【稲妻】君思ふ恋唄1

ボクは今、イタリアエリアの公園に向かっていた。

今日はこの近くで、フィディオのチーム・オルフェウスが練習をすると聞いて、ジャパンエリアから移動してきたのだ。
彼もたまにジャパンエリアの方にやってくるし、互いが互いのチームと友好関係を築いているお陰で、敵チームだという事を忘れ遅くまでサッカーをやっている事もある。
そんな時間が、ボクはいつの間にか好きになっていた。彼らと一緒にサッカーをやっていると、何となく白恋の仲間達を思い出せるのだ。

「~! ……」
「…………」

あと少しで公園に着くというところで、ふと耳に届いた声。

小さかったのでよく聞こえないが、それは多分自分が今会いに行こうとしていた人物のものだ。誰かと話しているらしい。
邪魔をしないタイミングで話しかけようと、声がよく聞こえるところに移動する。何だか切羽詰まっているような声音で、あの快活な笑顔を浮かべる彼と同一人物だとは思えない。

「だから、お前少しは自分の立場ってものを考えたらどうだ」

相手の声が聞こえた。こちらにも聞き覚えがある――確か、フィディオの昔馴染みの友人、アメリカチームに所属しているマーク君だ。
二人の姿が見える場所、でもあちらからは分からないような場所に移動する。声の主はやはり自分の思っていた通りで、ほっと胸を撫で下ろす。
だがしかし――それでも、彼らの話の内容が不穏な物なのには変わらない。

「お前はアルデナの一族を危険に晒しているんだ。今はまだいいものの、いずれ後悔するぞ」
「そんな事……」
「そんな事知ってると言いたいのか? そうとは思えないんだが。例えば……」

マーク君が、ざっと地面を鳴らし花壇の煉瓦に寄りかかる。胸の前で腕を組み、きっとフィディオを睨み付けた。

「ジャパンのエースストライカー、吹雪士郎。最近、彼とよく会っているようじゃないか」
「……!」

(ボク……?)

突然出てきた、自らの名前。彼らは、一体何の話をしているのだろうか。

一方フィディオは、マーク君のその切り返しを予想していなかったのか目を見開いている。その表情も、ボクには見せた事がない。
一人で首を傾げていると、マーク君が更に追い打ちをかけるように口を開いた。

「アルデナの一族を背負うお前が、まさか他所の国の奴とつるむとは思っていなかったが……よく考えてみろ。奴が、お前の命を狙う家柄でないという保証はあるか?」
「吹雪はそんな奴じゃない!」
「どうだかな。……俺の一族は、代々アルデナ一族の《監視役》に就いている。精々気をつけるんだな」
「マーク……」
「お前の事を思って俺は言っているんだ。百歩譲って、彼がそうでないとしよう。そうなると、今度は吹雪士郎を危険に晒す事になるぞ?」
「……っ」
「分かるな? お前がやるべき事が。……よく考えるんだな」

くるりと背を向け、軽く手を挙げながら去っていくマーク。
その背中を見つつ、ボクはフィディオを見やる。――正直、見た事を後悔した。

「……アルデナ……」

そこにいたのはいつもの明るい彼ではなく、何処か冷たい感情を瞳に宿し呟くフィディオだったからだ。

   ■   ■   ■

フィディオとマークの立ち話を聞いた後、散々迷った。果たして、フィディオに会っていいかどうか。
話の内容が今だに掴めない自分には到底最良の答えが浮かばず、結局――ボクは公園のベンチに腰掛ける彼に、「こんにちは」と声をかける。

「士郎! 来てたんだ」

ボクの姿を認めると同時に、彼の表情から険しさが消え笑顔が浮かぶ。
まぁ座りなよ、とフィディオが自分の位置をずれ、ボクに隣を勧めてきた。断る理由もないので、礼を告げベンチに腰掛ける。

「フィディオにこれあげようと思って」
「わぁ、何だこれ?」
「ふふ、これはね」

士郎が持っていたのは、地元の北海道で有名なお菓子。白恋の仲間達が、わざわざライオコット島のジャパンエリアに郵送してくれたのだ。以前日本で会ったのは東京だったから、きっと北海道のものは食べた事ないだろうと予想して持ってきていた。それは間違っていなかったらしく、包みを見た彼の目が輝く。

「フィディオ、食べたことないでしょ?」
「うん、ない。嬉しいな、いただきます!」
「どうぞ」

箱からひとつを手に取り、フィディオに渡す。彼は嬉々として包みを解き、一口で食べてしまう。
「美味しい!」と笑顔で告げる彼からは、やはりさっきの怖い表情は見当たらない。

(……一体、どっちが本当のフィディオなんだろう)

もやもやとした感情が、一度浮かんだ疑問を忘れさせてくれない。悔しそうに、冷たい雰囲気を宿し自らの家名を呟いたフィディオ。
今、幼い子供のような明るい笑顔を浮かべて接してくれるフィディオ。果たしてどちらが、本当の彼なんだろう。
ボクの頭の中は、その疑問でいっぱいいっぱいだった。

「ん? 士郎、どうかした?」

知らないうちに俯いていたのか、フィディオがボクの顔を覗き見てきた。その声にはっとなり、強張っていたはずの顔を緩めさせる。それでも、やはり疑問は消えないまま。

「……あのさ」
「うん?」
「――ううん、なんでもない」

思い切って聞いてみようと口を開き、止めた。聞いてしまえば、もしかしたらこうやって会って話をする事も出来なくなる気がしたのだ。それは――嫌だ。

「何? 気になるじゃないか」
「……ほんとになんでもないよ。そんなことより、さ。フィディオのおうちってどんなところなの?」

直接的には聞けない。そう判断したボクは、遠回しにそう質問してみる。

「……俺の、家?」

地雷を踏んだ、とはこういう事なのだろうと悟った。
お菓子を頬張ろうとしていたフィディオはそれを止め、僅かに目を細める。周囲に纏う雰囲気が、若干重苦しいものに変わった。そう、あの時の雰囲気に似たような。
しかしそれも一瞬で全て消し飛び、まるで何事もなかったかのように風が吹く。

「……あんまり良い家じゃないのは確かだな。少なくとも、居心地は悪い」
「……そうなの?」
「あぁ。厳しいし……」
「そうなんだ。ボクは家族がいるだけで、羨ましいなぁ」

そう。ボクには、家族がいない。幼い頃の、あの忌まわしい事故が――。
フィディオは困ったような、申し訳なさげな表情を浮かべ髪をかく。
彼にもその話は、……多分、ずっと前にやっていた気がする。そんなに詳しく話した覚えはないが。
だから、だろう。

「士郎……」
「……なんてね! ごめんね、変な事聞いちゃって。忘れてね」