SaS03

 そうして再びやって来た、くだんの道路。相変わらず砂嵐は吹き荒び、勢いが衰える気配はない。
 ダンバルの話を考え、念の為『鋼』タイプのポケモンは、ルカリオを除いてボールの中で待機させ、野生とはそれ以外のタイプのポケモンで対応する。ルカリオは平気なのかと心配だったが、それもどうやら波導の力で、どうにか防御しているらしい。
「そうだ。キミ、防塵ゴーグルは持っていないんだろう? ボクが予備を持っているから、良ければ貸そうか」
「あ、えっと……ありがとう、借りるよ」
 防御と言えば、とダイゴが思い出したかのように問い、予備の防塵ゴーグルを差し出す。するとゲンは一瞬、戸惑うかのように視線を揺らしたが、すぐに緩く笑って、それを受け取った。迷惑だったのだろうかと思ったが、すぐにそれを装着する彼の表情に、嫌悪は見られない。むしろ、ダイゴの発言に難色を示したのは、ハルカの方であった。
「ダイゴさん、何で予備なんて持ってるんですか?」
「もちろん、珍しい石を探しに行く時に誤って壊してしまった時の為だよ。買いに戻るのも面倒だからね」
「何となく察してたけど、やっぱり……」
「ダイゴさんのその珍しい石に向ける熱意、オレは好きだよ」
 頭に手を当てて言うハルカと、頭の後ろで手を組んで笑うユウキの反応に、果たして自分は何かおかしな事を言っただろうか、と首を傾げる。もしもの時の準備を怠らないだけなのだが。
 ゲンも防塵ゴーグルを着け終えると、軽く首を傾げながら話に乗ってきた。
「珍しい石?」
「ああ。ボクは珍しい石をコレクションするのが趣味でね、いろんな地方へ探し回っているのさ」
「なるほど。珍しい石と言えば、シンオウではイーブイというポケモンの進化に影響を与える可能性がある石の研究が行われている、という話を聞いたような気がする。そういうものも対象なのかな?」
 もたらされた新たな情報に、ダイゴの足がぴたりと止まる。珍しい石の話を聞くとつい追求したくなってしまうのは、最早自分でもどうしようもない。
 ポケモンの進化と石には、古代から何らかの関係があるという研究はなされている。進化させる為に特別な石が必要なポケモンが存在していたり、メガシンカもキーストーンという石が必要なのだ。そんなポケモンの神秘の一端に惹かれているのも、ダイゴが珍しい石を探している所以ゆえんだ。その話、詳しく聞いて良いものかどうか。何なら拠点を構えて徹底的に調べたいし、実物を見たい。
 と、まさかここで熱弁する訳にもいかず無言で反応を示したダイゴに、ハルカが更に追求してくる。
「……ダイゴさん。今思った事を話してください?」
「オレ分かるよ。『石見たい調べたい』、でしょ?」
「……いっその事、ここのリゾートエリアで別荘を借りて、シンオウの珍しい石を探そうかと考えてました」
 恐る恐る、敬語になりながら考えていた事を白状すれば、ユウキがぶはっと噴き出し、ハルカが頭を抱える。
「既に現実的な計画まで立ててた」
「ダイゴさんが言うと、一切冗談に聞こえないよね」
「ボクは冗談で言っているつもりはないよ?」
「でしょうね! ダイゴさんだもの!」
 自分の石に対する収集癖や探究心と、その為にどんな場所にでも赴く行動力を知っているふたりから散々に言われ、どこがおかしいんだ?と首を捻ったりもする。ホウエン地方から毎回足を運ぶよりは、シンオウで拠点を構え、腰を据えた上で調べた方が、効率が良いではないか。
 当の発言者であるゲンは、ダイゴが年下のふたりに問い質される辺りから口元に手を当て、ずっと笑いを堪えているようだった。
「笑うなんて酷いな、ゲン」
「っふ……す、すまない。いや、まるで歳が離れた兄弟みたいに見えてね」
「兄弟ね……」
