第96話 終幕への階段

クーザンの誰何に、タスクは嫌な笑顔を浮かべた。それは彼のものではなく、あの二対の羽根の悪魔のものだ。

「正解です。流石に、後衛のキセラだけに全員を任せるのは負担が大きいかと思いまして」
「余計な世話よ」

果たしてクーザンの予想通りに、彼はその口からあの特徴的な話し言葉ではなく、聞く者をある意味では不快にさせる敬語を吐いたのだ。
それだけで、『彼』が『彼』でない事はすぐに理解出来る。ユーサの願いは、よりにもよってあの男に打ち砕かれたのだ。

傍目から見れば仲間を思っての発言を、時計塔の入口を挟んだ向こう側に立つキセラは忌々しそうに拒む。だが言われた当人は、そんな彼女の反応すら愉快だと言うように口の端を吊り上げた。

「そう言わずに。――まさか貴方達が、ここまで面倒な相手になるとは、思いもしませんでした。早い内に片付けておかなかった事、割と後悔しているんですよ」
「お前、タスクさんに何したんだよ!?」
「ユーサから聞いていないんですか? 私とユーサ、そしてタスクは」

くすくすと、何がおかしいのか小さく嗤うタスク、いやゼルフィルは、再び何か魔法を発動しようと手を翳す。
だが、すぐに引っ込めた。その手があった位置を貫通する軌道で、轟いた銃声より一瞬後に何かが通過していく。
最早誰が、と疑う必要はない。それよりも早く、夜色が目に飛び込んできたからだ。

「ゼルフィル貴様……貴様ああぁ!!!」

激昂したユーサが、短剣を逆手に持ちゼルフィルに斬り込む。しかしどこから出したのか大鎌で阻止され、返しが放たれる前に、クーザン達の目の前まで後退してきた。ちっ、と舌打ちが響く。

強襲を難なく躱したゼルフィルは、くるりと鎌を回転させ、刃を下に向けて持ち直した。構えるというよりは、安定した持ち方である。

「おやおや。良いんですか? この体がタスクのものでない確証なんて、貴方にはないでしょう?」
「下衆が!! タスクを元に戻せ!!」
「――長い、長い一生です。私や貴方、タスクも、もう何百年と生きている感覚を抱く程です」

ユーサの言葉に返す事はなく、ゼルフィルはゆっくりとした口調で語り始めた。
胸元に手をやり、ぐっ、と心臓を掴むかのように力を込める。忌々しいと言うように表情を歪め、すぐに顔を上げて両手を広げた。

「貴方やタスクは、人間として生を得た。私はこの通り、半ラルウァ……出来損ないです。恐らく、トキワが無意識的に手を加えたのでしょう。彼の魔力は、幼い子供が抱くには強大過ぎましたから。ですがその際不具合が起きてしまい、結果、私と言う本来生まれるはずがなかった欠陥品が出現してしまった」

自身の事を欠陥品、と言うゼルフィルの顔に、ありありと嫌悪が浮かんでいる。それ程までに、屈辱的に感じているのだろう。

「別に、何らおかしいことではないじゃないですか? 元々の、あるべき形に戻るだけですから。まぁ、その際の意識は私が頂きますが」
「僕とタスクを取り込んだ所で、普通の人間になれるとは限らないだろ!?」
「いいえ、なれるんですよ。貴方達には無理ですが、私にはその手段がある」
「ソーレの入れ知恵だろ?」

叫ぶように反論するユーサとの会話に割って入ったのは、スウォア。ユーサが黙ってろ、とでも言うようにギロリと彼を睨みつけるが、素知らぬ顔で続ける。

「ゼルフィル、夢見んのは止めとけ。どんなに足掻いたところで、俺達はアイツの操り人形だ。その事実は変わんねぇ」
「……貴方には分かりませんよ。本当なら人間として存在出来たかもしれないのに、いざ生まれ落ちてみたら化物になっていた奴の思いなど」
「それ言ったら、俺はどーなんだよ。人間だったのに一気に化物だぞ。それに、アイツが絶対にお前の為に労力を尽くすと思ってんのか? 絶対やらねーぞ。ムカつくレベルで頭良いお前なら分かんだろ? サンならともかく、ソーレは――」
「黙れ!!!」

