第85話 集まる力

「サマさん……何故此処に?」
「うん。ちょっと、呼ばれたような気がしてね」
 そこにいたのは、ウィンタと似た風貌をした青年――彼の兄、サマだった。背筋に嫌な汗が流れるのを感じながら、クーザンは問う。
 仕方なかったとは言え、ウィンタを殺したのは間違いなく自分だ。罵りに来たのか、責めに来たのか、或いは……。
 だが、彼が詳しい理由を口にするよりも早く、開口した者がいた。
「貴様は……!」
「やぁ、懐かしい顔だね。元気にしてたかい? セクウィ」
「元気も何もあるか。貴様、一体今の今まで何処をふらついて……ああそうか、クーザンの親友の兄が貴様となれば、そういう事か。全く」
 クロスは驚き、そしてその回転の速い思考で直ぐに答えに至ったらしい。
 クーザンや、他の面々は目を白黒させていた。ホワイトタウンでは別行動していた彼とサマは初対面のはず。ましてや、一連の騒動の外にいる者が、何故クロスのその名を知っているのか。
 そんな疑問をぶつけたのは、いち早く驚愕から立ち直ったホルセルだった。
「おい、クロス。説明しろよ、どういう事なんだ?」
「……今からソイツが話すだろう。正直、聞いて気持ちのいいものではないと思うがな」
 あくまで推測の域を出ない自分よりも、直接本人から聞け。そういう事だろう。そうやってバトンを渡されたサマに視線が集中するが、彼は物怖じする事もなく言った。
「まぁ、先ずは自己紹介か。俺は、サマ=ケニスト――いや、精霊ヴァルです」
「精霊……!?」
 何でもない事のように自己紹介されるが、それはクーザン達にとって衝撃の何者でもない。精霊と言えば、歌姫の滝で会ったアイラのような人間離れした姿をしているものだと思っていたのが大半だろう。だが、サマはどう見ても人間にしか見えない。
「うん、精霊。この通り、人間として生きてるけども」
 手をヒラヒラさせ、自分達と何の変わりもない姿を示す。
「とは言っても、セクウィみたいに蘇った訳じゃないよ。どちらかと言えば、アイラと同じかな。こう見えて、九百年近く生きてます」
「九百!?」
「ドッペルより上なんだ……」
 これまでたくさんの『あり得ない』『信じられない』話を聞き続けて来たが、耐性が付く訳もなく、皆声を揃え驚愕の声を上げる。ユーサと契約しているドッペルゲンガーが、確か八百年。まさに、クロスとは違い真の意味での生き証人だ。
 しかしそこに、
「……待ってください」
と、声が上がる。その声は、クーザンだ。青い顔をして片手を軽く上げ、発言権を求めている。
彼が何を言おうとしているのか、その場にいる者達は直ぐに察し、耳を傾けた。
「あなたが精霊なら、あいつは……ウィンタは」
「……先にも言った通り、長く生きた精霊は時に強大な力を得る。人の目を欺く力、理を破る力、直接的な攻撃力」
 やはりか――と、その場にいる皆も、サマも思った事だろう。
 シャインの手にかかり、クーザンの手によって命を絶たれた、彼の大切な幼馴染の少年。その兄が精霊であるなら――彼は?
