弊本丸の刀剣達に山姥切をちやほやさせてみた

※みかんば要素あり

本丸に帰還した第一部隊が、門から姿を現した。
本日の第一部隊の面子は、燭台切光忠、陸奥守吉行、鶴丸国永、太郎太刀。そして隊長、山姥切国広。
それぞれ大小の怪我を負っているが、この本丸の手入れ部屋は二。三部屋目もあるにはあるのだが、とある事情で手入れには近侍の経験がある刀剣が必須であり、該当するのは現在、山姥切国広と堀川国広、和泉守兼定の三振りのみである。今回出陣したのは山姥切の為、手入れ業務は残りの二人が受け持つ事となる。
よって、総隊長である山姥切は他の者の手入れを優先させようと、ふらりと姿を消そうとし――それを阻止するように、出迎えで集まっていた刀剣達の塊から腕が伸び、その腕を捕らえた。

「こら、兄弟! 今日は何としても、このまま手入れ部屋に入って貰うよ!」
「き、兄弟」

腕の正体は、堀川国広。山姥切の腕を掴んだのとは逆の腕は腰に当て、形の良い両眉をつり上げた。

「お……俺は平気だ。俺より、太郎太刀や陸奥守吉行をどうにかしてやってくれ」
「いや、おんしゃよりも軽いが?」
「ええ、隊長こそ先に手入れをされてください」
「ほらー!」

話を振った二振り本刀に否定された上、自分の方が酷いだろうと諭された山姥切はうっ、とたじろぐ。必死に次の言い訳を探し、

「俺は、報告書、がっ」
「報告は手入れの後でも大丈夫なの、僕が知らないとでもーっ!?」

それも敢えなく撃沈するのだった。
手入れを受けるのを拒否したい訳ではない。ただ、山姥切自身も手入れ業務を行う事は可能――どころか、刀が集まる前は自身一振りだけで回していたのだ――なので、部屋が空いたら自分で直そうと思っての事だった。兄弟やその相棒の手を煩わせたくない、この一言に尽きる。
だが、『手入れを大人しく受けない』事で、既に『兄弟の手を煩わせている』事に、本刀は全く気が付かないのであった。もっとも、堀川は世話焼きな刀なので、そんな感覚は持ち合わせていないのだが。

やがて痺れを切らした堀川が、にっこりと、とても良い笑顔を浮かべながら、空いている方の手を持ち上げ、言った。

「ねぇ兄弟、僕が主に幕末の世で活躍していた刀だって事は知っているよね?」
「あ、ああ……」
「京の町は狭くて刀を振り回しづらい中、脇差である僕は暗躍の真似事をする事が多かった事、知っているよね?」
「…………」
「――気絶させられて目が覚めたら直っているコースと、自分の足で手入れ部屋に向かって直されるコース、どっちがいーい?」

その手の形は、紛れもなく手刀を繰り出す前のそれ。とても良い笑顔なのに、背筋に冷や汗が流れる感覚が山姥切を襲う。思わずう、と口から呻き声が漏れ、そこにいた他の刀達も、堀川の笑顔に一歩後ずさった。俺も後ずさりしたい、と思うが、腕を握られた手の力が思ったよりも強く、動く事すらままならない。

「何してんだお前ら……」
「おお、戻っていたか! 兄弟!」

そんな場に現れたのは、和泉守兼定と山伏国広。二振りは今日の手合わせ当番だったが、内番着の姿を見るに、今しがた終わったところなのだろう。
呆れたような表情をしている和泉守とは正反対に、山伏は愉快そうに笑っていた。

「兼さん手伝って!」
「……あー……またか」

その一言と国広二振りの格好で察したらしい和泉守は、自分の頭を掻くと、ちょいと失礼と言いながら歩み寄り、油断していた山姥切の華奢とも言える胴体を担ぎ上げる。

「――っ……!? い、和泉守! 降ろせ!」
「やーだよ。お前がこのまま手入れしねぇつもりなの、丸分かりだっての。国広、切国は俺がこのまま手入れするから、太郎か陸奥の方やってやってくれ」
「兼さんありがとう!」
「あらあら切国ー、面白い連れ戻され方しちゃって」

