第79話 戦意喪失

 先生から渡された学校案内をマリノに渡してから、早一ヶ月。クーザンとザナリア、マリノは故郷を離れ、トルシアーナの郊外に建てられている一軒家に引っ越した。お金はグローリーがたまに送ってきてくれる分と、元々あった貯金で何とかなったとは、マリノの話で知った。
 状況を見れば、夜逃げに近かったのかもしれない。だが、あんな窮屈な思いをするよりはこれで良かった。心残りはあるが――。
「クーザン、本当に、ユキナちゃんとウィンタ君に挨拶して来なくて良かったの?」
 ザナリアが眉尻を下げ、クーザンに問いかける。そう、クーザンは二人に何の挨拶もなく姿を消した事になっているのだ。何故何も言わなかったのかと問われれば、自分でも分からない、としか答えられない。
 トルシアーナ魔導学校は、クーザンにとって初歩的な授業ばかり行っていた前の学校と違い、発見の連続だった。勿論その分標準成績は上がるのだが、そこは持ち前の器量で何とかクリアする事が出来た。
 ただ、引っ越して以降――心にぽっかりと空いた穴は、決して自然に埋まる事はなかった。新しいクラスでは、あまり人に関わらないよう常に一人。最初こそ興味津々に声をかけてきた同級生も跡を絶たなかったが、それも次第になくなり、最早教室の背景の一部と認識されているのだろう。
 授業は楽しい。だが、何かが足りない。それが何なのか、クーザンには分からなかった。

 その頃だっただろうか。ザナリアが、突然家に少年を連れてきた。彼はクーザンよりも四歳年上で、ぼさぼさした栗色の髪で片目を隠していた。右腕には包帯がぐるぐる巻かれ、顔色もそこまで良くはない印象だった。
 マリノも最初は驚いただろう、だが事情を聞くと納得し、少年を家に暫く置いていても良いと許可を出す。興味がない訳はなかったが、そこまでして他人に関わる事を避けていたクーザンは、自分から彼に関わろうとはしなかった。でも姉はそれを良しとせず、何時だったか彼とクーザンを無理矢理二人にした事があった。
 その時の事は、鮮明に思い出せる。何しろ、最初はお互い無言だったのだが、彼の書いていた文字に興味を持った事がきっかけで打ち解ける事が出来たのだから。
 そうやって信頼関係を築いていく内、クーザンは彼――セレウグに相談をした。確かあれは、何時ものように自分の歴史の教科書を彼に貸しながら話をしていた時の事だ。
 自分には幼馴染がいた事、彼らに何も言わずに故郷を去った事、それを思い出す度に辛くなる事。それらを言葉少なに話したクーザンにセレウグは口を挟まず聞いてくれた後、こう言ったのだ。
「オレは、幼馴染とかいないからはっきりとは分かんないけどさ……クーザンは、彼らに会えなくて『寂しい』んじゃないのかな」
「寂しい……?」
「あぁ、オレはそう思う。オレも、家族にはもう会えないだろ? それを、寂しいと思うからな」
「……ごめん」
「馬鹿、謝らなくて良いって」
 家に来たばかりの頃は表情が乏しかったセレウグが、苦笑しつつ答える。そうか、俺は寂しかったのか。クーザンはようやく得られた答えが、心に浸透して行くのが分かった。
「どうしたら……良いんだろう」
 そう自覚すればする程、会いたいと思うようになるのは何なのだろうか。クーザンはまだ十歳、自分一人では彼らを捜しに行けない。第一、故郷を黙って去った以上合わせる顔もないのだが。
 複雑な心境を察してくれたのか、セレウグはクーザンの黒髪をくしゃりと撫で再び答えた。
「クーザンがもうちょい大きくなったら、会いに行けば良いさ。オレもついて行ってやるよ」
「本当?」
「あぁ、約束だ」
 約束、という言葉に何かひっかかりを感じつつ、その言葉が嬉しかったのを覚えている。何時か、もう少し大人になってから二人に会って、その時は謝ろう。クーザンはそう心に決めた。