 サマはふぅ、と一息吐き、その問いに答えた。
「ウィンタも、精霊だったんだよ。彼自身にあった月に纏わる記憶は、全て俺が消してしまったけれど……人間として、生を与える為に。俺が彼に課した役目は、君を守る事。でも彼は、それを甘んじて受け入れた」
「何で……」
「君は、覚えているか分からないけども……ウィンタは、君に助けられた恩があるんだと言っていたよ。遠い、遠い昔に」
 クーザンは、顔を俯かせた。声は既に震え、両手は自身の力で皮膚を傷つけそうな程に握り込んでいる。
「まだ小さな、生まれたばかりだった精霊を助けてくれた、ノウィングの人間に礼がしたい。だから、その時の記憶が消えたとしても構わない。あの人を、守りたいって。だから、俺はその精霊の記憶を封じ、人間として生きる為の力を与えた。……まさか、ああやって利用されてしまうとは思ってなかったけど」
「あなたは……あなたは、ウィンタが殺されて怒らないんですか? 殺した奴が目の前にいるのに、何とも思わないんですか!?」
 クーザンが、激昂しサマの胸倉を掴む。淡々と紡がれる親友の話に、我慢の限界だったのだろう。
 しかし、その怒りをぶつける先は間違っている。誰がどう見ても、八つ当たりというものだった。親友を助けるどころか手にかけたと言うのに、その兄は彼の事を無感情に語る。身内の事になると周りが見えなくなる所があるクーザンだが、今のこの様子は尋常ではなかった。
 だがサマは、そこで笑う。穏やかな笑みを浮かべ、ぽん、とクーザンの頭に手を置く。
「昔から、手のかかる精霊だった。言いつけは守らないし、寝坊はするし、無茶はするし。でも、決めた事をやり通すだけの決意は本物だと知っていたから、俺は彼に任せた。人間で言う自慢出来る弟って、こういう事を言うんだと思っていたよ。でも、君も知っているだろう? ラルウァにされてしまった者は、」
「……魂まで縛り付けられ、殺されるまで人を襲い続ける」
 クロスに、ユーサに口煩く言われ続けた――いや、カイルの時から知っていた。そんな事は、嫌という程分かっていた。でも、そんな問題ではないのだ。そんな問題では――。
「うん。だから、俺は君を責めたりはしない。弟を解放してくれて、ありがとう」
 許す、という行為は、簡単に出来るものではない。庇護の対象に弟のような存在を殺され、それでも笑顔を浮かべているサマ。それが直ぐには出来なかったから、実姉を殺されたレンはギレルノを捜し、仇を取ろうとしていた。
 或いは――クーザンは、これを恐れていたのだろう。彼の意志でないとはいえ、ウィンタの両親から彼を奪い、あまつさえ命まで奪ってしまったのだ。両親、そして兄であるサマに責められても、仕方のない行いをしてしまった。
 それなのに、彼はありがとう、と告げた。助けてくれて、ありがとう、と。クーザンはサマを解放し、二歩三歩退くと、
「……すみません、でした」
か細い声で、そう答えた。

   ■   ■   ■

 時計塔、と呼ばれる、ダラトスクの高い建物。作業用の、見た目的にも頼りない足場以外には数個のバルコニーしかないそこのひとつ。キセラは、そこからダラトスクの光景を見下ろし、同時に一枚の羊皮紙を視界に入れていた。
 半ラルウァである彼女は、この程度の高さならある程度国の様子を観察するのは不可能ではない。流石に細かい事までは分からないが、様子を窺う位なら支障はない。
 手にする羊皮紙には文字が書かれている。大分古びたその紙は、年季の長さを感じさせた。国からは、時折建物が破壊される音が届く。そちらを見やれば、国を徘徊するラルウァ共が蠢いている。人間は――見えない。
「ノイモントの動向は?」
 不意にかけられた声。この場所で聞くのは珍しい、氷のような声だ。誰なのか振り返らずとも判断し、国に目を向けたままキセラは答える。
「外にうじゃうじゃ……とはいかないけど、いるわよ。城の方に向かっているみたいね」
「そうですか。なら、好都合ですね」
 相手――ゼルフィルも、バルコニーの手摺の側に歩み寄り眼下を見下ろす。丁度そのタイミングで、爆発音が轟いた。
