【銀魂】紅桜3

「凄い綺麗な髪だなぁ。良いなぁ」
「…………」
「触って良い?」
「……怖く、ないの」
「え、何で怖いの。何もしないでしょ」
「…………」
「えいっ」
「わ!?」
「ふわふわ~。気持ち良い」
「おい、スオウ……ソイツ困っているぞ」
「ちょっとは加減してやれよ」

桂と晋、そして私。
よくもまぁ懐かしい面子が揃ったものだ。これで坂本と銀がいれば完璧じゃねーか。
けど、今のそれぞれの立場はあの頃とは全く違う。変わってしまった。

「これは意外な人とお会いする。こんな所で死者と対面出来るとは……」

晋の横に立つチョンマゲ男が言う。つーかいたの。

「この世に未練があったものでな……黄泉帰って来たのさ。かつての仲間に斬られたとあっては、死んでも死に切れぬというもの。なァ高杉、お前もそうだろう?」
「ククク……仲間ねェ。まだそう思ってくれていたとは、ありがた迷惑な話だ」

また子が止めようとするのも気にせず、晋は刀を杖にして体を起こす。

「久し振りだな、お前ら。まさかスオウは真選組にいるとは思っていなかったが……運命の神様っつーモンは、何処まで皮肉なのかねェ」
「今は真選組としてじゃねーよ。私個人としていんだ、間違えんな。……それにしても」

私の視線は、桂によって刻まれた晋の胸の怪我――いや、着流しの影から覗いている本に向かっていた。
古ぼけた一冊の本。それは、寺子屋に迎えられた時に松陽先生から渡された教科書だ。晋はそれを懐に入れていたから、あの一撃を軽傷で押さえられていたようだ。

「まだそんな物を持っていたか。お互い馬鹿らしい」
「え、桂もかよ」

言いながらゴソゴソと懐から同じ物を出す桂に、私は正直呆れた。何で持ってるの、そういうのは普通家に大切に保管するもんじゃないのかよ。私はそうしているので、今は持っていない。
そして二人に共通するのは、その教科書が血に濡れている事。辻斬りに襲われた桂もまた、ソイツのお陰で助かっていたらしい。

「思い出は大切にするモンだな。お前もコイツで助かったクチかよ」

大切な思い出に血を付けるんですか、それが大切にしてるモンへの仕打ちですか。凄まじく突っ込みたかったが、話が進まないので止めておいた。
ちょっと嫌そうなニュアンスを含ませながら言う晋に、桂は違うと答える。

「……逃げ回るだけじゃなく、死んだ振りまで上手くなったらしい。で? わざわざ復讐に来た訳かィ」
「アレが貴様の差し金だろうが、奴の独断だろうが関係ない。だが――お前のやろうとしている事、黙って見過ごす訳にもいくまい」
「?」

晋のやろうとしている事?
攘夷活動、というか真選組が放っておけない事に間違いはないだろうが……一体何を指すのだろうか。私がそう頭を傾げた、その瞬間。
船室から、ドゴオオォと何かが爆発する音がした時には、「あーまたコイツやったな」と桂を見た私がいた。

朝の花火

「貴様の野望、悪いが海に消えて貰う」
「やっぱりお前か……」

   ■   ■   ■

何が爆発したのか私の知った事じゃないけど、まぁまた子が怒り狂ってるという事は相当なものを破壊されたんだろう。江戸に害なす物を破壊したのだから少しは感謝されてもいいはずの桂は、新八君と神楽に何故か痛め付けられていた。かっこつけていただけにかっこ悪い。
そんなこんなで、エリザベス率いる桂一派が私達のいる船に突入してきて鬼兵隊と桂一派の斬り合いに発展した。どうやら皆さん、桂を心配して言い付けを破って来たらしい。良い部下を持ったな。

仲間達とエリザベスに促され、彼は晋を追うと私に言ってきた。それは報告と言うより、お前も来るか?という問い掛けだ。
勿論私は付いていくつもりだったから大きく頷き、刀を握り直した。

晋が向かったと思われる方へ走り出すと、私達とは別の足音が聞こえた。振り向けば、新八君と神楽が。

「お前ら……!」
「ここまで来たら、最後まで付き合いますからね!」
「ヅラぁ、テメェ帰ったら何か奢るアル!」
「危険だから気をつけなよ」

素直じゃない二人に苦笑していると、前方から銃声が聞こえた。跳び退けて見れば、先の道をまた子とチョンマゲが塞いでいる。これ以上行かせない、という気迫がビリビリ伝わってきたが、こっちも退く訳にはいかない。
仕方ない、と私と桂が刀を抜こうとすると、後ろにいた二人が前に出た。各々無茶苦茶な要求を口にしながら、どうやらここは任せて先に行けと言いたいらしかった。

