けた――狙うは、人型の星喰い!

『……ニンゲン……ニンゲン……ヒヒッ!!』
「! いけません、奥に逃げます!」

執事の人の言う通り、人型の星喰いは俺達を見、そして回れ右をして逃走を図る。
追いかけようと地面を踏み出し、だがそこで制止の声が上がった。

「みんな、待ってくれ」

声の主は、当然マスターのもの。
出鼻を挫かれた俺は、口調が強くなるのも気にせず叫ぶ。

「何でだよ!?」
「マスター様?」
「黄太はちょっと落ち着いて。……あの星喰い、ただの星喰いじゃないと思うんだ」
「どういう事ですか?」

蒼井の問いに頷き、マスターは続ける。

「みんな、村崎から仮面の星喰いの事は聞いていると思うけど……今のは、成り損ない。多分、彼を襲ったのよりはずっと弱いと思うよ」
「そう言える根拠は?」

黒冬が間髪入れず尋ねる。
確かにただ成り損ないと言われても、イマイチピンときやしない。
さっきの人型の星喰いは、顔に仮面を着けていた。だけど、村崎の言っている星喰いではない。どういう事だ?

そして――マスターは、何故そうだと言い切れる?

恐らくはこの場にいる全員の疑問は、黒冬が言った。果たしてマスターは、うーんと唸った後軽く首を傾げて答える。

「歪だから、と言えば納得してくれる?」

ああくそ、やっぱりこの人の言う事はさっぱり分からない。
現実世界に戻る為に協力してはいるが、俺はこの人の事が正直苦手だった。底知れない何かを隠しているかのような――。

「それに、俺達の目的は仲間の捜索。星喰いも大事だけど、優先順位を間違えているよ」
「……ちっ」

ああそうだ、今はこんな所で油を売っている場合じゃねぇ。カザにばかつき、その他の消えた奴らを捜さなければ。

その時――俺は気が付かなかった。
黒冬のマスターに向ける視線が、陽世の時よりも鋭くなっていた事に。

「……とりあえず、みんな気を付けて。瘴気が濃くなってきた」

俺達を取り巻く雰囲気が重くなったのは、瘴気が濃くなったからだけではないだろう。
黒冬を加え、マスターは人型の星喰いが逃げた方へと歩み始める。
会話が消えた進軍は、やり辛くて仕方がなかった。

   ■   ■   ■

人工林を進んで行くと、度々襲ってくる星喰いがほぼ同種なのに気が付く。
ニムバスタワー、パープルヘッドなどの蜘蛛のような奴らはおらず、グリフォンもカオスグリフォンだけで、下位の星喰いは全くいない。それだけ、この人工林の瘴気は濃いのだろう。

「……嫌に静かだな」

俺は前髪を払い除け、周囲を見渡した。

人工林の入口で人型の星喰いとカオスグリフォンに襲われてから、奴らの姿はぱったり見えない。瘴気の幕は未だに濃く、いつどこから星喰いに襲われるか分からない状況だ。

「星喰い共もいねぇ。さっきの奴が倒したのか?」
「その可能性もありますが……恐らく違うでしょう。星喰いが共食いでもしない限り」

柱間の言葉に荊棘さんが答え、不穏な事を付け加える。黒冬は黙々と歩いているが、意識だけは会話に向けているようだった。

「じゃあ、何だってんだよ」
「それは、私には分かりかねます。マスター様は何かお考えですか?」
「……いや。憶測にしか過ぎないし、今はまだ」

そう会話を続けつつ進んでいると、やがて開けた場所に出た。
ここは、少し前に戮と戦った場所だ。浄化したばかりだと言うのに、案の定ここも瘴気に汚染されている。

「とりあえず、一旦ここを浄化しておこうか」

マスターがそう提案し、上着の袖を捲り両手を掲げる。
俺達は周囲を警戒する為に、マスターから少しばかり距離を置いた――その時だ。

「――マスター様っ!!」

突如叫び声を上げた荊棘さんは、直立していたマスターの体を押し無理矢理その場所から動かした。押し出されたマスターは地面に尻餅を付き、何があったと困惑している。
同時に、荊棘さんの腕から鮮血が噴き出す。反射的な行動だろう、彼は腕を押さえ小さく唸った。

