Destroyer03

いちち……油断した。

力の入らない腕を庇いながら、左手の銃を構える。もう一方のそれはどこに吹っ飛んだだろうか、後で回収しておかねーとなぁ。
コウの奴も頭に血が昇ってるし、マズいっちゃマズい。
その上、俺やあいつらだって体力は持つ自信がねぇし。

荊棘の旦那が裏切ったなんて、考えたくもねぇけど……今はそれどころじゃねぇか。

どうしようもなく吐き捨てたい衝動を、引き金に込める。どこか他人事のような感覚で巡る思考は、血を流し過ぎたせいか。
バァン!と乾いた音を響かせ雷管が弾け飛び、その勢いで銃弾が照射された。

弾は星喰いに当たり、でも残念ながら大したダメージにはなっていないらしい。
どうしろ、と言うのだ。これ以上のパワーなんて出せやしねぇぞ。

力が抜けそうになる足を必死で堪え、冷や汗を拭う。
正直、生きた心地はしていない。

そんな状況なのに、いや――だからこそか、前衛の少年達を掻い潜り俺の前に荊棘の旦那が駆けてきた。そりゃ、あの人の頭なら、効率も考えて飛び道具使う俺の方を先に狙うだろう。俺だってゲームではそうしてた。

「……っ!」

振り被られた大剣を間一髪避け、第二撃を銃で弾く。力がぶつかりあう衝撃で、腕に痺れが走る。

「荊棘の旦那ァ……アンタ、自分のやってる事、分かってるのかよ」

如何なる問いかけでも、返される沈黙。
眼鏡に阻まれ、目の表情を窺う事も叶わない。

体の芯から込み上げてくる怒りが、満身創痍な自分を動かしている状態――だが、一方で腑に落ちない事もある。
先程の、コウの問いの答え。
あの一言の裏に、俺は何らかの叫びを聞いた気がするのだ。

『ええ。先日お会いした時も、熱心に勤勉に励んでおられました』

荊棘の旦那とあの少年が邂逅した時の一幕を思い出せば、それはおかしい。
少年の一方的な糾弾、荊棘の旦那の沈黙。とてもじゃないが、あれで後にそんな穏やかな時間を共有していたとは、思えない。
コウも同じだろう。あの調子じゃ。

「ぐっ……!」

そんな事を考えていたら、反応が僅かに遅れ、遂に大剣の刃が俺の皮膚に届いた。
ぼたぼたぼたっ、と斬られた右肩から、嫌な液体が飛び散る。

あの人は間違いなく、本気で俺を――そして恐らく、俺達を斬るつもりでいる。
それならば、全力で応じなければ捌き切れない。
油断と、逡巡を捨てるのだ。

息を大きく吸い込む。そして、相手を睨み付けた。

「俺はアンタみてぇに頭も良くねぇし、ただのゲーマーだよ。だけどなぁ、これだけは分かるぜ。ここで退く事だけは、しちゃいけねぇってな」

右肩の痛みに耐えながらガチャガチャ銃を弄り、弾の残数を確認する。もう残り少ないが、何とかするしかない。
ない頭をフル回転させ、戦略を練る。そのせめてもの時間稼ぎに、口を開き続ける。

「アンタが全力でかかってくるなら、俺も全力で応えるだけだ。悪く思わないでくれよ、荊棘の旦那」
「…………」

カシャン!
銃を元に戻し、組み上がった戦略をもう一度見直す。ちと無茶だが、出来ない事はないはずだ。
近距離特化の相手に、無茶せずに勝てる訳がないからな。

「しっ……!」

地面を蹴り、荊棘の旦那に接近。
身の軽さには自信がない訳でもないが、恐らく相手には敵わない。現に、俺が先に動いたのに、既に何らかの行動を起こそうとしている。

瓦礫を片手で飛び越え、着地と同時に右足を前に。一瞬遅れて、赤い大剣が俺のいた地面に突き刺さる。
あんな重たい剣の一撃を喰らえば、流石に無事じゃいられねぇよなぁ。

荊棘の旦那が、直ぐ様大剣の切っ先を俺に向け突進してきた。
一か八かの大勝負――俺は間一髪で避けると、肩に引っ掛けたままの上着を荊棘の旦那に叩きつけた。

「くっ……!?」

目論見は成功。
荊棘の旦那は上着を剥がそうと、隙が出来る。
カシャン!と軽い音がしたが、それが何かを確認する余裕はない。荊棘の旦那の脳天に銃口を突き付け、宣告する。

