帰還と謎02

 まだ偽物ではないかと疑っている黒冬が山吹を見張るというので、彼を置いて繁華街の拠点に戻ると、待機していた荊棘と柱間も呼び出し、すぐに作戦会議を開く。ぐずるソウを寝かしつけたマスターが蘭を残して戻ってくる頃には、オフィス街での話を粗方語り尽くしていた。
 二人もやはり山吹に関しては不思議がっていて、話し終わる頃には渋面を浮かべている。それはそうだろう、実際に確認した蒼井達ですら謎だらけなままなのだから。答えを知っている誰かに、どういう事なのかご教示願いたいくらいなのだ。

「本物だったって事は、俺たちが戦ったあのホストの兄ちゃんは一体何だったんだよ?」
「柱間、まだ本物だと決まった訳じゃないよ。あくまで、俺たちの良く知る山吹さんだったってだけだ」
「偽物だと思ってんのか?」

 探るような視線を投げられ、蒼井は言葉に詰まる。確かに、今の発言はそう考えていると思われても仕方ないかもしれない。
 ただ、蒼井自身「そうだ」と言い切るには、根拠も何もない。そんな状況で決めつける事はしたくないし、選択を狭めるような真似は出来なかった。
 どう説明しようか。少し悩んだが、結局自分が思っている事を素直に口にした。

「……自分の勘を信じるなら、違和感を感じなかったという理由で、保護された山吹さんは本当に本人じゃないかなって推測しているくらいだ」
「蒼井様は、そうだと断じるのを良しとしていない、と言う事でしょうか?」
「はい。俺個人の勘のみで根拠は無いに等しいし、説得力もないですから」

 などと、表向きの無難な答えを口にするのは甘えた考えだと、自分でも思う。こうして誰も疑わずにいた結果、誰かが酷い目に遭う可能性も高まるのは明白。だがそれでも、誰かを虐げて破滅に向かわせる事だけはしたくないし、それを自分が犯してしまいたくはない。マスターの事をとやかく言える立場ではないな、と内心自分に呆れつつ、蒼井は頭を下げた。

「なので、確認をさせて欲しいです。俺のこの勘が、果たして合っているのかどうか。皆の意見を下さい」
「真面目だな、お前……」
「分かりました。なんなりとお尋ねください、蒼井様」

 頭を上げた蒼井を見る柱間の顔には、呆れた、とはっきり書いてあったのは忘れる事にする。とはいえ立ち去らない辺り、協力してくれる気ではあるらしい。荊棘も直立したままだが、胸に手を当て軽く頷いた。

「んで? 何が聞きたいって?」
「これまでに、主に疑問に思ったのは二つ。まず一つ目、これはマスターが気が付いた事だけど……山吹さんの、俺たちへの呼称。確認出来たのはマスターと俺と風間の三人、どれも普段と違った呼称を使っていた」

 『マスター』『蒼井君』『カザ君』。全て、普段山吹が使っている呼称ではない。先程黒冬が指摘したように、本人がこちらに悪意があれば簡単に偽れるものではあるが、どうしても気にかかる。普段よりも距離を置かれた、簡単に言えば他人行儀・・・・なその呼び方が。

「二つ目。山吹さんが近付いた時、妙に何かの匂いがした。仕事柄、香水とか付ける人だとは思うけど……それにしては、少し気持ち悪くなるくらいには強い匂いだった。紫上先生、荊棘さん」

 蒼井が、ここにいる面子の中で山吹と一番付き合いが長い紫上と荊棘に視線を向ける。二人とも暫し考えた後、答えた。

「私はその場にいなかったからその匂いは分からないが、少なくとも山吹と会ってから今まで、香水のような類いを付けていると感じた事はないな」
「私もないですね。……そう言えば、胸元のポケットに挿した花が、いつもと違っていましたね。百合のように見えましたが、生花でしょうか」
「ああ、その花の匂いか?」

 荊棘と柱間の発言に、蒼井も頷く。最初に遭遇した時に感じた違和感は、恐らくそれだ。普段の山吹さんの変身姿なら、赤い花の造花を一輪ジャケットの胸ポケットに挿しているが、あの山吹は黄色い花だった。

「造花ではありませんでした。これがその花の花びらです」

 蒼井は手帳を取り出し、途中のページに挟んで保管していた黄色く細長い花びらを、皆の前に提示すると、ふわりと匂いが広がる。柱間が、ああこの匂いだ、と呟いた。
 不覚にも背後から寄られた際、斬りつけた刃が掠ったのだろう。落ちた花びらが自身の服の襟元に入っているのを、匂いに敏感なソウに指摘され見付けたのだ。独特な匂いだと思うが、鼻が慣れてしまい気が付かなかったと思われる。
 色が異なる事までは覚えていなかったが、足取りの手がかりにはなるかと保存しておいたそれを見ても、やはり普段の山吹が身に付けていた覚えはない。