声に出したのは、ユーサではない。
ゼルフィルが肩を震わせ、スウォアを睨む。今までの、余裕綽々としていた彼とは違う、感情を露わにした怒りが感じられた。

「裏切り者の戯言など、聞いている暇はない。武器を取れ。私は、私の力で願いを掴み取る!!」

大鎌を構え、ゼルフィルが言う。
彼の姿に既視感を覚え、答えはすぐに思い出した。隣にいるユーサの怒り方と、全く同じなのだ。
一人の人間から分かたれた魂、という言葉を思い出す。二人共、普段は淡々とした余裕を持っているのに、互いが互いを標的にしていて、余裕がなくなるとこうして感情を露わにして怒る。写し鏡のようとまでは言わないが、それに近いものはあるかもしれなかった。

と、相手の怒りの台詞を聞いたスウォアはあろうことか大袈裟に噴き出し、そのまま腹を抱えて笑い出した。流石のユーサも驚いたのか(というか呆れたのか)、彼を凝視している。

「ゼルフィル。敬語はどうした、敬語は」
「!!」
「内心じゃ分かってんだろ? ソーレがんな面倒くせー事する訳ないってよぉ? だからこんな簡単な煽りに引っかかんだろ」
「貴様……!!」

ゼルフィルは無意識だったのか、スウォアに指摘され僅かに目を見開く。
憎々しげに呟き、ひとつ息を吐き出すと、怒りの気配はそのままにさっきまでの剣幕だけを消した。殺意を載せた赤い眼を、こちらに向ける。

「気が変わりました。ユーサと貴方は、私の気が済むまで斬り刻んであげます」
「スウォア、君はまた余計な事を……」
「わりーわりー。手伝うから許して」
「最初からそのつもりだっただろ」

スウォアがレイピアを引き抜き、ユーサは一度格納した銃を抜いた。
あるいは、ユーサはこの場に一人だったとしても、退くという選択肢を選ばなかっただろう。
だがわざとゼルフィルを煽り殺意を向けさせれば、彼が何と言おうとスウォアは対峙しなければならない。いつだったか敵対した時に自分も引っ掛かってしまった事を思い出し、クーザンは改めて彼が味方になってくれて良かったと思った。

と、スウォアは「おっと」と何かを思い出したかのように、クーザンに顔を向ける。

「クーザン、お前先に行け」
「え?」
「こいつらはただの足止めだ。ソーレの企みは、この瞬間にも進められてるかもしれねぇ。キセラが教授に、ゼルフィルが俺達に視線が向いている今がチャンスだ」

つまりは、時間がないという事か。
だが、敵とこちらの陣営の位置を確認しても、時計塔の入口に安全に抜けられるルートはない。キセラとゼルフィルが扉の両隣にいる上、道中にはゴーレムやラルウァといった簡単にはあしらえない敵もいる。
この状況で先に行くとなると。
クーザンは何となくスウォアが言わんとしてる事に辿り着き、確認の為に彼に届く声音で問いかけた。

「間を縫って、突っ切れって事?」
「俺でやれるんだ、お前なら行けるだろ」
「……分かった」

問いに対し返ってきたのは、巧妙に包み隠された肯定だ。簡単に言ってくれやがってと思わなくもなかったが、素早さに秀でている者から「行ける」とお墨付きを貰ったのだ、行けない事はないのだろう。多分。

返事をするやいなや、クーザンは飛び出した。
同時に動き出していたゼルフィルの大鎌が振り払われるが、それをホルセルがツーハンデッドソードで受け止める。
一瞬出来た隙を狙いユーサが《白弾銃》を発砲し、だがキセラが発動させた防御膜により阻止。
防御膜の隙間を縫うようにレッドンが槍を突き出し、ゼルフィルの頬に刃先が掠る。彼の背後からは、サエリが詠唱した魔法の火球が飛んで来ていた。

