ジャスティフォーカスの面々が交戦を始めた頃、クーザン達はダラトスク地下にあるという通路の扉の前にいた。
ダラトスクは王族の住む国である為、周辺の敵除け対策も、他国に比べ強固に固められている。
その一つ――侵入し辛い城下町は、細い道と道が入り組んでいて、とても進軍出来るものではない。
そこで使うのが、王族が有事の際に使えるよう建設されたという、緊急時の避難通路だ。大型の移動手段でも通れるよう、通路の幅と高さは広い。
この大人数での進行に便利な通路で、複雑な住宅街を避けて移動するのだ。クーザン達が入ってきたゲートは元々時計塔に一番近く、そしてその割り当てを指定したのはユーサ。何かしらの意図はあるものと、思った方が良いかもしれない。
「元々何代か前の奴が造ったものだが、近々お嬢はここを国民に緊急時の避難通路として開放する算段だったらしい。間に合わなかったけどな」
いつもの口調だが、そこに滲むのは荒々しい怒気。魔物に遭遇すればあっさりと葬り去ってしまいそうな勢いだが、生憎ここは、魔物が入り込んでいなかった。
「ジャック。この先は、どうなっているんだ?」
「王族様が使い切るには多過ぎる馬車の格納庫が、道中にある。そこを過ぎれば、階段で時計塔に一番近い広場に出られる」
「となると、割と重要な機密事項だな。事が終われば、口にしただけで首切りものだ」
「マジかよ」
ジャックの説明に、ライが怖い事を納得したように言った。体をぶるりと震わせたセレウグが、顔を顰める。
だが、それだけでは済まなかった。
「では、次は何故そんな機密事項ものの通路に、賊が侵入しているのかを本人共に聞こうか」
「そうだな」
そう言うと、ライとジャック二人は揃って通路の分岐点に視線を投げた。何の事だろう、と問いかける間も無く、そこから人が現れる。
緩やかなウェーブがかかった金髪の、長銃を携えた女性。
その脇に控える、巨漢の男。
間違いない――バトルトーナメント予選で交戦した、ノイモントの二人だ。
さっぱり気配が読めなかったクーザンは、内心舌打ちをする。
長い髪を一撫でし、女性――ラニティが微笑む。
「……誘い込むつもりが、逆に誘い出されちゃうなんてね? なかなか侮れない坊やね」
「会いたかったぜ、ノイモントの連中様よ」
「光栄ね、貴方のような貴族様に捜されていたなんて。でもごめんなさい、私達は今忙しいの」
「人が必死に守ろうとしている町を爆破したり、自分の気に入らない人間を陥れるのにか?」
「あら」
驚いた、と言いたげに口元を手で覆い、首を傾げる。そういった仕草が様になる所だけは、ユキナに見習って欲しいものだ。
「意外ね。貴方って、どちらかと言えば私達の立場ではなくて?」
「さぁなぁ。ただ、テメェらは気にくわねぇかな」
ラニティの“私達の立場”という発言は、普通の人間に言っても大した効果はない。その相手が、彼女らのように王族に反感を持っているとは限らないからだ。
つまり、彼女らはジャックが何者か、分かっている。その上での発言だ。
だが生憎、彼は普通ではない普通にも、当てはまらない。
犬歯を剥き出しにして笑うと、ジャックはがしゃりと戦爪を構えた。目が笑っていないのが、逆に不気味である。
「クーザン、セーレ。お前らは行け。足止めされてる場合じゃねぇだろ」
「……任せて良いんだな?」
「その為に来たようなもんだ。後で追い付くから、行け。――近衛隊B班は、ザルクダ達の援護に回れ!」
「俺も残るぞ。番犬だけでは、心許ないからな」
「ライ、ジャックを頼んだよー」
そう言いながら隣に立つライさんに、犬じゃねぇ、と小さな声で呟くジャック。
ザルクダはひらひら手を振り、笑顔でそんな事を言う。
「……また、後で」
「おう」
ラニティと対峙する彼らに背を向け、駆け出す。
自分から言い出したんだ、無事じゃなかったら許してやらない――そんな事を思っている自分に気が付いて、クーザンは一人でに苦笑していた。
しばらく走ると、広く明るい空間に出る。
明るいのは照明ではなく、ここが吹き抜けになっていて夕焼けの淡い光が差し込んでいるからだろう。その光のお陰で、ここに何があるのかは簡単に判断がついた。