そこに更に現れたのは、本日の馬当番の加州清光。珍しい光景ににやにやと頬を緩ませ、茶化してくる。
とにかく和泉守に下ろして欲しい山姥切は、すがり付く思いで声を荒げた。

「俺は、平気、だ!」
「兄弟の平気は信じない」
「兄弟の平気は信用出来ぬのである」
「切国の平気は平気じゃねぇ」
「あんたの平気は強がりだろ」
「なんなんだアンタ達は……!!」

――が、容赦のない刀達の言及に、山姥切の主張はあえなく却下されるのであった。
誰一人として信用してくれない事実は、思いの外心の方に来る。

「カッカッカ、諦めるのである兄弟! お主は本当に、愛され者よのぅ!」
「くっ……アンタ、他人事だと思って……!」
「他人事とは思っておらぬよ。拙僧は、皆に構われている兄弟を見るのが、最近の楽しみなのである」
「僕も! だから兄弟、大人しく手入れされてくるんだよ?」
「……………………」
「隊長、諦めてください」
「おんしゃもモテモテやのぉ~」

太郎太刀と陸奥守に両肩をぽん、と叩かれながら、山姥切はこうも悟るのだった。
駄目だ、味方がいない、と。

■   ■   ■

和泉守に手入れを施された刀を横に置き、布団にくるまっていた山姥切の鼓膜が、誰かの来訪の音を拾った。
足音から打刀の誰かだと推測したが、和泉守よりは軽い。手入れ以外でこちらに来る目的がある刀がいるだろうか、と考えたところで、障子が横に開かれる。

「まんば、そろそろへーき?」
「大和守」

現れたのは、大和守安定。両手に膳を持っているところを見るに、食事を持ってきてくれたようだ。
平気だ、と答えながら上半身を起こす。痛みは全くないが、疲労だけは手入れでも何ともならないので、気だるさが残っている。

障子を更に動かして、大和守が部屋へと入ってきた。襟巻きが、動きに合わせてひらひら揺れる。

「片付けもボクが頼まれてるから、外で待ってるよ。食べたら呼んで」
「え……ま、待て。別に外でなくても、ここで待っていて良いぞ」

膳を置けばすぐ戻るものと思っていたが、相手は片付けも任されているらしく、踵を返そうとしたところを山姥切は止めた。
それに不思議そうな表情で、大和守は返してくる。

「他人に見られながら食べるの、苦手でしょ?」
「うっ……いや、大丈夫、だ」
「……なら、お言葉に甘えるねー」

すると、大和守は妙に嬉しそうに、布団の隣に置かれた座布団に腰を下ろした。
箸を持ち、膳の上に並べられた食事に手を付ける。

「そういえば、アンタの旧知は、いつもあそこまで世話焼きなのか?」

近侍の業務の事といい、先程の事といい。あまりにも他人に構い過ぎなのではないかと思い、問いかける。
堀川国広という脇差は、他の本丸でも世話焼きな性格だと聞くが、それは主に相棒である和泉守兼定に対してのみだと思っていた。なのにこの本丸にいる彼は、その世話焼きを自分の方に大いに発揮しているような気がするし、和泉守や加州もそれにつられていると感じた。それを確認したくて、彼らの刀時代を知っている大和守に聞いてみたかったのだ。
大和守は旧知?と首を傾げ、答える。

「堀川君達のこと? んー、堀川君が異常な世話焼きなのは昔からだけど、清光や兼定はまんば限定だよ」
「何……?」
「何でなのかなんて知らないよ。少なくとも、ボクが来る前からこうだったけど……。まんばが三人の前で、何かやらかしたんじゃないの?」
「三人の前……?」

世話焼きな質の刀のみならず、普段はそうでもない刀にまで世話を焼かせるようになるような事。そんな事をしでかした覚えはないか、と問われた山姥切は、左手にご飯のお碗を持ったまま、顎に手を当てて考えた。
思い当たるような出来事とすれば、いくつかあるような気がするが――ふと浮かんだ戦の記憶を、ぽつりと口にする。