「そいつら、強いよ」
「大丈夫です。信じて下さい」
「こんな奴ら、ワタシにかかれば楽勝アル」
「待て、お前達に何かあったら……俺は銀時に合わす顔がない!」
「何言ってるアルか!」
「そのヘンテコな髪型見せて笑って貰え!!」

桂の叫びに耳を貸さず、二人は立ち塞がる相手に飛びかかった。あ、やっぱり面白いのか、桂のこの髪型。

「読めませんねぇ……この船にあって、あなた達だけが異質。攘夷浪士でもなければ、桂の配下でもない様子。勿論、私達の味方でもない」
「何なんスかお前ら! 一体何者なんスか、何が目的っスか!? ――一体誰の回し者スか!?」

また子の問いに、新八君と神楽は笑みを浮かべる。彼らの雇い主を彷彿とさせる、見る者を非常に不快にさせる笑みを。

……あ、思い出したら私も似たような笑い方してるかもしれない。

「宇宙一馬鹿な侍だ、コノヤロー!!」

宇宙一馬鹿な侍の為に
「桂、行くよ」
「しかし……!」
「二人なら大丈夫だ、ホラ」

   ■   ■   ■ 

また子とチョンマゲを二人に任せ、度々飛びかかってくる鬼兵隊士を斬り捨てて辿り着いた先で、晋は一人佇んでいた。
上空を見ているのかと思いきや、そこから刀がぶつかり合う音が聞こえてくる。
私と桂は刀を鞘に収めた。

「ヅラ、スオウ。あれ見ろ、銀時が来てる」
「…………」
「紅桜相手にやろうってつもりらしいよ。クク、相変わらず馬鹿だな……生身で戦艦とやり合うようなもんだぜ」

チラリと見れば、確かに銀と似蔵がいた。似蔵の腕は昨日見た時よりも異質な物に成り果てていて、あれは最早別の何かと言うべきだ。

「……あの男、死ぬぞ。貴様は知っていたはずだ、紅桜を使えばどのような事になるか」
「仲間でしょう、貴方の」
「ありゃ、アイツが自ら望んでやった事だ。あれで死んだとしても本望だろう」

晋は腰を上げ、刀を抜く。斬りかかってくるのかと身を固めたがそうではないらしく、奴は刀を垂直に掲げた。

「刀は斬る、刀匠は打つ。侍は……何だろうな。まァ何にせよ、一つの目的の為に存在するモノは強くしなやかで、美しいんだそうだ。剣のようにな」
「その、血で曇った刀身が? 分からないわね」
「クク、単純な連中だろ。だが嫌いじゃねーよ……俺も目の前の一本の道しか見えちゃいねェ。畦道に仲間が転がろうが誰が転がろうが、かまやしねェ」
「単純で結構。だけどね、貴方は馬鹿以外の何者でもないわよ」

カチャ、と刀を晋に向ける。隣の桂が「スオウ!」と名を呼んだが、そんなの知ったこっちゃない。
「一つの目的の為にあるモノは美しい? そんなのはタダの自己暗示。人間ってね、思い込み一つでどうにでもなるモンよ」
「ほぉ?」
「そりゃ斬れる刀を作る、という気持ちでやりゃ出来るさ。さっき侍は何だろうとか吐かしたけど、私の答えはこうよ。『守る為』」

私の言葉に、桂がはっとしたような顔を向けてきた。直ぐに思い当たったのだろう、あの銀色の侍に。そういや、屋根の上の戦闘はどうなったのだろうか?