「彼らを迎える準備をしてあげましょう。見慣れているはずのこの国が、恐怖と混沌を生み出す死の世界となるように」
「……ふふ。アンタも大概よね」
「お互い様でしょう? ……それに、時間もないですし。サンは、もうギリギリの状態を保ったままです」
「アイツが事切れる前に、ね。分かってるわよ」
 手持ち無沙汰な両手は、自然と手にしている羊皮紙を弄り出す。半分に谷折り、左右をそれに合わせ斜めに山折り。ごく簡単な、紙飛行機の出来上がり。
「アタシだって、そろそろこんな糞みたいな世界にはうんざりだもの」
「もう少しの辛抱ですよ。……ところで、その紙は?」
 コイツ、余計な事に気が付いてくれやがって。内心そんな暴言を吐きつつ、キセラは紙飛行機を構える。狙いは、特に定まっていない。
「何でもない、記憶の欠片よ。今から捨てるところ」
 ひゅ、と風を切り、羊皮紙の紙飛行機は彼女の手から放たれた。タイミング良く吹き付けた風が、どこまでも運んで行ってくれるのを信じて。あんな下らなく、幾度も吐き捨てた記憶も、紙飛行機に共に乗せ――見送った。

   ■   ■   ■

「それで、少なからずお礼をしたいと思ってね」
 サマはゴソゴソと着衣の裾を触りながら、そんな事を言った。
「お礼……?」
「グラディウスの代わり、探しているんでしょう? 俺は一応、≪遺産≫の制作を任されていた身でね。流石に、同じものをつくる時間はないけど」
 ゆったりとしたローブの裾に隠されていたのは、一振りの剣。片手剣より少々大きめではあるが、片手でも十分に持つ事の出来るもの。だが、それに特別な何かがあるとはとても思えない、普通の剣である。
 だが、それが普通のありふれた剣ではないと分かる者が、この場に一人だけいた。
「あっ!? それ、ウィンタが打ってた剣!」
 その一人であるホルセルは、サマの持つ剣を指差し言った。あの刀身の輝きは、あの時――ピォウドでウィンタの仕事を見学させて貰った時に見たものより洗練されているものの、間違いない。
 誰も知らないだろうと思っていたのだろう、サマはホルセルのその発言に目を丸くしたが、すぐに微笑んで頷いた。
「そう。モーガンさんに預けられていたのを、無理を言って預かって来たんだ。これと……ユキナちゃんが持ってるかな? グラディウスの核。宝石みたいな、緑色の石なんだけど」
「石……」
 グラディウスの、宝石のような石。それだけで直ぐ気が付いたのだろう、ユキナはワンピースの腰ポケットに手を突っ込み、目的のものを引っ張り出す。
「これ?」
「それそれ。良かった、なかったらどうしようかと思っていたんだ」
 クーザンが倒れ、グラディウスが折れた時。何故か、この宝石だけは守らなければ――そう直感のままに必死で拾い上げたのは、間違いなかったらしい。差し出された手にそれを乗せ、少し名残惜しそうに退がる。
 きらきら輝くそれを軽く仰ぎ見るサマに、クロスは怪訝な顔で問いかけた。
「それで何とかなるのか?」
「何とかするよ。出発は明日だっけ? 朝までには間に合わせるよ。素材は良いからね、出来ない事はないと思う」
「……ありがとう、ございます」
「礼には及ばないよ。これで勝てるようになる訳じゃない。俺が手助け出来るのはここまで、後は君達次第だ」
 サマの発言にその通りだ、と頷く。遺産が手に入るからと言って、それで敵に勝てた訳ではない。あくまで、敵と同じ土俵によじ登れるだけなのだ。
 そこで、サマがふ、と笑みを消し表情を消す。
「俺もセクウィも、本来なら世界の動きに干渉すべきではないんだよ。怖いこわーい、罰が下っちゃうからね」
「罰……って」
「そうだなぁ。永久に消されるとか、この世界から追放とか、そんな感じ」
 それを聞いた一同は、当然ながらクロスの方に視線を向ける。彼には、リカーンで遭遇してから――色々あったものの――ずっと、自分達の戦力として共に戦い、助けられてきた。サマの手助けよりも、もっとずっと深く。彼がいなければ、今自分達がここにいたかどうかさえも分からない程に。
 だがそれは、正体が神である彼にとって禁忌、らしい。それなのに――?
