Biter01

#1

「よぉよぉよぉ~マスターちゃん。元気にしてっかぁ?」

その男が拠点としている廃ビルに現れたのは、昼も大分過ぎ去った時間だった。外は変わらず星空の為、そんな感覚は感じないのだが。

広間のソファにいたのは、マスターであるコウ。
彼を慕い、執事として奉仕する荊棘従道。
向かいのソファで、眼鏡をかけ書籍を読む蒼井悠斗。
そして彼の隣で、必死に何かを読み解いている天草水樹の四人だった。他のメンバーは、今は繁華街の星喰いの掃討に出払っている。

そんな中に飛び込んで来た男、見嶋千里を認めると、荊棘が警戒の色を濃くし双眸を細めた。

「見嶋様。何の用でしょうか」
「おっとぉ、何も企んじゃいねぇよ。ちょいとマスターちゃんに相談があって来ただけだっての、ヒヒッハハ」
「白々しいのでお尋ねしているまでの事です」
「荊棘さん荊棘さん、天草が怯えてるから止めようね」

マスターの言葉に、荊棘が名を出された天草の方を見やる。
まだ合流して間もない天草は、普段温厚な荊棘の雰囲気が一変した事に、少し怯えてしまったらしい。隣にいた蒼井が、僅かに咎めるような視線を投げる。
彼はすっと漏れ出していた殺気を消し、失礼しました、と天草に頭を下げた。
ふぅ、と息を吐くと、マスターは次に見嶋に向けて口を開く。

「千里も煽るのは止めようね。やるなら外」
「煽った覚えはねーぞぉ? つか節分じゃねぇぞ、おい」
「で? 相談って?」

話が進まないと悟ったのか、それとも天然か――見嶋の突っ込みには然程反応せず、先を促す。彼もそこまで執着のない会話だったのだろう、嬉々としてそれを受け入れた。

「お? 聞いてくれるのか。――マスターちゃんの傍にいるセイバーでよぉ、おかしい星喰いに遭遇したって言ってる奴いねーかぁ?」
「……何故それを?」

確かに、まさに先程まで、その事について頭を悩ませていたのだ。

数時間前、星喰いの掃討に出ていた柱間、風間、紫上、藍馬兄妹が件の星喰いに遭遇し、風間がしばらく変身出来ないまでに力を消費しているのだ。
普通の星喰いならまずここまで消費しない事を考えると、これはおかしい。加えて、柱間を始めとした他のメンバーからも「力が抜けた感覚がする」との声が上がっているのだ。

どうも厄介そうな星喰いが現れた、と判断したマスターは、後程件の相手を捜しに出ようとしていたところだった。
それを見嶋に話す機会はなかったから、彼は知らぬはずなのだ。とんでもない情報収集能力だ――と思っていると、あー、違う違うと否定が返って来る。

「俺、そいつに遭遇しちまってよぉ? 攻撃自体は単調だったんでのらりくらりとかわしてやったがよぉ、これがどうもおかしくてなぁ」
「勿体ぶらずに言ったらどうです」
「攻撃は当たっちゃいねぇ、掠りすらしてないってのによぉ。――力が抜けるんだ。なんつーか、こう……脱力する、とか言うか? とにかく、守護石の力が弱まるような感覚を覚えんだよ。まるで、星喰いが守護石の力を吸い取っているみたいにな。俺は逃げ足だけは自信あるから、その状態でも逃げて来れたがなぁ」
「――黄太達が同じ事を言っていた。多分、千里が遭遇したのと同じ奴だ」

まさにそのまま伝え聞いたのか、と思わんばかりの正確さだったが、これが見嶋の口から出てきたとなると、謎の星喰いの存在は確定と言って良い。

「ああ、あのヘッドホン坊主か」
「そいつのお陰で、葉一が今ダウン中なんだ」
「おう、被害が出た後だったかァ。悪いな、遅くて」
「仕方ないよ。千里も遭遇するまで知らなかったんだろう?」

そんなやり取りを聞きながら、蒼井は考え込むように腕を組む。天草も、テーブルの上のテキストから目を離し、話の成り行きを見守っていた。

「守護石の力を吸い取るなんて……そんな事、星喰いに可能なんでしょうか?」
「そこのところは、オーブに聞いてみないと何とも」

マスターが肩を竦める。
オーブ――あの謎の女性は、時折マスターの傍から離れどこかへといなくなる時があった。今が丁度その時で、この近辺に彼女の姿はないようであった。

「ただ間違いなく、放置していると厄介な事になる。なら片付けないと。千里、そいつに遭遇した場所に案内してくれる?」
「良いぜ、元よりそのつもりだったしな。ヒハハ」
「俺も行くぜ」