 そんな話をしていた翌月。クーザンのクラスに、転校生がやって来た。
 朝からやけに騒がしいな、とは思っていた。特にそう言った事には興味がないクーザンは大して気にも留めていなかったが、クラスメイト達はそうではないらしい。特にその転校生をちらりと見たという女子達は、本当にかっこいい男の子だったとか爽やかな笑顔だったとか、彼女はいるのだろうかと黄色い声を上げている。
 その空気を教師の怒号が斬り裂き、朝のホームルームは始められる。度胸のあるクラスメイトはそこで転校生の話を振っているが、クーザンは変わらず外を見ていた。
「えー、今日は転校生がいる。入ってこい」
 ガララ、とドアが開かれ、クラスメイトの声が大きくなる。興味がないとは言え、これから生活を共にする相手だ。顔と名前位は覚えておかないとな――そう思ったクーザンは、壇上に視線を移す。
 直後、盛大に音を鳴らして立ち上がった。クラスメイトが何だ何だと奇怪な視線をこちらに寄越しているが、そんな事は今気にならない。
「初めましてこんちわ! 田舎から自分探しの旅に出て来ました、ウィンタ=ケニストです!」
 ニカッと変わらない笑顔を浮かべ、初対面のウケを狙った挨拶をする彼は、記憶と全く違う事なくそこにいた。
 ホームルームが終われば、そのまま一限目の授業に移る為会話をする暇はない。クーザンは何が何だか分からないまま、教師の声を右から左へと受け流す。何故こんな所にいるのか、そもそもどうやって自分がここにいるのを知ったのか、偶然なのか――自分に与えられた情報でその答えが得られるはずもなく、結局休み時間まで落ち着く事が出来なかった。
 そして、一限目が終わった後の休み時間。普通なら、転校生にはクラスメイトからの質問攻めがあるだろう。その予想通り、授業が終わるなりウィンタの元に彼らが動くのが見えた。ホームルームで盛大に目立ってしまったが、自分が彼に話しかけられるのは次の休み時間だろう。そう判断し、クーザンは自分の席で過ごす事にした。
 予想外なのはウィンタの行動だった。彼は授業が終わるなり、クラスメイト達が近付いてくる前につかつかと歩く。向かっている先は見なくても分かる、自分の席だ。不穏な気配を感じたのか、クラスメイト達はウィンタに道を開ける。俯かれたままの表情は分からない。
 とうとう、彼が自分の机の前に立った――そう頭が判断した瞬間、左側の頬に衝撃を感じ自分の体が吹っ飛んだ。ガララララ!と後ろに続いていた机もなぎ倒し、背中を強くぶつける。一瞬死ぬんじゃないかとさえ思ったものだ、いろんな意味で。
 右手の拳を振りかざした格好で立っていたウィンタは、はぁーと息を吐き顔を上げる。そこには先程の人当たりの良い笑顔はなく、クーザン自身も見た事のない彼の『怒り』の表情だった。
「久し振りだなぁ、クーザン? 会えて嬉しいぜ」
「う、ウィンタ、何でここが……」
 口調とは真逆の、今にも飛びかかって来そうな威圧感に気圧されつつ、クーザンは顔を引き攣らせ問いかける。殴られた頬だけではなく全身が痛いが、そんな事を気にしている場合ではない。
「先生を問い詰めて、お前がこの学校に転校した可能性が高いって踏んでな? まぁ親には反対されたけど、無視して転校して来た」
「な、何で」
「何で? 決まってるじゃないか、どっかの馬鹿が俺達に黙って飛び出して行っちまったから、追いかけて来たんだよ。どっかの馬鹿がどの馬鹿か、流石にお前でも分かるよなぁ……?」
 丁度その時、ドアが勢いよく開いた音が教室に響いた。騒ぎを聞きつけた教師が駆け付けたのかと思ったが、そうではない。
「クーザン! 見つけた――!!」