「荊棘さん!?」
「大丈夫、掠っただけです……!」
「――っ!? 何だコノヤロ……!!」

荊棘さんの安否を問うと、今度は柱間が舌打ちをしながら飛び退いていた。地面に当たった何かは土を跳ね上げ、抉り出す。

そこに響く、思い掛けない声。

「ちぇ、当てるつもりだったのに避けられちまった。やっぱゲームと現実は違うって事か」

聞き覚えのあるそれと、三つの人影。
その姿に、俺達は自らの目を疑った。

「……日明」
「か……カザ……?」
「暁……!?」

マスター、柱間、俺の順に、その影の名を口にする。
彼らこそ――俺達が捜していたセイバーであり、だが様子がおかしかった。

山吹さんは硝煙の昇る銃口をマスターに向け、口を半月状に吊り上げ嗤った。
その斜め右、柱間の近くに音を立て現れた風間も、無言で槍の刃先をこちらに向けている。
そして俺の前に、音を鳴らして両手を叩きつける暁の姿が。

「……堕とされてる」

マスターが、渋面を浮かべ呟いた。

あまりに瘴気が濃い場合、俺達セイバーはとある現象に陥る危険が高まる。
力の源である星宝石の暴走――即ち”堕ちる”という危険。
そもそも俺達がこうして守護石で変身出来ているのは、マスターが星喰いを浄化して得た力を俺達の石に与えているから。
だけど、それ以外でも実は力を得る事は可能である。こういった瘴気に侵された空間に長時間居れば、力は石に集まる。その場合、力の制御は出来ない。
つまり――。

「石は奪わせねぇよ?」

体に濃い瘴気を纏った暁の瞳が、剣呑とした光を帯び俺達に向けられた。

   ■   ■   ■

マスター様が浄化を開始しようとしたその時、私は視界に何か光るものを発見した。
良く見れば穴が開いているらしく、そこから紫煙がくすぶっている。――と把握した時には、私は体を動かしていた。
注意をしたのでは遅い。自身と同じ位の体格のマスター様を突き飛ばし、彼とそれの間に割って入る。
数瞬後、右腕に痛みが走った。ぶしゅ、と嫌な音と同時に液体が噴き出し、咄嗟に腕を押さえ大丈夫だと答える。
私はマスター様の傀儡。マスター様さえ無事なら、問題はない。

「ちぇ、当てるつもりだったのに避けられちまった。やっぱゲームと現実は違うって事か」
「……日明」
「か……カザ……?」
「暁……!?」

現れた山吹様を始め、お三方は何やら尋常ではない瘴気を纏っていた。

「……堕とされてる」

マスターの一言で、瞬時に事態を把握する。

以前、狭間真字女や赤松重吾、春風琥珀と対峙した時と同じ。彼らは瘴気に自身の守護石を侵され、堕とされてしまったのだ。
私と同じ頃にこの世界を知った山吹様なら、こうなる前に遁走する事も出来ただろうに――いや、出来ない理由があったのだろうか?

そこまで考え、理由に思い至る。
奥まで進んだお三方が、目的の星喰いを倒したかここの瘴気の濃さに戻ろうとした時に、先程入口で戦った人型の星喰いやカオスグリフォンの群れが現れていたとしたら。
人数的にも敵わない事は直ぐに分かっただろう、何とかこの人工林から抜け出そうと彷徨い――遂に、星宝石が堕ちるまでに汚染された。あり得ない話ではない。

「陽世、マスターと援護を頼む! 柱間――」
「カザは任せろ。邪魔すんなよ、幾らお前でもブン殴る」
「…………。分かった」

蒼井様が指示を出すが、柱間様はそう告げ棍を構えた。その表情は見えないが、声に帯びた怒りは隠される事もなく言葉に現れている。
……しかし。果たして、風間様を柱間様に任せて大丈夫なのだろうか。

まさか蒼井様の沈黙の理由と同じ事を思っていたとは知らず、私も痛む腕を押し剣の柄を握る。

黒冬様は場の流れを見守る事にしたのか、腰の鞘に収めている剣の柄に手を触れたまま動かない。マスター様と陽世様に何かあっても、とりあえずは大丈夫だろう。
私は蒼井様が暁様に向かうのを確認すると、残る山吹様に視線を投げた。

「山吹様。貴方が堕ちるとは思っていませんでしたよ」
「堕ちる? 何の事だよ?」

念の為問いかけてみるも、どうやら自身が堕ちているという自覚はないらしい。卑下た笑みを浮かべ銃口を向ける彼に、私は戦わなければならない事を悟る。

「仕方ありません。これもマスター様の為――山吹様、悪く思わないで下さい」

言うが早いか、私は体勢を低く構え飛び出す。一瞬で山吹様との距離を詰め、棘の剣を振りかぶる。
彼の持つ短銃は長銃よりも射程距離は短く、またあまり相手と近付いても撃てない。一気に懐に入り込めば、撃たれる可能性は低くなる。

しかし、山吹様は私の予想を裏切る行動を起こした。

引き金から指を離し、握り込んだグリップで私の剣を受けたのだ。短銃のグリップは面積が小さく、また棘の剣程の大きさから生まれる衝撃を受ければ反動が腕にも来るというのに。

