【銀魂】紅桜1

「桂の居場所?」

私の反芻した問いに、目の前の二人と一匹(?)が頷いた。

私は今、日課と化した見回りの真っ最中。相方のはずだった総悟は相も変わらず逃走し、見付けたらただじゃおかないと気合いを入れてやっている所だった。気合いを入れる行動が違う? 放っとけ。
そんな時に見付けた顔見知りの一同に声をかけ、「丁度良い所に」と聞かれたのが冒頭の質問だ。ちなみに聞いたのは新八君。

「つーかさ、私これでも真選組の一人なんだから、桂の居場所知ってたらもう行ってるよね」
「そうなんですけど。でも、スオウさんだって桂さんの友人でしょう?」
「アレは友人とはまた違うわよ。ただの腐れ縁」

そう返せば、新八君と神楽ちゃんはぽかんとした後クスクス笑い出して。何だよこんちくしょう、何が可笑しいの。
思っていたのが顔に出ていたのか、新八君がすみません、と謝ってから答えた。

「いや、何か銀さんと同じ事言ってるなと思っちゃって」
「あぁ、腐れ縁。それはそうよ」
「え?」
「そんな事より、桂ね。一応気にかけてみるね」

何かを聞かれる前に、私は話を戻して答えた。流石に理由を言うのは恥ずかしいし、本人に知られたらそれ所じゃない。
まだ何かを言いたそうな二人と一匹(?)を残し、足を屯所へと向けた。今日は見回りしている場合じゃないので、有休を取りに行くつもりだった。

不穏な足音
「トシー、私今日明日有休取るわ」
「はぁ!? お前何をいきなり」
「じゃ、そういう訳で」
「待てやコラアアアァ!!!」

  ■   ■   ■

トシから有休許可を(強引に)もぎ取り、私は私服の着物姿で江戸の夕暮れ街を歩いていた。愛刀は変わらず腰元で揺れ、警戒を怠ってはいないが周りからは普通に仕事帰りだと思われているだろう。
手には桂の潜伏場所の地図、それと幾つかの事件の書類。最近では辻斬りの事件が多発しているから、それ関係がほとんどだ。

隣を足早に帰る男二人が通り、その会話が耳に届く。

「おい、俺ァ見たんだが」
「見たって何を」
「辻斬りだよ、辻斬り。まるで生きてるような刀を振り回して、人を斬っちまった」
「マジかよ。おいおいどうすんだ、それ見た奴って狙われんじゃないのか」
「ひいぃ……勘弁だぜ」
「……ふーむ……生きた刀、ねぇ」

片手に団子をぷらぷらさせつつ、のらりくらりと歩く。
生きた刀。
妖刀の類は結構な数を見聞きしてきた経験がある。人を見るだけで斬り殺そうとする呪いがかけられた、とかザラにあるせいで、今回の凶器が妖刀とは簡単に断定出来ない。とても面倒臭い。

と、前方から見慣れた銀色がこちらに歩いてくるのが見えた。相手も私に気が付いたらしく、片手を上げ応じる。

「よ、スオウじゃん。どしたよ?」
「見れば分かるでしょうよ。私服でぶらついてれば、非番って」

ま、強引に休んだんだけど。

「それより、桂見付かった?」
「ん、ヅラがどうしたよ」
「聞いてないの? ヅラが行方不明だってアンタんとこの子供達に聞いて、捜してるんだけど」

私が休んだのは、その為。
真選組という肩書を持つ以上、攘夷志士である桂を見付ければ捕まえなければならない(まぁ初っ端から本気で捕まえる気はないが)。肩書が邪魔になると感じたから、わざわざ休みを取り『紅周防』個人として捜索しているのだ。

てっきり銀もそうだと思っていたのだが、驚いた事に彼は知らなかったらしい。そうなの?と二十代の男にしては愛らしく首を傾げた。

「呆れた。じゃあ何をしてたの」
「俺は仕事だよ、シゴト。とある刀を捜して欲しいって依頼があってな」
「刀? 何それ」
「妖刀紅桜、らしいぜ」
「妖刀……」

今その言葉を聞いて思い出すのは、さっき歩いていた男達の会話。そして、辻斬り。
何かを考え込むように黙り込んだ私を、銀は怪訝に思ったのか――だが何を口にするでもなく、こちらの発言を待っていたようだ。

「……全然関係ないかもしれないけど」
「ん?」
「辻斬り事件、知ってるでしょ。遠巻きに見ていた人が、犯人の持つ刀を『まるで生きているような』って表現してたの。さっき聞いたんだけど」
「ふーん……」
「ま、違うと思うけど……とにかく気をつけなよ、アンタも」
「ん、りょーかい。お前もな」

ひらひらと手を振り歩み始める銀色を見ながら、私も彼とは逆方向に歩き始める。

まさか、次に会った時は互いにボロボロになっているとは思いもしなかった。

知らない人でなければ付いて行くべきか
(付いていったら良かったわ……)

