Puppeteer01

「山吹さん達が帰って来ない?」

俺は、マスターから告げられた言葉をオウム返しに問うた。

あちらの世界では、新入生が星辰高校にやって来たり学級編成が行なわれ、不本意ながら学級委員に指名された俺は暫くその仕事に追われていた。
今日はそれらがようやく落ち着き、久し振りにマスターが拠点とする異世界の繁華街・廃ビルへとやってきていた。
部屋に入ると、予想と反して不穏な気配が漂う室内に怪訝に思い問いかけた答えが、先程の俺の台詞だ。

「うん、昨日から」
「正確には、昨日の正午過ぎ、くらいからでしょうか」

マスターと荊棘さんいわく。
昨日の昼(ちなみに土曜日だ)に、繁華街近くに現れた星喰いが研究所のある方へと逃げて行ったので、たまたま居合わせた山吹さんと暁と風間が後始末に向かった。
三人いればそこまで苦戦するような相手ではなかったので、マスターも彼らに任せた。
だが日が落ちても帰って来ず、その時やってきた天草と紫上先生、上絶さんに事の次第を話すと彼らが見に行ってみると出て行った。
そして――夜が明けた今、帰って来た者はいない。
そういう事らしい。

「カザ達だけなら先に帰ったんじゃねーの、と言う所だけどな……紫上先生までとなると、どうもキナ臭ぇ」

これは柱間。
マスターがいつも座るソファを陣取り、欠伸をしながら言う。

「心配だよね……何かあったのは明確だから」

柱間に続いたのは、陽世。
荊棘さんが集めた本が並ぶ棚を興味深げに見回し、眉尻を下げた。

「だから、やっぱり俺も行こうと思ったんだけど、荊棘さんが」
「マスター様をお守りするのに、私一人では不安かと」
「……って」

って、じゃない。いや確かに、思い留まってくれて良かったけども。むしろこの二人だけだと不安で仕方なかっただろう。

俺は軽く頭を抱え、ともかく、と顔を上げた。

「なら、早速捜しに行きましょう。結構時間が経っていますし、山吹さん達の方は心配です」
「だな。面倒くせぇって言いたいけど、俺達は所詮アンタを守るセイバーだから……オラ、さっさと準備しろよ」

ソファから体を起こし、柱間はフードの上から頭を掻き言う。マスターを相手にしても変わらないその態度に、彼は苦笑こそすれど怒る事はない。

「相変わらず辛辣だね、黄太」
「どうせ行かない訳ないだろ、アンタの事だし」
「……言えてる」

クス、と噴き出し陽世が呟く。どうやら、マスターに抱いていた印象は皆同じのようだ。その証拠に、荊棘さんがマスターの後ろで僅かに首肯していた。
唯一それを共有出来ない本人は、困っているのか笑っているのか微妙な表情で俺達を見回している。

「よし、じゃあ行こう。荊棘さん、その星喰いがいた場所へ案内をお願いします」
「承りました。準備が整い次第、下で集合としましょう」

現れた星喰い、消えたセイバー。
見過ごす事は出来ない事件に、俺達は取り掛かり始めた。

   ■   ■   ■

やってきたのは、繁華街からそう遠くはない郊外の人工林区域。
やや間隔のある木々の間から見える先は、瘴気と闇の不可視の壁に閉ざされている。この先を進むには、結構な覚悟が必要だ。
星辰高校がここから見えるが、建物も同じく闇に紛れてひっそり息を静めている。それが逆に不気味である。

「星喰いは、ここに逃げ込んだと思われます。この人工林の入口で、私達と山吹様達とは別れました」
「その後、山吹さん達は」
「……奥に、向かわれたかと」

ゴクリ、と喉を鳴らす。

動物一匹存在しないであろうこの人工林、星喰いの巣窟であろう事は容易に予想出来る。だが、もしこの先で帰って来ていない皆がいるのなら。
行かないという選択肢は、なかった。

俺は掌に守護石――サファイアを呼び出し、何時でも変身出来るよう体勢を整える。他の皆も、周囲の雰囲気に只事ではないのを察したのか臨戦体勢になっていた。

「柱間、陽世。二人はしんがりを頼む。荊棘さん、俺と前の方をお願いします」
「了解」
「うん」
「分かりました」

マスターを中心とし、俺と荊棘さんが前方を、柱間と陽世が後方を警戒し進む。これなら、何処から星喰いが襲って来ようと直ぐに全員が応じる事が出来る。
三者三様の返答を貰い、意を決して人工林の中に足を踏み入れ――ようとした。

「――!?」

ゾワリ、と背筋に何かが走る。
悪寒でも戦慄でもない――これは、殺気だ。
何処だ、何処に敵がいる……!?

