【銀魂】紅桜4

「キヒヒ……桂と綺麗なネーチャンがいるぜ」
「ホントに桂だァ~」
「お前桂な。オレの獲物はネーチャンだ」
「天人……!?」

私達が立っていた入口の屋根。そこに、猿と豚がいた。
明らかに人間とは違う生物のこいつらは、桂が言ったように天人なのだろう。思わずカチャ、と腰にある刀を再確認した。

「ヅラ、聞いたぜ。お前さん、以前銀時と一緒にあの春雨相手にやらかしたらしいじゃねーか。俺ァねェ……連中と手を組んで後楯を得られねーか苦心してたんだが、お陰で上手く事が運びそうだ」
(あぁ、麻薬密売のアレか……)

ずっと海を見ていた晋が、ようやくこちらを向いた。そこにはやはり、子供の頃の無邪気な笑顔なんざない。
つまり、晋は銀と桂を春雨に売ったのだ。世界を壊す為に。

「高杉イィ!!」
「言ったはずだ。俺ァただ壊すだけだ、この腐った世界を」

そうか、もうそこまで行ってしまっていたのか。桂がどんなに説得しても、晋には何も聞こえちゃいなかったんだ。
理解してしまえば、後は十分だった。

「……つまりは、もう私達と馴れ合うつもりもないって事、ね」

刀を抜き、地を蹴って跳び上がった。
天人共が見下ろしていた高さに達すると、私は一息に刀を振るい、一気に二匹を斬った。噴き出す血が肌に付着するが、そんなの構う暇はない。
さっきまで立っていた場所に着地するなり、即座に晋に向かって居合を放つ。完全に不意打ちと言って良いタイミングだったが、やはりと言うか流石と言うか、奴もいつの間にか刀を抜き防がれた。

――いや、防がれていなかった。晋の頬に、真新しい切り傷が生まれ血が滴っている。

「そっちがそのつもりなら、こっちも容赦しない。次会った時は――真選組副長補佐、紅スオウとしてお前を斬る」
「あァ、楽しみに待っているぜ」
「精々体震わせて待っていろ、高杉」

カキィ。
刀を弾き、晋と距離を取る。私はもう跳びかかるつもりはないし、それはあちらも同じようだった。一度は出した刀を、ゆっくりとした動作でなおしていたから。

決別の証に彼の名を呼ばず背中を向け、「行こう」と視線で示し、桂と私は彼の元から去った。

進行方向には、うようよと桂を狙った天人達がいた。
中には私を知っているかのような奴もいたが、黙って斬り捨てる。

「……桂」
「何だ?」
「これで、良かったんだよね」

何の事かは言わない。分かってくれるはずだから。
案の定、彼は差程間を置く事なくあぁ、と返してきた。

いつまでも一緒とは限らない
「桂、これ終わったら呑もう。銀も呼んで、朝まで」
「良いな。是非やろうではないか」
「決まりね」

   ■   ■   ■

甲板まで戻ると、丁度銀達も戻って来た所だったみたい。見ただけで酷い有様だが、まぁ着流しやら斬られた腕やらを考えれば私も同じようなモンか。そう認識すると途端に痛みを感じるようになるが、まだだ。まだ痛むな馬鹿。
銀は変わらずへらへらしているけど、流石に辛いのか額に冷や汗が流れている。本当、何処まで隠せば気が済むのだろうか。

春雨の奴らに囲まれ、私達は背中を合わせ円になった。

「よォヅラ、どーしたその頭。失恋でもしたか?」
「黙れ、イメチェンだ。貴様こそ何だ、そのナリは。爆撃でもされたか?」
「黙っとけや、イメチェンだ」
「どんなイメチェンだ」
「両方とも元がアレだから気にすんな、効果ない。それよりどうするの」

放っておけば延々と言い合う二人を止め、正面を睨みつける。正直言うと、そんな二人のくだらないやり取りを聞きたくもあったのだが今はそれ所じゃない。つーかさっきから桂の手下が指示待ってんだよ気付け阿呆。

「退くぞ」
「え!?」
「紅桜は殲滅した、もうこの船に用はない。後ろに船が来ている、急げ」

桂が顎で示した先には、確かに奴の船があった。じきに船も沈む、長居は無用だ。
だが、はいそうですかと引き下がる敵ではない。

「させるかアァ!!」
「全員残らず狩り取れ!!」

春雨の奴らがかかってくる。それを一番近くにいた銀と桂が仕留め、来いと言うかのように刀を掲げた。多分今の攻防、特に銀のは誰も見えてなかっただろうな。

「退路は俺達が守る」
「行け!!」
「でも……!」
「……死んだら承知しねーからな。殺しに来てやる」

まぁコイツら相手に二人がやられる事はないだろうが、私は了承の意を含めそう答えた。

「死んでるのにか。わーってる、後頼んだ」
「こやつらを任せたぞ、スオウ」

銀は苦笑を浮かべながら、桂は自信ありげに頷き。私も、口調とは裏腹にさも楽しそうな笑顔を浮かべているんだろう。
僅かに頷き返し、既に新八君と神楽を抱えたエリザベスの隣を追い越す。そして、先陣切って走り出した。

