オンライン・ワールド01

 体感では、数日前。気が付けば、俺は眩い星が瞬く空の下で、何故か倒れていた。
 身動きをすれば、ざり、と何かが擦れた音がする。布ではない音に眉間にシワを寄せながら、上半身を起こす。すると予想通り、俺が寝ていたのは布団でもなく、ただの大地の上だった。
 何故こんなところで寝ていたんだ、と寝る前までの事を思い出そうとし――戸惑う。覚えていない。何も、思い出せない。
 慌てて今日が何月何日なのかを確認しようと、スマートフォンを探す。幸い手元に放り出されていたそれを発見し手を伸ばそうとした瞬間、突然アラーム音が周囲に鳴り響いた。
 アラームなんて、設定していたか? そんな疑問が頭を過ったが、気にせずスマートフォンを手に取り、画面を立ち上げる。『ソラヲ ミロ』。日付よりも先に目に入った五文字は、どう考えても誰かの指示としか思えなかった。
「……空?」
 空に何かあっただろうか、と改めて空を見上げる。ぎくり、と目を見開いた。
 先程も見た星空――いや、あれは星空ではない。色とりどりの何かが重なり合って、まるで星空のように見せかけている、偽物の空だ。そこに、カッターで切ったかのような切れ目が浮かび、向こう側から何者かがこちらを見下ろしていた。
『ごきげんよう、人の子らよ。この世界の居心地は気に入って貰えたかな?』
 男とも女とも取れるような中性的な声が、巨大な拡声器を使っているかのように空気を震わせる。
『君らにはこれから、この世界でのミッションを与えよう。それを達成すれば、この世界から現実へと帰してやる』
 この世界、現実。わざわざそう表現したと言う事は、この世界は俺達の住む街ではない事が分かる。そしてミッションとやらをクリアすれば――いや待て、その前にここは何処なんだ、と問いを発しようとするが、目の前に広がる異様な光景に脳が付いて行かず、口が思うように動かなかった。
 そんなこちらの動揺を知ってか知らずか、興奮を帯びた声は更に続けた。
『《鍵を見付け、この世界の総てを見守る眼へと持って来い》。そうそう、この世界では痛覚が現実世界の数倍弱い。が、現実世界のお前達の身体に向かう衝撃はそのままだ。フィードバックによって肉体が死んでしまえば、この世界にいるお前達の意識も死ぬ』
「なっ……!?」
『皆で力を合わせ、精々足掻いて見せるが良い。我が世界へようこそ、愚かな人の子らよ。無様な姿で私を楽しませろ――そして死ね、私の目的の為に』
 空の闇に浮かんだ紅い眼がギョロリと動き、こちらをしっかり捉えられ、あまりの恐怖に体が強張る。
 一方的に言い終わった声はやがて高らかに笑い声を上げ、空の切れ目が紅い眼を覆い隠して行った。

「何だあいつ……!!」
 校舎に向けて、グラウンドを駆け抜ける。
 紅い眼による空からの演説は、恐らくこの世界にいる自分のような者達にまとめて伝える為の行動。その証拠に、俺が倒れていた場所から見えた数名の誰かも、自分と同じように空を見上げていたから。
 取り敢えず、この奇妙な世界を一人で彷徨うのはとても危険だ。誰か、出来れば既知の誰かに遭遇出来る事を祈って、何処かにいるであろう人影を捜した。
「誰かいるか!? 聞こえたら返事をしてくれ!!」
 校舎の玄関口から、たまにしか発さない大声で叫ぶ。誰かしら答えてくれるだろうと期待していたが、思惑通り、声は返ってきた。
「蒼井!?」
 自分の名前を知っている、という事は知り合いだ。内心安堵しながら声の方を見ると、くせっ毛の髪の少年がこちらを見ていた。彼の隣に、ブレザーの下に着込んだパーカーのフードをすっぽり被った姿も見かけ、思い至った二人の名前を呼ぶ。
「風間!! 柱間も一緒か!?」
「そっちは一人か。……さっきの、見たか?」
「ああ。あれは――」
「悠斗――!!」
 突然割り込んで来た声に、俺は言葉を途切れさせた。自分を下の名前で呼ぶのは、学園内はおろか地元でさえも、一人しかいない。そしてそれに該当する人物は、星辰学園にはいないはずの幼馴染だ。空耳か?と首を傾げかけたが、すぐにそれが幻聴でない事を知る。風間と柱間の向こう側から、見覚えがあり過ぎる顔がこちらに向かって駆けてきていたのが見えた。