「ゆ、ユキナ……!!?」
 自分は夢を見ているんじゃないだろうか。そうと錯覚しかねない状況を、クーザンは今体験していた。
 彼女も真っ先にクーザンの元に歩み寄り、未だ痛みが引かない左頬目掛け最大威力の平手打ちがかまされる。後にクラスメイトは、「こっちが痛くなる位の良い音だった」と語った。
 立て続けにダメージを食らった頬を押さえていると、今度はウィンタがクーザンの胸倉を掴んで無理矢理立たす。もうこれ以上騒ぎを起こすなよ、と言ったところで聞く二人じゃないだろうなとぼんやり思いながら、されるがままになった。
「何で俺達に相談もなしにいなくなったのか、納得出来る理由をくれなきゃもう一回お見舞いするぜ」
「……っ」
「あんたがいなくなったあの日から、あたし達あんたの行き先死ぬ程捜したんだからね。それ位はしてくれなきゃ、気が済まないんだから」
 それはもう尋問だろうが、と突っ込む余裕さえない。クラスメイト達は、どうリアクションして良いのか分からず固まっている。不機嫌極まりない二人に睨まれ、クーザンはやっとの思いで一言だけ絞り出した。
「……巻き込みたく、なかったんだよ」
 一瞬の静寂。
「…………ユキナ、もう一発ずつ行こうか」
「そうね、ウィンタ」
「何でだよ!? 大体お前ら、何でわざわざ転校してまで俺を追いかけて来たんだよ!?」
 もうやけくそだった。訳が分からないまま殴られ、追い詰められ、精神的に駄目だったのかもしれない。だがクーザンの勢いに怯まないどころか、その上を行く怒号をウィンタは放った。
「分かんねーか!? 親友だからに決まってんだろうが!」
「あたし達悲しかったんだからね!? 所詮その程度の友達だったんだって、悔しくて、だから、一発殴ってやろうって、ここまで来た、んだから!」
 横から同じように叫ぶユキナに至っては、感情が昂ぶり過ぎて大きな瞳に涙を浮かべている。そんな姿の二人を見て、クーザンはようやく自分がやった事がどんなに彼らを傷付けたのかを、理解した。理解した瞬間、自分が次に言うべき言葉も把握していた。
「……ごめ、ん」
 自分でも本当に小さい声だと思う。が、今はそれが精一杯だった。
 その一言で満足したのか、ウィンタはぱっと手を離しようやく笑みを浮かべる。少し前までは当たり前のように見せてくれていた、その笑顔を。
「分かったなら良いさ。つー訳で、またこれからヨロシク」
「また逃げても、絶対追いかけるんだからね。覚悟してなさいよ、クーザン」
「……肝に命じておくよ」
 こうして、一度は自分の手によってなくしてしまおうとした絆。それをよしとしなかった二人が、元通りにしてくれた大切な繋がり。クーザンは、もう二度と彼らを裏切るまいと誓ったのだ。
 だからこそ、ユキナが間違った道を行くのを止めた。ウィンタが連れ去られた行方を、全力で捜し求めた。それなのに、運命とは何故こうも残酷なのか。
「(もう、駄目だ。俺は――戦えない)」
 暗闇へと堕ちて行く意識で、クーザンはぼんやりそう思った。もうこのまま、ウィンタに殺されるのも良いだろう。結果世界が滅びるのだとしても、もう自分には何の関係もない――。
「ばっかやろおおおぉぉ!!!」
「――っ!!?」
 暗闇の向こうから叫ぶような声が聞こえたかと思うと、左頬に強烈な衝撃が走った。多分歯の一本二本は取られる寸前だっただろう。
 強引に呼び戻された俺の意識は、自身の体がこれでもかと言う勢いで揺さぶられているのに気が付く。先程の声からして、誰なのかは簡単に予想がついた。脊髄を折られるのも困るので体に力を込め、うっすら目を開ける。
 予想通り、そこにはホルセルがいた。違ったのは、声とは裏腹に困ったような、怒ったような複雑な表情がそこにあった事位だ。