 確かに、他人と言うには距離が近い気がするし、友人と言うのも何かが違う。兄弟だと称されても悪い気はしないのが、自分がふたりをそう思っている何よりの証拠だろう。出会ったきっかけこそとんでもない災いであったが、得難い縁であったのは確かだ。
 そんな和やかな会話を続けている横で耳を動かしていたルカリオが、ぶる、と鼻を鳴らしゲンに視線を向ける。ルカリオ?と彼が応じると、北の方へ前脚を向け、指し示した。これは、ルカリオと言葉が通じなくとも、何を言おうとしているのか分かる。表情を引き締めた。
「あっちかな?」
「うん、妙な気配を感じるらしい」
「じゃあオレが確認するよ。フライゴン!」
 我こそはと手を上げたユウキが、野生ポケモンとのバトルの為にボールの外に出していたフライゴンに呼びかける。彼はそれに応じ、傍に近寄ると羽根を落ち着かせ、少し身を屈めた。乗りやすくしてくれたその背中にひょいと飛び乗ると、フライゴンはルカリオが指し示した先が見える位置まで上昇。暫くその位置で滞空し、背中のユウキが確認しているのを見守った。
 暫くして、指示があったのかフライゴンがゆっくりと降りてきた。先程とは逆の手順で背中から降りた彼が、上で見えたものを報告する。
「砂嵐で結構遮られて見え辛かったけど、ルカリオが指した方角に、何か入口みたいなのが見えたよ」
「……それかな。恐らくは」
 悪さをするなら、目立たないところでやるのが定石である。ダイゴは一同を見やり、入口があるという方角へ歩き出した。
 丘と称すれば良いのか、この道路は高低差が激しい。本当に渡れるのか不安になる程に細い道が頭上にあったり、植物が道の脇に生えていたりしている。砂漠とは違うな、と疑問に思い先程ポケモンセンターの職員に聞いたところ、ここは海風に煽られた軽い砂が、砂嵐を形成しているそうだ。だから植物も多く生えている、という事らしい。
 野生ポケモンも多種多様な種類が生息している。砂嵐の中でも平然といられる『地面』タイプを持つポケモンを中心に、ホウエンでも見る顔が飛び出してくるのを退けながら、ルカリオとユウキが見付けた洞穴の近くへは、無事に数十分程度で辿り着く事が出来た。
「あれかな?」
「あれだね。ルカリオ」
 ゲンの確認の問いかけに、視線を洞穴に向けたまま、ルカリオが頷く。
 いかにもといった雰囲気を感じるそれは、一際高い砂山から岩肌を露出させ、不気味にその口を開けていた。埋もれていた何かが砂嵐によって露わにされ、何者かが迷い込んで来るのを、待ち望んでいるかのようだった。
 予想以上に嫌な予感を募らせたダイゴは、自身の背後から同じものを見ていた年下のふたりに顔を向ける。
「ユウキ君、ハルカちゃん。ふたりは念の為、ここが見える場所で、身を隠して待機していてくれ」
 え、とふたり揃って、大きな目を丸くする。ユウキはともかく、ハルカまでそんな顔をするとは思っていなかったのだが。
「中へはボクとゲンで行く。何が待っているか分からないからね、隠れて入口を見張っていてくれると嬉しい」
「えー? オレたちも自分の身くらい守れるよ、ダイゴさん心配し過ぎだって」
「頼むよ。ここは大人に任せてくれ」
 この先にいるのが何であれ、ポケモンを悪用し何か企んでいるような人物なのは間違いない。予想外の申し出だと思われているようだが、ここは未成年の引率者として、引く訳にはいかないと頭を下げた。
 ユウキは尚も納得がいかなかったようだが、うー、と唸ると、溜息を吐いて首を縦に振る。
「分かった、分かったよダイゴさん。オレたち見張ってるから、何かあったらすぐに呼んでよ」
「二人共、気を付けてくださいね」
「ああ、分かってるよ」
 渋々といった表情で、ふたりはこの入口が見える距離まで離れ、岩陰に身を潜める。それをしっかりと確認し、ダイゴはゲンと共に洞窟の中へと足を踏み出した。