「あ、暁……!?」
「よ、良かったー! お前の声が聞こえたから、急いで来たんだ!」
「な、何でお前がこの学校に」
 予想通り、声の主は幼馴染である暁宗谷だった。だがおかしい、暁は星辰学園ではなく、電車で数駅分離れた町にある石神高校に通っている。こいつがここにいるのは、普通なら有り得ない事だ。
「オレだって聞きてぇよ! この学校の屋上で目を覚ましたんだけど、何でオレの知らない学校にいるのか、さっぱりなんだって!」
「つうかよ。良く見りゃこの学校、何かおかしくねぇか? 校舎は紛れもなく星辰学園だが、あの林とあそこにある倉庫みたいなの、うちにはねぇだろ。もしかして、オマエは知ってる奴じゃねぇか」
 暁が必死に言い募る上から、柱間が窓の外に見える景色を指差し、問う。
 彼の言う通り、そこから見る景色は本来であれば住宅街が連なっているところだった。だが今見えるのは、グラウンドの隅に建てられた倉庫らしきものと、その向こうに小高い山。倉庫はともかく、あの高いとは言えないが平地とも言えない山には、俺にも見覚えがある。
「あ、あれオレの高校の倉庫と、近くにあるイシヤマだ、多分。ほら悠斗、小さい頃良く登ってお袋達に怒られてた」
 イシヤマ――石神山。既視感の正体はそれか。「怒られてたのはお前だろ」と訂正しながら、思考を巡らせる。
「つまり、この学校は星辰学園と石神高校が融合している、とでも言うのか……?」
「は? 嘘だろ、そんな事あるはずが……」
 風間が訝しげに言う。それは俺自身も言いたい事だが、目の前にある景色はそれが答えだと物語っている。
 とにかく、今は情報を集める事が先決か。と思考を巡らせていると、鼓膜が新たな音を拾う。玄関口の外。開け放たれた広い扉の前に、誰かが立っていた。
「初にお目にかかります。私は、オーブと申します。――突然で恐縮ですが、貴方がたにお願いしたい事があります」
 そこに立っていた、全身真っ白な女性は帽子を手に取り、恭しく頭を垂れ、そう言ったのだった。

「まず、この世界についてお話させて頂きます」
 突然現れた女性を連れ、俺達は取り敢えず校内の職員室にやって来た。異常事態なので半ば賭けであったが、自分達のような子供よりは、大人である教師の誰かに掛け合った方が良いと思ったからだ。
 職員室は予想通りパニックに陥っていたが、その中でも落ち着かせようと冷静に指示を飛ばしている教師の一人を捕まえ、現在は職員室に据え付けられた応接エリアのソファに座っている。捕まえたのは俺のクラスの担任、紫上鏡一だ。
 紫上先生は自分がこの場を離れて大丈夫かと迷ったようだが、俺達の背後に立っていた女性を見たのもあり、他の落ち着いている教師に任せて応じてくれた。
 そうして現在、俺達は職員室の隣にある応接室で、真っ白な女性とテーブルを挟んで向き合っているのだった。女性は名乗りもなく、話を切り出す。
「貴方がたの意識は、特殊な演算によりデータ化して保存し、このネットワーク内に格納されております。とある街のデータをランダムに組み合わせて作られた箱庭の中に、ご自身の駒が納められているようなものでしょうか」
 先程見た、校舎からの風景を思い出す。通い慣れた星辰学園の校舎から何故か見えた、遠く離れているはずの石神の風景の理由は、そういう事だったのか。
「そして名乗りが遅れましたが、私はその箱庭、つまりネットワーク全体のセキュリティを統括する、自立型AIです。固有名は『オーブ』、としています」
「……え、と。つまり、今オレ達って、ネトゲの中にいるようなもんなの?」
「そうですね、そう解釈して頂いた方が分かりやすいかもしれません。外にある貴方がたの身体がどうなっているのかは、私にも分かりませんが……」
 それは、俺も気掛かりにしている事だ。何せこの世界で目覚める前の記憶がなく、思い出そうとしても削除されてしまったかのように、手がかりすら浮かばないのだ。スマートフォンに映し出されている日付も、電波がないからか『二〇十二年一月一日』と表示されている。長袖の学生服を着ている以上は季節は冬で正しいと思うが、元旦にまで学校にいる理由もないので、この日付は間違っていると分かる。