マスターが見嶋に道案内を打診したところで、この場にいない人物の声が耳に届く。
声の主――見嶋曰く「ヘッドホン坊主」こと柱間黄太は入り口のドアで、パーカーのポケットに手を突っ込んだままこちらを見ていた。

「柱間!? お前、体調は」

蒼井が驚く。無理もない、彼は帰還してからずっと大事を取って休ませていたのだから。
だがそんな心配は杞憂だというように、柱間は部屋に入るとマスターの近くに歩み寄り、はっきりと告げた。

「ああ? んなもん回復した。それより、あの星喰い掃討に行くんなら俺も連れてけ」
「珍しいね? 黄太が浄化に来たがるなんて」

基本的には「面倒臭い」と言って浄化作業には参加しない彼が、ここまではっきりと同行する意思を見せたのは、蒼井が覚えている限りでも初めての事だった。
マスターもそれに気が付いていたらしくそう尋ねると、柱間はふいっと顔を明後日の方に向け答える。

「やられっぱなしが気に食わねぇんだよ」

そうか、と返すマスターの口元に、笑みが浮かんでいる。

「んー、じゃあ悠斗に黄太に、道案内に千里に……」
「あ、ぼ、ボクも……! ボクも、行きたいです!」

ほとんど黙り込んでいた天草が、控え目に手を上げながら主張した。
だが彼はまだ変身が出来るまでには至っておらず、加えて性格もそこまで強くはないから、蒼井としては連れて行くには厳しいのではないかと思っていた。
マスターは困ったように眉尻を下げ、首を傾げながら尋ねる。

「危ないよ?」
「わ、分かってます! で、でも、じっとしてるよりは動いていたいんです。迷惑はかけません……!」

天草の双眸が、怯えながらもしっかりマスターのそれを見据えている。熱意が、決意が伝われと、念じるかのように。
やがてそれに負けたのは、マスターの方だった。分かった、と了承を貰えた天草は、ぱっと笑顔を浮かべ「ありがとうございます!!」と頭を下げた。

「あとは、荊棘さん」
「はい、私めも――」
「いや、残ってて欲しいんだ」
「は?」

声をかけられた荊棘は当然のように出立の準備をしていたが、それをマスターに遮られ、疑問の声を上げる。
彼の、マスターへの異常とも言える忠誠心を知っている蒼井は、内心呆れていた。先程の一幕を見ていれば、良く言い出せたものだと思う。

「俺達がここを留守にするし、日明は今出払ってるし、紫上先生もいない。荊棘さんには後から来るセイバー達を面倒見ていて欲しい。お願い出来ますか?」
「し、しかし――」

当然のごとく狼狽える荊棘は、反論を試みようとする。
慕うマスターの傍に見嶋がいると分かっていながら、自分がそこにいれない状態が受け入れられないのは分かる。荊棘は見嶋の事を一際警戒しているから、尚の事だろう。
だが、マスターの指示とあらば従わない事も出来ない。執事って面倒だな、と蒼井はぼんやり思った。

その様子をにやにや眺めている見嶋が、ダメ押しの一言を口にする。

「主人のご命令だろォ?」
「……分かりました。承ります」

キッと一瞬だけ鋭い眼光を見嶋に向けた後、諦めたらしく了承の意を示す。

こうして、謎の星喰いに対するメンバーが編成されたのである。

■  ■  ■

おまけ:参加意思確認を省かれた蒼井

「マスター、俺に参加意思を確認しなかったのは何でですか?」
「え? 悠斗は聞かなくても来るだろうなって思ったんだけど……もしかして、来たくなかった?」
「行きますけど。行きますけど! 何ですかその根拠のない自信……」

#2

見嶋に案内されやって来たのは、つい先日堕とされたセイバーと対峙し、浄化を終えた教会。
天草が相変わらずの不気味な雰囲気に怯えつつも、どこか悲しそうにそちらを見ている。

「この周辺で遭遇したんだが……んー、どこ逃げやがったかねぇ?」
「マスター……」
「うん。――瘴気が、かなり濃いね」

浄化を終えたばかりだと言うのに、数日で浄化する前――いや、それよりも濃い瘴気が充満している。間違いなく、件の星喰いがいたはずだ。

「天草は俺から離れないでくれ。三人とも、何かおかしいのを発見したら教えて」
「は、はい!」
「分かりました」
「了解」
「あいよー」

口々に了解の意を口にし、最大限に警戒しながら歩みを進める。
と、天草がそうだ、と声を上げた。

「マスター、この先に閉鎖されたドームがあるんです。結構大きくて、でも何故か人が近寄ろうとしなくなって、つい最近閉鎖って貼り紙が貼られるようになって」
「ドームか……瘴気の出処も、丁度そっちだね」
「行ってみますか?」
「うん」