 入口が石で積まれていたのでまさかと思っていたが、中は予想通り、自然に出来たものではないようだ。足元もしっかりと石が並べられ、躓くような段差もなく歩きやすい。壁には、時折何かの絵がうっすらと描かれているのも確認出来た。
「洞窟、と言うより……何らかの遺跡にも見えるね」
 奥に向かって歩きながら、ダイゴは思った事をぽつりと口にする。と、何事かを思案しているらしいゲンが顎に手を当て、ぐるりと空洞の壁面を注視したまま、そうだねと同意の声を返してきた。
「……似ているなぁ」
「何にだい?」
「私とルカリオが修行の場としている『こうてつ島』に、ポケモン……なのか分からない石像以外、何もない空洞があるんだ。雰囲気が、そこに似ている気がする」
 な?と確認するかのようにゲンが視線を向けると、ルカリオもこくんと頷いた。
 雰囲気が似ている場所なら、ダイゴも知っている。だがそれはホウエン地方に存在する場所で、ゲンが言っている場所とは絶対に異なっている。実際『石像』と称せるようなものは、ダイゴが知っている場所にはなかったという違いもある。
 更に問おうと口を開きかけた、その時。帽子の鍔の影に紛れたゲンの双眸がすっと細まり、ダイゴ達の進行方向、つまり通路の奥の方に、視線が動く。
 直後、何かが聞こえた。息を潜め、耳を澄ませてみる。抑揚があり、聞き取れる言語である――明らかに、人の声だ。微かにとはいえここまで聴こえるという事は、大声でも出しているのだろうか。
「ルカリオ」
 ゲンが小さく声をかけると、既に波導を読み取る態勢でいたルカリオが目を開け、がう、と答える。
「ニ人いるらしいね。……ダイゴ君? どうかしたかな?」
「え、ああ、いや何でもない」
「そうかい?」
 ――今、ゲンは人の声が聞こえるよりも先に、何かに気が付いていなかっただろうか?
 一瞬、しかも帽子の鍔で良く見えなかった為はっきりと視認する事は出来なかったが、ダイゴにはそう感じられた。波導で周囲を索敵出来るルカリオなら、人のそれで勘付いたのだとまだ分かるのだが。
 そう思案していると、当の本人が不思議そうに問いかけてきたので、一旦思考を切り替える。まずはこの奥に、何があるかだ。
「ふむ……さて、どちらに転ぶかな」
 相手はただ、この洞穴を観光目的で見ているだけなのか。それとも、何らかの悪意を持ってここにいるのか。出来れば前者であって欲しいと願いながら、ダイゴは念の為ボスゴドラをボールから出し、警戒を強めて奥へ向かう足を早めた。
 果たしてその願いは、だが脆くも崩れ去る。
 洞穴の最深部に到着して初めて視界に入ったのは、とてつもなく大きな石像。その正面に置かれた装置の前で、二人の男が楽しそうに会話をしている光景だった。周囲には檻がいくつも置かれており、中にはポケモンが入れられている。
 男達は現れたダイゴとゲンに話を中断し、とても観光客とは思えない厳つい顔をこちらに向けてくる。ダイゴは地面の砂を鳴らして一歩前に進み、あくまで穏便に問いかける。
「キミたちか、ここでポケモンたちを苦しめているのは」
「なんだ、お前たちは!」
「ボクたちはただの、通りすがりのポケモントレーナーだよ。この辺りでポケモンがいなくなっているという話を聞いて、個人的に調べていたのさ」
「どうやら、当たりのようだね」
 男二人は初めこそ見付かったとばかりに狼狽えていたようだが、こちらが警察でも何でもないと分かると、途端に態度を変える。背後に立つボスゴドラとルカリオの姿を見、正に悪党が浮かべるような笑みを顔に浮かべた。
「通りすがりのポケモントレーナー? は、それなら運が悪いこった! 俺達の為に、『鋼』ポケモンを連れてきてくれてありがとよ!」
 男の一人がジバコイルを繰り出し、もう一人が手に持っているリモコンのようなもののボタンを押す。ゴウン、と車のような装置が起動し、それと同時に檻の中のポケモン達が怯えた声を上げる。
 そして、呻き声が背後で上がったのも同時だった。
