帰還と謎01

「ご、ごぶさた……」

 地下遺跡から帰還したその足で赴いた先は、オフィス街のビル。辻村に案内された蒼井達は、ベッドの上で上半身を起こした山吹と対面していた。
 山吹は口の端をぷるぷる震えさせている。まだこちらは何も言っていないと言うのに、既にこの先の展開を察しているようである。
 そんな彼に対しての挨拶もなく、黒冬が不躾にベッドの横に歩み寄り、山吹の胸ぐらを掴んで口を開く。

「あんた、何故こんなところで悠長にしている。さっき俺たちにした事を忘れたの?」
「いやそれは後で説明……え、ちょっと待って、何の話!?」
「とぼけるなよ。さっき――」
「待って、ストップストップ! とりあえず、落ち着こう?」

 大量に冷や汗を流した菫が慌てて黒冬の腕を押さえ、落ち着いて、と双方を宥める。黒冬は大人しく掴んでいた山吹の胸倉を解放し、だが警戒心は隠そうともせずに彼を睨み付けた。
 場が落ち着いたのを確認すると、辻村がこほん、と咳払いをして話し始める。

「黒冬君だったかしら? 山吹くん、大体半日前くらいに、夏野君と向日葵ちゃんがこの拠点の近くに倒れていたのを見付けたのよ」
「何……?」
「それ、本当?」
「ああ。山吹君が起きた後私は煙草を吸いに外に出たが、それが一時間程前くらいか」
「そっからずーっとこのベッドに寝かせられてるんだぜ? もう身体鈍っちまうよー。そろそろ動きたいけど、咲希さんが許してくれないし」

 対峙する山吹に背を向け、崩壊する地下遺跡から辛くも脱出したのも、大体半日前になる。その時点で、既に彼はこのオフィス街で辻村達に保護され、介抱されていた。つまり――『山吹日明』が、地下遺跡とオフィス街のどちらにも存在していた事になる。ここから地下遺跡までは、どんなに急いだところで一時間はかかる。たまたまショートカット出来る道に迷い込むか、あるいは瞬間移動でもしない限り、有り得ない話だ。
 自由に動けない現状にうんざりした表情の山吹が、ベッドの側のチェストに置かれたペットボトルを手に取り、右手でキャップを捻った。蒼井は、あれ、と首を傾げる。

「? アンタ、左利きじゃなかったのか?」
「山吹は右利きだろう。浄化に赴いた時、『左利きはモテる。自分は右だから羨ましい』と聞いたが」
「紫上センセ、今それ言わなくて良いから! 右だよ、右!」

 蒼井も疑問に思った事を黒冬が問いかけ、それに紫上が至極真面目に答える。問いかけられた本人はぶふぅ、と口に含んだ水を噴き出し、咳き込みながら紫上の発言を止めようとするが、彼はそう言えば、と思い出したようにその話題を続けた。

「両利きにしようという思い付きは、結局どうしたんだ?」
「とっくに頓挫してます!」
「何だ、諦めたのか。あれ程やる気を見せていたのに」
「いや、だって動機が動機だし、難しくてそこを乗り越えるモチベーションがね? ――てか何で俺の恥ずかしい話が暴露される流れなの、今そーいう話じゃなかったでしょ!?」
「話の流れだろう?」
「あれ、日明君の話かと思ってた」
「日頃の行いじゃないかしら?」
「咲希さんが一番ヒドい!! もーちょっとコウ、ほんと俺がいない間に何があったんだよ!?」
「えーと、色々……?」
「説明しますから、山吹さんも教えてください。貴方に何があったのか、どうやって逃げてきたのか」