予想外の事に、私は一瞬目を見開いた。
その一瞬が、戦場では命取りであるのに――。

ドカッ!!と、無防備になっていた私の腹部に蹴りが入る。そこに手加減も、躊躇いも一切感じられなかった。

「――っ、かはっ……!」

肺から押し出された酸素を吐き出し、だが辛うじて倒れる事なく、地面に膝を付いた所で踏みとどまった。

「荊棘の旦那ァ、アンタもマスターの石欲しくねぇの? 一緒に盗っちゃわねぇ?」

ニタァ、と歪に歪む笑みを貼り付け、短銃を弄びながら山吹様は言う。
彼は吹っ飛ばされて離れた私との距離を、ゆっくりと歩いて縮めてくる。

「石が手に入れば、何でも願いが叶う。そんな漫画やゲームみてぇな事あるかよって思ってたけど、まっさかだよなぁ」

チャ、と軽い音を立て、山吹様の手の中に収まった短銃は、その口をまっすぐ私に向けた。

「俺はアンタと戦いたくないんだけど? でもアンタがマスターの石を奪うの邪魔するってんなら、戦うしかねぇし?」

既に、短銃なら私の頭を撃ち抜ける距離。私は極限まで集中し、乱れた呼吸と未だ痺れる腹部を無理矢理落ち着かせる。
何らかの切っ掛けがあれば、この状況は直ぐに進行する――そんな予感がしていた。

「つー訳で……サヨナラ、荊棘の旦那」

トリガーは下ろされ、引き金を引けばその鉛玉は銃から撃ち出される。
山吹様の笑みが、一段と深くなって行く――

――その時。

バキバキバキィ!!!!と喧しい音が、私達のいる空間を支配した。
思わず反応し音源を振り向いた山吹様に、私は再び接近を試みる。

「っ! しま……」

もう気が付いても遅い距離を詰めていた私に向け直される銃口、だがそれから弾が放たれるよりも私の方が速い。

山吹様の銃を持つ腕を蹴り上げ、銃を落とさせると同時に掴む。ぐいっ!と自分の方に彼を引き寄せ、顔がすれ違った直後――つまり後頭部、うなじの辺りに手加減なしの手刀を叩き込んだ。
うぐ、と呻いた後、山吹様の体は糸が切れたようにぐったり倒れ込む。荒療治だが、これで後はマスター様の許に連れて行って浄化して貰えば元に戻るだろう。

しかし――残りの三人は、一体何処へ?
よもや無事ではないだろう、彼らの捜索対象の三人がこの有様なのだから。
残りの暁様と風間様をどうにか戻す方法を考えなければ――そう思考した時、私は三たび銃声を聴いた。

   ■   ■   ■

胸糞悪ぃ。

目の前にカザが現れた瞬間、俺の頭は底冷えする程冷え切った。

カザは前々から、戦闘に女子供がどうだの力がどうだのうるさかった。ならお前が強くなって守れば良いだろ、と面倒臭くなって言ったのも俺だ。

でも、それは違うだろ。
お前は、有限かつ時限まである力を欲していた訳じゃねぇだろ。

「陽世、マスターと援護を頼む! 柱間――」

蒼井が指示をしてくるが、俺は先手を打ち言った。

「カザは任せろ。邪魔すんなよ、幾らお前でもブン殴る」
「…………。分かった」

言うなり棍を構え、槍をこちらに向けるカザを見据える。
槍と棍。どちらも似たような間合いを必要とするが、攻撃方法は大いに異なる。
槍が主に突く攻撃に特化しており、棍は殴打し攻撃するもの。モーションの大きさでは、多少こちらが不利か。

地面を蹴り、勢いよく飛び出す。
カザとの距離が縮まり互いの間合いに入った所で、槍を弾き飛ばしてやるつもりで棍を下段から振り上げる。

だが、カザも大人しくしてはいない。
俺の袈裟を読み、槍を両手で持つと下段からのそれを止めた。棍と槍がぶつかり合う金属音が耳に響く。

チッ、と舌打ちし一歩後退。
しかし次は、カザの方からしかけてくる。

上段斬り払い、返しの勢いを載せた袈裟、そして突き。どれも容赦無く俺の急所を狙っているのは明白で、最後の突きは反応が遅れ頬に一筋の線を生んだ。

数秒の攻防の後生まれる小康。滴る血を乱暴に拭い、口を開く。

「おいカザ、おめぇそれで満足か」
「何が」
「んな危険の付きまとう力手に入れて、満足かって聞いてんだよ。おめぇも星宝石に願いを叶えて貰いてぇってクチか?」
「お前に……黄太に分かるかよ! 俺がどれだけ悩んでたか! 石が手に入れば、もっと……もっと強くなれんだよ!!」

