Destroyer01

「蒼井が落ちたって、どういう事だよ!?」

開口一番、セイバー達が集まっているここに戻ってきた柱間が言った。

今この場にいるのは、奴とマスターに付き従う執事、堕ちていた状態から回復したホストと風間、そして陽世新芽と俺。そのうち数人は既に何ラウンドやり合った後で、ボロボロになっている。
堕ちていた上絶と紫上とか言う教師、天草水樹は、聞く限り同じタイミングで撤退されてしまった。狙いはマスターの持つ星宝石、成る程ここにいる理由はない。

「柱間様、落ち着いて下さい」
「アンタは良く落ち着いてられるな? マスターさえ良ければどうでもいいってか」
「……気が付いてないのか?」

キッ、と執事を睨み付ける柱間。だがその台詞から疑問を感じ、俺は億劫だと思いつつも口を開く。

「あ? …………って、おい。マスターはどこ行ったよ」

それでようやく気が付いたらしく、顔を周囲に向け姿を捜そうとする。気が付いていなかったのか、と少し呆れた。

「落ちちゃった……」

そこに響いたのは、恐ろしく落胆した響きを宿した声。

「マスターと蒼井君、落ちちゃった……傍にいたのに……」

陽世新芽が、肩を落とし今にも泣きそうな表情で続ける。
蒼井と交代し上絶と交戦した俺は、マスターから離れていた。堕ちた状態から回復した風間とホストのうち、奴と共に亀裂に叫んでいたのは風間。
近くにいたのは、その二人だけだった。

「蒼井様は、恐らく先に落ちてしまわれたマスター様を守る為に、自ら落ちる選択をされたのでしょう」
「無茶だろ! 俺が言える事じゃねぇけど、堕ちた奴らもあっちに行っちまったし、蒼井だけじゃ……」

風間が歯を食いしばり、亀裂を見やる。

と、そこまで黙っていた柱間がふい、とそちらに向かって歩き出した。

「柱間様?」
「救出、行くんだろ」

見る限り、奴と執事のダメージが一番ありそうだと思うのだが――柱間はさも当然のように答える。
執事は驚きつつも、お待ち下さい、と待ったをかけた。

「山吹様。ここに来てから堕ちるまで、どれ位の時間があったか覚えていますか?」
「んー……出発が昼で、腹が減った事は覚えてるから……多分、六時間位か」
「私達がここに来て、もう三時間は経っています。結構ギリギリかもしれませんね」

ギリギリというのは、俺達が自分でいられる時間の事だろう。
瘴気に汚染されれば、助けに行くはずの俺達がマスターを襲う傀儡となりかねない。それは避けたいが、だからと言って悠長にしている暇もない。
せめて、マスター達の居場所が分かれば何とかなりそうではあるが。

「――あれ? やぁ、キミ達も来てたんだ」

緊張状態が続いていた所へ、第三者の声がかけられた。

そいつは、紫と黒を纏う少年、村崎。
姿を認めた柱間が、眉間にシワを寄せ言う。

「出た、星喰いセンサー」
「何その不本意過ぎる呼び名!?」
「違うのか?」
「ぐっ……否定出来ない……じゃなくて、コウは? それに、何だよこの状況」

半ば本気で落ち込もうとするも、何とか踏み止まった村崎はがばっと頭を上げて問うてくる。そんな事に構っている場合ではないと察しているのだろうか。

ふと俺は、村崎が他の奴らのように奴を《マスター》とは呼ばず、耳慣れない音で呼んでいる事に疑問を抱いた。
それが何を意味するのか――今の俺には、分からない。

「マスター様は……」

執事が疲れた表情で、地割れを視線で示した。
それだけで大体把握したのか、村崎は苦虫を噛み潰したような表情で呟く。

「あちゃあ、遅かったかぁ……」
「遅かった?」
「僕がここに来たのは、このエリアから尋常でない瘴気を感じたからなんだ。それを突き止めようと思って」
「な……知ってたなら早く言えよ!!」

激昂の声を上げる柱間は、村崎の胸倉を掴み上げる。
だが、された当人はごく冷静に、その手を振り払う事も慌てる事もなく、口を開いた。

「勿論、話そうと思ったから君達の拠点に行ったんだ。そしたら、コウが出払ってるって聞いて……」
「入れ違いになったのか」

事情も聞かず熱くなるのは勝手だし、俺には関係のない事だ。
抑揚なく話の続きを告げた俺の言葉に、柱間はばつの悪そうな顔で手を放し、舌打ちして村崎から離れた。
当人は困ったように頬を掻き、見られないよう苦笑を漏らす。

――そろそろ頃合いか。

「おい、まだお喋りを続けるつもりか」

マスターを助けるには時間制限があると言っておきながら話を続ける奴らに、俺は口を挟んだ。軽く威圧の意味も込め、奴らを見渡す。

「別に、俺は構わないがな。あいつがどうなろうと、それは注意力散漫だったあいつ自身のせいだしな」
「黒冬、テメェ……!」
「風間少年、落ち着け。――コクトー君だっけ?まぁ、俺も発言する権利なんてないけど……そんな事後にして、早く行こうぜ。お前の言う通り、時間ないしな」