「ボスゴドラ! くそ、やっぱりか……!」
「ルカリオ!」
 苦しむ鳴き声を上げているのは、ボスゴドラとルカリオ――『鋼』タイプを持つ二体。やはりあの装置は、危惧していた通りの性能を持っているようだった。
「こいつはジバコイルの『磁力』を利用した、『鋼』タイプのポケモンの行動を縛る装置だ。この周辺に、珍しいポケモンであるダンバルが大量発生すると聞いて、密かに準備していたのさ」
「ダンバルを狙った密輸業者に流して、金儲けかい? 浅ましい人間が考えそうな事だ」
「それだけではないな。捕まえたポケモンは、これまた秘密ルートで手に入れた技術を使って、兵器に改造するのさ」
 そう言うと、男二人はボールを投げて更にポケモンを出してきた。ゴルバット、バクオング、ヘルガー。何れも体の一部に首輪や腕輪のようなものを装着しているのが確認出来る。彼らは低く唸り声を上げ、ダイゴとゲンを戦意満々な目で睨め付けた。
「……酷い」
「ひとつ答えてもらおう。キミは、『ギンガ団』の団員かい?」
「いや、違う。が、この装置は『ギンガ団』の研究員から技術を得て、俺たちが自作したものだ」
「『ギンガ団』の研究員だって!?」
 ゲンの問いかけに返ってきた答えを、ダイゴは反芻させる。『ギンガ団』そのものではなかったにせよ、彼の勘は正しかったのだ。
「その研究員の所在は?」
「教えてやるかよ。度胸があるのは結構だが、これを見られたからには帰しにゃしねぇ。全員まとめて始末してやる」
 臨戦態勢になった四体に、懐のボールを手に取る。磁力発生装置が作動している今、『鋼』タイプのポケモンを出すのは悪手だ。力を借りずに済めば良かったのに、と内心悪態を吐きながら、ダイゴはボールを投げた。
「力を借してくれ、バシャーモ!」
 現れたハルカのバシャーモは、目の前に並ぶジバコイル達を睨み付ける。ゲンもルカリオを一瞥すると、懐からモンスターボールを出し、構えた。
「ピジョ――、!?」
 だが、そのボールが投げられる前に、懐の別のそれからポケモンが現れる。救助の為にボールに入れられ、そのままここまで付いてきたダンバル――今、一番出てくると危ない『鋼』タイプのポケモンだ。
「ダンバル!? いけない、キミはボールに……!」
 ふと、疑問が浮かぶ。何故ダンバルやメタングの群れが引き付けられる程の罠が発生していた場所にいて、このダンバルだけがそれに引き寄せられる事なく、野生ポケモン達に襲われていたのか。ダンバルに何かあるのか、それとも。
 ともかく、とダイゴは慌てたゲンを制止し、口を開く。
「いや、ゲン。ダンバルは大丈夫なようだよ」
「え?」
「ダンバルは、あの装置の影響を受けていない……ならば、力を借りるべきだ」
 ゲンが訝しげな顔をするが、ボスゴドラやルカリオ、囚われたダンバルたちを見、「なるほど」と呟いた。恐らく彼も気が付いただろう。助けたダンバルが、他の『鋼』タイプのように、磁力の罠にかからず、動きを制限されていない事に。
 何故なのか理由は分からないが、この局面にて頼りになるポケモンである事は、間違いない。仲間を捕えられ、最も怒っているのはダンバルなのだから。
 目の前をふよふよ浮くダンバルに目線を合わせ、ゲンは問いかけた。
「――力を貸してくれるかい? ダンバル」
 すると、任せろ、とでも言うように張り切ったダンバルが、彼の周りをぐるぐる飛び回り、くるりと敵に身体の向きを変えた。やる気満々な相手にゲンは頷き、同じように向き直る。
「ダンバル、攻撃を!」
「バシャーモ、隙を狙って攻めてくれ!」
 こちらはバシャーモとダンバルの二体、対してあちらは四体。圧倒的不利なこの状況を、まずはどうにかしないといけない。
 真っ先に飛び出してきたヘルガーに向け、ダンバルが突進を繰り出す。相手が怯んだところを、バシャーモの拳が追い打ちをかける。小ささを活かして逃げ回るダンバルだが、“突進”は攻撃したポケモン自身にもダメージがある技。多用していれば、すぐにでも倒れてしまうはず。
