SaS06

 親善試合が終わり、まずはポケモン達をポケモンセンターに預けてから、トレーナー協会の人間と今回の企画のチェックをし、今後の話をする。それらが何だかんだで長くなってしまい、その間に全力の戦闘を繰り広げたポケモン達は回復が済んでいて、すっかり元気になっていた。
 日はすっかり落ちかけていたので解散となり、ダイゴは息を吐く。取り敢えず、ここに来た目的は達成されたのだ。後は年下二人を連れて、ホウエンへと帰り着くだけ。流石に本日便の船はもう出航してしまっているので、出発は明日の朝。
 ゲンを間に挟んで楽しそうに会話する年下二人の姿に微笑ましく思いつつ、気になる事はきっちり聞いておきたい。こほん、と咳払いをして、ダイゴはユウキに視線を向ける。
「さて、ユウキくん。キミ、最初からボクとゲンを残す気だったのかい?」
「ん? うん、途中から――ハッサムにメガシンカを使わせる前から、ダイゴさんにも、ゲンさんにも勝つつもりはなかったよ」
「え?」
「やっぱり……」
 全く悪びれた素振りもなくあっさりと頷いたユウキに、ダイゴは頭を抱える。ゲンも目を見開いて、ぽかんとした表情を浮かべていた。大人二人の反応に頬を膨らませ、彼はあのね、と続ける。
「勘違いさせたくないから言うけど、最初はちゃんと真剣に勝ちに行ってたよ? でもゲンさんが思ったより強かったから、途中で路線変更して、『鋼ポケモン使い』のお二人に、お互いあと一撃で倒れるっていう緊張感を提供することにしたの。企画として、最高の盛り上がりだと思わない?」
「負けた後、ベンチで『鋼ポケモン使い同士のガチンコ勝負、燃えるー!』って叫んでましたよ、ユウキくん」
「あ、ハルカそれは言わない約束だったろ!」
「…………呆れた」
「勝つつもりもなくて、あの笑顔だったのか……」
 企画とはいえ、自分はそこらのトレーナーを相手にする時よりは本気を出していたし、ゲンも決して弱くはなかった。そんな中で、ハルカや自分が倒されてからの展開を誘導するとは――。そんな事、ダイゴだってやれと言われても出来る自信はない。目の前にいる者が決してただの少年ではなく、『大災害によるホウエン地方壊滅の危機を阻止し』、『ホウエン地方のチャンピオンを討ち取った』少年だという事を、改めて確認させられたような想いだった。
 ゲンが苦笑いを浮かべながら呟き、ルカリオが僅かながら目を見開いている。きっと彼らの中で、ユウキという少年のイメージが盛大に覆っているだろう。
「でも、アタシも見ててポケモンバトルしたくなるくらいに、熱くなっちゃいました。ユウキくん、今度は勝とうね!」
「だな、ハルカ。次は負けないよ、ダイゴさんとゲンさん!」
 堂々たるリベンジ宣言に、ダイゴはもう抵抗する気力もなくそうだね、と返す。考える事を放棄したというより、もうどうにでもなれ、といった気分であった。
 そんなこちらを差し置いて、ユウキはくるりとゲンに視線を向け、口を開く。
「それはそうと、ゲンさん。ルカリオはどうやって、ハッサムの動きを見切ってたの? あのスピードについていけるポケモンってほとんどいなかったから、驚いちゃった」
「あ、ああ、あれはね。波導の力を、自身の周囲に展開させていたんだよ」
 いち早く驚愕から立ち直ったゲンは、そうだね、と顎に右手を当てて暫し思考し、やがてその人差し指を立たせながら、その問いに答えた。
「ほら、イトマルやアリアドスは、細い蜘蛛の糸を周囲に張って、獲物を捕まえるだろう? 蜘蛛の糸は隙間が然程空かないように張られて、そこを通過した獲物を捕らえる。それを利用して、周囲に出来るだけ細かい網のようにした波導を展開させてハッサムの動きを把握し、軌道を読んでいたんだ」
「はえー、そんな芸当できるんだ……ルカリオ、お前ほんとすげぇな!」
「ユウキくん、ルカリオが痛がってるよ〜」
 ユウキがルカリオの隣に立ち、バシバシと彼の背中を叩く。ルカリオは驚いたような顔を浮かべているが、ダイゴからは、『どう反応すれば良いのか分からず狼狽えている』といった風に見えた。ゲンからはああいった褒め方はされないだろうから、当然の反応だろう。そんなルカリオの様子を、ゲンがどこか嬉しそうに見守っているようだった。

 ゲンも明日には本土へ帰るとの事だったので、その後四人でレストランで夕食を取ると、そのまま別れた。ユウキがちゃっかり彼と翌日の船着き場で待ち合わせの約束をしているのを見て、この旅も終わりか、という実感が湧いてくる。二日間だけではあったが、とても思い出深い旅路であった、とダイゴは思うのだった。