 よって、俺達はこの世界から抜け出さない限り、現実世界の自分がどうなっているのか知る事も出来ないのだ。
 紫上先生は眉を顰め、口を開く。
「……どうすれば現実世界に戻れるんだ? 先程の声の指示に従えば良いのだろうか?」
「結論から申し上げます。残念ながら、それ以外に方法はありません」
 きっぱりと言い切られ、その場にいた俺達は揃って大きな溜息を吐いた。多少なりとも他に方法があるのでは、と淡い期待もあっただけに、ここまではっきり断定されてはがっかりもするものだ。だが、他に策がある可能性を信じてがむしゃらに動く前にはっきり言い切られて、逆に良かったのかもしれない。
 早く立ち直ったのは紫上先生で、頭を振りながら、では、と話を続けた。
「先程の声の主に、心当たりは?」
「あります。声の主……貴方がたに指示を与えたのは、『ギベオン』と言います。そうですね……トロイの木馬はご存知でしょうか?」
「ギリシア神話……いや、この場合はマルウェアの方か」
「何だっけ。悠斗、知ってるか?」
「一応は。ギリシア神話の話になぞらえて名付けられた、ネットワークウイルスみたいなもの、かな」
 問われた言葉に紫上先生は思い至ったようだったが、暁に乞われた俺は一応説明を付け足した。
 トロイの木馬――トロイア戦争にて使われた、木馬に隠れた兵士を引き摺って相手の陣に突っ込み、油断させた時に奇襲をかける為の罠。それを由来とした、ネットワークセキュリティ史上最も危険とされるマルウェアの名前だ。
 説明を終えると、オーブさんが頷いた。
「トロイの木馬は、何らかの事象……恐らくサーバー強化などの対策を取っていた時でしょう、それによりこのネットワーク内に侵入し、しばらくは正常なプログラムに擬態して存在しておりました。ですが、思わぬ攻撃によってトリガーを誘発してしまい、近くに存在していたあるプログラムに汚染してしまったのです。それが『ギベオン』……私と同じように、ネットワーク全体を管理する中枢プログラムです」
 データの集合体であるはずのオーブの表情が、僅かながら歪められる。最近のCG技術はここまでリアルに出来たっけ、と的外れな事を思い出そうとするが、それは彼女の声に阻止された。
「汚染されたギベオンは暴走し、トロイの木馬にプログラミングされていた動作を実行したのです。それは、『ネットワークのセキュリティを破壊し、保存された人の意識のデータを書き換え、自分の意のままに操る傀儡とする』事。そして、この電子世界の心臓とも言えるコントロールパネルを襲ったところを、私が阻止しようとしたのです。……その結果は、皆様のご存知の通りです。そして、この世界から現実世界に戻る方法ですが――それには、『鍵』が必要です」
 いよいよ俺達がやるべき事への核心に近付いたような予感がし、ごくりと唾を呑み込んで、耳を傾けた。
「鍵?」
「はい。『鍵』の力によりコントロールパネルを起動させ、この世界をサーバーダウンさせれば、無事現実世界への帰還を果たす事が出来るでしょう。――ただ」
「ただ?」
「《この世界の総てを見守る眼》。……まず間違いなく、コントロールパネルを指していると思われます。その場所は明確に記されておらず、私達AIの情報の中にも存在しておりません」
 正直な話、俺はこの辺りで嫌な予感がしていた。セキュリティの観点からして、ネットワーク全体を左右させるコントロールパネルの場所が隠されているのは、まぁ分かる。分かるが、その手がかりすらない状態でどうしろと言うのだ、と叫んでしまいたいと思った。だが、現実は思った以上に甘くなかったのだ。
「では、鍵については?」
「実は本来であれば、『鍵』はコントロールパネルに共に有るはずでした。ですが、ギベオンが奇襲した際に自衛機能が起動し、この世界のどこかに身を隠したと思われます」
「……『身を隠した』?」
