「紅スオウ。よろしく」
俺達の前に現れたのは、女にしては背が高く、燃えるように紅い髪を持った女。隊長以降クラスが身につけられる隊服を身に纏い、無愛想に自己紹介を口にした。
「という訳で、これからスオウちゃんが真選組に入る事になった。みんな、仲良くするように!」
「……土方サン、これは一体何の真似でさァ」
「何がだ?」
総悟が俺に視線を向ける。それは至極当然の行動だ、自分だって珍しい事をしているという自覚はある。恐らく、ここにいる隊士全員が同じように疑問に思っているだろう。
「真選組に女を入れるのは、アンタが一番乗り気じゃなかったと記憶しているんですがねィ」
「まぁな。だが、コイツは例外だ」
そう答えながら、俺は煙草を吹かし過去に思いを馳せた。
スオウと会ったのは、まだ近藤さんに拾われる前だ。
俺はいつものように神社を転々とし、新しい住家を探していた。その道中だ、全身血塗れで生き倒れていたコイツを見付けたのは。
脈を見ようと手を伸ばすと、まるで弾かれたように体を起こし殺気を向けてきた。だがやはり傷が酷いのか、大した威嚇は出来ないようで。
「誰」
「テメェも誰だ」
「お前に教えるかよ。どうせ私を殺すつもりなんだろ」
「何でそうなんだよ。来い、手当してやるから」
「油断した所を……」
「しねェよ」
いつもなら放っておくのだが、何故か俺はコイツに手を差し延べていて。相手も警戒はしていたが、渋々といった調子で俺に従った。
先ずはその汚ェ姿どうにかしてこい、と近くの湖に案内する。服も長い緋色の髪も、血ノリや泥でくすんで見えた。
覗くような事はしなかったが、水浴びを終えた奴の肌には無数の傷痕があった。どれも最近出来たようなものではない、それ程長く戦いに身を投じていたのかと手当をしながら思う。
「何」
「……テメェ、ひょっとして攘夷志士か」
つい最近終わった戦争の原因を口にすれば、奴は一瞬顔を驚愕に染めた。だが直ぐに元の無表情に戻ると、自嘲気味の笑顔を浮かべ答える。
「そうだよ。いっぱい斬ったし、仲間もいっぱい死んだ。もう、あんな戦いたくさんだよ」
「そうか」
「怖いとか、拒否しねーの?」
「何で」
「私が普通じゃないからさ。普通ならそういう反応すんだろ」
「悪かったな、普通じゃなくて」
そうか、お前も普通じゃないんだ。そう呟くと、コイツはまた笑った。
「そういや、名前」
「あ?」
「お前の名前聞いてない」
「あー……十四郎。土方十四郎」
「十四郎か、トシって呼ぶわ。私は紅スオウ」
「紅スオウ……」
良い名前だと思ったが、それを直接言うのはこっ恥ずかしい。というかキャラじゃねェ。
俺はコイツの名前を反芻させつつ、治療を終えた。
持っていた飯をスオウに分け与えれば、コイツはじゃあ、と言って立ち上がった。
「もう行くのか?」
「あぁ、あんまり迷惑かけたくないし。それに、」
「それに?」
俺が問い掛けると、スオウは苦笑しつつ答えた。その瞳には俺じゃない、誰かを映しながら。
「会いたい人達がいるんだ。生きてるかも分からんけど、捜しにいきたい」
「そうか」
「ありがとう、トシ。助けてくれて。――元気で」
「あァ」
近藤さんに拾われて総悟には命狙われつつも、俺は彼らと真選組を結成した。
記憶の端に眠る緋色は今どうしているのかと思ったが、何しろ名前位しか知っている事がない。まぁ警察のような事をやっているから、そのうち名前が耳に入る事もあるだろうと半ば忘れかけた頃。
ソイツは、唐突に現れた。
「トシ?」
懐かしい、と感じた。
それは俺単独で仕事に当たっていた時だった。仲間の一人がスパイであった為に、他の隊士には内密で粛清したのだ。
奴は変わらぬ緋色の髪を風に靡かせ、真っ直ぐ俺を見ていた。
「スオウ……?」
「真選組の土方十四郎、やっぱりトシだったんだな」
「お前、何故ここに」
見られた。仲間を、真選組の隊服を着た奴を殺した場面を。
スオウは俺の動揺の理由を悟ったのか、クスリと笑うと口を開いた。
「私も殺す?」
「…………」
「前に会った時はただの少年と攘夷志士だった。今は、真選組副長と元攘夷志士」
言うなり、奴は消えた。
いや、消えたんじゃない。飛び上がって俺の視界から外れた場所にいたのだ。
ガキィ、と乾いた音を立てて、刀と刀がぶつかる。自惚れではないが、真選組副長としての腕はあると自負していた俺にかかって来るとは――コイツ、何者だ。
「真逆だね、あの時と。立場が」
「…………」
「安心しな。もう、攘夷活動するつもりねぇよ」
スッと刀と体を引かせると、#NAME#は刀を鞘に仕舞い無防備に立った。今なら、俺が斬ろうと思えば斬れる。
だが、斬れなかった。
「捜し人、全然見付からなくてさ。途方に暮れて江戸に来ちゃった訳。ここなら、会えそうな気がしたんだ」
「……なら、ウチに来い」
「は?」
スオウが素っ頓狂な声を上げた。そりゃそうだ、俺もいつもの自分なら絶対に言わない事に驚いているのだから。しかも真選組と攘夷志士、立場が違い過ぎる。
でも口は気持ちとは裏腹に、スラスラと言葉を発していた。
「攘夷志士じゃねぇんだろ、今は。なら過去を隠して真選組に来い。お前の力なら誰も文句言わねぇし、言わせねぇ……それに、情報だって入るぞ。丁度一人脱隊したからな」
「あら、好条件。……ま、良いか」
それが了承の意で、#NAME#はじゃあよろしくお願いしようかな、と笑った。
「でも、アンタも不安だろ。私が攘夷志士と対峙して、果たして斬れるか」
「…………」
「誓いを立てるよ」
俺が黙っていると、奴は腰に差している刀を抜き、自分の長い髪を一括りにした。そして一息に、ばっさり切ってしまう。
勿体ない、と思わなくもなかった。彼女のトレードマークでもあっただろうに、……だからこそか。
「これが私の覚悟。立会人はトシ。私は、相手が誰であろうと斬る。テメェの武士道を奪おうとする奴はね」
「……あァ。よろしく」
そうして、スオウは真選組に入る事になった。