騒めく日常02

『絶望シろ、絶望しロ!!』

 思わぬ人物の登場に声を上げたが、そこに人型の星喰いが耳障りな声で叫ぶ。黒冬が振り上げられた爪を受け流しながら、口を開いた。

「驚いている場合じゃないだろ。囲まれているのが分かってる?」
「……手伝ってくれるのか?」
「勘違いするんじゃない。この状況じゃ、あんた達への用を済ませられない」

 キィン、と弾き返して人型の星喰いと距離を開きながら、投げ掛けた問いに答えが返ってくる。思わぬ助っ人である事は、間違いない。
 しかし――人型の星喰いは、何故かくるりと方向転換をすると、森の奥の方へと駆け出した。

「あっ! 野郎、逃げんな!」
「柱間、周囲の星喰いの殲滅を優先しろ!」

 柱間が即座に気が付いて追いかけようとするのを、声で制止する。
 人型の星喰いは、低く見積もってもここにいるメンバー全員で挑まなければならない強さを持つ、と推測される。見逃してくれるのなら、逆に有難いくらいだ。そこまで説明する暇はないが、柱間もそれを察したのだろう、目の前の星喰いに棍を向ける。
 残りの、爬虫類の形をした雑魚と見られる星喰いの数を確認し、次に現在の戦力を思い出す。最短時間で突破するには、どう動けば良いか。

「――荊棘さん、俺と交代してください!」
「承知致しました」

 柱間と荊棘の二人であれば、パワーで雑魚レベルの星喰いを蹴散らす事は容易い。大剣の一撃で討ち漏らした敵を、比較的攻撃速度がある棍で仕留める。それでも間に合わない場合は、黒冬か蒼井が処理をすれば済む。ここに、見嶋や山吹のような遠距離攻撃が出来るセイバーがいれば、まだ良かったが……と考えかけたが、蒼井は無理矢理思考を切り替えた。今あるカードで、この場を切り抜ける事に集中する。
 荊棘は了承と同時に跳躍し、星喰いの群れに飛び込む。代わりに蒼井がマスターの護衛に回り、ソウと共に討ち漏らしの処理を開始した。

   ■   ■   ■

 役割交代してから、ものの数分で周囲にいた星喰いを殲滅し終えた。蒼井は周囲を確認しつつ、自身の読みの甘さに内心で溜息を吐く。
 黒冬がいなければ、もっと苦戦していた。もう少し厳しい状況を見越したシミュレートをして、今後また同じような手は喰らわないよう対策を練らないとな、と反省しつつ、黒冬に視線を向ける。その先では、マスターが散らばった元星喰い達の石を拾い終え、彼に声をかけていた。

「黒冬、助けてくれてありがとう」
「別に。用があって追いかけたら、居合わせただけだし」
「用? 俺達に?」
「先程の人型の星喰いについて。俺は、あいつに遭遇するのは二度目だ」

 黒冬の発言に、蒼井は驚きの声を上げる。遭遇したのが二度目。という事は、あの人型の星喰いと一度一人で対峙したのか。道理で、少しではあるが余裕が感じられたのだ。彼は腕を組み、じとりと目を細めながら言葉を続ける。

「他の星喰いとは違って、妙に嫌な予感がする。《ジュエルマスター》なら知っているかと思い拠点に行ってみれば、こちらに出ていると来た。で、追いかけてみたらこの有り様だ。――改めて聞くぞ。『あれは何だ?』」
「『出来損ない』って言ってましたね。マスターは何か知っているんですか?」

 蒼井が問うと、マスターはひとつ頷いてから説明を始めた。

「村崎の言う『仮面の星喰い』とはまた別の個体だと思うんだ、あれは。気配が歪で、ずっと不安定だし」
「つまり、どこかに本物の『仮面の星喰い』が隠れている、と?」
「いや、そういう訳でもない……かな」
「あんたは何を知っている? その言い方では、俺には『仮面の星喰い』を庇い立てするような言い方にしか聞こえない」
「……分からない」

 はっきりとしない答えに、黒冬の声音に僅かな苛立ちが混ざり始める。それに気が付いているのかいないのか、マスターは続けた。

「分からないけれど、気配は分かるし、何となく『あれは違う』って思うんだ。勘……と言えば良いのか」

 そこまで言うと、彼は更に首を傾けて唸り始める。それは庇い立てと言うよりは、自分の感覚を言葉にしようとするのが難しくて悩んでいる、ように見えた。
 このままでは埒があかないと思ったのか、黒冬は今度は蒼井に顔を向ける。

「蒼井悠斗」
「ん?」
「実際のところ、こいつの勘の精度はどの程度?」
「…………対星喰いについては、マスターの勘は当たるほうだと思う。ソウの時もそうだったからな」