「テメェの武士道守る為にあんだよ、侍はさ。それに振り回されてこそ、作る為の刀匠も斬る為の刀も要る。結局は人間様次第なんだよ。侍は『壊す為』にあると考えてるテメェは、美しくも何ともねぇ」
「ククク……そうだったな」

その一言を最後に、周囲が沈黙に包まれる。遠くからは浪士達の怒声が聞こえまだ戦いが続いているのが分かったが、ここは恐ろしい位静かだ。

「高杉、俺はお前が嫌いだ。昔も今もな……だが、仲間だと思っている。昔も、今もだ。いつから違った、俺達の道は」

銀は攘夷活動から足を洗い、万事屋として。桂は、出来るだけ血を流させずに江戸を変えようと躍起になっている。似たような手段を取る高杉は、だがたくさんの人が傷付くのもいとまずに。
そして私は――そんな彼らを取り締まる、真選組の一員に。
馬鹿みたいにバラバラな性格をした私達は、馬鹿みたいにバラバラな道を歩んでいた。昔も、今も。

「フ……何言ってやがる。確かに俺達は、始まりこそ一緒だったかも知れねぇ。だが、あの頃から同じ場所など見ちゃいねー。てんでバラバラの方角を見て生きていたじゃねーか。俺は、あの頃と何も変わっちゃいねー。俺の見ているモンは、あの頃と変わっちゃいねー。俺は……」

晋はそこで言葉を切った。私には彼が、まるで子供の頃に戻ったかのように思えて――だがそんな懐かしい表情は一瞬で消え、直ぐにまたあの薄ら笑いを浮かべた。

晋と先生は、血なんざ繋がっちゃいない。勿論私達も。
なのに、そんな人物の復讐の為にここまでやろうとするのには……正直、尊敬に値する。
結局、みんなあの先生が大好きだったのだ。

「ヅラ、スオウ。俺はな、てめーらが国の為にだぁ仲間の為にだぁ剣を取った時も、そんなもんどうでも良かったのさ。考えてもみろ……その握った剣、コイツの使い方を俺達に教えてくれたのは誰だ? 俺達に武士の道、生きる術。それらを教えてくれたのは誰だ? 俺達に生きる世界を与えてくれたのは……紛れもねェ、松陽先生だ」

桂が刀を握り締める音がした。
晋の言う通りだ、先生がいなければ今私達がここに立っているか分からない。いや、そもそもあの寺子屋で巡り逢っていたかも分からない。ひょっとすれば、私はあのまま死んでいたかもしれない。
全ては、あの先生がいたからこそ。先生がいなければ、私は――。

「なのにこの世界は、俺達からあの人を奪った。だったら俺達は、この世界に喧嘩を売るしかあるめェ。あの人を奪ったこの世界をブッ潰すしかあるめーよ」

でも、だからこそ思う。こんなやり方、間違っていると。

「なぁ、お前ら。お前らはこの世界で、何を思って生きる? 俺達から先生を奪ったこの世界を、どうして享受しのうのうと生きていける? 俺は……それが腹立たしくてならねェ」
「享受なんてしてねーよ。私はこの世界、大嫌いよ」

長々と自分の話をしてきた晋に突っ掛かるように、私は口を開いた。もう我慢の限界だ。

「大嫌いだけど、江戸に住む人々が嫌いな訳じゃねぇ。私が生きてきた時間が嫌いな訳じゃねぇ。全てが嫌いって訳じゃねーんだよ。だからこそ、私はせめてこの世界を変えてやろうとしている。でなけりゃこんな世界捨ててるよ」
「高杉……俺とて、何度この世界を更地に変えてやろうかと思ったか知れぬ。だが銀時が……一番この世界を憎んでいるはずの銀時が耐えているのに、俺達に何が出来る」

そうだ、ここにはいない銀。
恐らくアイツが、一番先生を慕っていて――そして殺されたのを憎んでいる。
でも、普段のアイツからはそんな気持ちが微塵も感じられない。沸き上がる憎悪を、少しも漏らそうとせず内に閉じ込めているんだとしたら……。
私も、ふとした時に幕府の奴らを斬りたくなる時がある。幸運な事にそれが実現した事はない(大抵誰かに止められる)が、銀にはそんな人がいるのだろうか。

「俺にはもう、この国は壊せん。壊すには、江戸に大事なものが出来過ぎた」

そう、大事な物だ。
それを守る為なら、こんな腐った世界で戦う事も厭わない。その覚悟を、私はあの時――攘夷活動を止め、真選組に入った時にしたのだ。

「今のお前は、抜いた刀を鞘に収める機を失い、ただいたずらに破壊を楽しむ獣にしか見えん。この国が気に喰わぬのなら壊せば良い。だが、江戸に住まう人々ごと破壊しかねん貴様のやり方は黙って見ていられぬ。他に方法があるはずだ、犠牲を出さずともこの国を変える方法が。松陽先生も、きっとそれを望ん……」

桂の言葉は、だが最後まで続かなかった。
背後から、私達でない第三者の気配を感じたからだ。

全てを憎む訳じゃない
(だったらもう、こんな世界消えてるっての)