第81話 サヨナラは言わない

 少し前。詳しく言うなら、セレウグがラルウァの凶刃に倒れた頃。
「お嬢!」
大混乱になったコロシアムを眼下に佇むリダミニータに駆け寄り、俺は怒鳴るように声をかけた。相手は目を見開き、俺の方を見る。
「ジャック!」
「逃げるぞ! もうバトルトーナメントどころじゃねぇ、早く!」
「で、でも……!」
 お嬢は、躊躇うようにコロシアムの方を一瞥する。恐らく、いや間違いなく『彼ら』を見捨てて行くべきなのかと迷っているのだ。
 だがここにいれば、ラルウァに襲われるのは時間の問題。悪いが、主人の安全を第一にしなければならない俺の立場を優先させて貰うべく、何か言うよりも先に行動に移る。持ち前の素早さを生かし即座にお嬢の傍に立ち、左腕を膝に添え持ち上げる。「ひゃう!?」と悲鳴を上げるお嬢の背中を右腕で受け止め、抱き上げた。多分二十秒位の行動だろう。
 そして、周囲に立っているメイドや近衛隊の奴らに告げる。
「お嬢は俺が安全な所に連れて行く! B隊は俺のサポートに、A隊とC隊は脱出路の確保! 良いな!」
「承りました!」
「ジャック、姫様を頼みますわ!」
 手短な指示にも関わらずすぐさま了解の意が返り、俺は頷くと事前に確認していた避難経路目掛け走る。後ろからB隊の足音も聞こえるので、ちゃんとついて来ている。
「ジャック、下ろして下さいませ! 私も走ります!」
「馬鹿言うな、ドレスじゃ上手く走れねーだろ。大人しく抱えられとけ」
「で、でも……」
 顔を真っ赤にして訴えるお嬢を半分無視し、ふと思った。
 バトルトーナメントは、間違いなく中止になり今後数年は自粛する事になるだろう。そうなれば、お嬢――リダミニータが民衆の前に現れる機会は皆無になる。という事は、あいつらが謁見に来る機会がなくなってしまう。お嬢は会うと言うだろうが、世間がそれを簡単に許してくれない。
 俺は足を止め、怪訝そうにそれに倣ったB隊の一人に歩み寄った。彼はいかにもといった風体の甲冑を着込み、己の生命線である剣を腰に吊るしている。その割には顔は幼く見え、知らなければ俺より年下に見られるに違いない。
「レイリ。頼みがある」
「はっ、何用でしょうか」
「これはとても危険な頼みだ。嫌なら断ってくれて構わない。現在ラルウァと交戦中の者の中に、クーザンっつー子供がいる。そいつに、伝言を伝えてくれ」
「それは、つまり……」
 青年――レイリが言葉を詰まらせたのも、無理はない。戦場に残り、完遂出来るか分からない頼みを聞いて欲しい、と俺は言ったのだから。
 ラルウァに対抗出来る手段を持たない彼が、あの戦乱の中生き残れる可能性は低い。仮に生き残ったとしても、伝言を頼む相手が生きていなければその頼みをこなす事も出来ない。だからこそ、前置きに「断っても構わない」と言ったのだ。
 お嬢は俺の意図に気が付いたのだろう、ただ沈黙し成り行きを見守っている。
「それに、気になるんだろ。元上司が」
「! ……分かりました。このレイリ=ハイント、必ずや伝令を果たしてみせます」
「あぁ、頼んだ。伝言は――」