走り出したクーザンの近くにいたクロスが、前に出てきたゴーレムの攻撃を受けそのまま斬り付ける。アークも魔法で牽制し、向かってくる攻撃は全て、ギレルノが召喚したウンディーネの水壁で防御。それで体勢を崩した者達を、スウォアが根こそぎ屠っていく。
ゼルフィルとキセラはこちらの進行を阻止しようとしているが、他の仲間達が進路を守ってくれていた。

そうして切り開かれた道の先に、ようやく目指していた時計塔の扉が。当然固く閉ざされているので、緊急事態だと割り切り剣を抜く。パキィ、と音が響き、何かが霧散したかのような光が消えると、遅れて重い木製の扉が割れた。

「お前ら! そのままクーザンに付いて行け!」
「えっ!?」
「だが……」

援護が終わり戦線に戻ろうとしていたアーク達が、スウォアの言葉に躊躇いを見せる。
クーザンだけでなく三人まで抜けてしまうと、相当キツイのではないか?
キセラの放った苦無を避け、スウォアが叫ぶ。

「内部もすんなり行けるとは限らねーだろが! こっちは心配すんな、すぐ追い付く!」
「セクウィ行って! 僕らよりユキナちゃんを!」
「……分かった、すまない!」
「させないって、言っているでしょう!」

二人共、敵からの攻撃をいなしながら先を促す。
タスクが大鎌を振りかざしこちらに向かい、ユーサが動線に割り込み阻止する。そこにスウォアが鋭い突きを繰り出すが、間一髪避けられてしまった。

「アーク! 今度は最後まで付き合って来い!」
「えっ? う、うん!」

アークはその言葉に一瞬戸惑ったようだが、これ以上迷っていると、追撃の恐れがある。クーザン、クロス、アーク、そしてギレルノに、彼にくっついていたリルは急いで扉の向こうへと体を滑らせた。

時計塔の中は、圧巻だった。
これを自分らと同じ人間が築いたとは思えない、どこまでも続く煉瓦の壁。
上を見上げれば、何箇所かの連絡通路以外は、全て螺旋状の階段が最上階まで続いている。天井は、黒い靄に阻まれて見えそうにもない。まともに登っていれば、最上階に辿り着く前に疲弊してしまうかもしれないな、と思った。
だが――行く以外に、選択肢はない。

「この上だな」
「間違いないな。上の方から、強い《月の力 フォルノ》を感じる」
「リルちゃん、大丈夫?」
「だいじょぶ! だいじょぶだけど……なんだかこわい」

不安そうに、ギレルノのコートを握り締めながら上を見上げるリル。彼女は前衛であるホルセルとクロスの近くでは危険だからと、ギレルノの側で魔法を使っていたのだが、そのせいで付いて来てしまったらしい。

息を吐く。
ここを登れば、サン――いやソーレと、連れ去られたユキナがいるはず。

「行こう。――これが最後だ」

クーザンは、覚悟を決め先を促す。
背後の仲間が頷いたのを確認すると、腰の剣の柄に手を当て、駆け出した。

最初の一段。一段、一段。
階段を踏む度に蓄積される疲労も、直前まで戦闘でのそれも、全て忘れろと。ただ、この階段を上り切る事だけを考えろと。
止まりそうになる足に鞭打ち、延々と続く道を走る。一刻でも早く、ユキナの待つ最上階に辿り着く為に。

途中、へばってしまったリルをギレルノやアークが交代で抱えるようになった。一番幼い女の子の上、鍛えている訳でもない彼女にとっては、延々と続いている錯覚を起こしそうな階段は堪えるだろう。
何故か破壊され途切れた階段を、羽根持ちの二人に抱えて貰い飛び越える。もしクーザンだけで登ってきていたら、羽根持ちの誰かが来るまで待ちぼうけになるところだった。
そうして、ようやく第一の連絡通路に差し掛かった。座り込んで後ろに手を付き上を見上げれば、まだ第二の連絡通路が残っている。