その言葉に、嘘偽りはないようだった。マスターから石を奪えば、もっと強くなれる――本当にそう信じているらしい。
確かに、俺はカザじゃないから、気持ちなんぞ分かる訳もない。面倒になって適当に流した事もある。
これは――その罰か。カザには見えないよう、俺はうっすらと自嘲の笑みを浮かべた。

「へぇ。で、俺や蒼井達を倒して石を手に入れるってか」
「そうだよ。お前でも、邪魔するなら――」
「ちっせぇ」

御託をうだうだ並べようとするカザに向けた四文字は、自分でも驚く程に低い声が吐き捨てていた。

「……あ?」
「ちっせぇ野望だな。余所から分け与えられた強さで満足? そんなちっせぇ奴とダチになった覚えはねぇ!」
「っ……黄太、テメェ――!」

俺の止めの言葉に逆上したカザが、槍を振り上げ飛び出してくる。さっきまでとは比べものにならない勢いで、袈裟、突きと攻撃が連続で放たれた。
だが違うのは、先程まではあった攻撃の規則性とリズムが変わった事。怒りでがむしゃらな攻撃を繰り出され、一見避けにくくなっているのだが――むしろ、こっちの方がやりやすい。

突きで前方に出てきた槍を、隙を突いて力の限り棍で叩き落とす。重心を定める事なく立っている状態のカザは、力に引っ張られるしかない。

大きな隙が出来たカザに向け、棍を振り上げる――が、予想していたのか避けられる。
避けた勢いそのままに、カザは後ろへ倒れ込み蹴りを放ってきた。俺も体を反らせて回避、距離を取る。倒立から起き上がったカザも、槍を構えた。

――めんどくせぇ。

声にせず呟き、目を細める。
雨宮先生や天草といった治癒能力を使える者はいないが、マスターがいる以上、キュアストーンとかいう物で回復する事は可能。
なら、別に手加減する必要は……ないか。

棍を握り直し、飛び出す。
突然の接近に気圧されたのか、カザは槍を胸元のラインまで上げた。それごと吹っ飛ばすつもりで、棍を打ち込む。

「――うらああああぁっ!!!」

ガキィン!!と金属音を派手に鳴らし、受け切れなかったエネルギーがカザを吹き飛ばす。

「――がっ……!」

背後の一本の木に受け止められ、だが力に耐え切れなかったそれがバキバキバキィと音を立てて倒れて行く。根元に落下したカザは低く呻き、昏倒したようだった。

「いちち……手間かけさせやがって」

カザの槍を拾い、駆け寄ろうとした時だった。
銃声が轟き、風圧を感じたのは――。

   ■   ■   ■

「見ろよ」

周囲に警戒を保ったままの黒冬君が、視線を背けようとした僕に無慈悲にも告げた。

僕と彼の間にマスターがいて、眼前で皆が――仲間同士で戦っている。この光景が、黒冬君がいつだったか言ったセイバー達の本当の姿ではないか――そう思ってしまい、頭を振ろうとしていた所だった。

意地悪く見ろ、と告げられた対象が何なのかなんて、聞かなくても分かる。そのわざとらしい行為に、僕は言い返す。

「さ、三人は瘴気で自分が分からなくなってるだけだよ! 仲間で好んで戦っている訳じゃ」
「またそれか。とんだ甘ちゃん野郎だな」
「……っ、大体、僕は君の話を信じてない。おばあちゃんがセイバーを操っていたなんて――」
「星宝石は、ああしてセイバーを操る事が出来る。星宝石から力を貰っているセイバーが、出来ない訳がないだろ」

黒冬君の台詞に、僕は言葉を失った。

「誰もがうっすら気が付いてるんだ、その可能性に。……だからこそ、そこの能天気男が死なないよう守る必要がある」

恨みがましそうに背後に視線をやる黒冬君に、マスターはくすりと苦笑する。

「俺自身は、浄化の力だけが取り柄の――無力な人間だよ。そんな大層な支配力は持ち合わせてないさ」
「自覚無し。こういうのが、一番扱いに困るんだ」
「黒冬だって、そんな未来望んじゃいないんだろう?」
「…………」

肩を竦め呆れた黒冬君に、マスターが問う。返って来たのは沈黙で、横顔を盗み見れば彼は思いっきり渋面を浮かべていた。分かっているのなら自覚してくれ、今にもそう口にしそうだった。

「――お、荊棘さんが呼んでる」

マスターは額に手を当て、ないはずの日を遮る動作をして言った。
荊棘さんは、気絶した山吹さんに駆け寄ろうとしていた。僕らも、周囲を警戒しつつ移動を開始する――はずだった。
新たな音が、周囲に響いてさえいなければ。