   ■   ■   ■

 気が付けば、俺は何故か懐かしさを覚える場所に立っていた。
 そこは木造の建物の中で、正面に大きな黒板と教壇がある。教壇の上には乱雑に置かれた教科書と、色とりどりのチョークが入った箱。背後の壁には、取り付けられているコルク板に学年のお知らせやら行事予定やら、そんな感じの情報が書かれたプリントが所狭しと画鋲で留められていた。
そして、規則正しく並べられた机と椅子のセットが、四×七の二十八個。
 懐古の念を抱く訳だ。ここは、もう記憶からも大分消えてしまったのだが、ウィンタと通っていたあの教室だった。
 生徒はいないようで、教室の中は俺一人。何となく、俺は自分の席を探す。窓際の、後ろから二番目。そこが個人的には一番気に入っていて、定位置だった。そして、ウィンタは――
「懐かしいなー、ここ」
 まず耳と、そして目を疑った。俺の席から左前のそこに、さっきまではいなかったはずの、海の色をした髪の少年が座っていたからだ。
 くるり、と顔をこちらに向ける。やはり、見間違う事なく自分が信頼した――そして先程この手で殺したはずの、幼馴染だった。刺した時の感触と罪悪感を思い出し、俺は視線を逸らす。それを察したのだろう、彼はケタケタ笑って言った。
「そんな顔すんなって。殺せって言ったのは俺なんだしさ」
「……ウィンタ」
 俺が彼の名を呼んだその時、バーン!と喧しい音を立ててドアが開かれた。もう見なくても、誰だか分かる……と言うか、お前はいちいち騒音を立てないと出て来れないのかと若干文句を心の中で呟く。
「……やっぱり……」
 そいつは俺とウィンタが並んで座っているのを見て、安心したような顔を浮かべた。俺と同じようにこの空間で目を覚ましたものの、誰もいない事に慌ててこの教室まで来たのだろう。
「おーユキナ。早かったな」
「――ウィンタ……!!」
 軽く手を挙げ応じるウィンタの姿に、奴――ユキナは顔をくしゃくしゃにして机を避けるのももどかしそうに駆け出す。手を伸ばせば届く距離に来るなり、飛びつくように彼に抱き付いた。
「ばか……バカバカバカ!! ウィンタまで、勝手に遠くに行かないでよ……!」
「……わり。でも、手遅れだったんだ。お前らに言うには、遅過ぎたよ」
 泣きながら発された罵声に、だがウィンタは本当に申し訳なさそうに謝罪し、ユキナの頭を撫でる。その手つきが本当に優しそうで、そのせいだろう、彼女は嗚咽を漏らし始める。それを宥めながら、ウィンタは視線を俺に向けた。
「な、クーザン。俺達、ずっと親友だよな?」
 こいつはこんな時に何を聞くんだ、と口にしかけたが、それを言葉にする事は出来なかった。リスクがあるとはいえ、ウィンタが生きる可能性を捨て殺す事を選んだ俺は――果たして、まだ彼の親友と言えるのだろうか? もう、彼の視線と合わせる事さえ躊躇ってしまうと言うのに。
「……俺、は……」
 ――お前と、ずっと親友でいたい。
 その一言を口にするのが、怖かった。目の前のウィンタが実は偽者で、殺した奴が何を言っているんだ、と襲いかかってくるのではないか。或いは、「俺はもう親友だとは思っちゃいねぇよ」といった類の台詞が返って来るのではないか。