「……なぁクロス」
「断る」
「まだ何も言ってない」
「先程のように、自分を上まで抱えて行けないかだろう? 断る」
「うわ、合ってるし……」

階段を登り始める前に思った事が実現しそうだと思ったクーザンはクロスに提案しようとしたが一蹴され、まぁ当然かと頭を切り替える。羽根持ちには羽根持ちの不都合があるとも考えられる訳だし。そもそも、そんな手が有効ならもっと前に提案されているはず。

と、入口から一気に駆け抜けてきたので、ようやくひと安心したのだろうアークが、今しがた自分が通ってきた道――というより時計塔の入口に視線を投げ、ぽつりと呟くように、口を開いた。

「スウォアが言ってた、『今度は最後まで』って……ミシェルの、事だよね?」

多分な、と肯定してから、クロスは何かを考えるように腕を組む。

過去の騒動の時、彼は真っ先にソーレに襲われ、志半ばにして殺されている。
クーザン、いやカイルは遂にその事実を知る事なく命を落としたので、言い伝えられている史実でしかミシェルの事を知らない。だがもし、自分がそんな目に遭ったならば。言い表しようのない悔しさが、体の奥からこみ上げる。
あの言葉は、神官として姫の傍に仕える者でありながら何の力にもなれず倒れた彼の意志が、スウォアを通して形にされたような気がしたのだ。

「……アークに記憶が戻らないのは、もしかしたら、スウォアが全部引き受けてるから、かもしれないな」
「ボクにとって辛い出来事を、全部?」
「お前と、ミシェルの分もだ」
「……そっか」
「そうだとしたら、アークはどうしたい? アイツの事だし、アークが望めば話はしてくれると思うよ。ミシェルの記憶の方はともかく、小さい頃の話とかさ」

クーザンの問いに、アークが眉尻を下げる。
何も今聞く事ではないかと思ったが、今を逃すともう二度と機会はないはず。
辛い出来事など、出来れば誰だって知りたくないものだ。
彼はうーんと首を捻り、少し考えてから答える。

「それ、ずっと考えてるんだよね。スウォアに全てを抱えさせたくはないんだけど、だからといって全部を知るのが怖くてさ。知ったら、何もかもが変わってしまいそうで」

自分の事を覚えていなくても、あなたは大切な私の弟よ。
そう言っていたのは、ホワイトタウンの孤児院で再会したアークの実の姉、ファイ。
今のままでも受け入れる、と笑ってくれたとはいえ、彼としては知らないままだと申し訳ない気持ちが強いのだろう。スウォアと和解する事は出来たが、この記憶喪失の問題は変わらず残っている。

「この戦いが終わるまでに答えを出せたら良いな、とは思ってるんだけど。問題は考える暇がない事かなぁ」

あはは、とアークが困ったように笑う。

「そう簡単に答えが出せる問題ではないしな。焦らなくとも、時間が解決してくれる事もある」
「だからまずは、ここから無事に帰る事が先決だな。勝って、みんなで帰ろう」
「うん! そうだね」

もしかしたらクーザンだけでなく、アークも、この戦いを終わらせるのを切っ掛けにして進む事が出来るかもしれない。その為には、まず生き抜かねばならない。
決意も新たに息を整え、暫しの休憩を切り上げようと身体を起こす。
そこで妙な違和感を感じ手を見ると、見覚えのあるものがクーザンの手を汚していた。

「!」

ここに上がってきた時にはなかったはず、と足元を見回せば、薄っすらと広がるそれが視界に入る。他の者も気が付き、自身の武器を構えた。

「連絡通路を抜けろ! 早く!」

クロスの指示にギレルノがリルを抱え、アークと並んで駆け出す。
その間にも床に散らばるそれはむくむくと膨らみ、人を形作る。真っ白だった塊に絵の具が染みこむように色付き、やがて物言わぬ人間となり、連絡通路の出口に立っていたこちらに向かってきた。