 余計な事を、と言いたげにサマに一瞥をくれ、クロスは溜息を吐く。
「……気にするな。別に、この世界や自分の有り様に、後悔がある訳でもないからな。俺がしたくてやっている事だから、それでどうなろうとお前達を責めるつもりはない」
 否定ではなく、そうなる事を受け入れていると取れる台詞。つまり、彼自身もその罰の事を知っていて、それを承知で――。
「それよりも、明日だ。各自、万全な状態で戦いに臨めるよう、十分に休息を取っておけ」
 もうこの話は終わりとでも言うように、クロスは視線を皆から背けた。扉を潜り、そこから姿を消す。誰も引き止める事はせず、未だ衝撃から抜け出せないでいる。
 分かっている。分かっているのだ。明日は《輝陽 シャイン》との最終決戦。そこに、余計な事情を引き摺る訳にはいかない。いかない、からこそ――クーザンは、部屋を飛び出した。
「待てよ!」
 割り当てられた部屋に向かうその背中に、クーザンは声を投げ掛ける。振り向く前から、誰なのか分かっていたのだろう――或いは、誰かしら追いかけてくると予想していたのか。彼は然程驚く事もなく振り向くと、相変わらずの不機嫌そうな表情を向けた。
「何だ。俺は今から、明日の作戦を考え――」
「さっきの、サマさんが言った事……本当なのか?」
 用意していたであろう台詞を遮り、疑問ではなく確認を口にする。返ってきた返事は、無言の肯定。
「自分の存在が消されるかもしれないってのに、何で俺達を助けてんだよ!! そりゃ、お前がいないと俺達はどうなってたか分からないけど……でも、いつだって手を退く事は出来ただろ、クロスなら! 自分を犠牲にしてまでやらなくても良かっただろ!? それとも何だ、ホルセル達が嫌いで逃げたかったからなのか!?」
「馬鹿を言うな」
 即答。全て言われ終えてから口を開こうとしていたようだが、クロスもクーザンの最後の一言を言下せぬ内に言った。
 廊下の窓の向こうには、ソルクの家々の灯りが見えた。それに目をやりながら、クロスは一つ咳をして続ける。
「……この世界に居座るのは、心地が良いからだ。数多の灯火が、飽きる事なく眺められる」
 何処かで聞いたような気がしたが、果たして何処だっただろうか。首を傾げつつも、クロスの言葉を待つ。
「本当なら、歌姫の滝の前で、あの時点でお前達を倒さなければならなかった。世界を統べる神の代弁者として存在するなら、それが正しい行動だ」
「じゃあ何で」
「約束……いや、償いだ。俺はあの時も、手を出すべきではないと、お前に嫌な役目をさせてしまった。だから、だろうな」
『次に逢う時は、友として……貴様に力を貸そう。それが、俺に出来る全てだ』
 クロスと同じ声が、頭の中でそう言った。ああ、確かに聞いた。彼はとても悲しそうに笑い、俺に手を差し伸べていた。遠い、遠い記憶だ。あまりに朧げなものだから、全く思い出せなかったのだろうか?
「俺は神の代弁者としてではなく、器の――ジャスティフォーカスのクロス=セイノアとして存在する事に決めていた。たとえ、自分が消えようとも」
「やめろよ。俺に、そんな価値はない……クロスが命を賭ける程、大それた人間じゃねぇ!!」
 クーザン自身は、もうどうしようもないところまで来てしまっていると分かっていても、クロスに言わずにはいられなかった。どうしようもなく弱く、どうしようもなく自分勝手な自分を助けたばかりに、彼の生命が危ぶまれる事に怒りと――若干の申し訳なさで。
 クロスは目を瞬かせる。そして、何時ものように自分を諌める辛辣な言葉を――発さなかった。代わりに、彼は肩を震わせて口元を歪める。笑っている、のだろうか? あのクロスが?