 俺が答えられずにいると、ウィンタは何故か困ったように笑みを浮かべ、口を開く。
「サンキューな」
 何に対する礼なのか、それを考えるより先に俺は言葉を発していた。そうせずには、いられなかった。
「俺……俺は、」
「馬鹿、気にすんなって。お前は正しい事をやった。胸を張ってろよ」
「ウィンタ……やだ、消えちゃやだ……!」
 その声に、俺はウィンタの身体が消えかかっている事に気が付く。少し違うが、それがラルウァが消える時と同じ現象だとは直ぐに分かった。ウィンタは錯乱するユキナの腕をゆっくり外し、ガタン、と椅子から腰を上げる。
 そっぽを向けていた俺の視界に入り、無理矢理視線を合わせさせられ、しっかり聞いておけよ、と少し怒ったような口調で前置きした。
「お前ら二人がいたから、俺は満足出来る人生を生きる事が出来たんだぜ。まぁ、こんな形で終わるなんてちっと不服だけど」
「……ごめん。ごめん……」
 そこで、俺自身が築いてきた何かが壊れた。必死に堪えていた涙は堰切ったように溢れ出し、ついに零れた一粒を追いかけるかの如く次々と溢れ出す。未来に輝いていた彼の人生を閉ざしてしまった事が、今になって取り返しのつかない後悔として心を傷付ける。何て事をしてしまったのか、と。
 泣き出した俺達に、やれやれと肩を竦めるウィンタ。暫し考えた後、俺とユキナの顔を自身の両肩に伏せさせ、子供をあやすようにポンポン、と背中を叩く。
「……俺な、お前らと親友で良かったって思ってる。こんな最高な親友、何処捜したってお前らだけだよ」
 耳の直ぐ近くで聞こえるウィンタの声は、本当に満足そうに穏やかだった。
「だから、そんなに泣くな。俺は幸せだったからさ。ありがとな、二人共」
 その言葉を聞いて、ユキナの声は更に大きくなる。やだよ、やだよとぐずり、絶対離さないと言わんばかりにウィンタの体にしがみついているのが分かる。かくいう俺も、それで願いが叶う事なら全力でそうしたかった。
 だが、皮肉にもそれを拒んだのは彼自身だった。ウィンタは俺達を(主にユキナを)無理矢理引き剥がし、宙を仰ぐ。もう、その時には彼の足先はほとんど消えかかっていた。
「時間だな。……もし良ければ、兄貴にもよろしく言っといてくれ」
「分かった……伝えに行くよ。――ウィンタ、今まで……ありがとう」
 涙は止まらない。でも、旅立つ幼馴染の心に残される最後の俺の顔が泣き顔なのは、もっと嫌だ。だから、俺は精一杯の笑顔を浮かべ、手を彼に向けた。
 俺の意図する所を悟ったのだろう、ウィンタはニヤリと笑み、パァンと俺と自分の手を打ち付ける。
「あぁ、元気でな。クーザン、ユキナ」
「あたし、ウィンタの事絶対忘れない! ウィンタの分まで生きて、また会った時には聞き飽きるまで話をしてやるからね!」
「はは、楽しみにしてんぜ。――じゃな」
 彼は、ユキナが現れた扉とは逆のそれを潜った。それまで泣いていたユキナの声を背中に受け、軽く手を挙げる。さよなら、とは言わない所が、本当に彼らしい。
 そして、その扉は静かに閉められた。