「覚悟してくれよ、荊棘の旦……那……」

上着の邪魔から抜け出した、眼鏡をかけていない荊棘の旦那の、俺に対する敵意。
それが、綺麗さっぱりとなく――代わりに感じられるのは、どうしようもなく表現し難い感情。いけないと分かっているのに、俺はそれに驚き、一瞬緊張を緩めてしまった。
泣きそうなのかと問われればそうだし、怒っているのかと問われればそうだと言えるそれは、だが直ぐに消えた。

「――!」

銃口の先を避けるように距離を取り、眼鏡を拾うと、荊棘の旦那はまた氷のような表情に戻る。あれは幻覚だったのかと思わせる程に、一瞬だった。

だが――その一瞬は、俺の崩れそうだった覚悟を砕くには十分な威力を与えたのだ。
俺がコウと出会い、助けられた時から共に行動し、多分仲間の中で一番信頼を寄せていたのが、荊棘の旦那だ。
そんな彼がコウを裏切り、陥れるような真似をしたと分かり。こうして、まだ俺よりも若い学生達にはさせるべきではない役目を全うしようと覚悟を決めたのに。

「は……卑怯じゃねーの、荊棘の旦那ァ……」

ぐしゃ、と動く腕で自分の髪を掻く。
あぁ、本当に困った。

   ■   ■   ■

「ぐぁ……!」
「く……!」

戮による攻撃は凄まじく、次々と倒れてゆくセイバー達。
黒冬は全身ボロボロの状態で、だが流石と言うべきか未だ闘志は折れていないようだ。レイピアを構え、敵を見据える瞳は、鋭さが僅かに残っている。
村崎も似たようなものだ。自己再生が追いつかない早さでダメージを受けているのか、黒衣も顔も血だらけではあるが、膝を折ろうとはしていない。
一番ダメージが大きいのは、恐らく日明の方。仲間いち身なりを気にする彼の髪はボサボサで、脱ぎ捨てたコートの下のワイシャツも血に泥に汚れている。疲弊している証拠に、肩が大きく上下しているのだ。
一番最後に合流した宗谷はダメージこそ少ないが、墜とされたセイバーを相手に苦戦している。致命傷を与える訳にはいかない相手に、元来加減して戦うのを苦手とする彼は、迂闊に攻撃出来ない状況。
コウの直ぐ近くに待機する新芽の術があれば、何とか凌げるかもしれないが――彼は彼で、倒れた黄太と葉一を守るのに手一杯だ。前衛の彼らがなんとか食い止めてくれているお陰で、相手にするのは低級の星喰いに留まっているが、数が多い。

何せ、相手が悪いと思う。異形の星喰いに、傀儡となった仲間が相手では、例え万全だったとしてもこちらは満足に戦えまい。
全滅まで、もう秒読みも良い所だ。

こうなった場合、セイバー達が何を考えるのか。コウには、直ぐ見当が付いた。
ジュエルマスターである自分だけでも、いかに此処から逃がすか。
一旦決断してしまえば、彼らはその命を賭してでもやり遂げるだろう。

この戦いに、勝ち目などない。
それだけは明白だった。

(けど、俺が降伏する訳にはいかない……どうすれば……)

コウが――ジュエルマスターが降伏すれば、それはイコールこちら側の敗北となり。セイバー達を元の世界に帰す事はおろか、命さえ危ういだろう。
何より、ここまでついて来てくれた彼らを裏切る事になる。傷ついて行くセイバーを見ているのも、降伏してそんな結末を迎えるのも、コウには耐え難かった。

「――風間君!?」

その時、新芽の驚愕の声が耳に届いた。

   ■   ■   ■

頭が痛い。
これはそうだ、黄太に理不尽かつ鋭い突っ込みとは言えない突っ込みを受けた時並の痛さだ。
頭だけではない。身体中が、動かすだけでピリリと電気が走る。叩きつけられただけで、出血していないのがせめてもの救いか。

「いってぇ……俺、どれだけ寝てたんだ」
「動かない方が良い、葉一。まだ万全じゃないんだろう」
「あれ、マスター、いつの……間に……」
「起きるのがおせーぞ、カザ」