 紫上先生が彼女の言葉を反芻させる。俺達が思い浮かべるような鍵の事を言っているにしては、どこか人間らしい表現の仕方をしていたからだろう。嫌な予感が強まる。
 オーブさんは一瞬目を丸くし、ああ、と思い至ったように補足した。
「『鍵』と言っていますが、実はそれ自体も便宜上の呼び方なのです。コントロールパネルの起動を促す為の『鍵』は、貴方がたが思い浮かべるような金属片ではありません。この世界に多大な影響をもたらすコントロールパネルに必要なものなので、分かりやすい形状にはならないようにプログラミングされているはず……。恐らくですが、私と同じようにAI化しているか、貴方がたのデータの中に紛れ込んでいる可能性があります」
「て、事は……」
「……何の冗談だよそれ。つまり、何千人巻き込まれてるか知らねぇけど、誰かしらの体がその『鍵』としてデータ生成されてる可能性があるかもしれねぇ、て事だよな」
「え、砂浜から宝石見付けるより難しくないかそれ。プログラムって事は、見た目からじゃ自分達がそうとは分からないよな? そんなもん、どうやって……」
 柱間が、この話を始めてから一番の渋面を浮かべて言った。悪意のある者に見付からないよう偽装されているならまだしも――いや、偽装されている場合も同じだ。何せ星辰と石神が合わさったような世界だ、どの程度の広さがあるのかなど想像もしたくない。
 また、俺達というデータの中に上手い具合に混ざり込み、隠れているのだとしたら。この世界で目覚めてから、今この瞬間までに見かけた人間だけでもゆうに百は超える――それが全てではないはずであり、つまりはいち自治体の数以上の人間がその対象であるだろう。その一人ひとりから、外見からでは見分けもつかない『鍵』を探せと?
 無理だ。これは、所謂『詰み』という奴ではないだろうか、と俺は痛む頭を抱えた。少なくとも、数時間程度で解決出来る問題ではない!
 事の大きさと現状のまずさに暁や風間も理解したのか、顔を青褪めさせる。一縷の望みをかけてオーブさんを見やるも、彼女は眉尻を下げて頷くのみだった。
「……申し訳ないのですが、その通りです。ですから私はこの姿を取り、少しでも貴方がたの助けになる為に、話をしに馳せ参じたのです」
「ぬけぬけと……」
「柱間、止めなさい。話を聞く限りでは、彼女はこの事態を避ける為に動いていたように思う。彼女に怒りをぶつけるのは、ただの八つ当たりだ」
 爆発しそうになっていた柱間を止め、紫上先生が改めてオーブに向き直る。渋面を浮かべることもなく冷静に対応し、状況を正しく判断しようとする姿は、流石だと思った。
「……つまり、私達がやるべき事は」
「現実世界に戻る為には、この世界のどこかにあるコントロールパネルの場所と『鍵』の行方を探し出し、向かわなければなりません。そしてその先には、まず間違いなく『ギベオン』が待っている事でしょう。彼を倒せば、貴方がたは現実世界へと帰還する事が出来る。いえ、もし不可能だったとしても、私が必ず帰してみせると約束しましょう」
 話が一段落し、双方の言葉が途切れる。この場にいる誰もが、このオーブという女性の話を自身の頭で咀嚼し、理解するのに必死なのだろう。当然だ、突然『あなた達はこれから永遠にこの世界に住んでください』と言われても納得出来るはずがない。
 ふう、と一息吐き、紫上先生が問いかける。
「確認だが、コントロールパネルの在り処についての手がかりなどは、本当にないのだろうか?」
「現在、私の方でもそれを探しているところです。データベースが膨大なので、早くても一日はかかるかと思います。ですが、それも判明しましたらお教え致します」
「分かりました、是非ともお願い致します。……蒼井、私は職員室に戻って、詳細を報告してくる。生徒には一旦、校舎から出ないように指示を頼めるか」
「分かりました」
「あ、お待ちください。まだ――」
 話は終わっただろう、と見切りをつけた紫上先生が腰を上げるのを、オーブさんが呼び止めようとした。
