勇愛始まり

硬質的に見える足が振り下ろされようかとした、その時。
パァン、と乾いた音が周囲に響き、数秒遅れて化け物の足が弾かれた。まるで、何かに殴られたかのように。

新しい化け物か、と絶望すら抱きかけ、それを振り落とすように勢いで、音がした方を見る。
そこに現れたのは、一人の人間で――。

「え」

見覚えがあり過ぎる金色に、動きを止める。

人影は足が蜘蛛のように生えている化け物の上に軽々と降り立ち、胴体にある紫色の宝石のようなものへ向けて、手にしている拳銃の口を向けた。
ドン、と低い音を轟かせ放たれた銃弾は、化け物の体を的確に撃ち抜く。
キイイイィ、と耳障りな音を立てながら、化け物は力尽きたかのように足を折ると、小さな石へと姿を変えた。

「悪ぃー、駆け付けるの遅くなっちゃ……て……」

相手は拳銃を仕舞い石を拾うと、にこやかにこちらへ視線を寄越し――そして自分と同じように、動きを止めた。それは誰が見ても、驚愕の表情。
やがて、私と相手の口はほぼ同時に開いて、

「カナリア!?」
「日明!?」

互いの名を、口にした。

「何で貴方がここに!? それに、何その派手な格好!」
「それはこっちが聞きたいっての! 格好はホストだから派手で良いし! そんな事よりお前、ここがどこだか」

戸惑いのままに問いかければ、相手--山吹日明が何かを言いかけ、だがそれが言葉になる事はなかった。なになに、お二人サンお友達ー?という声が、後ろから聞こえる。

日明の視線の先には、先程仮面の化け物に襲われ、今もなお気絶したままの少年と、その彼を抱えた胡散臭い男。
何故そちらを見たのかは知る由もないが、日明はひとつ溜息を吐いて、呟いた。

「あー……そういう事…………」
「え?」
「真字女さんよー、ちょいと強引に引っ張り過ぎじゃねーの?」
「そう言うなよ、日明クン。こっちもちょいと大変だったんだからさぁ~。この通り、少年が一人死にかけてたくらいだし? 見嶋クンが言ってた例の奴よ、アレ多分」
「さっぱり話は見えないのだけど、彼がいなかったら私もどうなっていたか分からないわ。あまり責めないでちょうだい」
「は? ……あー、そうなの……」

自身の金髪をがしがしと掻きながら、日明は観念したように分かったよ、と肩を竦める。取り敢えず、何故か胡散臭い男を標的にする事は止めてくれたようだ。

ふと、先程から感じる視線が気になってそちらに顔を向けると、そこには白い女性が立っていた。
短い白髪の上に帽子を載せた彼女は、私が振り向いた時にはどこか他の方向に視線を向けていたが、確かに紫色の双眸と一瞬、目が合った。つまり、彼女は私を見ていたという事で。

(会った事はない、はずよね……?)

そのはずなのだが、どうしても既視感が拭えない。こんな印象的で、綺麗な女性を見た事があるのなら、忘れるはずがないと思うのだが。
日明が、「オーブちゃん」と彼女に向かって呼びかける。オーブ、というのが名前のようで、彼女はそれに反応した。

「はい?」
「さっき言ってた、この世界で感じた『ジュエルマスター』の気配。――カナリアの事だろ?」
「……はい、その通りです。カーネリアンのセイバー」
「そっか」

ジュエルマスターって、何?
ジュエルマスターが私の事って、どういう事?
正直、先程から自分の常識外の出来事の連続で、聞きたい事はたくさんある。
だがそれをこちらが問いかける隙も、彼は与えてくれる事はなかった。

真っ直ぐに自分に視線を移し、二、三歩歩み寄り、私の目の前で跪く。日明が何をしようとしているのか全く予想がつかず、ひたすら戸惑うしかない。

「出来る事なら、危ない事には巻き込みたくなかったんだけど。――お待ちしておりました。我らがセイバーを束ねし光……ジュエルマスター様」

そんな私を余所に、日明はそう口にしながら私を仰ぎ見て、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるのだった。

   ■   ■   ■

(後日)
「日明クン、良くあんな気障なこと素面で出来たよね」
「本業ホストっすからねー。女の子を喜ばせる為なら、跪くくらい余裕ですよ」
「彼女には『人前で恥ずかしい事に巻き込まないで!』って怒られたけどね」
「あいつ、昔っから恥ずかしがりなんで」
「仲が良いのね~」