「時限式とはな。灰もカモフラージュされていたようだ」
「あれ、追い掛けてくるよ!?」
「幸いスピードは早くない。今のペースで走れば、まず追いつかれる事はない」
「無理! 絶対無理!!」

羽根持ちの二人はともかく、自分と、リルを抱えるギレルノは今の速度を保つ事は厳しいだろう。現時点ではあまり疲れていないように見えるギレルノだが、きっとそうであるに違いない。
であればゴーレム達に追い付かれるのも時間の問題で、クーザンは必死で声を上げる。

「ちっ、面倒な弓兵までいるぞ」
「任せてー! リルがどーんと」
「止めておけ。階段が壊れたら、お前の兄達が応援に来れなくなる。洒落にならない」
「ぶー」

飛来する弓矢に気が付いたクロスが、舌打ちをする。
遠距離の敵なら魔法!とばかりにリルが張り切った様子で詠唱しようとするが、ギレルノが止める。ぶー、と彼女はふて腐れるが、ここは彼の言う通りだ。ただでさえ半壊している階段に、強力な広範囲魔法を耐えられる強度は残っていない。トドメを刺して崩壊させようものなら、後続の仲間達の応援は絶望的だ。

だが、何もしない訳にはいかない。
代わりとばかりに、彼はリルを抱えているのとは逆の手で本を構え、何かを呼び出す。

「コール、ウンディーネ!」

現れたのは、水精の乙女。
彼女は主人の考えが分かっているのか、すぐに両手を前に突き出し水の壁を展開する。いつもならこちらを覆う形で作り上げられるそれは、階段を登ってくるゴーレム達を足止めするように生成された。成程、これなら階段にダメージを与える事なく足止め出来る。

「これでしばらくは大丈夫なはずだ。追い付かれる前に登り切るぞ」

ウンディーネはすっとギレルノの傍に付き、自分達を追い掛けるように付いてくる。

追手が追い付く前に、と無我夢中で駆け上ったお陰で、一個目の連絡通路に到達した時よりも遥かに短時間で、二個目のそれに辿り着く事が出来た。
ただし、そこの床は既に灰まみれの状態。クロスが眉間にシワを寄せ、来る、と呟いた。

「っ! こっちは最初からかよ!?」

武器を構えて向かって来るゴーレム達に剣を向け、対峙する。
ここまで来るのに、奴らの襲撃は二回。いくら実力があるとはいえ、本当にクーザン一人で登ってきていたら、途中で力尽きていただろう。

「スウォアの言う通りだったね」
「ここを突っ切らなければ、最上階には辿り着けん。だが、そんな悠長にしている暇もない」

もしかしたら、スウォアはこの仕掛けを知っていたからこそ、近くにいたクロス達に付いて行くように指示をしたのかもしれない、とクーザンは思った。
そう、時計塔の最上階への道はこれしかない。もしかしたら秘密の登り方があるのかもしれないが、クロスの言う通り、それを探している暇も、猶予もない。最短で、ここを踏破しなければ。

「考えてる暇はねぇ! 突っ切るぞ!!」

クーザンは剣を振り抜き、声を上げる。
同時に駆け出すと、一番近くにいたゴーレムを袈裟斬りで行動不能にさせ、活路を拓く。
他の者もそれに続いた。破壊された階段の部分よりは頑丈だと判断したのか、リルの炎魔法がゴーレム達を襲い、運良く逃れた数体をクロスが斬り刻む。

だが、奴らの目的はこちらの予想と少しばかり違ったようだ。
ゴーレム達は数体で固まると、復活しかけていたそれも巻き込み、まるで粘土のように混じり合うとむくむくと質量を増やした。
連絡通路はそれ程広くない。みるみるうちに足場を侵食していく。