「和泉守はいなかったが……前に一度、俺が一番重傷の状態で、帰城した事はある」
「え」
「兄弟と加州の初陣の時だったか……負傷したのが俺だけだから平気だろうと進軍したら、兄弟が集中攻撃に遭って、庇ったんだ。結果的に勝ちはした。だがあの頃は、俺しか手入れが出来なかったから、とりあえず応急処置をして他の皆の傷を直そうとした。そしたら兄弟に怒られてしまって、加州や薬研に引き摺られるようにして、先に応急処置をされたな」
「…………」
「和泉守については……アイツの初陣から帰城するなり手合わせを要求されて、こちらも勝ちはしたが、髪をぐしゃぐしゃにされ兄弟には抱き付かれる、という出来事ならあった」

他にも挙げればキリがないが、そう言われれば確かに彼らが『世話焼き』になる前には、何かとちょっとした事件らしきものがあった。だが、自身の行動が彼らに影響を与えるなど、そんな事があるのだろうか。
山姥切は、自分を過小評価している。刀工堀川国広の最高傑作とはいえ、写しでしかない自分には、名だたる名剣達に気にかけてもらうような何かは存在しないはずだ、と。

しばらくして、大和守は盛大に、分かりやすく溜息を吐いた。飽きる程につまらない話だっただろうか、それなら申し訳ない事をした、と山姥切は声をかけようとするが、それよりも先に相手が口を開く。

「…………まんば」
「なんだ?」
「ごめん。ボクも兼定達側に付くね。――とりあえず、その自己犠牲心から矯正してあげるよ」

あれ、この恐怖を感じる笑顔、先程も見たな。
にっこり笑顔でそんな宣告をされ、しかも敵対宣言ときた。山姥切は今の話のどこに、大和守までを『兼定達側』――つまり世話焼きに変貌させる要素があったのか、まるで分からなかった。

■   ■   ■

「なん、なん、だ、あいつら、は!!」
「おやおや、山姥切。お疲れのようだな?」

出陣した疲労は癒されたが、代わりに何とも言えない疲労が増した気がする山姥切が自室への道を歩いていると、縁側に座っていた三日月と遭遇した。今日は内番の当番もなく、狩衣から防具を外した格好で、のんびり庭を眺めていたらしい。
三日月は相変わらずニコニコと笑顔を浮かべていて、まぁ座るが良い、と隣を指し示す。山姥切は遠慮なくどかりと座り、何故か置かれていた、空いている湯呑みにお茶を注ぐ。

「主に新選組刀達に追い回されていたんだ。やれ傷を直せ、洗濯するから布を貸せ、自己犠牲を止めろと」
「ふむ」
「名だたる名剣名刀こそ優先されるべきだ、放っておかれるべきの写しの俺なんかを……」
「――山姥切」

流れるように口をついた卑屈は、意識せずに出てきたもの。それを遮るように名を呼ばれた山姥切は、三日月の方に顔を向け、

「!? った……!」

目の前に三日月の手が現れたかと思うのも一瞬、額にピシン!と思いっきり衝撃を受けた。
突然の事で避ける暇も何もなく、山姥切はじんじんと痛む額を押さえると、相手を睨み付ける。

「何をする、三日月」
「主に教えて貰った、『でこぴん』というものだ。悪い事をしでかした子供に行う、軽い仕置きらしい。加減はしたが、痛かったか?」
「アンタは俺より打撃力があるだろうが!! 痛いものは痛い!!」
「山姥切」

ふと、三日月が普段のおっとりとした雰囲気を消し、至極真面目な声音で自身の名を呼んだ。いつもとは異なる、だが出会った頃よく見ていた相手の表情に一瞬どきりとしたが、纏う雰囲気は優しいものだった。

「あれらは、本心からお主に傷付いて欲しくないのだよ。もちろん俺もだ」
「だが俺は」
「総隊長だから自分が犠牲にという考えは捨てろ、と……俺は言ったな?」

それはもう、にっこりと。
最初の堀川、先程の大和守と同じ笑みは、流石の山姥切でも卑屈を飲み込むしかなかった。
ただ笑っているだけなのに、油断をすれば斬られていそうな、目が笑っていない表情。それ以上卑屈になるようならば斬る、と言われているのと同義ではないか、と山姥切は思いながら、三日月の問いに恐る恐る頷いた。

