第94話 邂逅

セレウグとジャックが彼らと別れた頃、先行していた二人は時計塔の広場に到着していた。

ただただ静寂が広がる、寂しい空間。
つい数日前まで、大陸の首都として賑わっていた場所とは思えなかった。
用心深く周囲を見渡していると、ユキナが口を開き問い掛けてくる。

「クーザン、時計塔から嫌な気配がしてくるの、気が付いてる?」
「ああ。……十中八九、ソーレの仕業なんだろうな」

嫌に肌を舐める寒気と、見られているような威圧感。
どこかに誰かがいるはずなのに見つからないということは、恐らく観察でもされているのだろう。気味が悪い。
気を引き締める意味で背中に抱えた巨大剣を担ぎ直すと、また問い掛けが飛んできた。

「お父さんの剣、ザナ姉に預けてくれば良かったのに」

フットワークの軽さと、それに似合わぬ剣戟の鋭さを武器にしているクーザンには、両手で持たなければロクに持ち歩けない重さの剣は、とても邪魔だ。
だが、クーザンはザルクダ達に一言も預けたいという発言はしなかった。だって、と口を開く。

「危険だろ。大丈夫、戦う時はお前の側に降ろす」
「ちょっと! あたしは危険になっても良いって言うの!?」
「逆だ馬鹿。剣ごと守ってやるって言ってるんだよ」

とんでもない発言に一度は怒りを覚え叫ぶユキナだが、クーザンはさらりと言い返す。すると一瞬動きを止め、直後かあぁっと頬を赤らめた。サエリがいれば爆笑しているところだが、言った本人は変わらず警戒を続けている。
周囲を見渡し、人影がないことを確認する。誰か仲間や、生き残っている住人がいるなら良かったのだが。

「誰もいないな」
「みんなが来てないだけだよね、多分……」
「そうであることを祈る」

ただ、そうだと考えるには、周囲に敵がいなさ過ぎる。誰かが片付けたと考えた方が、納得が行くのだ。

ふと、風の中に音を聞いた。
みし、みしし、と何かが軋む音と、石が落ちる音。砂を蹴る音。微かに聞こえるということは、少し距離があるか。

「……クーザン」
「少し遠い。ユキナ、持っててくれ」
「うん。……あれ?」

父親の剣をユキナに渡し、危なげに受け取ったのを確認すると、少しの気配も見逃さないよう注意を深める。彼女から不思議そうな声が上がったが、静かに、と視線を送るだけに留めた。
音が徐々に大きくなり、手が自然と柄に伸びる。いつでも抜けるよう構え、その音の正体が判明すればすぐにでも抜刀するつもりだった。

「あっ!? クーザン!!」

ユキナが声を上げ、自分達が進んできた方とは真逆の方角を指し示す。
そちらを見やると、見慣れた姿が手を振っているのが見えた。

「クーザン、ユキナー!!」
「ホルセル!」

人影――ホルセルとクロス、そしてギレルノとリルが一歩遅れて駆け寄ってくる。
音の正体が仲間だったことに安堵し、警戒を一段階緩めた。ぜいはあと乱れた呼吸を宥めながら、無事だったんだな!とホルセルが口を開く。

「そっちも。無傷……とは言えなさそうだけど、無事で良かった」
「ああ、幹部の一人と戦ってきた。何とか倒して来たが、予定より大分遅れてしまったな」
「お前達だけなのか? ラザニアルやノーザルカのいる部隊は見かけたか?」
「まだ。俺達も今着いたところだ」

クーザンは、じっくりと彼らを見た。
自分達も傷を負ってはいるが、二人はそれよりも酷い。中でもホルセルは重傷そうで、時折顔をしかめている。
泥だらけで、衣服の肩口には赤い色が付着しているのだ。それに気が付いたユキナが治すね!と言い出し、治癒を施して貰っている彼を見て、ん?と違和感を覚えた。
その正体にはすぐに思い至る。背中に背負っている鞘には、大剣が収められていないのだ。

「ホルセル、大剣は?」

そう問いかけると、あー、と困ったように唸ったあと、ぼそり、と答える。

「折れた」
「えっ!?」
「ヴォスは倒せたけど、直後に刀身と柄が真っ二つになっちまった。だから、代わりに構成員の剣を借りてる。軽くて違和感あり過ぎだぜ」
「…………」