「生きてる奴は付いて来い、こっちは私が斬り拓く!」
「エリー、離すネ! 銀ちゃん!」
「銀さん……!」
「大丈夫、アイツら平然として帰ってくっから」
「スオウさん……」
「帰って来た時にお前らおらんかったら、アイツ泣くぞ」

船までの道も、決して楽じゃない。天人が斬りかかってくる度に私は斬り臥せ、ただ走った。
そして桂の船まで辿り着くなり、逆方向――つまり今走って来た道を少し戻った。船に全員乗り込むまでの時間稼ぎだ。

「早よ乗れ、死にてーのか!」
「しかし、桂さんは……!」
「乗らんなら殺すぞ」

ったく、悉く良い部下ばっかりでムカつくし捗らない。ま、アイツの人徳からしたら当たり前か。
物騒な台詞を吐いた私に怯えた奴らも全員乗り込み、私自身も天人を最後に斬って、少し離れ始めていた船に向かって体を宙に踊らせた。

タン、と桂の船に着地すれば、新八君と神楽がまだ不安そうに銀と桂がいる船を見ている。

「大丈夫だって。アイツの強さは、お前らだって知ってるだろ?」
「そうですけど……。……スオウさんって、強いですね」
「? そんな事ねーよ。ただアイツら、出来ねー事は言わないからな」
「銀さん達のもありますけど、スオウさん自身も凄く強いし。羨ましいです」
「ぱっつぁん、今更過ぎるネ」
「……無垢って罪よね」
「え?」
「いや、気にしないで」
「何だよー、言えよスオウ」

あはは、と笑いながら話をごまかす。
幾ら強くても、守りたい人一人守れなければ弱いのと同じ。幾ら強い意志があっても、友一人変える事も出来ないなんて無力と同じ。
言うのは簡単だけど、彼等に言っても分からないだろうと私は思い、そうは言わなかった。

視線をさ迷わせた先に、見慣れた顔がプリントされたパラシュートを発見し――事件が収束する様を、ただぼんやり見詰めながら。

今日の友は明日の敵
「明日から忙しくなるな。先ずは攘夷志士の資料探して……」

   ■   ■   ■

「スオウ。呼び出した理由分かってるか」
「全然全くです」
「よし、そこに直れ。俺が直々に介錯してやろう」
「まだ生きてたいです副長」

紅スオウ、絶体絶命のピンチ。
副長に殺されそうです。

事の始まりは、この前の紅桜事件を収束させた侍の話が真選組に届いた事。桂は既に有名だから良いとして、問題はその先。
妙なガキを二人連れた白髪の侍と、赤い髪を翻す侍が事件に関わっていると隊士が噂しているのが、副長の耳に入ってしまったのだ。
まぁ白髪のは直ぐに銀だと分かっちゃうだろうね、だってそんな侍江戸にアイツしかいないし。で、赤い髪の侍も私だよね、畜生噂バラした奴見付けたらシメる。ていうか性別バレてないからひょっとしたら逃げられる?

「言っておくが、赤い髪の侍も俺が知る限り江戸にお前しかいねェからな」
「ひょっとしたら双子の兄かもしれませんよ、生き別れの」
「阿呆」

心読むなよ、プライバシーの侵害で訴えんぞとグチグチ言っていると、トシは取り敢えず、とザキに銀への調査を命じていた。胡散臭いやら何やら言われているけど、まぁ確かに何かは出てくるかもしれないな。ザキごときにボロは零さないと思うけど。

「じゃあ、行ってきます」
「あ、私も見回り行ってきます」
「お前は待て、スオウ」
「チッ……」
「今舌打ちしただろ」
「してません、副長の空耳です」
「……お前があの船にいたんだったら、こっちも少ねェ情報得られて楽なんだよ。何があったか調査しなきゃならんしな。お前だって元攘夷志士だ、何か企んでるんじゃないかと疑わなきゃならなくなんぞ」

あーもう。その目、弱いんだよなぁ。
トシは何かと銀に似ている節がある。例えば味覚異常とか、歯医者とか幽霊嫌いだとか。
でも一番似ているのは、意志の篭った目。しかも私が弱い類いの。

私は溜息を吐き、降参と言ったように両手を上げた。

「はいはい。私は白髪の侍なんぞ見てませんよ。ただ量産された妖刀を桂が沈めたって事と、高杉達がいたって位です。私一人じゃ高杉なんか捕まえられる訳がないんで、せめて桂か高杉一派の攘夷志士一匹手土産にしようかとは思ったんですが」
「ほォ、高杉に会ったのか」
「アイツは止めた方が身の為です。桂がどんなに楽か身を持って知れます」
「……そもそもお前、何であんな所にいたんだ?」

ようやくもっともな質問をされ、私はいけしゃあしゃあと答える。

「散歩してたら迷い込みました」

だって面倒臭い
「正直に答えろやアアアァ!!!」
「本当の事だっつのオオォ!!!」