「? な、何だよ」
「いや、すまん。あまりにも変わらんと思っただけだ」
 身構えていたクーザンは拍子抜けし、問う。返って来た答えに主語はなかった。
「あの時も、お前はそう言って拒んだ。だからこそ、今また言わせて貰う。――お前の価値は、お前が決めるものではない。俺がそうしたいと思ったから、そうするだけだ」
 クーザンにとっての自分が無価値でも、クロスにとっては命を賭けるだけの価値がある。それは、クーザンにとってのウィンタと似たようなものなのかもしれない。
 どちらにせよ、クーザンが何を言おうと、クロスは自身の意見を曲げないだろう。それが、彼なのだから。
「……あまり、落胆させるな。俺はこうなる運命を、もうずっと昔から受け入れている。せめて、信じて良かったと……思わせてくれ」
「クロス……」
「では、俺は行くぞ」
 クーザンは、もう声をかける事が出来なかった。クロスの意志も固く、そう簡単に覆す事は出来ない。それが分かったからこそ、引き止めても無駄だと悟ったのだ。
「……ほんと、助けられてばっかりだな。俺は」
 彼が廊下の向こうへと消えた後、クーザンはぽつりと呟き黒髪を掻いた。

   ■   ■   ■

 翌日――。クーザンは、ソルクのイーストゲート前にいた。
 周囲には、これから行動を共にするジャスティフォーカスの構成員と、数人の仲間がいる。広いダラトスクを、五百はいるであろう人数で行動していては相手に居場所を教えるようなものだ。そこで、ゲートの数である三つの部隊に分かれ、更に先行する少数部隊と、ゴーレムや下っ端を殲滅する部隊に分かれる事になった。突入は、ダラトスクのそれぞれのゲートに部隊が揃うであろう、明日の夕刻。
 三部隊のそれぞれには、ラルウァが強襲する事も考慮し二人は遺産持ちが割り当てられた。クーザンは、ユキナと。ユーサは、スウォアと。クロスは、ホルセルと。それにより、自然と何処に誰がサポートに付くかは決まった。クーザンと行動を共にするのは、セレウグとジャック、ザルクダ一派だ。
 辿り着く場所は、誰もが同じ――サンが、ソーレ達が根城とする場所。そこで、落ち合う手筈になっている。
「はい、お待たせ」
 集合前に、僅かに与えられた時間。動く気にはなれず、ようやく白け始めた朝の空を見上げていると、声をかけられた。
 振り向けば、サマが手に一振りの鞘に入った剣を自分に向け差し出している。本当に、何とかしてしまったらしい。
「間に合ったよ。急拵えとはいえ、グラディウスに匹敵する素晴らしい剣である事は保証する。これは、君とウィンタの絆が生み出した逸品だ」
「ありがとうございます。これで――」
 だが、クーザンが剣を受け取ろうと手を伸ばすと、ひょいとその手を避けた。怪訝な顔で彼に視線を向けると、柔和な笑顔はそのままに開口する。
「……正直、俺は迷っているんだ。ウィンタが命を賭けて守った君を、戦場に送り出して良いのか」
「何を……」
「ウィンタの事を思うのなら、ここは君を止めるべきなのではないか。危険から遠ざけ、静かに守るべきではないのか――そう考えるんだよ」
 単なる意地悪ではない。クーザンが剣を受け取れば、もう戻れない。後は、輝陽を倒す為に戦うだけなのだ。それはつまり、ウィンタの願いと反するのではないか――サマは、それを危惧しているらしい。
「でも、だからと言って……君は、行くんだろう? 全てに決着をつける為。そして、彼女を守る為に」
 問いかけではなく、確信を持った確認。全て分かった上で、問いかけられているのだ。だから、クーザンは迷う事なく頷き、言う。
「サマさん。確かに、俺はウィンタが守ってくれた命を、失うかもしれない。でも、俺は……約束を違える事もしたくないんです」