唯一の父親の形見だと語っていた、その表情が曇る。
アラナンの洞窟での戦闘で一度はひび割れ、ウィンタに修復して貰っていた大剣。だが、遂に無理が祟って折れてしまったとなれば、ホルセルは今武器がない状態だ。
形見を壊してしまった心情を察しながら、戦い慣れない片手剣とスティレットでここまで来てくれた彼にどうにかならないのかと考えを巡らせ、そうだと手を叩く。

「それ使う? 父さんの剣だけど」

今はユキナが持っているツーハンデッドソードを指差し、クーザンは発言する。

「は? クーザンの父さん? って、え?」
「ホルセルの憧れ、グローリー=シャイターン=ブレイヴの巨大剣、ツーハンデッドソード。リスカが父さんのゴーレムを造ってて、倒したらこれが残ってたんだ。姉さん達に預けることも考えたけど、危険なことを考えると出来なくて。結局持って来ちゃったものの、俺には重たくて使えないんだよ」
「あたしのところに置いて戦うにしても危険だから!」

ぷりぷり怒りの声を上げるユキナはスルーして、名案だとばかりに事の次第を簡潔に説明し、どう?と問いかける。
ホルセルは突然の提案に驚いたらしく動きを止め、代わりにクロスが問い掛けてきた。

「……お前の父親、その剣をどこで手に入れたと?」
「ん? いや、聞いたことはないな」
「それも《遺産》だぞ。神剣プリムス」
「……え?」

さらりと告げられた事実にクーザンはぽかんと目を見開き、ユキナは「あ、やっぱり?」と言いたげな表情を浮かべる。ギレルノはクーザンと同じように驚いているが、その傍らにいるリルは普通に頷く。

「神剣プリムスは、グラディウスのように神から授かったものの、当時の人間は非力だったので扱える者がおらず、封印されていたものだ。それも、エアグルスでない別の大陸にな。一番目に授けられたが故に、封印された状態でも崇める存在として守られていたか」
「…………」
「封印が弱まっていた可能性もあるとはいえ、そう簡単に見つかるものではないと思うのだが……」

――父さん、俺は一生父さんに追い付ける気がしません。

開いた口が塞がらないクーザンは、自身の父親の人外めいた強さと恐ろしさを再確認し、心の底からそう思った。
この場にセレウグがいれば、あるいは詳しい話が聞けたかもしれないが、本当にどこまで旅をしていたのだろうか。

「まぁ、確かにホルセルなら使えるだろう」
「い、良いのか? そんな大事なもの」
「……武器がなくて死ぬよりは断然良いだろ。父さんならそう言う」

気を取り直し、ユキナからツーハンデッドソード――いや、神剣プリムスを受け取り、ホルセルに渡す。クーザンの肩にかけた鎖の欠片と同じものが、その剣には巻き付けられていた。
受け取った彼は二、三回素振りをすると、うん、と満足そうに頷く。

「よっ……。うん、やっぱこのくらいの重さの方がしっくりくる」
「ていうか父さんの方がいろいろおかしいんだけど、ホルセルもよくそんな重たい武器を持てるな……」
「オレも流石にこれを片手ではブン回せないなー」

あはは、と軽い口調で返事が返る。ともかく、これで本調子とはいかないまでも、片手剣よりは戦えるはずだ。

と、風の音に妙なものが混ざったような気がして、クーザンは顔を上げた。音源を求め周囲を見渡すが、それらしきものはないように思える。
直後、

「きゃあ!! なにこれ!?」
「!?ユキナ!?」

背後から悲鳴が聞こえ振り向くと、彼女の周囲に、時計塔に纏わり付いているのと同じような靄が発生していた。
振り払おうとしても靄は霧散せず、それに包まれたユキナは動けないらしい。
と、その時計塔の靄――時計塔広場を覆っていたものよりも小柄で、密度が濃い――が人より高い場所に発生し、それが人の姿となる。色はないが、直感が誰なのかを察知し、腹部にちりりと痛みが走った。

「よぉここまで来た、と言うべきか?」
「その声は!」
「やっぱりお前か、サン……!」

黒い人型が発した言葉の訛りは、クーザンとクロスが予想した人物と違わぬものだった。
ユキナから目を離さないように、黒い靄の塊を睨みつける。

「ここでお前が待ち受けてたってことは、他の面子は」
「安心しろよ、ムカつくことにまだ一人も殺せてねぇよ。特別空間に招待してやってるだけや」

へ、と笑ったのだろう。人型が肩を竦め、ゆらゆらと揺れる。

予想通りか、とクーザンは眉間にシワを寄せた。自分らよりも前に別のグループがここに到着し、恐らく待機している間にその『特別空間』とやらに囚われてしまったのだ。
ホルセル達がここにいるということは、それはユーサがいる部隊だ。こちらが何とかしなくても、自力で抜け出してくる可能性もある――むしろ、抜け出してくるのではないかという予感しかないのは、きっと気のせいだろう。
もちろん、救出しなければ戦力的にも不利なので、何もしないという選択肢はまずないが。