   ■   ■   ■

 全てが、ゆっくりだった。深々と突き刺さったグラディウスをそのままに、ラルウァの体は光を纏い小さくなる。色が戻ったそこには、大切な幼馴染の姿があった。
 彼はうっすら目を開け、俺の姿を認めると、僅かに微笑む。――ありがとな、親友。確かにそう言うと彼は再び瞼を下ろし、俺が受け止める間もないまま光の中に消えていった。咄嗟に出した両腕が、行き場もなく滞空する。
 何処からか、パキィと乾いた音が響く。
「――うわああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 俺は、喉が潰れる事さえ厭わず絶叫。そこで、クーザンの意識は途絶えた。

 光が止み、現れた光景は誰もが目を疑った。
 ラルウァの体が光に包まれたのは、それが“本来の姿”に戻る為であり――止めを刺したクーザンの目の前で、ウィンタが微笑みながら消えて行ったのだから。その光景を見るのは二回目のハヤトは、戦闘中であるにも関わらず目を伏せ呟いた。
「……二度も、見たくはなかったな」
 主語のない言葉が、耳を通る。某然と立って見ていたホルセルは、それとは違う突然響いてきた声に我に返った。
『おい、俺と代われ!』
 それは、自分と似ているようで僅かに低い青年の声。切羽詰まったように叫ぶ声は、テレパシーか何か――いや、頭から直接響いてきているかのようだった。
「お前、もしかして……」
『説明してたら奴が逃げるぞ! 良いから代われ!』
 ホルセルは一つの推測を口にしようとしたが、即座に黙らせられた。声の言う「奴」が誰なのかは、幾ら頭の弱い自分でも分かる。従うべきかどうか一瞬迷ったが、行動力の遅い自分よりはマシだろうと目を瞑る。
「何かしやがったら許さねーからな!」
『悪いようにはしねーよ、それだけは約束してやる!』
 直後、ホルセルの周囲を風が通った。否、風が起きた、だろうか。異変を感じ取ったのか、ハヤトが「ホルセル?」と問いかけるものの、無視して地面を蹴る。風と一体化した素早さで、マフラーを靡かせながら移動した先にはサンがいた。
「!」
「待てよ、クソガキ」
 光で判断力が鈍っていたスウォアの脇腹を狙おうとしていた彼の喉元にスティレットを突きつけ、牽制。サンは動きを止め、ホルセルを睨みつける。
「チッ……龍か」
「これ以上はやらせねーよ。オメー、はしゃぎ過ぎだ」
 深海の蒼で憎たらしい相手の瞳を睨み返したその時、コロシアムに残っていた二体のラルウァが唸りながら消えて行った。これで、サンは孤立した事になる。
「ヴィエント! 貴様」
「ちょっと黙っとけ。俺はなぁ、コイツをぶっ殺したくてしょうがねーんだよ。あん時蛇を汚染させたのは、コイツなんだからな」
 すっ飛んで来たらしいクロスが予想通り突っかかってくるが、今は相手している暇はない。
「カイルを絶望させる為に、ディアナを――そして蛇も利用した。蛇が暴れていれば俺や鳥が動かずにはいられねぇ……その隙に、ディアナをラルウァ化させたんだろ」
「何の話……」
「この期に及んで誤魔化すとかないぜ? なぁ、ソーレ」
 グッ、とサンの首の肌にスティレットの刃が食い込む。一筋の血が流れるが、それを痛がる様子も見せない。サンは、ただホルセルの――ヴィエントの話を、睨みつけながら聞いているだけだった。

 ほんの二、三分、誰もが言葉を発さずただ沈黙が続いた頃。何処からか、だが確かに低い地鳴り音が聞こえて来た。その音は徐々に大きくなって行き――突然、大きな揺れを伴って明確に響く。まるで、大陸全土が揺れているかのような規模だ。
「何だ!?」
「じ、地震……!?」
「っ、コラ、テメー……!」
 その場の人々が不安に駆られる中、ヴィエントの慌てたような声で弾かれたようにそちらを見やる。揺れのせいで狙いが外れてしまったのだろう、彼のスティレットから逃れたサンが羽根も無しに宙を駆け上がった。紛れもなく、普通の人間には真似出来ない芸当である。
「あんさんら、ホンマ命拾いしたな。――期は熟した。愚かな民衆共、これからオレらがこの大陸の統治者になるんを大人しく見てろや」
 それは、確かにサンの声だ。だが、彼のだけではない。いつかも聞いた異なる声が、その台詞に合わせるようにして聞こえてくる。
『皆死ねばええんや。こんな腐った世界、ぶっ壊してやるよ』
 今までに聞いた事のない、激しい憎悪に満ちた声と瞳。それを向けられれば、誰一人として動こうと思う者はいるはずがなかった。