「……い、言われた、な」
「覚えているのなら良いぞ」
「ま、待て! 三日月、お前も向こう側か!?」
「そうだなぁ、山姥切の方についてやりたいのは山々だが……堀川達の望みは俺の望みでもあるからなぁ。うん、向こう側だな」
「味方がいない……!!」
「精々思い知ると良いぞ? お主が皆に、どれだけ慕われているのかを」

項垂れる山姥切の耳に、三日月のはっはっは、と愉快そうな笑い声が届く。この場合、味方がいないのは悪い事ではないのだが、山姥切にはそれが分からない。

「だがまぁ、お主の事だ。皆に構われて疲れてしまったら、じじいの肩くらいは貸してやろう。いつでも来い」

そう言う三日月へのせめてもの反撃と、じとりと目をやる山姥切だったが、諦めて溜息を吐く。そして、勢い良く三日月の肩に頭を載せ、ついでに体全体の重心をそちらに向けた。

「じゃあ今貸せ」
「ん? あいわかった」

ささやかな嫌がらせにも動じず、それどころか受け入れられた事に若干の苛立ちと申し訳なさを感じながら、山姥切は目を閉じた。
ああ、今日の縁側はとても良い風が吹いている。

■   ■   ■

「おや」
「む?」

すっかり寝入ってしまった山姥切の、静かな息遣いを聞きながら庭を眺めていた三日月の視界に入ってきたのは、山伏国広だった。
彼は三日月の隣にいる自身の兄弟に気が付くと、小走りで近寄ってくる。

「三日月殿。兄弟が世話になっているようであるな」
「なに。貸してやると言ったのは俺だ、気にするな」
「有り難い。兄弟を気にかける者は多いが、三日月殿のように対等に扱ってくれる刀は少ない故、兄弟も相手しやすいのであろう」
「まぁ、俺は山姥切に色々迷惑をかけたからな。これくらいはさせてくれぬと、俺の気が済まぬよ」

政府預りの刀剣という事で、この本丸の刀剣達に迷惑をかけた自覚がある三日月は、その詫びでもあるのだと口にする。
短刀達程ではないが、身に染み付いた卑屈を発揮してしまう彼に、思わず構いたくなってしまう刀は多い。だが構われる方もあまりにそれが多いと疲れてしまうので、せめてそういった時の逃げ場所にでもなれば、と思っての「肩を貸してやる」発言である。まさかその直後に、こうして寝入られるとは思ってもいなかったのだが。

山伏は山姥切の顔を覗き込みぐっすり眠っている事を確認すると、三日月に視線を戻し、少し申し訳なさそうで、だが嬉しそうに笑った。

「代わりにこうしてご迷惑をおかけしているのだから、問題はないであるな! カッカッカ」
「うむ、そうだな」

出会いこそ最悪だったものの、隣にいても安心しきって寝てくれるまでには、打ち解けてくれたのだ。それは変わりない事実で、三日月にとって喜ばしい事である。

「あっ、兄弟。二人ともこんなところにいたの?」

そこへ、内番服に着替えた堀川と和泉守が、両手一杯の布を抱えて現れた。

「おー三日月。日向ぼっこか、良いねぇ」
「おや、堀川のに和泉守。それは今日の洗濯物か?」
「ああ、天気が良いからって之定が張り切っちまってよ。急遽人手を増員して、回収してきたとこだ」

その言葉に、件の歌仙兼定が如何にして大量の洗濯物をてきぱきと捌いていたのか容易に想像出来て、三日月は苦笑する。恐らく第一部隊が出陣する頃、干すところから手伝わされているのだろう。
この本丸において、山姥切の次に忙しい刀剣であろう二振りだが、その表情はむしろ晴れやかだった。

「あ、兄弟。ちょっとこれ引き抜いて、兄弟にかけてあげて」
「あいわかった」
「国広、こっちの方が厚いぜ。日向ぼっことはいえ風邪は引くだろ」
「そうだね、じゃあそっちを……」
「む、こちらの毛布の方がふわふわではあらぬか?」

兄弟想いの二振りに和泉守が混ざり、どの毛布が良いのか談義が始まる。この良い天気の下で乾いたものだ、どれでも変わらない温かさを持っていると思うのだが。

「幸せ者だなぁ、山姥切は」

三振りの毛布談義はまだ続いている。そこから視線を外し、すやすやと寝息を立てて眠っている山姥切に向けて、三日月は呟いた。