「お前らは更に特別席に案内してやるよ。絶望に苛まれながら殺されて欲しいからな」
「大人しく殺されてやるつもりはない。ユキナを放せ!」
「おー、怖い怖い。オレを倒したければ、テッペンまで来るんやな」

相手はこちらの視線をものともせず、背後に聳え立つ時計塔の最上階を指し示し、言う。
ダラトスクの象徴である時計塔――だがその天辺は、例の靄に阻まれて視認することが出来ない。果たして、どういう惨状になっていることやら。
内心舌打ちし、乗ってくるかは分からないが挑発の言葉を口にする。

「幻影でなきゃ、俺とは対峙出来ないって? とんだ臆病者だな。塔の天辺と言わず、ここでやっても良いんだぜ。わざわざ幻影で出て来ないで、さっさと降りて来いよ」

サンの発言から、奴は『ソーレ』と既に同一のものになってしまっているのかもしれない、とクーザンは思った。特徴的な訛りが入ったり外れたり、何だか統一感がない。

自分やホルセルは、まだどちらかと言えば「記憶を共有してはいるが、別人格の存在」といったところだ。ユキナやスウォアにはそもそも別人格はいないし、ユーサに至っては元から同一の人格だと本人が語っている。

だが、サンはそのどれとも同じであるとは言えない気がした。

(であれば、説得は無理だろうな。戦うしかないか)

二人のやり取りの間に思考していたクーザンは、柄を握る手に力を込める。

人型はそんな反応も予想通りだったようで、呆れたように溜息を吐く動作をした。

「阿呆。真打ちは最後って決まっとるやろ。首を長くして待ってるぜぇ? ディアナと一緒に、な」
「クーザン……!!」

挑発は失敗に終わったようだ。
ごぽ、と靄が波打ち、黒い化物が顔を出す。異空間から現れるそれに恐怖心を押さえ付け、それぞれ武器を構える。
だが、その現れた二体のラルウァの姿形にいち早く気が付いたクロスが、舌打ちし言った。

「貴様、わざと神の力をラルウァに与えたな」
「こうするのが手っ取り早かったからなー」
「……バハームト、リヴァイアサンか」

今までも、鳥を模したような体を持つラルウァはいた。が、こいつはそれと異なり黒い翼を羽ばたかせ、胴体を気怠げに揺らす。
大きさこそ違うが、それはまさにバハームトのフォルムそのもの。大きく唸りを上げ、こちら目掛けて突っ込んでくる。
もう一体は、ギレルノが呟いたようにリヴァイアサンだ。
ただし、二匹とも大きさはラルウァと同じ位か。だからと言って、神より弱いかと言えばそうではないだろう。

クーザンは突進を受け止めた。かなりの力に押され、すぐに力を余所に流す。受け流されたラルウァは勢いそのままに空中を走り抜け、ギロリと赤い目をクーザンに向ける。
剣を鞘に戻し、目を閉じた。
視覚を閉ざし聴覚を研ぎ澄まさせ、風の流れを読み取る。
ラルウァの気配が揺らぐ。
風の動きが遮蔽物によって変化し、その瞬間に剣を振り抜いた。

剣圧が衝撃波となり、それは襲いかかってきたラルウァの装甲を的確に抉る。
ダメージは与えているものの、やはり通常の魔物と比べると強靭である。倒すには、居合よりもっと威力のある攻撃をぶつけなければ厳しいだろう。
それに、クロスの発言通りだとしたら、このラルウァがバハームトの力をコピーしている可能性すらある。

「クーザン!! あたしは大丈夫だから!!」
「ユキナ!?」
「絶対、絶対負けたりしないんだから……! こんな奴の企みなんて、あたしが阻止してやるんだから!! ――むぐっ」
「ふん、うるせぇ奴」

捕らえられたユキナが叫ぶが、黒い靄が伸びて彼女の口を塞ぐ。
心底うるさい、といった感情を隠そうともせず、サンの声は面白くなさそうに呟いた。

「大事な大事なこいつを助けたいんなら、そいつ潰して上に上がってくるこった。じゃあな」
「ユキナ――!!!」

ラルウァに構わず、ユキナが囚われている黒い靄に突っ込むが、既にそこには何もなかった。まるで手品のように、そこに在ったはずのものが忽然と消えてしまった。
サンの形を模していた靄も消え、残ったのは神のかたちをしたラルウァのみ。