そして一行が見たのは、無残にも焼け爛れたドームだった。
鉄骨は剥き出しになり傷跡は生々しく、未だに燻った火が残っている。邪悪な気配に揺らめくそれは、まるで怨念のようだ。
現実世界であれば肝試しのスポットになれそうな雰囲気に、天草はもちろん蒼井もごくりと息を呑む。見嶋と柱間は、顔を顰めるものの特にコメントはしなかった。

「これ、星喰いの仕業ですかね」
「かなぁ……でも星喰いって、物理的な攻撃しかして来なかったよね」
「奪った力で炎でも出せるようになったんじゃねーの?」
「うわぁ、有り得そう」

そんな事をやり取りしながら、燻る火を避け、慎重に進む。
ドーム周辺は広場のようになっているが、石畳は地面から剥がれ、綺麗に並べられていたであろう煉瓦は瓦礫の山となっている。
この惨状を作り出した本人(?)は一体どこに行ったのか。いつ飛び出して来ても良いように、張り詰められる緊張。

中への入り口を発見し中を調べよう、とマスターが提案する。
両開きの扉の鍵も壊されているらしく、僅かな力で勝手に開く。見嶋がきょろきょろと中を見渡し、スタジアムへと続く廊下を進んで行く。
一際怪しそうな方向、スタジアムに出る大扉を開くと――そいつは、上から現れた。

ズシイイィン、と地響きすら起こしながら着地したのは、最早見慣れてしまった、蜘蛛型の星喰い。トライポッドパーピュア、が二体。
オオォォォオォォ、と低く響く鳴き声を上げながら、頭部の宝石を紫色に明滅させる。

「マスター、天草! 退がってください!」

蒼井と柱間が守護石を呼び出し、変身する。見嶋だけはまだそのままで、だが懐から数本の投擲ナイフを取り出し構えていた。

「アンタ、変身しないのかよ」
「ん~? 俺は後衛だから、こういう乱戦だとむしろ変身しない方が立ち回り易いのよ。ヒヒッハハ」
「そうかよ」

言いながら、右のトライポッドパーピュアに飛び込んでいく柱間は、棍で強烈な一撃を叩き込む。凹みはしないものの、衝撃で相手は動きを止める。

左のそれには蒼井が応じ、蒼の剣を横薙ぎに一閃すると、細い脚目掛け斬り下ろす。石の体相手では打より斬の方が効果は薄いが、そんなもの知らぬと言った勢いで次々と攻撃を繰り出した。

「さて。千里、任せた」
「あいよ」

服の袖を捲り上げ、マスターが動く。
ある程度ダメージを与えれば、彼の浄化の力は星喰いに作用し、星宝石となって回収可能になるのだ。
無防備になる浄化作業の間の護衛を見嶋に任せ、両の掌を二体のトライポッドパーピュアに向ける――刹那。

大扉を背にしていたマスターの背後に、三体目の星喰いが現れた。

「――!? な……」
「うわぁ!!」

星喰いの腕がマスターを捕らえようとし、咄嗟に間に割り込んだ天草がその攻撃を受けてしまう。天草、とマスターが彼に駆け寄る。
見嶋が掌を閃かせ、投擲ナイフをそいつに撃つ。が、蒼井と柱間が対峙する奴より硬質的らしいその体には、然程効かないようだ。
三体目の星喰いはその場を飛び退き、二体のトライポッドパーピュアより奥へと着地する。

「こいつどこから現れやがったァ? 全然気配なかったぞ」
「マスター!?」
「俺は大丈夫だ! 天草……!」
「う……だい、じょぶです!」

少しくらくらするけど、と付け加えながら、天草が答える。
ほ、と安堵の息を吐くと、マスターは奥の星喰いを睨み付けた。
今まで対峙してきた奴等とは形が異なる体。それこそトライポッドパーピュアのような蜘蛛型ではない、全く未知の個体だ。
真ん丸な体に二つの尖ったコブがつき、目のような位置にひとつの紫の宝石が埋め込まれている。素早さ自体はそこまでなさそうな印象を受ける図体だが、こんな星喰いは見た事が――。