「馬車置き場ってのは、これだねー。という事は、あと少しかな?」
「だろうな」
ならば、足を止めている場合ではないだろう。勢いそのままに、走ってはいないが心持ち早歩きで歩を進める。
と、ふとユキナが後ろを気にしているのに気が付いて、声をかける。
「どうした? ユキナ」
「ん、えっと……ジャック達、大丈夫かなって……」
ほんの少し。
ほんの、少し、僅かに反応してしまったが、これは決して俺は悪くない――そう言い聞かせながら、クーザンはそうだな、と返す。
ジャックとユキナはそれなりに仲良くしているようだし、心配してもおかしくはない。おかしくはないのだが、と自分に言い聞かせる。
「大丈夫だよー、ライもいるからね。それより、進むのが先でしょう?」
「……はい!」
ザルクダの言葉で、ユキナは本来の目的を思い出したようだ。
大きく頷き、先へと進む。
そしてようやく、出口が見えた。
もう随分使われていないのか、腐りかけた木の扉の閂を外す。
ギイイィ、と音を響かせながら外に向けて押すと、聞いていた通り、良く本などで見かける広場がそこにあった。
すぐ近くには、時計塔。目的地だ。
ただし――そこは、本来色とりどりの煉瓦を敷き詰められた憩いの場の姿をなくし、見渡す限り灰色の何かに覆われている。
「!」
むくむくむく、とその灰色の何かが蠢く。しかも、そこ一箇所だけじゃない。灰色の何かのあらゆる地点で、その現象が起こっている。
それは瞬く間に人の背丈程の高さになると、まるで粘土の内側に仕込んでいた絵の具が滲み出すかのように、色味が付く。
出来上がったのは――人形。生気のない、人。
尋常ではない数の人形が、こちらを見、ニヤリと嗤う。ユキナがひ、と体を震わせた。
「ゴーレム! しかも、数が多い……!」
「まさか……」
セレウグとザルクダは直ぐに察したのか、周囲を見渡す。
すると、いた。
「レムレス!」
「やぁ、セレウグ。に、ザルクダもいるのか」
少し離れた、広場の街灯に器用に腰掛けているのは、己の姉――ではない、姉だった。
記憶そのままの笑顔を浮かべているのに、そこから感じるのは慈愛ではなく、狂気。くすくす、と底知れぬ笑みを、こちらに向けていた。
「……姉さん……!」
「おや? ああ、キミが噂の、この娘の弟か。悪いね、姉さんはボクが殺」
「ザナリアは死んでねぇよ! 嘘を言い振らすんじゃねぇよ、テメェ!」
話には聞いていたとはいえ、クーザンが実際にこうなった姉と対面するのは初めてだ。突き付けられた現実に、動揺するなと言うのがおかしい。
言下させぬまま口を挟まれたのが気に食わなかったのか、むっとした表情でセレウグを睨むリスカ。それすらも姉そのものであり、どうしても本人ではないのだ、と確信を持てない。
「信じるのは勝手だけど。じゃあ、やってみなよ? ボクを倒して、彼女が戻るかどうか」
「言われなくとも、ボク達の仲間は返して貰うさ。レムレス――いやリスカ、キミは倒してね」
「当然だろ」
ザルクダがサーベルを抜き、セレウグが腕を鳴らす。
心底面白くなさそうな表情でこちらを見下ろすリスカだが、ふ、とほくそ笑んだ。その笑みと似たようなものを知っている者は、まだ何かを隠している、と身構える。
「そうそう。今回は、キミ達の為に特別にゲストを呼んだんだ。気に入ってくれるかな?」
言いながら、パチン、と乾いた音を鳴らす。
と、彼女の直ぐ下の灰色が先程と同じように蠢き出し、山になる。異なるのは、周囲に並ぶ傀儡よりも一回り大きい事か。
それが人の形を成し、色付き、その過程でクーザンはえ、と声を洩らす。
冗談だろ、止めろ、何をしているんだ。
叫ぼうとしても、体は既に恐怖で固まってしまっている。
「う、嘘……」
ユキナも、セレウグも、ザルクダも気が付いたらしい。それが何を――何者を象っているのか。
誰かが、緊張からかゴクリと唾を呑み込んだ。
やがて、それははっきりと形を成した。
くたびれた外套を羽織った上からでも分かる、かなり鍛えられた体。
背中に背負うように存在するのは、クーザンよりも巨大であろう剣。
森の深さを思い出させる、深緑色の短髪。
何人たりとも逃さず屠らんと、剣呑に揺らぐ翡翠の瞳――。
「……父、さん……」