   ■   ■   ■

「………………」

ひょい。
唐突とも言えるタイミングで後ろを向くが、誰もいるはずがない。

銀と別れてから一時間は経ち、既に夕暮れも過ぎていた。あと少しで、太陽は山の向こうに完全に隠れてしまう。
実を言うと、もっと前からそれには気が付いていた。でも今いる場所柄、下手をすれば一般人を巻き込むのは火を見るより明らか。
だから、敢えてそのままふらふらしていたのだ。

真選組という役職である以上、私に恨みを持つ輩は少なくない。……いや、ひょっとしたら銀の方だったりして。
心当たりがあり過ぎるし、誰がどこにいるのかこちらが把握出来ない以上は動くのは不利だ。そう思い、あちらが出るのを待っていたというのが本音。わざと油断しているような素振りを見せたり(ただし柄には手をかけたまま)、キョロキョロ挙動不審な行動をしている。

そして、ソイツは私が橋に差し掛かった時に動いた。
ヒュ、と風を斬る音に反応し愛刀を鞘ごと振り抜く。ガキィと耳障りな音を立て、私は刀越しに相手を見た。

「……チッ、やっぱ連絡しとくべきだったか……」
「可愛らしい女の子が口にする言葉じゃあないんじゃないかい?」

人斬り似蔵。書類で何度も見た顔が、そこにはあった。
刀の競り合いでは不利だ、私は即座に跳ね退け距離を取る。奴はのうのうと直立し、目を閉じたままこちらを見た。

「生憎、ムサい野郎共に囲まれた職場なんでね」
「おやおや、とんでもない職場だね。何ならうちに転職すれば良い」
「勧誘お断り。にしても辻斬りがテメェとは、鬼兵隊も質が落ちたな」

そう、コイツは鬼兵隊の一人。まさか晋が絡んでいるとは思いもしなかったが、間違いなくヤバい事件に足を突っ込んだなと後悔した。
似蔵はぴくりと眉を動かし、刀を私に向ける。

「フン、逆だ。質が上がったんだよ、《紅姫》。お陰で桂もこの刀で斬り捨てられたからな」
「……成る程。辻斬りは私達をおびき出す罠か」

今の一言で確信した。やっぱり非番にしてきて正解だった、でないと今頃大事になっている。
カチャ、と抜いた刀を構えつつ、私は現在の位置を見直した。橋の上での対峙、走れば逃げ切る事は出来るだろうが――如何せん一般人がまだ多い。中には突如始まった斬り合いに野次を飛ばす輩もいる。早く終わらせなければ、真選組に知らされる危険もあるか。

「勿論それもある。だがなぁ……一番の理由は」
「っ!」
「こいつが血を吸いたい、と喚くからだよ」

突然向かってきた刃に体が動き、甲高い音が鳴る。私は直ぐさま刀を引き戻し、斬り上げた。
奴の持つ刀は月明かりに照らされ、不気味に紅く光り見る者を震え上がらせる。やがて再び、刀と刀が競り始めた。

「おたく馬鹿じゃないですか? 刀がそんな事言うか」
「本当の話なんだがなぁ。ほれ」
「は? ――!?」

顎で示され刀を見れば、それは自身からうねうねと何かを伸ばし刀に絡み付く。似蔵の刀と触れている私の刀にも、それが来た。

今日二度目の舌打ちをし、懐からクナイを出しそれに刺した。ギイイィ、と悲鳴のような音が響いたかと思えば、力が緩み無事刀を引き離した。

が、その一瞬が命取り。

ズバァ!
クナイを持っていた腕を狙い、触手にも似たそれが私の腕を斬り裂いた。激痛に顔を歪ませ、本能で腕を庇うように立つ。

「オイオイ……何ですかソレ。反則過ぎるんじゃねーかクソ野郎」
「心外だな。こいつは妖刀紅桜、れっきとした刀だと言うのに」

紅桜?
そう問おうとした瞬間、似蔵の背後からまばゆい光が照らされた。ヘッドライトのランプ、つまり車だ。

「スオウ、テメェ何やってんだ! 街中で暴れんなっつったろ!」
「好きで暴れてんじゃねぇよ見て分かんねーのか!!」
「おやおや……んじゃ、逃げるとしようかね」
「あっ、テメェ待て……!」

叫びも虚しく、似蔵は刀を振るわせ威嚇しながら逃走してしまった。野次馬共も先程の刀を知っているから、率先して奴に道を譲っているようなものだ。
トシが隊士に追うよう命じていたが、恐らくは無理だろう。精々撒かれるのがオチだ。

取り敢えず、私は頭を整理するのに必死だった。

狙われた紅姫
「スオウ無事ですかィ」
「何とかな」
「チッ……」
「その舌打ちは何だ、つーかお前よくも今日の見回りサボったな」