 紫上、菫、辻村の三人による追撃で限界を迎えたらしい山吹が涙目で訴えてくるので、話が脱線していると思っていた蒼井は本筋に戻すため、これ幸いとこれまでの出来事を語り始めた。
 山吹達が消息を絶った事を聞き、捜索へ向かった先の人工林で人型の異様な星喰いに遭遇し応戦、その後見付けた地下への入り口から地下遺跡に向かうと云々うんぬん。堕ちた山吹の話が出ると、山吹はえぇ、と困惑の表情を見せていた。
 こちらの話を大体終えると、今度は山吹が話し始める。人工林でやはり異形の星喰いに遭遇、暁と合流する事を約束し二手に別れて逃走。幸か不幸か、星喰いは自分について回ったので、攻撃をある程度かわしながら逃走し、逃げ切った時にはだいぶ人工林から離れていた。変身も解けかけていたから、拠点より近いこちらに身を寄せようと思った。大体こんなところだろう。
 どこかにおかしなものがある訳でもなく、だからこそどちらも真実だと言える上、他人による証言まで揃っている。山吹が嘘を吐いている可能性を考えてしまう自分が嫌になる。だが、それ程に不可解な状況なのも確か。

「それならなおさら分からないわね。同時刻に山吹君が二箇所に存在していたって事? そんなのあり得る?」
「そこなんですよ。俺たちが遭遇した『山吹日明』が、一体何だったのか」
「あるいは、アンタが偽物なのか」
「……そうなるよなぁ」
「弁解しないの?」

 山吹は金髪をがしがしと掻きながら、そう問うてきた黒冬にじとりとした視線を向ける。分かってるくせに、と言いたげな顔だ。

「したところで信じてくれる? 黒冬こくとー君は」
「信じないな」
「じゃあやったって無駄でしょー。他の手段で、俺が本物だって示さない限り」

 確かに、ここで自分が本物だと言い続けたとしても、証拠も何もなければ信じる事が出来ない状況だろう。それが山吹の口から出てきたのが意外だったのか、黒冬がへぇ、と感心した声を漏らす。

「まぁ、とりあえずコウとゆーと君の話で何があったのかは把握したわ。それは黒冬君じゃなくても疑いたくなる。よーいちと水樹が見付かって良かったよ」
「……ああ!」

 突然、マスターが何か思いついたかの様に手を叩く。場違いな程に明るい声音だったが、沈黙しかけた空間にはやけに響いた。

「マスター?」
「ずーっと引っ掛かってたのがようやく分かったんだ。日明、俺は?」
「は? コウ、何を」
「こっちは?」
「え、……ゆーと君?」

 マスターは最初に自分、次に蒼井を指し示し、山吹が困惑しながら応答する。何をしていると怪訝に思いかけ、気が付く。そう言えば、遺跡では何度も感じていた違和感が、今は全くない。その、些細な違いの原因はマスターが答えてくれた。

「で、葉一は『よーいち』だよね? あの日明は、俺たちの事をそんな呼び方してなかったんだよ」
「確かに……マスターは『ジュエルマスター』、俺は『蒼井君』呼びでしたっけ」
「全員、少し距離がある呼び方だな」
「……だから? 呼び方ぐらい、欺こうと思えば容易に変えられるだろ」
「それはそうなんだけど、手がかりにはなるよね?」

 厳しい指摘にものほほんと受け流すマスターに、黒冬が小さく舌打ちをする。だが、マスターの発言にも一理ある。仲間である自分たちがはっきり断定出来ない程に成り済ましているのだ、いわゆるコスプレといった類のものでないことは確か。そこには魔法的な何かが絡んでいる可能性も高く、自分たちはその『魔法的な何か』に心当たりが大いにあった。
 他にも相違点があったかもしれない。となると、繁華街の拠点で留守番を頼んだ荊棘と柱間にも意見を聞かねば。そう判断すると、蒼井は口を開いた。

「一旦繁華街に戻りましょう。山吹さんは……」
「念のため、もう少し休ませるわ。昼には、誰か手が空いている人に送らせるから」
「え、俺今からでも帰」
「山吹君?」
「……ハイ…………」

 辻村の笑顔に、あっさりと抵抗を諦める山吹。自分を心配しての発言だと分かっている上に、相手が女性なのもあって強くは出られないのだろう。とほほと言いたげな表情で、再びペットボトルの水を煽るように口につけた。