 幼い頃の、取り留めもない約束。そんな些細な事をしっかり記憶し、やり遂げて逝ったウィンタのその意志に、応えずに目を背けるなど、クーザンには出来ない。
「ディアナを、ユキナを守るという誓いと同じくらい、ウィンタと一緒に強くなるっていう約束も大事なんです。だから俺は、ウィンタがつくった剣で、ユキナを守ります。絶対に」
 だから、絶対にやり遂げてみせる。次に会えた時、彼に胸を張って応えられるように。
 クーザンの答えに、サマは肩を竦める。
「……うん。ま、予想通りだったかな」
 或いは、これは試練だったのかもしれないと思った。もしここでクーザンが間違った答えを出したなら、サマは絶対に剣を渡さなかっただろう。幻滅して、目の前で剣を破壊したかもしれない。
 そして、彼のこの「参ったなぁ」とでも聞こえてきそうな反応は、クーザンの答えが正解だったのを物語っている。その証拠に、今再び、目の前に剣を掲げられた。
「じゃあ、この剣は今から君のものだ。名前はないから、必要なら君が付けてあげると良いよ」
「俺、センス皆無なんですけど」
「俺が仕上げたとは言え、それは君とウィンタの剣だ。他人の剣に名前は付けられないよ」
 思わぬところでの試練に、クーザンは頭を捻る。思い出す限り、命名で良い思い出はない。しかしその時ばかりは、ひとつの音が脳裏に浮かび上がった。ただの閃きか、天啓か。それは、分からない。
「じゃあ……」
 それを口にすると、サマは一瞬驚き――また、笑顔を浮かべた。

   ■   ■   ■

「オレが演説とか出来る訳ないじゃん! ハヤトさん、無茶言わないでくれよ! 無理!!」
 そう涙目で言っていたホルセルが、今五百はいる部隊の目の前に立っている。
 出立の時。クーザン達は遂に、ラルウァや反国家、そしてソーレ達が待ち受ける巣窟へと向かうのだ。
「遠いとこまで来たものね」
 サエリの呟きに、全くその通りだ、と心の中で同意する。旅を始めた時には想像もつかなかった形で、これから討つべき敵と対峙するのだ。良くもこんな短い時間で、ここまで立場が変わったものだ。彼女は物理的な意味で言ったかもしれないが。
 ユキナがゼルフィルに連れられ、それを追いかけて、リレスやサエリと共にトルシアーナを発った。
 リカーンでホルセルと再会し、クロスと手を組み。
 立ち寄ったアラナンの碑の前で、セレウグと再会し。
 ルナデーア遺跡ではリルやアーク、レッドンと合流し、自分が何者なのか理解した。
 ユーサやドッペル、イオスといった協力者にも恵まれた。
 突入したジャスティフォーカス本部からギレルノも参入し、ホワイトタウンでスウォアが敵を裏切り。
 リダミニータとジャックという、大陸の強靭な後ろ盾も得た。
 後は、ハヤトやザルクダ、そして皆と協力し、敵を討つのみだ。
「え、ええと、オレは偉そうには言えないけど」
 これまでの旅路に意識を向けている内に、ハヤトにせっつかれたであろうホルセルが登壇していた。可哀想な程に緊張し、身を縮こませている。
「おらホルセル、シャキッとしろシャキッと。男だろ」
「ハヤトさんの鬼……!!」
「しゃあねぇ。じゃあ一言で良いから、激励してやれ」
「一言……」
 呆れてレベルを下げてくれたハヤトに、ホルセルは必死で何を言うべきか考えている。やがて、決まったのか顔を上げた。
「死なないでください。皆で揃って、勝って帰りましょう。オレからは、それだけです」
「かしこまらんで良いぞ。やり直し」
 まさかのやり直しに、思わず噴き出す。なかなか厳しい人である。
 あまりのプレッシャーに押し潰されそうなホルセルは、だがヤケクソとばかりに口を開いた。
「死ぬな!! 皆で、笑って帰ってくるぞ!!!」
 朝焼けの空に、大勢の声が響く。最後の戦いの始まりを、世界に知らせるかのように――。