「な……!?」
「流石に今まで通りには行かないな」
「今そっちに戻る!」

ゴーレムが融合を始めたのは、運の悪い事に斬り込んでいったクーザンとクロス達の間で、前衛が一人孤立してしまう。
融合途中の高さは、脅威に思える程ではない。急いで乗り越えて合流するべく、クーザンは助走をつけようとした。
それを止めたのは、ゴーレムの攻撃でも何でもない。

「クーザンお兄ちゃん! 道!」
「っ!?」

リルの声に足を止め、彼女が指し示している方――クーザン達の進行方向を見やる。

まるで誘うかのように、クーザンの正面には最上階への道が拓けていた。
左右に通常サイズのゴーレムが数体いるものの、これくらいならば一人でも突破出来る。出来るが、それがどうしたと言うのだろうか。

戸惑うクーザンとは真逆に、向こう側にいる三人は彼女の言わんとしている事を把握したらしい。
アークは右手に一本しか持っていなかったチャクラムのもう片方を持ち、ギレルノも抱えたままのリルを下ろす。
クロスはさっと周りを確認した後、後ろの三人を振り返ると頷く。
そして、未だどういうつもりなのか分かっていないクーザンに向けて、言い放った。

「クーザン! 先に行け!」
「えっ!? な、何馬鹿な事言ってんだよ!?」

ようやく彼らの考えを把握したクーザンは、飛び掛ってきたゴーレムの攻撃を交わしながら返す。
ゴーレムしか見える範囲にはいないが、それでも四人で相手をするには骨が折れるはず。ましてや、通常の奴以外にも融合して立ちはだかる大きな奴までいるのだ。クーザンが抜ければ前衛と言えるのはクロスしかおらず、後衛の二人も満足に戦えないだろう。苦戦を強いられるであろう事は予想がついた。
彼らが、特にクロスがそれを予想出来ないはずがないのにそう指示したのは、本当に時間が惜しいからだと分かっている。でも、とクーザンは躊躇った。

「お前は一人で先に行き、ユキナを助けて、ソーレの思惑を止めろ。最悪、俺達が行くまでの間だけ持ちこたえてくれれば良い」
「ジェダイド、繰り返すなよ。俺達は、お前を奴らに殺させる為に行かせるんじゃないからな」

奇しくも、ルナデーア遺跡と同じような状況である。クーザン一人で、ソーレが待っているであろう場所へ向かうのは。当時同じ陣営にいたのは、この中では彼とリルだけだ。

クーザンは頭を振る。
あの時は誘導された挙句殺されかけたが、今回はこちらの意思で行くのだ。
ユキナを助ける為、そして全てに決着をつける為に。
そして、覚悟を決めた。

「――ありがとう! 先に行く!」

自分に近寄ってくる敵だけを相手にし、連絡通路の出口に到達すると、クーザンは一度仲間達の方に視線を向けた。

クロスが双剣を構え詠唱を開始。
ギレルノがウンディーネの水壁を張り直し。
アークは戻ってきたチャクラムを受け止め。
視線に気が付いたリルがこちらに手を振る。

ここに残していく事が、どんなに危険な事か分からない自分ではない。
だが、彼らは――当然入り口に残った仲間達も――クーザンを信頼し、助けてくれた。行け、と背中を押してくれた。

彼らなら大丈夫。クーザンもまた、こんな事件に巻き込まれなければ出会わなかったかもしれない彼らを――仲間達を、信じる事にした。
行かせてくれた彼らの為にも、ユキナを助け、ソーレの企みを止めなければ。

「――気を付けて! 死ぬなよ!」
「そっちも気を付けてね!」
「すぐ行くよー!」

アークはチャクラムを投擲しながら、リルは詠唱の合間に、返事を返してくれた。クロスとギレルノは無反応だったが、聞いていてくれたはずだ。
連絡通路に背を向け、最上階までの距離を一気に駆け上るつもりで加速。幸いそこには連絡通路のように灰はなく、ゴーレムが襲ってくる危険性も少ないはず。

目的地も、敵も、守りたい相手も、もうすぐそこに存在している。
最後の戦いとなるであろう、時計塔の最上階まで――あと少し。