 ――こんな事なら、ハルカちゃんに技を教えて貰っておくんだった。
 ハルカのバシャーモの火力は脅威だが、ダイゴははっきりとした指示を出す事が出来ず、攻めあぐねている。ハルカのバシャーモがどの炎技を覚えているのか分からず、かといって適当に言ってみたところで、バシャーモを戸惑わせるだけで終わるはず。それ以外で何か突破口を開かなければ、と考えていた、その時。
「“オーバーヒート”!」
 この場にはいないはずの人物の、凛とした声が洞窟内に響き渡り、バシャーモが反応する。手首や口内から噴き出した灼熱の炎が、瞬間的に洞窟内の温度をサウナのように高くした。視界にチラつく炎の光から目を守ろうと、反射的に腕で視界を遮る。
 暫くして、熱さが若干弱まった頃に腕を下ろし目を開けると、ジバコイルを始め男達のポケモンがダメージを受けてよろめいていた。ダイゴは自身の背後を振り向き、そこに捜していた当人の姿を認め、目を丸くする。
「ハルカちゃん!?」
「入り口に戻ってきたあなたたちの仲間は、きっちりとっちめておきました。あとは、あなたたちだけです」
「そういうこと!」
 突如として響いた別の声と、羽ばたきの音。それはダイゴ達がいる最奥の入口とは真逆、石像と男達の間から聞こえた。見上げれば、声の主――フライゴンに乗ったユウキの姿が。
 いつの間に、と驚愕したが、一瞬だけこの場の者達が目を伏せたタイミングがあった事に気が付く。バシャーモの炎が空間の温度を急激に上げた瞬間、確かにダイゴは目を守る為に腕で覆い、目を閉じていた。その間に自分達を飛び越え、あの熱さの中装置の近くまで移動していたのか。つまりは、ハルカの登場とバシャーモへの指示も、計算の上での行動。
 ニヤリと口の端を歪め装置を指し示し、フライゴンの目が標的を捉える。男二人が彼に気が付いた時にはもう、技を繰り出す準備が整っていた。
「なっ!? いつの間に後ろに――」
「“ストーンエッジ”!」
 フライゴンが生み出した石の槍が、頑丈な装置の表面をガリガリと削る。元より、衝撃にはそんなに強くない人工物である。装置は変な音を立て始め、『鋼』タイプのポケモン達を苦しめていた磁力が歪み始めた。
「チィッ! ゴルバット、そのガキを捕まえろ!」
「させるか! ボスゴド――」
「お前らはこっちだ!」
「っ!?」
 一人はユウキに狙いを定め、ゴルバットをけしかける。相手の“切り裂く”をひょいと避けたフライゴンの応援に、まだ磁力の影響が残っていながらも飛び出そうとしていたボスゴドラを向かわせる。が、もう一方の男は、こちらにヘルガーを差し向けてきた。
 ヘルガーはそれに従い、地を蹴る。近くにいるポケモンが少ないゲンを標的に定めたらしく、真っ直ぐに彼へと向かっていく。バシャーモが生み出した炎の残滓が、鋭利な牙に反射し光った。
 だが、両者の間に小さな影が滑り込む。比較的近くにいたダンバルが、自身を奮い立たせるように鳴く。襲いかかってくるヘルガーに突っ込むつもりだと気が付いたダイゴは思わず止すんだ、と声を上げるが、間に合わない。
 ヘルガーと衝突する寸前、ダンバルの体から光が溢れ、形を変える。これは良く見る現象だ、そう――。
「ポケモンの、進化の光……!」
 砂埃が晴れると、ゲンの正面にはまさしくダンバルの進化形態、メタングの姿があった。メタングが両手でヘルガーの牙を食い止め、ギリギリと力のせめぎ合いをしている。
「ダンバルが、メタングに進化した!?」
「――メタング! ヘルガーを弾き飛ばすんだ!」
 瞬時に状況を飲み込んだゲンがメタングに指示を出し、両腕に力を込めて敵を投げ飛ばす。ヘルガーは装置に叩き付けられ気絶し、その衝撃がトドメとなった装置は、一際大きな異常音を上げて完全に停止した。