 それが言下されないうち、地震とは異なるような地響きと、数人の男女の悲鳴と、おぞましい鳴き声が空間を切り裂く。おおよそ現実でも聞く事は少ないであろうそれに、誰もが動揺した。
「何だ今の!?」
「まさか……」
 そんな中でも動揺した素振りを見せずに、ゆっくりとした動作でオーブさんは腰を上げ、窓際に歩み寄る。と同時に部屋のドアが乱暴に開け放たれ、慌てた様子の教師が現れた。
「紫上、大変だ! 山の麓にデカいバケモンが現れて、生徒がパニクってる!」
「なっ……!?」
 彼の予想外な発言に、俺と柱間は反射的にオーブさんに倣って窓際に駆け寄り、その光景に絶句した。
 暁の高校の用具倉庫がある向こう側、石神山のそばに、いつの間にか『もう一つ山が出来ていた』。いや、それは山と言うには硬質的で黒く、即座に違う、と分かった。見ている間に山はもぞり、と身じろぎをし、顔らしき塊をこちらに向ける。身体に埋め込まれたものと同じ紫色の石が、妖しく輝いた。
「な、何だよあれ!?」
「やはり……」
「オーブさん、あれが何なのか分かるんですか!?」
 動揺する俺達とは逆に、先程までと変わらない落ち着いた声音で呟くオーブに、俺は問うた。
「この世界のバグを具現させたものです。呼称は《星喰い》となります。セキュリティホールを潰さなければ、あれは無限に湧き出てきます」
「セキュリティホール?」
「そのままの意味です。セキュリティが弱い穴の事で、あの者達はそこを通ってこの世界に侵入してきます。恐らくは、ギベオンが手当たり次第に『鍵』を探し始めたのでしょう。本来であれば、自浄作用プログラムが働いて一掃するのですが……。あれに喰われるとデータが損傷し、ギベオンの傀儡となってしまいます」
「うへー、ゲームの怪物ってリアル視点だとああなるのか」
「現実逃避してる場合じゃねぇよ。あんなデカい怪物、どうしろってんだ」
 風間の発言に、柱間が珍しくもげんなりとした表情で返す。あんなに大きなものが、もしこの学校に向かってきたら。ここにいる人間達を襲い始めたら。冷や汗が背中に流れる感覚が、嫌に生々しい。
「ご安心ください。あのモンスターは、警戒範囲に誰かが入らない限り、動く事はありません」
「つまり、何も知らない誰かがモンスターの近くに踏み入ってしまった場合、こちらにも危険が及ぶという認識で間違いないだろうか?」
「……否定は出来ませんね」
 オーブさんと紫上先生のやり取りに、それまで黙して聞いていた暁が、ねぇオーブさん、と声をかけた。
「オレ達のアバターって、MMORPGみたく戦う力がないかな? こう、指を振ればステータスメニュー的なの出てきたりしない?」
「そんなもの……」
「ありますよ」
 何を言い出すかと思えば、と俺は呆れたように暁の発言を一蹴しようとした。が、当のオーブは首を縦に振り、肯定を示したのだ。思わず一同の視線が、彼女に集中する。
「すてーたすめにゅー、というものはありませんが……暁様の言う通り、貴方がたのアバターデータには、現実世界では使えない特別な力で戦う能力が、プログラミングされています」
「マジかよ……」
 風間から思わず漏れた言葉は、恐らくこの場にいる誰もの脳内の言葉であっただろう。発言した暁でさえも、え、マジで?と目を見開いて固まっている。
 そこからいち早く復帰し、紫上先生がひとつ咳をして、問いかけた。
「あの化物から、私達が身を守る手段があるんですね?」
「はい。現在は特殊な制限がかけられているのですが……私の力で、擬似的にそれを解放する事が可能です」
「じゃあ!」
「……その前に。《星喰い》は、貴方がたが思っている以上に脅威であり、ギベオンの言葉は、全て真実です。《星喰い》に倒されれば、貴方がたの意識はアバターごと、永遠にデータの海へと漂う事となります。《星喰い》と戦うのであれば、それ相応の覚悟が必要となる、と私は考えます」
 電子信号から形成された彼女の瞳は、AIらしからぬ強い光を帯び、俺達を視界に映す。まるで射抜かれているようだ、と自然に背筋を正した俺達に、オーブさんは言葉を続けたのだった。
「貴方がたは――覚悟を武器に、戦う事が出来ますか?」