「……来るよ」

その時、マスターが口を開いた。
彼を肩越しに一瞥すれば、見ているのは俺達の前方――瘴気のカーテンで視界が遮られている、そのもっと先。

キャキャキャキャキャ!と不気味な声を上げながら現れたのは、数体のカオスグリフォン。そいつらを引き連れたかのように中央に立つ、人型の『何か』。

それは、明らかに人ではない。
だがシルエットだけを見れば、それは人だった。
灰色の皮膚に食い込むように浮き出ている血管、顔を覆い隠すように着けられている仮面――極めつけには、両腕に縫い合わせられたかのような鳥の羽根が生えていた。
仮面の下の口は、涎を撒き散らしながら気持ちの悪い笑みを浮かべている。

「ま、まさか……仮面の星喰い!?」

その姿を見て、俺は目を見開き叫ぶ。
村崎が捜している仮面の星喰い、そいつが何故こんな所にいるのか――そう考えを巡らせようとして、そこに待ったがかけられる。

「違う。確かに仮面だけど……あれは出来損ないだ」
「出来損ない? どういう……」
「来ます!」

マスターの言葉に質問を返すと同時、荊棘さんが切羽詰まった声で注意を促す。浮上した疑問は置いておいて、一先ず目先の敵を撃破しなければ。

「サファイア、応えろ!」

掌のサファイアに呼びかければ、明滅した光が俺をまとい姿を変えた。見慣れた黒髪ではなく深い海を思わせる蒼が視界に入り、ばさりとコートが音を立てる。
背中に現れたズシリとした感覚を確認し、人型の星喰いの動向を注視する。

人型の星喰いは、ニタァと舌舐めずりしながら嗤い、右の腕をゆっくり上げる。
そして人差し指を、ゆっくりとこちらに――俺と荊棘さんの間、つまりマスターに向けた。

   ■   ■   ■

「陽世、絶対にマスターから離れるな! 荊棘さんは陽世のサポートをお願いします!」
「分かった!」

向かってくるカオスグリフォンの群れを睨み付けながら、蒼井君が僕と荊棘さんへの指示を叫ぶ。それを受け、荊棘さんは僕とマスターの方へと歩み寄って来た。

「柱間! 俺が合わせる、先にカオスグリフォンの数を削る!」
「りょーかいっ!」

柱間君は手にした棍を返し、上段に構え返事した。

蒼井君と柱間君がカオスグリフォンを撃破し、僕と荊棘さんでマスターを守りながら二人の壁を突破した星喰いを倒す、二段階の作戦だ。戦う力を持たないマスターを守るには、どうしてもこういった手法を取らなければいけない。

軽やかに地面を蹴った柱間君が、初めのカオスグリフォンを見据え棍を振るう。ガスン!!と鈍い音を立て、鉱物で出来ている身体がまるでこんにゃくのように抉られる。
それで怯んだ隙に、蒼井君が剣を一閃。ピギャアアアアアアァと悲鳴を上げながら、一体目のカオスグリフォンは宝石へと化した。
だけど、安心する暇もなく敵はこちらに向かっている。返し刃を二体目のそいつに斬りつけ、柱間君が飛び上がって遥か上空から棍を振り下ろした。

そこを抜けるカオスグリフォン。
僕は栞を掲げ、動きを縛るよう『命じる』。

「縛!」

巨大化した栞がカオスグリフォンの体から自由を奪い、その皮膚を荊棘さんの大きな剣が疾走る。鉱物と刃物がこすれ合う嫌な音が響き、思わず耳を塞ぎたい衝動に駆られた。
それを必死で堪え、次に来るであろう敵を探す――。

「え」

油断はしてなかった。
なのに、そいつはいつの間にか僕の目の前にいて、羽根の生えた腕で掌底を繰り出してきた。

「――っは……!!」
「陽世!!?」

見事腹部に決められてしまった僕は、肺から押し出された空気のせいで噎せ返り直ぐに動けない。
ヤバい、僕の隣には、マスターが。

「――無様だな」

低く、人を嘲笑っているかのような声が耳に届く。その一瞬後、金属音とギュギャアアアアアアアと人型の星喰いの悲鳴が響いた。

呼吸を落ち着かせ、急いでその人物を見た。
彼の赤い双眸は僕を斬りつける刃物のように睨み付け、面白くなさそうに細い剣を鞘に収める。マスターは彼の向こうで、驚いたような表情を浮かべていた。

「その程度か。お前の覚悟は」
「……黒冬、君……」

僕は、ものすごくばつの悪い顔をしていただろう。
冷たく見下ろしてくる彼の名を、力なく呟いた。