 磁力が場から完全に消え去ると、ボスゴドラやルカリオが先程までの不調が嘘のようにすくっと立ち上がる。閉じ込められているダンバルやメタング達、恐らく行方不明と言われたポケモンであろう見慣れぬ者も自身の技で檻を破壊し、わらわらと飛び出してきた。誰もが自分を閉じ込めていた男達に怒り、彼らの周囲に集まってくる。
「くっそ……!」
「往生際が悪いぞ?」
 ゴルバットもユウキに倒され、残る相手のポケモンはジバコイルとバクオング。向かってくる二体に対峙するは、ゲンのルカリオとボスゴドラ。バシャーモにフライゴンと、十数匹のダンバルやメタング達も控えている。男達は自身の不利を察し、だが悪あがきにも等しい抵抗を試みてくる。致し方ない――ダイゴはゲンを一瞥し、彼が頷くのを見て右手を掲げ、ポケモンへと指示を出す。
「ボスゴドラ、“ヘビーボンバー”!」
「ルカリオ、“ラスターカノン”!」
 攻撃は“オーバーヒート”で既に弱っていたジバコイルとバクオングに見事命中し、二体はばたりと地面に倒れ伏した。

   ■   ■   ■

 ポケモンを倒された男二人と、ユウキとハルカが倒した二人の仲間を伴ってリゾートエリアに戻り、常駐している警察に引き渡した頃には、既に日が落ちかけている時間帯であった。
 ユウキとハルカは、ダイゴ達が洞穴に入って行って少し経った後に、新たに二人の人間が入っていくのを確認したそうだ。中で挟み撃ちにされたらいくら二人でも大変な事になる、と判断して人間を追いかけ、こてんぱんに倒してしまったらしい。そこで『鋼』ポケモンを捕まえる為の装置の話を聞き、追いかけてきたのだと語った。危ない事をしてと怒れば良いのか、子供に倒されてしまった者達に同情すれば良いのか、ダイゴはとても複雑な表情でそれを聞いていた。また、トレーナーと引き離されていたポケモン達は、警察がきちんと持ち主の元に戻してくれるそうだ。
「『鋼』タイプであるダンバルが、あの装置の影響を全く受けていなかったのは、この道具のおかげだね」
 事情聴取を終え、一先ず終わったのだと胸を撫で下ろす。そして警察から返されたものをひらりと示し、ダイゴは発言した。ポケモンのものなのか、あるいは別の何かのものなのかも分からないが、それは薄い皮のような何かだった。
「『きれいなぬけがら』ですね。ポケモンの特性を無力化出来る道具ですけど……一体、どこで拾ったんでしょうね?」
「さぁね」
 正しくは、ポケモンの特性である『蟻地獄』『影踏み』、そして『磁力』の影響を受けずに立ち回れるようになる、ポケモンが持っていれば効果がある道具である。あのダンバルは好奇心旺盛のようでもあるし、群れで行動している時にたまたま発見し、興味を持って拾っていたのだろう。
「で、ハルカちゃん」
「あたしは止めましたよ?」
 ダイゴが何かを言う前に、ハルカが笑顔で返してきた言葉は、正に続けようとしていた問いの答えであった。
「ユウキくんがやるって聞かないんですもん。もうここまで来たら、ダイゴさんがお父さんたちに怒られる度合いも一緒かなって!」
「満面の笑顔で言わないでくれないかな!?」
 いっそ清々しいまでの供述に、遠くない未来に確定した出来事を想像し頭を抱える。悲しい事に、ここまで足を突っ込んだ時点でふたりの父親に怒られる事は確定しているのだから、そこに程度はほとんど関係がないのは確かだった。
 それに、ユウキとハルカがあそこで乱入して来なければ、もっと面倒な事になっていたのも分かっている。危険だからと残しておいて助けられるとは、大人の面目丸潰れじゃないか。自分の不甲斐なさに、ダイゴは大きく溜息を吐いて項垂れた。
「……なんて、嘘です嘘。ちゃんとあたしたちも、ダイゴさんだけのせいじゃないって弁解しますから」
「うん、そこは協力してくれると嬉しいな……」