「コイツだ……」

その時、ぽつりと声がした。
発言主は柱間であり、彼はマスターと同じように星喰いを凝視している。
呟きを拾った蒼井が、油断なく蒼の剣を構えながら問うた。

「柱間?」
「俺達を襲った星喰い、コイツだ」
「俺が捜してたのもこいつだぜェ」
「……じゃあ……」

ふしゅるるる、と口から空気が漏れる音が聞こえた。

「会いたかったぜ、テメェ……やられた恩を返したくてウズウズしてたんだよ!!」
「おいっ、柱間!!」

蒼井の静止も聞かず、柱間は棍を振り被り三体目の星喰いに飛びかかる。
降り下ろしから無意識に伸ばした棍を薙ぎ払い、星喰いの腹をぶん殴る。が、やはりダメージは少なくぴんぴんしている。しかも奴は、その鈍重な印象を受ける体で器用に棍の攻撃を最小限に避けているようにも見えた。

「ああもう! 見嶋さん、先にトライポッドパーピュアをどうにかします、手伝ってください! マスター、俺と見嶋さんで守るんで二体を先に!」
「了解だぜ~」
「分かった!」

未知の星喰いではあるものの、柱間がそう簡単にやられる事はない、彼が相手の意識を引き付けている間にトライポッドパーピュア二体を片付けた方が無難か。蒼井は数秒の思考で判断し、指示を飛ばす。

ここでようやく、見嶋が手のひら大のロッククリスタルを呼び出し、通常よりも全身真っ白な姿に変身した。
マスターは天草から一旦手を離すと、再び離れないように忠告してから、両の手をトライポッドパーピュアに向けて広げる。それを確認した蒼井が、追い込むようにして二体のうち一体の星喰いの背後を取った。

「ちょこまか動くんじゃ、ねぇっ!!」

ザン、と繰り出された渾身の一撃はトライポッドパーピュアの細い脚を切断し、身動きを鈍くさせる事に成功する。キイイイイィと耳障りな声を発するそれに、発現した青い光が纏わり付いた。

「っとォ、順番くらい待てよォ?」

一体が捕まった事を察知したかのように、もう一体の方が蒼井に向かおうとしたのを、見嶋が放った光球が阻止する。トライポッドパーピュアは一歩後退し、その隙に浄化の光に包まれた方が、星宝石となって転がり落ちた。近くにいた蒼井が素早く拾う。

だが、もう一体に振り向こうとした直後、彼の目の前には不気味に明滅する紫が広がった。

「悠斗!!」
「蒼井くん!!」

柱間を吹き飛ばした星喰いは蒼井を刎ね、そのまま突進するようにマスターへと突き進む。つまりは、天草からもその勢いははっきり見えると言う事で――。

「……え?」

天草は、状況を忘れてぽかんと呟いていた。

見嶋が気が付き、光球を生成し投げ付けようとするが、明らかに間に合わない。星喰いの突進が、無防備な二人を空中へ放り出す――事はなかった。

二人と星喰いの間に、割って入るかのように現れた黒と赤。それが星喰いの勢いごと跳ね除け、目の前に降り立ったのである。
漆黒のコートと帽子、棘のある形をした大剣。見まごう事なく、拠点に残っているはずの荊棘従道その人だった。

「マスター様、ご無事ですか?」
「荊棘さん!? 何で」
「私がお願いしたのです、マイマスター」

問いかけた言葉の答えは、荊棘本人ではなく別の方から返ってきた。
見嶋に負けぬ程に全身白を纏った彼女は、恭しく礼をする。見覚えどころか知り合いである事に、マスターは驚きの声を上げた。

「お、オーブ!? 何でアンタがここに」
「話は後です。一旦撤退しましょう」

白い貴婦人――オーブはマスターの問いには応じず、急かすように早口で撤退を促す。
彼は一瞬迷いを見せたものの、彼女の普段とは異なる雰囲気を察したのか、分かったと頷く。

「荊棘さん」
「畏まりました。――蒼井様、柱間様! 一度お下がりください!」
「っつ……了解、です」
「くっそ……!」

吹っ飛ばされた蒼井、柱間が瓦礫の破片をはたき落としながら、荊棘の指示に従い星喰いから距離を取る。

だが相手も、大人しく撤退させてくれる訳がない。二人を追いかけるように近付いて来る巨体に、殿に移動した荊棘の大剣が袈裟を放った。
ズガァン!とドームの壁に星喰いがめり込むのを横目に、全員が出入り口を駆け抜け、外へ向かう。

「でも、撤退するって、拠点に戻るの?」
「いえ、そこまでは必要ありません。教会に逃げ込みましょう」
「教会……」
「…………」

ぽつりと呟く天草の声には、寂しさと恐れが乗せられているようだ。
その横では、マスターのすぐ後ろについている見嶋の瞳が少しばかり細くなるが――それに気が付いた者は、誰一人いなかった。