 マスターの隣で首を傾げている本人が、大きな瞳を蒼井と黒冬に向けながら、首を傾げる。自分の事を話している、けれど何故なのか分からない、と思っている顔だ。
 これまでもそうだったが、浄化作業や予想外のアクシデントに見舞われた際、彼の言う『何となく』がターニングポイントとなり解決に導かれた経験も少なからずある。そのため、全部が全部無視をする事は出来ない、と蒼井は思っていた。ちら、と荊棘に視線をやれば、同意の意味なのか小さく首肯を返される。

「……なる程、理解した。取り敢えずは、あんたたちも詳細は分からないって事か」
「はは、ごめんね」
「で、先に進むのか?」
「うん。日明達がこの先に進んだのなら、見付けないと」
「分かった。行くぞ」

 溜息を吐き、黒冬はくるりと方向転換をすると、人工林の奥地へと足を向ける。一緒に捜す、という無言の意思表示に蒼井は目を丸くし、苦笑すると、その後を追いかけ――ようとした。

「んん?」

 その足が止まったのは、ソウが声を上げたからだ。不思議そうにこてんと首を傾げ、んー?と唸りながら地面を見ている。

「どうした、ソウ」
「こっち?」
「あ、おいチビ! 勝手に」
「柱間様、お待ちください」

 進行方向とは違う方角へてこてこ歩き出した彼女を止めようとした柱間を、荊棘が制止する。何で俺を止めんだよあっちだろ、とでも言いたげな顔をしていたが、取り敢えずそれにならう事にしたらしく、ソウの行動を見ている。かくいう蒼井も、荊棘が止めていなかったら自分が声をかけていたが。

「ねー、これ」

 少し歩いた先で彼女が呼んだので、歩み寄ってみる。
 そこで見つけたのは、地面に埋め込まれるように造られた階段と、開け放たれた扉。隠し階段のようだが、周りに土が積もっている。階段の先は随分長く続いているようで、先は真っ暗で良く見えない。しかし、地面にあると言う事は行く先はひとつ。

「地下?」
「……だいぶ老朽化していますね。でも、開けられてからそんなに時間は経っていないみたいです」

 周りに積まれた土をひとつまみして感触を確かめると、乾いていた。扉の周囲で乾いた砂があるのは扉の縁と、側にこんもり積まれたそれだけであり、それ以外の箇所はじんわり湿っぽい。――積まれた土は元々扉の上にあったもので、誰かが扉を開ける為に退かしたと推測される。しかも、つい先程と言っても良いくらいには最近の話。
 でもよ、と口を挟むのは柱間だ。

「こんな人工林とこに、地下なんてあったか?」

 現実世界では、この人工林の土地内部には侵入不可だった。確かどこかの組織の所有ではあるものの、放棄されたも同義の扱いを受けていたのを思い出す。
 つまり、こんなところにこっそり地下への入口が造られていたとしても、自分達のような部外者には知るよしもない。ただ――この異世界は、どこもかしこも空間が捻れている。空間だけでない、重力がおかしくなって地面が頭上にあったり、扉をくぐれば別の建物の中に繋がっている事も少なくなかった。まるでランダム生成されるダンジョンみたいだな、と言ったのは暁だったが、分からないでもないと思ったのを覚えている。

「……開けたのは、山吹さんかもしれない」

 その時の会話で、『ゲームを愛する者として、気になるところがあれば調べないと気が済まねぇ!』と言っていた山吹ならば、この地下への入口を見付けて怪しむだろうし、侵入していてもおかしくはない。暁も一緒だったなのならなおさらだ。

「ソウ、どうしてこれを見付けたんだい?」

 マスターの問いに、んーとね、とソウが答える。

「かたいのとおなじ、こう、ぞわーっとするかんじがした。あとね、ここからぼわーっとけむりがでてきてるの」
「かたいの? ……星喰いの事かな」
「それ!」

 確定に等しかった。『けむり』は彼女の中にある語彙から一番近いものを当てられたと考えれば、恐らくそれは『煙』ではなく『靄』。『かたいの』達が纏う、瘴気と推測される。
 それが、この地下への入口から立ち込めている――自分達には見えていないが、この先に良くない事が待ち受けているのは、火を見るより明らかだろう。

「マスター」
「行くよ?」

 どうする、と口にする暇もなく返される言葉。荊棘も柱間も、黒冬までが呆れたように息を吐いている。彼らも、予想はしていたらしい。

「日明たちがここに入った可能性があるのなら、行くよ。それに、浄化もしないといけないでしょ? 放っておいたら、この周囲が更に瘴気で汚染されてしまうし」
「……悔しい事に正論なんですよねぇ。悔しい事に」
「ええ、本当に悔しい事に」
「……何か俺、変な事言った?」

 蒼井のぼやきに同意する荊棘。そんな二人を見れば、仲間内で『どこか鋭いくせに普段は鈍感過ぎる』と称されるマスターでも、流石にそう思わざるを得ないらしかった。