見間違うはずがない。
確かにその人は、その巨漢は、クーザンの――殺されたはずの父親、グローリー=シャイターン=ブレイヴだった。
グローリーの傀儡はゆっくりと背中の巨大剣を引き抜き、無言のまま構える。そこに人間らしい表情など、ひとつとして見受けられない。
「テメェ、何て事を……!」
「気に入ってくれたみたいだねぇ? 大変だったんだ、キセラがくれた彼の戦闘データを、忠実に再現するのはさぁ」
くすくす、くすくす。
怒りを露わにするセレウグの言葉にも、リスカは動じない。くすくす笑う笑みが、やけに耳に残る。
彼女がどんな戦い方をするのか、クーザンは仲間から聞いた事しか分からない。が、敵でも味方でも、召喚師というものは厄介なものだ。
相応の魔力を消費しさえすれば、自軍の数を容易に増やせる。そして倒されれば、力の許す限りまた召喚出来るのだ。
これまで戦って来たゴーレムの元々の召喚師はリスカだと、ユーサやギレルノが推測していたが、間違いではないらしい。その魔力は、恐らくそう簡単に尽きる事はないと思われる。
つまり、グローリーの傀儡は、倒さない限り自分達の脅威であり続ける。
「ほらほら、戦わないと殺されちゃうよ?」
「――っ!!」
セレウグとユキナに襲いかかって来たグローリーの傀儡の巨大剣を、クーザンがクラヴィスで受け止める。衝撃で、脊髄に電気が走ったように痺れを感じた。
剣の重量、それにかかる重力、傀儡自身の力が載せられた剣は、己の体重よりも遥かに重い。こんなものを何回も受け止めていたら、剣はおろか自身も持たない。
「クーザンっ!!」
競り合いは押し負ける。瞬時に判断したクーザンは、巨大剣の力の向きを逸らすと同時に体を右に動かした。
受け止めるものがなくなった巨大剣は、地面に向かって落下――しない。
信じられぬ事だが、グローリーは腕力だけで巨大剣を支え、つんのめる事なく体勢を元に戻したのだ。何処までも闇を映す双眸が、クーザンをギロリと睨み付けた。
どうする。どうすれば。どうしたら。
自身の持つ全てを思い浮かべ、分析し、何かないかと考える。
しかし、相手は今までに対峙した事も、ましてや本気で戦った事もない自分の父親だ。打てる手が思いついたとしても、そこから先が想像が出来ない。いや出来たとしても、良い結果になるのが思い浮かばない。
ならば、その結果を生み出せるよう動くしかない。そうだ、まずは――。
「セーレ兄さん。俺は大丈夫だから、姉さんを」
「無茶だ! いくらお前でも、グローリーさんを模した相手に一人だと」
「姉さんをどうにかしないと、父さんへの援護が止まない。ゴーレムの増殖を止めるのが先だよ。父さんは俺が押さえておくから、お願いだ」
敵は、リスカにグローリーの傀儡、そして無限とも言えるゴーレム達。
これらを倒すには、まず敵の数を減らすのが先だ。そして、ゴーレムの無限増殖を止めるには、リスカをどうにかしなければならない。
それならば、誰か一人がグローリーと対峙し、他の数名でリスカを先に行動不能にする。地轢の巨大剣という超重量級が相手になるならば、片手で剣を扱うザルクダは重量に耐えられないし、セレウグでは身を守る手段がない。不利とは言え、消去法で自分が相手になるしかないのだ。
やれるのか。
いや――やるしかない。
「……オーケー。クーザン君、申し訳ないけどしばらく耐えてくれ」
先にその結論に至ったのか、それとも何かを感じ取ったのか。ザルクダは、近衛隊にゴーレムとの交戦の指示を飛ばす。セレウグは最後まで躊躇っていたようだが、直ぐに戻る、と言い残しその場を離れた。
と、体中から力が溢れてくるような感覚を覚える。
チラリと視線を飛ばすと、ユキナが何らかの魔法――恐らく補助魔法――を使ったらしく、胸元に手を当てた格好で大きく頷いた。
どうせ、止めたってやるんでしょ?とでも言いたげな呆れ顔で。
無謀なのは分かっている。だが、これは『挑まなければならない戦い』という奴なのだと思う。
それと同時に、クーザンの中に一種の喜びがあったのも確かだ。
「まさか、こんな形で約束を果たすチャンスが来るなんてな……」
――いつか、俺がつくった剣で、お前が親父さんを倒すんだ。絶対だぞ!