気絶する前にはいなかったはずの声に振り向くと、彼が見せた事のない、マスターの強張った横顔が見えた。あの温厚を体現した笑顔も、緩み切った普段の表情も、そこにはない。

そして、オレに文句を言ったであろう黄太の姿を探す。やたら声が近いと思ったのだが、マスターや陽世の近くにはいない。
当たり前だ。そいつは、オレのすぐ隣で、オレと同じように地面に寝そべっていたのだから。視線を下げたからこそ分かった。
視界が不明瞭なのでよく見えないが、どうやら大なり小なりの傷を負っているらしかった。息も荒く、ダメージ蓄積がオレの比でないのは明らかだ。

「黄太!?おい、お前何で……!」
「俺だけじゃねーよ、アホ……他の奴らだって、もうボロボロだ……」

示されたのでそちらを見ると、確かにまだ戦っているみんなもボロボロで、何かしら怪我を負っている。

「マスター、これは」
「はは、ちょっと不利な状況でね。今、どうしようか悩んでるとこ」

普段なら困ったような表情でする乾いた笑みも、今のマスターは無表情で浮かべる。それが、正直怖い。

「不利な状況って……」
「相打ち覚悟で無理矢理勝ちを獲りに行くか、全員ここで仲良く骨を埋めるかの二択」
「!!?」
「……悔しいが、的射てんな」
「な、何言ってんだよ……アンタも黄太も……」
「マジなんだから、しゃあねーだろ……。俺は動きたくても無理臭ェし……数と敵との実力差的に不利過ぎる」

異形の星喰い、堕ちたセイバー三人(しかもその中に、傷を癒せる天草がいる)、荊棘、灰敷。
対するこちらは、何ラウンドも経て万全とは言えないセイバーが数人。村崎と黒冬、陽世、暁はともかくとして、日明さん、黄太はもう動くのもやっとなレベルに見える。

絶望的――そうだ、絶望的なのだ。

「でも、安心して。葉一達は死なせないし、約束を違わせるつもりもないから」
「……っ!」

まただ。
この人は、いつだってこうだ。

見ず知らずのオレ達に罪でも感じているのか、自分より他人を優先し、犠牲になろうとする。
それが良かれと、思い込んでしまっている。
自分を守れと命じさえすれば、ジュエルマスターである彼を守る力を持ったオレ達が動けるのに。そう、すべきなのに。

「――戦う意味、ですか?」

脳裏に再生された、静かだが凛とした声。
彼女は誰よりも不利な条件を背負い、しかし元の世界に戻る為に戦うと言った。

いつだったか、問いかけた事がある。
何故、そのハンデを背負いながら守られる事を良しとせず、戦うのかと。

彼女は少し考えたのち、そうですねと前置きをすると、胸に両手を当て口を開いた。

「私、戦う事は好きではないの。でも、それは私の存在意義で、生きる目的でもあるから」

生きる目的?
大袈裟な、と笑い飛ばす事は出来なかった。向こうの世界での彼女を端的に聞いてしまった以上、それは侮辱行為に値する事位、馬鹿なオレでも分かる。

「あちらの世界で、話すのもやっとな私が、誰かの役に立てるなら。私は、この命さえも惜しまないわ」

彼女は微笑む。
強固な覚悟と、決意を滲ませて。

「私が、私である為に。そして――お兄様を止める為に」

異形の星喰いが、飛びかかる。
前衛の隙を突いて、オレ達に――マスターに。

「マスター!そっちに!」

忠告の声は間に合わない。
間に合ったとしても、彼は動かない。
戦う力なんてないクセに、体力を消耗したオレ達を守る為に。

「――うおおおおおぉ!!」
「葉一!?」
「カザ、馬鹿お前っ……!!」

ガキィ!!!