   ■   ■   ■

「おはよう、ユウキ君」
「ゲンさん、おはようございます!」
 翌朝、船着き場には何艘もの客船が停留していた。ホウエン行きのチケットを受付に提示し、船の時間を確認していると、もう聞き慣れてしまった声がユウキを呼ぶのが聞こえる。ユウキが元気良く返事をし、声の主であるゲンに駆け寄って行くので、ダイゴとハルカもそれに倣った。
 ゲンは最小限とも言える量の鞄を持ち、隣のルカリオとメタングに声をかけていたらしい。メタングが嬉しそうにユウキに飛び付き、ニコニコとじゃれついていた。
「おはよう、ゲン。船は?」
「うん、あまり待つ事もなく乗れそうだったよ。そっちは?」
「こっちも、船の清掃が終わり次第発つそうです」
「なら、出立はそちらのほうが先になるかな。見送るよ」
 ホウエン行きの船が停泊している場所へとゲンを引き連れ向かう。道中、ユウキが頻りに話しかけていた。
「ゲンさん、昨日のバトル、めちゃくちゃ楽しかったよ! また絶対バトルしようね、今度はタイマンで!」
「うん、次は勝負しよう。私も、君と真剣勝負をしてみたい」
 ユウキに余程気に入られたのだろう、再戦の約束を頻りに口にしていて、ゲンも満更でもなさそうな様子でそれを受けている。昨日の『勝つつもりはなかった状況での、本気としか取れないような笑顔』を浮かべたユウキの実力が気になったからかは分からない。隣のルカリオが少々困ったような表情をしているのは、そのユウキの笑顔を思い出したからだろうか。
「じゃあボクも、」
「オレが先に予約したからダメ。ていうかダイゴさんは昨日ゲンさんと戦ったじゃん!」
「予約!? いや、昨日のは条件が普段と違っただろう!? いつものフルメンバーなら、ボクが圧倒していたよ」
「えー。嘘だぁー」
「ユウキくん、ホウエンに帰ったらバトルだ」
「望むところ」
「ダイゴさん……」
「はは……」
 抜け駆けされたダイゴは自分も、と声を上げるが、ユウキがそんな事を言うものだから、売り言葉に買い言葉で言葉の応酬がヒートアップする。それを見ているハルカとゲンが、呆れつつも笑っていた。
 そして、ゲンは帽子の鍔をぐい、と上げると、視線をしっかりこちらに向けて口を開く。
「本当に、世話になったね。また会えるのを、楽しみにしている。次は是非、本土の方にも遊びに来て欲しいな」
「ああ。二人はともかく、ボクは近いうちにまた来れると思うよ。次に戦う時は、お互い本気でバトルしよう」
「お手柔らかに頼むよ」
 苦笑しつつ返され、まぁ考えておくよ、と答えた。この数日間のバトルを思い返せば、手加減するまでもないような気もしているのだが、突っ込むのは野暮というものだろう。
 そこで、ホウエン地方行きの船の出港を知らせる音が鳴った。ダイゴ達は急いで船へと向かい、甲板から、港に立つゲンとルカリオ、メタングに向き直った。
「じゃあ、また! トウガンさんによろしく!」
「またねー、ゲンさん! 次はバトルだよ!」
「今度は、シンオウを案内してくださいねー!」
「ああ! 道中、気を付けて!」
 手を振りながら口々に挨拶を交わす。船は徐々にスピードを上げ、港に立つ一人と二匹の姿が小さくなって行くのを見て、ようやくこの旅が終わる実感が湧いてきた。
「めちゃくちゃ楽しかったな」
「また会いたいね。今度はもっと話せるくらい、ゆっくりと」
 ユウキとハルカが、顔を見合わせて笑顔で言葉を交わす。その表情に、ダイゴは本当に二人を誘って良かった、と一人で頷いた。
「――よし。決めた」
「ん?」
「え?」
 脈絡もなく口を開いたダイゴの言葉に、年下二人はきょとんとした目をこちらに向けてくる。が、何となく意図を察したらしく、始まったよ、と言いたげに苦笑いを浮かべるのであった。

   ■   ■   ■

『それでホウエンに帰宅するなり、シンオウの空き別荘を探して、早々に契約までしてるんだものな。驚くべき行動力だよ』
「珍しい石があると聞けば、大人しくしていられないんですよ」
 ごそごそと書類を片付けながら、次は手元に置いてある筆記用具をまとめて、鞄に放る。暫く訪れなくなるデスクに、重要書類を残して行くなどしてはならない。ふと、マルチナビのバッテリー残量を確認する。まだ大丈夫か。
『で? こちらにはいつ頃来るんだ』
「ええ、一ヶ月後にはもうそちらにいるかと思います。ミオシティにも、たまに顔を出しますね」
『おお、楽しみにしてるよ。折角ならヒョウタの奴も呼ぶか。そうだ、何ならゲンと一緒に、数日だけでも鋼鉄島で修行して行ったらどうだ』
「とても魅力的な話ですね」
『鋼鉄島は面白いぞ! なにせ――』
 ただ『別荘を借りたのでまたシンオウに行きます』という報告をするだけのつもりだった通話は、まだまだ終わりそうにない。ダイゴは相手の話に相槌を打ちながら、まだ見ぬシンオウの地に思いを馳せるのであった。