「くそっ、また……!!」
「とりあえずこいつらを仕留める! 考えるのは後だ!!」
「っ……!!」

翼を広げ地を蹴ったクロスに続き、頭を振ったクーザンも移動を始める。彼が囮役を買って出るなら、自分は止めの一撃を叩き込めばいい。
今は、今だけはまたユキナをあっさりと連れて行かれてしまった悔しさを押し込めねば。

ギレルノとホルセルにリヴァイアサンの形をしたラルウァを引きつけて貰い、まずはバハームトを模したそれを倒す。
普通のラルウァと同じように体重が重く、また羽根があるとはいえ知能を持たないそいつらが羽ばたける訳ではないようで、空に飛び立つ気配がないのは幸運だった。仮に飛ばれたら、クロス以外では倒すのに苦労するだろう。
とは言え、それがないとしても倒すのには骨が折れるはずだがリルがいるため、こちらに人員を割く事が出来ない。彼女を戦力として数えるのは、躊躇われる。

燕のように素早い動きで飛び回りながら連撃を繰り出すクロスに、ラルウァが払い落としをかける。だが、それを簡単に喰らう彼ではないのは承知済みだ。
難なくかわし、更に攻撃をしかけて行く。
剣を正面に構え、相手にとっては止まない連撃の隙を待つ。スウォアと同じくらい、いやそれ以上に攻撃と攻撃の感覚が短いので、逃せば時間は刻一刻と過ぎていく。

――ここだ!

クロスが標的から少し離れたと脳が判断した瞬間には足を踏み出し、クーザンは少しふらついているラルウァの間合いに入る。
奴らにとっては唯一とも言える弱点の、どんよりと濁った紅い眼めがけ、渾身の力で振り抜いた。

気持ち悪い悲鳴を上げるラルウァは、その態勢のまま体が霧散し、跡形もなく消える。
こいつを撃破出来た事により、こいつらは神の力を完全には与えられていない確信を得た。精々存続に必要な程度だろう。霧散した《月の力 フォルノ》を見たクロスが怪訝そうに眉を顰めるが、それを問う暇はない。次だ、と二人の方へ向かう。

「ユニコーン!」
「うぉらっ!!!」

ツーバンディッドソードを思う存分振り回すホルセルの攻撃の隙を埋めるように、ギレルノが呼び出したユニコーンの光線が放たれる。サイズ的にはそう恐れるものではない、リヴァイアサンのかたちをしたラルウァは、その攻撃で動作を中断され低く唸る。

「ホルセル! 俺が止めを刺すから、壁役頼んだ!」
「了解!!」

バハームトのそれと異なり素早さ的には劣るものの、こちらは胴体の長さによるリーチがある。怒り狂った敵の尾が地面に叩きつけられ、砂埃が立った。
ユキナに治療してもらったが、ホルセルもまだ万全ではない。いつもなら難なくこなす攻撃も、僅かではあるが動作が遅く、それで生じた隙をクロスが埋めてくれている。

攻撃を引きつけたホルセルの影から飛び出し、先程と同じ流れで赤い目を潰す。ぴがああああぁ、と気持ち悪い雄叫びを上げながら、リヴァイアサンの形をしたラルウァは体を霧散させた。

安全を確認し、そのまま時計塔の中へと駆け出そうとする。
が、それは叶わなかった。すれ違ったギレルノが、クーザンの腕を掴んで引き止めたからだ。

「放せよ! ユキナが」
「落ち着け。ソーレの目的は、別のところにある。ルナサスが殺される可能性は低い」
「何を根拠に!?」
「言っていただろう、ディアナと一緒にお前が来るのを待っている、と」
「だからこうして、」
「クーザンひとりで突っ込んだら、遺跡の二の舞いだって。忘れた訳じゃないだろ?」

三人から口々に正論と過去体験からの反省点を言われ、ぐ、と黙り込む。クーザン以外の四人は「あ、ちゃんと分かってるんだ」と言いたげな表情を浮かべたが、声には出さなかった。

「ルナサスが連れて行かれたとなれば、早々に中に乗り込まないと奴が何をするか分かったものじゃない。だが、他の面子を放っておく訳にもいかないな」
「特別空間、って言ってたよな。何だそれ?」
「大方、俺が歌姫の滝で使ったのと同じものだろう。だが先程のラルウァを見た感じでは、あれより大掛かりな仕掛けを施している。俺達の視界に入らないのもそれだ」
「へ?」