気が付けば、オレは槍を痛い程握り締めてマスターの前に飛び出していた。
間一髪、間に合った。

星喰いの爪とオレの槍に込められた力同士が拮抗し、ガチガチと音を立てる。変身して身体能力も上がっているはずなのに、馬鹿力め、と内心毒づいた。
マスターと、黄太が悲鳴に似た声を上げる。

「無茶すんな! お前じゃ、そのデカブツの相手は無理――」
「うるせぇ! オレが動かなきゃ、ここにいるみんな仲良くあの世行きだろ!?」

黄太の発言を遮り、叫ぶ。
全ての力を受け止めている両腕がギチギチ悲鳴を上げ始めるが、それを振り払うように。振り向く余裕はない、そんなことをしたら一気に均衡が崩れる。

「オレはっ!!! 黄太みてぇに!! 蒼井みてぇに!!! みんなみてぇにっ!!!! 強くもねぇしっ!!! 臆病な、弱ぇ人間だ!!!」

学校で不良共に絡まれた時、喧嘩も強く黄太の背に隠れるようにしてやり過ごしていた自分。
同じ年のはずなのに頭が切れ、セイバー達の頭脳となる力と精神を備えた蒼井に、羨望の眼差しを向けていた自分。
今まで当たり前のように過ごしていた世界から突然放り出され、この緊迫した状態の中、それらはオレの目に鮮明に映され、その度に責められた。

いつだって――いつだって、前を歩く誰かがいた。その誰かの後ろに、自分はついて行く事でやり過ごしてきた。
お前、卑怯だよな、と嘲笑われたのはいつだったか。誰の台詞だっただろうか。

「けどっ!!! ここで戦わねぇで!!! いつ戦うんだよ!!!」

それではいけないと、自分の中の誰かが言っていた。でも聞こえない振りをして、耳を塞いで、逃げていた。

何故かと言えば、臆病だから。
『恐怖』が、『死』が、すぐ隣にいると思うだけで足が竦んでしまうような、臆病で卑怯な人間なのを、自分は嫌になる程知っている。

でも、今はそんな事よりも。

「オレだって……オレだって!!! 守られてばかりは、ごめんなんだよ!!!!」

自分が動かなかったせいで仲間が傷付くのが、もっと怖いし、嫌だった。

叫びと共に勢いを載せ、槍を振り払う。
力の拠り所を失った星喰いはぐらりと体勢を崩すが、ギリギリで踏み止まる。

離れた槍を直ぐ様身体の近くに引き戻し、星喰いの脳天目掛け刃を突き出す。
ギィン、と音を立て僅かに石の破片が飛び散った。

せめて、腕を伸ばせば一瞬で殺されかねないマスターから引き離す!

体勢を整える暇は与えない程の速さ。
思わず避けたくなる程の鋭い突き。
無我夢中で繰り出す攻撃、だけど星喰いのそれも熾烈を極めていく。

そして、遂にその硬質な爪がオレの身体を凪いだ。咄嗟に槍で受け流そうと構え、果たしてそれは成功した。

「――っ!! あ……!!」
「葉一!!」

攻撃動作を終えた体勢で受けたから、オレはモロに喰らい吹っ飛ばされる。
マスターが、叫ぶ。

あり得ない激痛に一瞬また気を失いそうになるが、何とか起き上がった。まだ、まだ動ける。
けど、吹っ飛んだ拍子に槍は、少し離れた場所に転がってしまっている。しかも、遠目から見ても分かるレベルに折れ曲がっていた。あれでは、拾ったとしても戦えない。

やっぱり、オレでは駄目なのだ――。
絶望と、悔しさで視界が歪む。

「ばぁーか。弱ェくせにカッコつけっからだろ」

隣から、苦笑混じりの声が聞こえた。

満身創痍の黄太が、陽世に支えられながら上半身を起こし、呆れた表情を浮かべていた。口調とは裏腹に、口元に浮かぶ笑みは優しい。

目の前に、手が差し出される。
何だと思っていると、黄太は手のひらの上でバシュ!と光の帯を発生させた。もう、オレも見慣れた現象だ。
そして予想通り、直後には棍が握られていた。

「使えよ……棍棒も槍も、似たようなもんだろ。変身する力は残ってねぇが、少しなら、助けられっから」
「黄太」

棍を、半ば無理矢理渡される。
長さとは裏腹に適度な重量があるそれは、握った手にしっくり馴染んだ。

星喰いを見据え、立ち上がる。
槍を構えるように棍を構え、震え上がりそうな足元を無理矢理奮い立たせた。
負けず嫌いの黄太が託してくれた棍から、アイツの力が伝わってくる。

「来いよ、星喰い……オレが相手だ!!」