「向日葵さんに確認してもらいました。荊棘さんの言うように、百合科の花だと」

 辻村たちと別れて帰ろうとした時に遭遇した夏野兄妹の妹、夏野向日葵は花屋の店員だ。彼女にこの花びらを見せてみたところ、そう返ってきた。

「もちろん、他にも疑問はありますが……主に以上の点から、俺は『遺跡で戦った山吹日明』と、『オフィス街で保護された山吹日明』は別の存在であり、後者が本物だという推論に至りました。そうすると、山吹さんが俺たちと戦った事を知らず、そもそも同時間帯に異なる場所で姿を見られているのも辻褄が合う」
「なるほど、確かにそうですね」
「……でも先程も言いましたが、そうだと結論付けるには、不確定要素も多いんです」
「ホストの兄ちゃんを模倣して、誰が何の得になんだ、って事だな」

 柱間の発言に、蒼井は一瞬迷った末、大きく頷く。

「俺たちを混乱させるためか? 油断させて始末する為か? 姿形で言えばあれは、紛れもなく『山吹日明』っていう人間のものだった。本人そっくりに成り済ます、なんて芸当が出来る星喰いがいたら、それこそ俺たちは終わりじゃねぇか。こっちの味方に成り済ます事で、好き放題出来るんだからよ」

 指を折りながら、柱間は疑問点を挙げていく。それらは蒼井自身も抱いていたものだが、この場には必要がないだろうと判断して言い連ねなかったものだ。

「……仮に、その『山吹日明』が偽物だと気が付かなかったとして、どうなるかを考えてみようか」
「こっちを撹乱出来る。逃げられたとしても、偽物だと分からねぇ以上は、本物に容疑をかける事になる。同士討ちを狙う奴らの仕業だろ」

 《星宝石》を狙う奴らにとって、星宝石を浄化出来る力を持つマスターと、彼を護衛しているセイバー俺たちは邪魔者だ。セイバーを同士討ちさせれば、マスターは無防備になる。マスターの護衛役であるセイバーを模倣し、同士討ちをさせるも良し。隙を突いてマスターを直接叩く、つまり暗殺するも良し。正攻法で挑むよりも、ずっと楽な方法であると言える。

「最近知覚を持ってきた星喰いもそうでしょう。あるいは私達を堕とし手駒とすれば、マスター様の周りを弱体化させながら、自軍の戦力の増強を図れます」
「でも引っ掛かるのは、もし倒された場合です。星喰いが化けていると、その星宝石は浄化すれば、こちらが利用する事が可能ですよね? マスター」
「うん。汚染深度にもよると思うけど、星喰いの石を俺たちが回収して、次の戦闘に充てている訳だから」
「となると。マスターに仕掛けた星喰いは、実質浄化作業を促進させる糧になる。浄化作業に必要な星宝石を、俺たちに渡している訳だから。そんなリスクを犯してまで、同士討ちや暗殺を狙うでしょうか?」
「つまり? マスターの抵抗手段が増える事も想定した上で、セイバーを襲って利益を得る奴ら、と言えば――」
「……《Lmes》」

 マスターが対抗手段を得る、すなわち『マスターの浄化の力が強くなる』と得をする連中。その筆頭である組織の名がポツリと挙げられ、場に緊張が走った。
 口にした本人である荊棘は、こほんとひとつ咳をし、すみません、と謝罪する。

「あくまで推測です、新しく現れた第三勢力とも限らないですし。ですが、気を付けるに越した事はないかと思います」
「まだ、いなくなったセイバーも全員見付かってない。Lmesだったとしても、接触するには危険だ」

 狙いが明らかになっているのはLmesだけ、第三勢力についてはいるのかすら不明。確かに、必要以上に警戒して足元を掬われないとも限らない。ここはまだ、断定するべきではないだろう。

「そういえば、対峙した山吹はマスターのその石を要求してきたと言ったが……マスターが持っているその石は、星喰い達が残す星宝石と何か違うのか? 大きさも色も異なるのは分かるんだが、他人が欲しがる程の何かがあるのか?」
「これ? うーん、どうなんだろう……確かに星宝石ではあると思うんだけど」

 紫上がふと思い出したように口にした問いに、マスターが胸元のタイブローチを手に取りながら答える。この世界で目覚める以前の記憶がない彼自身を知るための、唯一の手がかりかもしれない、青みがかった緑色の石が嵌められたそれ。セイバーであればそれは『守護石』だと言えるのだが、彼女・・によれば「それはない」らしい。

「確か、マスター様が目覚めた時から持っていた、唯一の私物だと仰られていましたよね」
「うん。だからなのかは分からないけど……無くしちゃいけないものだとは思うんだよね。オーブにもそう言われているし」
「曖昧だな、また」
「肌身離さず持っておいて欲しい、と言われていましたね。あなたが大人しくしているタイプの人間じゃないの、見抜かれてるんじゃないですか?」
「かもな」
「え、そんなに俺大人しくしてない……?」
「どの口が言ってるんですか?」

 セイバーのように変身出来ず、自身の身を守る手段がないくせに、人一倍前に出たがる性分であるのは、これまでの浄化作業で嫌と言う程思い知っている。蒼井としては本人に自覚がないと分かり、大きく溜息を吐きたくなった。

「……分からない事ばかりではあるが。蒼井、もう聞く事はないか? 今日は流石に疲れただろう。休息を提案するが」
「あ、ええ。俺は取り敢えず大丈夫です、また何かあったら聞きますので」
「うん。じゃあ、今日は休もうか」

 今日は激しい戦闘もした。考える事も多かった。いつも以上に、疲労も溜まっているだろう。マスターがそう締め括り、この場は解散となった。