ホストが気の抜けた笑顔を浮かべ、ちょいちょいと大地の地割れを指し示す。

そうだ、時間はない。
だらだらやっていたら、俺達まで傀儡と化す。それだけは、御免だ。

つい、と返事を返さず、俺はそちらに足を向ける。腰の鞘に納めた剣の柄の感触を再確認していると、やがて数人の足音がついて来た。

「(――これが、最悪の事態の前兆でなければ良いんだがな)」

ふぅ、と息を吐き、村崎を加えた俺達は移動を開始する。
背中に感じる悪寒は、何を意味するのか――この時はまだ、知る由もなかった。

水の音がする。

何処までも暗闇が続く空間に立っている俺は、自分が生きているのかさえ曖昧だった。
声を上げようとして、喉が詰まる。
俺は、誰を  助けよう     と

「――悠斗」

視界が、途端に色を宿した。

はっと目を覚ませば、第一に目に飛び込んで来たのは眩い蒼だった。
この光は、もう何度も見た――マスターの、浄化の光。

重い体を起こし、眩暈を頭を軽く振って取り払うと、自分の姿が何時もの制服に戻っているのに気が付いた。気絶により、変身が解けてしまったのだろう。

次に、上と左右を見回す。
俺達が落ちた亀裂から差し込む光も見えない、という事は相当深い所まで落ちてしまったのか。暗いのでよく分からないが、よくもまぁこんな深い縦穴があるものだ――そう考えかけて、ふと気付く。

これは、自然に出来た縦穴ではない。
それは、自身が横たわっていた地面の感触が物語っていた。地面――というよりも床は、触れてみると四角形の石の一個一個が規則的に並んでおり、敷き詰められている。よくもまぁ生きていたものだ、と呆れた。

大分目も慣れてきた所で立ち上がり、浄化の光が見えた方向へ歩き出す。
果たして、そこに俺の捜していた人物の姿はあった。

地上から差し込む、妖しく細い光の中心に立ち、微動だにせずに上を見上げていた。
その姿があまりに非現実的で、力なく、今にも儚く消えてしまいそうで。

思わず息を詰め、小さく、本当に小さく呟いた。

「マス、ター……?」

だが、その声でさえ届く程にそこは無音だった。
ピク、と僅かに体を震わせ、遥か地上を見ていた瞳が俺を捉える。
そして、死にかけたばかりの人間とは思えぬ表情で――はっきり言うなら笑顔で、口を開いた。

「――悠斗? アンタまで落ちちゃったのか」
「わ、悪かったですね。油断したんですよ」
「ありがとう」

どうしてこの話の流れで礼を言われるのか。やはり、この人というものは良く分からない。
軽く頭を振り、その拍子に視界の中に赤を見つけた。先程見た時には、この暗さで見逃していたらしい。

「……暁!?」

マスターは赤の――倒れた暁の目の前で、ぼんやりと立っていたと言うのか。これはもう、危機感が薄いと言うより欠如していると言って良いのかもしれない。
ザッ、と制服姿のまま構えようとする俺に、マスターは待ったをかける。

「ストップストップ。もう浄化したから、戻ってるはずだよ。落下した時に気絶したみたい」
「落下で気絶って……」
「さて、どうしようか。早いとこ上に行かなきゃ、みんなが心配するね」

呆れた、と言えば嘘じゃない。
堕ちた暁の強さは尋常でなかったし、あのまま戦って勝てた、とは自信を持って言えなかった。
それが、有り得ない高さからの落下で気絶? 普通ならまだ頷けるが、あの異常な力を見た後では素直に頷けない。

行こう、と促すマスターの様子を観察してみて――ギョッとした。

「その怪我! どうしたんですか!? やっぱり暁の奴に……!」

マスターは、俺から見て逆の――つまり右腕を真っ赤に染めていた。
この光が少ない世界の中でもそれと分かる、恐ろしい位に鮮やかな赤。それはどう考えても、

「悠斗」

静かに、けれどそれだけで動きを封じるかのような威圧を帯びた声。

「俺は、大丈夫。――大丈夫だから」

そうか、大丈夫なのか。
とは流石に思えないものの、このやたら頑固な我らがマスターは言い出したらもう意見を曲げてはくれない。人の気も知らないで、戦う力なんてないくせに危険に突っ込んで行く。

やっぱり、崩落に巻き込まれて正解だった――俺は、改めて溜息を吐いた。
地上に戻れたら、真っ先に誰かに治療させよう。本人は大して痛がっている様子はないし、恐らくは見た目が酷いだけだ。

そうと決意したところで、目下の問題に思考を切り替える。横たわる腐れ縁をどうするか、だ。

「暁は俺が担ぎます」
「え?」
「何ですかその目は。俺だって暁位なら担げます」
「あ、いやそうじゃなくて。俺が担がないと、星喰いや堕ちたみんなが出たら咄嗟に動けないだろ?」

なるほど、そういう問題があったか。
でも、だからと言って負傷したマスターに暁を背負わせるなんて選択肢はハナからない。
では、どうすれば最良なのか――考えるまでもなかった。

「じゃあ暁を起こして、自分で歩かせます」
「……いや、そう簡単に起きるものじゃ……」

マスターが何か言っているが、こうして話している間にも時間はなくなっていくのだ、取り敢えずスルー。
俺は暁の胸倉を掴み、上半身を起こす。気絶している人間というのは本当に重いんだな、と思いつつ空気を吸い込み――

「起きろばかつき!!! 緊急事態だ、のんびり寝てんじゃねぇ!!!」

ばしーん、と静かな地下に軽快な音が響き渡った。