   ■   ■   ■

 悪夢のような出来事があったピォウドでは、壊滅的な被害を受けた事で、住人やバトルトーナメント参加者達が避難を余儀なくされた。勿論ユキナ達も例外ではなく、ジャスティフォーカス構成員に促されるようにしてピォウドを後にする。
 再建には、時間がかかるだろう――ハヤトはそう溜息を吐く。
 彼やカナイを初めとしたジャスティフォーカス構成員もまた、街に住人が残っていない事を確認するとひとまず避難する事になっていた。避難先は、広大な国土と豊かな鉱山を持つ国――ソルク。
「まさか、あんな事になってしまうなんてね」
 サエリが沈痛な面持ちで口を開き、レッドンやアークもまた声には出さないが同意の視線を返す。
 彼らがいるのは、ソルクに続く街道から少し逸れた荒野。最初から少なくない人数だったユキナ達一行は、ジャスティフォーカス構成員数名、楽団一行、ワールドガーディアン一行、そして少なからずとも交流を深めた数人を加えたお陰で結構な大所帯だ。恐らく部隊を組める人数はいるに違いない。
 現在、負傷した人間を治療出来る者は少し離れたテントで活動している。治療を受ける側のクーザンとセレウグ、そして主に交戦していたクロスやスウォアといったメンバーもそちらにいた。特に面会謝絶とまで言われてしまったクーザンとセレウグは、気心の知れたリレスやシアン、エネラが当たってくれている。アークは心配そうに、そのテントのほうへと頻りに視線を投げていた。
 一方ユキナはと言えば、手に翡翠色の丸い水晶のような宝石を大事そうに持ってぼうっとしていた。それは、クーザンの武器であったグラディウスの中央に嵌められていたもの。リルの言葉を借りるなら、「剣の力そのもの」らしい。砕け散ったグラディウスは、まるで持ち主の心を表すかのようにそれだけを残して消えてしまったのだ。
 信頼出来る人と想いを寄せる相手の怪我、そして大切な幼馴染の死。それらが一辺に降りかかれば、誰でも普通ではいられないだろう。あまり交友関係を持っていなかったサエリでさえ、今回の件を思い出す度、心が痛むのだから。今のユキナは、心のない人形のようになっている。正直、どうしてやれば良いのかさえ分からない。
 ――結局、あの後サンには逃げられた。スウォアの移動魔法とは違う、それこそ神の力と思わざるを得ない方法であの場を去った彼を追う事は叶わなかった。
 自分達は、果たしてどうすれば良いのか。もう、訳が分からない。
「おいこら若者、そこで落ち込んでる暇があるなら体動かせ」
 そこに、ハヤトとザルクダが両手に薪を抱えて現れた。ハヤトはいつも通り口に煙草をくわえたまま、器用に行動を促される。乗り気ではなかったが、その有無を言わせぬ威圧に気圧され三人は立ち上がる。大所帯故に、薪をくべる量も尋常ではないのだ。
「ハヤトさん、そんな事言ってると本当に年寄りに見えるよ」
「……今のはどの口が言った? お前か?」
「僕は事実を述べたまでだよ。四人とも、今日は疲れただろうから先に休みなよ。見張りは僕が引き受けるからさ」
「そうはいかないわ。アンタ達だって、今日は……」
 サエリが反論して腰を上げようとすると、ザルクダが彼女の口元に人差し指を当て制する。
「当人達が良いって言っても、心は無理をしてるんだよ。僕達は慣れてるから、安心して任せなよ」
 今頑張ってる子達が戻って来たら、ちゃんと寝るように言っておくからさ、と。それは、とても説得力のある言葉だった。そう口にするザルクダの表情が、いつものにこやかな笑顔ではなく少し困ったようでもあったからだろう。
 言われてみれば、自分の体に溜まった疲労からくる眠気が尋常でない事に気が付く。アークも、レッドンさえもさっきから欠伸を頻発させているのだ。
 そうだ。今は、あれこれ考えても疲れるだけ。思いっきり寝て疲労を回復させ、明日またゆっくり考えれば良いのだ。ザルクダにお礼を言い、サエリはアーク達と共に確保した寝場所に移動する。
「……ユキナ、今日は寝ましょう」
 放っておいたらいつまでもそのままでいそうなユキナにそう声をかけるが、動こうとしない。サエリは仕方なく、彼女の腕を抱え無理矢理連れて行く事にした。抵抗するかと思ったが、予想とは違い大人しくついてくる彼女の姿に、今日の事が質の悪い夢であったなら良かったのに――そう思わざるを得なかった。