 流石に申し訳ないと思われているのか、ハルカが項垂れるダイゴの背中をポンポンと叩く。
 だが内心とは裏腹に、ダイゴは覚悟を決めているせいもあるのか、あまり狼狽してはいなかった。それよりも今回は、ポケモン達を人間の悪意から守れた事による達成感の方が強い。反省はするものの、ここまで巻き込まれた事に、後悔は全くないのである。
 ――それに、面白いトレーナーにも会えたしね。
 気を取り直して顔を上げ、その当人達へと視線を向ける。ゲンはユウキと共にダンバルと向かい合い、談笑しているようだった。
「ありがとう、ダンバル……いや、メタングだったね。君のおかげで助かったよ」
「メタングの仲間も助け出せた事だし、これで一件落着かな?」
 ユウキがそう言うと、メタングは何故かガーン!と衝撃を受けたかのような表情をし、すごい勢いで左右に揺れる。ゲンの隣にいるルカリオが多少不機嫌そうな目をしているのは、果たして気のせいだろうか。
 まるで子供が駄々をこねるかのような動きをするメタングを見て、ユウキがははーんと笑う。
「メタングに懐かれたみたいだね、ゲンさん!」
「……えぇ?」
 一連の行動の意味が分からなかったらしいゲンが、驚いた声を上げる。メタングはそうだとばかりに身体を縦に揺らし、彼を見上げた。
 彼が困ったように移した視線を受けたルカリオは、目を細めたままがうがう、と呆れたように鳴く。何を言われたのかは聞くしかないが、彼の眉尻がますます下がっていくのを見れば、何となく予想は付く。
 その姿に覚えがあるダイゴは内心笑ってしまいそうになったが、本人達としては笑い事ではないのとルカリオの為にも、何とか堪えながら問いかけた。
「ルカリオは何て?」
「メタングが、私と一緒に来たがっているって……」
「良いと思います!」
 ハルカが力強くメタングの背中を押すが、ゲンはなおも何か引っ掛かるのか暫し唸り、やがて口にしたのは、返事ではなく確認だった。
「せっかく仲間を助けたのに、私のポケモンになっても良いのかい?」
 その一言に、そういう事か、とダイゴは納得した。きっかけこそトレーナーの噂話ではあったが、彼にとっては助けたダンバルがとても悲しそうにしていたのも、悪党達を懲らしめる理由になっていたのだろう。あくまで助け出すのに必要だっただけで、彼はダンバルを捕まえる気は一切なかった。
 リゾートエリアに入る前に、道路の側まで付いてきていたポケモン達を思い返す。助けた彼らはダイゴ達に感謝している、とルカリオを通じてゲンから聞いていたし、それを表すかのように懐いてきていた。町まで入って来ないようにするのに苦労した程だ。
 メタングはゲンの思慮に、また大きく縦に身体を揺らす。自分の相棒が見たら目を丸くしそうな程の元気の良さだな、と感心する。
「分かったよ、メタング。これからよろしくね」
 結局折れたのは、ゲンの方だった。両手を挙げて降参の意を示し、受け入れる。メタングはとても嬉しそうに身体を揺らし、昼にやっていたように彼の周囲をぐるぐると飛び回った。ルカリオが面白くなさそうにしているが、ここは黙っておいてあげるのが優しさだろう。
 くっついてくるメタングの相手をしながら、ゲンはこちらに顔を向けると、ふわりと笑みを浮かべた。
「ダイゴ君、ユウキ君、ハルカちゃん。本当に助かったよ、ありがとう」
「困った時はお互い様さ」
「ダンバルたちの為でもありますしね!」
 本当に、礼を言われるような事ではないと暗に示しながら返すと、ハルカも笑って応える。と、ユウキがゲンの正面へと移動し、口角を吊り上げた。
「ゲンさん、明日の親善試合、楽しみにしてますからね!」
「はは、お手柔らかに頼むよ」
 そうだ、明日は明日で親善試合がある。濃い一日だったせいで忘れかけていたそれを思い出し、今日のところは彼と別れる事になったのだった。