クロスが言うには、先程の神を模したラルウァ二体は能力の割に、内包していた《月の力》が異常に強かったらしい。
説明を受け、三人は歌姫の滝で戦った時のことを思い出す。正体を現したセクウィが、呼び寄せた四人以外の侵入を拒む結界を張り剣を交わらせたのは、記憶に新しい。
だが、それなら彼らの姿が、隔離された空間の向こうに見えなければおかしいと言うのだ。

「俺が使ったのは、別に異空間に切り離すとかそういう類ではない。だから然程力を必要としなかったし、維持も容易だった。だが、奴の言う『特別空間』は、恐らく相手を異空間に飛ばすようなものだ。相当な力を使っているだろうな。それを補うために、あの二体のラルウァがいたのかもしれん」

それならば、維持するためには容易に倒されないようにする必要があり、神の力を少しばかり与えたのにも頷ける、とクロスは説明を締め括った。
成程、とギレルノが納得し、結論が合っているかを問う。

「目的は、《月の力》の集積か?」
「だろうな。だがこうして始末したので、捕まったメンバー次第では脱出も可能だ」
「どうやって抜け出すんだ?」
「それは、」
「中から大きなエネルギーで空間を攻撃して、破壊する。そしたら、どんなに非力な集団でも破壊出来るわよ」

背後から聞こえた声に反射的に振り向き、その姿を確認する。
建物の成れの果てだろう、瓦礫の上に立つ女性は、こちらを見下ろしていた。

「お前!」
「貴様は……奴らの仲間の」
「この先には行かせないわよ」

見覚えがあり過ぎる人物に、少しは鎮火していたクーザンの怒りが戻ってくる。対面したことがないため反応しなかったホルセルとギレルノが、即座に警戒を強めた。

彼女もまた数匹のラルウァとゴーレムを引き連れていて、問わずとも本気具合が見て取れた。なかなか進めないことに苛立ちを覚えながら、クーザンが納刀していた剣の柄に手をかける。

「ソーレの計画はね、もう既に最終段階なの。邪魔はさせないし、手加減もしてあげないわ」
「計画だと?」
「察しはつくでしょう。でも、もう止められないし教えてあげる。絆されて役目を放棄した世界の監視者の代わりに、この腐り切った醜い大陸を――果ては世界を潰す事よ」

クーザンの問い掛けの答えに、ほとんど名指しされたクロスが黙り込む。本来ならそれは、彼が行うべき事だったからだ。
それを執行せず味方についた神の代わりに、《輝陽 シャイン》曰く『腐りきった醜い大陸』を消し去ろうとしているのだろう。
あちらには、サン――いや、ソーレがいる。セクウィと比べどの程度の力があるのかは未知数だが、同じ神である以上、力ずくでひとつの大陸を滅ぼすことなど容易なのかもしれない。

「アタシももう、こんな世界とおさらば出来ると思ったら嬉しくて仕方ないわ。本当に、長かった……。全部、壊れてしまえば良いのよ。ねぇ?」
「そんなの、駄目に決まって――」

反論しようとしたクーザンの台詞を掻き消すように、一際大きな轟音が周囲に轟く。
全員が肩を跳ねさせ、音源であろう方角を見る。
そこには、さっきまで何もなかったはずだ。はずなのだが、今はまるで窓に亀裂が入ったかのような模様が宙に浮かんでいた。

「今度はなんだ!?」
「……いくら何でも、早くないか?」
「え? クロス、あれ」

次々に訪れる事態にクーザンが苛立ったように吼え、キセラから目を離さないようそちらを見やる。眉をしかめて呟くクロスは至って冷静で、その台詞にホルセルは意味を問いかけようとし、だが結局それは不要になった。

宙の亀裂が明滅したと思った瞬間、そこから人が現れたからだ。
きゃああぁ、やらうおあぁ、やら悲鳴を伴いながら吐き出された者達が地面に投げ出され、やがてその亀裂は消滅した。乱暴過ぎやしないか、と誰もが思ったが、実際に声にする者はいない。

緋色の髪を揺らしながら、いち早く起き上がった少女がキョロキョロと周囲を見渡し、「あ! 出れました!」と叫ぶ。
見間違うはずもない、彼女はリレスで、共に吐き出された中にユーサもいる。クーザン達と別れた最後の一部隊であり、サンの言う『特別空間』に招待――もとい、拉致されたと思われていたメンバーだった。