遠い、遠い日の約束。
一生叶わないと思っていたが、今己の手にはウィンタが鍛えた剣があり、目の前にはグローリーそのものである傀儡がいる。偶然――いや、これこそが運命という奴なのだろうか?
流れる汗を、右手で拭う。
「――よし」
チャキ、と剣を鳴らし、クーザンは駆け出した。
剣と言っても、一概に全て同じだとは言えない。
大きく分けるならば、クーザンの片手剣、クロスの短剣、ホルセルの大剣に分かれる。それぞれ重量も異なり、故に攻撃力や機動力にも深く関係してくる。
グローリーのツーハンディッドソードは、剣の名が示すように、両手で持たなければ振るう事さえ難しい剣だ。ホルセルの大剣よりも重く、攻撃力が高い。
正直、自分の片手剣でも耐えられるか分からない。
競り合いではまず負ける。
なら、剣戟は受け流して――
「うわっ!?」
思考時間は数秒だったにも関わらず、クーザンが気が付いた時には、既にグローリーが距離を詰めていた。
振り抜かれた巨大剣を寸での所で躱し、追撃を剣で弾き返す。ギィン、と音と衝撃が、剣の中で響く。
「クーザン!」
「隠れてろ!」
叫んだユキナに、短く指示を飛ばす。
守りながら勝てる相手ではない、と説明する余裕もなかったが、彼女が肯定し、走り出す音が耳に届いた。
剣を弾き体勢を崩す手は、大振りな武器を扱う相手には有用なはずである。偽物だと分かってはいるが、我が父親ながらとんだ強さだと再確認しただけに終わり、クーザンは頭を抱えた。
避けるのが確実なら回避、無理なら攻撃を逸らし、隙を見て反撃しかないな。
それすらも全力でなければ無理な気がするが、他に方法が思い付かない。
グローリーが動く。
巨大剣のリーチスレスレを全力で走り抜け、家々に向かって加速する。
おあつらえ向きに存在した階段を、一段飛ばしで登っていく。
が、その間大人しくしてくれる相手などいない。
相手が、ターゲットである自分が登る階段から少し離れた場所で、巨大剣を構えた。げ、と冷や汗が流れる。それは、見覚えのある構えだった。
――ヒュ、バキャア!
巨大剣から繰り出された衝撃波は恐るべきスピードでクーザンのいる階段に向かい、いとも簡単に破壊した。
支えを失った階段は重力に従い、メキメキ音を立てながら崩れ始める。
だが、クーザンは既にそこにはいなかった。
予定より低い位置だが手摺を乗り越え、宙に身を躍らせる。衝撃波を撃ったままの体勢のグローリー目がけ、自分も同じ技を放った。剣が震え、風を切る。
防御されずに数発は掠ったようだが、大したダメージにはなっていない。着地と同時に剣に手を添え掲げ、直後凄まじい重さがかけられた。
「――っ……!!」
一番重い衝撃に、脊髄までもが悲鳴を上げる。
抜け出さねば、と柄を握る右手を突き出す。同時に同方向へと転がり、飛び上がるように起き上がった。
グローリーの傀儡は、下方向へ向けていた力を突然他方に流された事により、流石に隙が出来る。しかも、抜け出した方とは逆へつんのめる事になるので、クーザンは比較的安全に体勢を整えられた。
コンマ一秒の好機は逃さない。
腕を狙い、逆袈裟を繰り出す。巨大剣を落とさせるのが、狙い。
しかし、それも読まれていたらしく防御された。掲げられた腕に装着した手甲が、クーザンの剣の刃を阻んだ。
「くそっ……!」
思わず口に出る、悪態。
競り合いはまず負ける、上空からは駄目、武器を振り払っての戦闘不能も厳しい、正攻法も難しい。
どうしろと言うんだ。
たった数回剣を合わせただけだと言うのに、腕も脊髄もビリビリ痺れを感じている。
だけど――勝ちたい。
ウィンタは、約束を果たした。
次は、俺が成し遂げる絶好の機会なのだ。
本物でないのが残念だが――クーザンは、剣を構えた。
「勝負だ、父さん……!」
偽物の父親は、ただただ無言でその言葉を受け止めていた。