「起きろ!!! こんなとこで寝てる場合じゃないだろ、起きろクーザン!!!」
「……無理だ。俺は、ウィンタを殺せない……」
 やっとの思いで絞り出せた声は、本当に自分のものなのかと疑う程小さかった。立ち上がって、何になると言うのだ。ウィンタを殺すしかないなら、いっその事死んだ方がマシだ。
 だが、彼は尚も叫び続ける。立て、と叱咤を飛ばし続ける。
「お前がここで諦めたら、ウィンタはどうなる!? アイツは望んでもいないのにお前とユキナを殺して、それでも解放されずに他の人間も殺す事になる! そんなの、アイツが望むと思うかよ!?」
「じゃあ、殺せって言うのかよ! 俺に、ウィンタを……!」
「それがアイツの望みだろ!!!」
 自棄になって叫び返せば、それより上の声量で言い返される。
「ラルウァになったら云々はこの際無視だ! それ抜きにしたって、ウィンタは自分が他の人間を殺すのを嫌がってた! アイツが自分の意思で行動出来ない今、助けてやれるのはお前だけじゃねーのかよ!?」
 その時、クーザンは彼の目尻に涙が溜まっている事に気が付いた。アブコットで虐げられていた住人を助けられなかった自分に嫌悪し、塞ぎ込んでいたホルセルを思い出す。自分は無力だ、何も出来ない、と悉く打ち砕いたのは、彼の信じて来た正義。
 だが、彼は復活した。真実を見極める為に戦うと、言った。だからお前も立てよ――彼はそう言っている。
 ホルセルも、ウィンタを助けたくて仕方ないのだ。たった何度か会話を交わした相手とはいえ、昨日見た彼らはそれこそ長年の付き合いだったかのような雰囲気があったのだから。だけど、彼には出来ない。助けられない。
 肩に置かれた両手から、力が抜ける。それはそのまま、ホルセルの力ない言葉と共に地面に落ちた。
「なぁ、頼むよ……」
 顔は俯かれて、見えない。でも、俺はホルセルは泣いているのだと思った。
 そんな彼に寄り添うように、リルが立つ。震える背中に手を置き、だけど幼いながら凛とした視線は迷わず俺に向かっている。
「クーザンお兄ちゃん。もう、あのお兄ちゃんの声は聞こえないけど……」
 リルはそこで一旦言葉を切った。言おうかどうか逡巡しているのではなく、単に言いづらいだけなのだろう。
「殺したくないって……泣いてた」

 ウィンタだったラルウァが、今ここにいるそれの中では一番強力な存在のようで。決定打を与えられないセレウグは、徐々に溜まって行く疲労と焦りに、自分の不甲斐なさを痛感していた。
 今思えば、ウィンタからは妙な気の流れを何時も感じていた。数年前会った時にはなかったそれを、何故自分は気にしなかったのか。聞き出す事は幾らでも出来た。ああ見えて頑固な所があるウィンタだが、それでも聞き出す必要はあったのだ。敵に捕まり、助けた事で満足している暇などなかった。
 ラルウァの、通常より一回り大きい拳をひらりとかわす。すると、奴は咆哮し両腕を上げる。呼び出されたのは、鞭のようにしなる何本もの紐。振り下ろされたそれは、観覧席をいとも簡単に破壊し尽くす。それらを我武者羅に振り回し、セレウグや向こうに見えるユーサ、クロス達にも向けた。
 先ずは、あいつの怒りを自分に向けさせよう。セレウグはそう考え、自身の全ての力を使うつもりで拳を握り締めた。
「――《風断豪砕蹴》!」
 本来なら敵を浮かせて空中で攻撃を喰らわせるのだが、こんな馬鹿デカい敵を浮かせられるはずもない。なので、あらん限りの力を載せた痛恨の連打攻撃を、黒くて固い体に浴びせる。もちろん、奴らにその攻撃はあまり効かない。だが、注意を向けさせる事には成功した。
 考えなかった訳ではない。ラルウァに対抗する手段を、自分は持たない。ユーサ辺りなら行動を読んで動いてくれるのだろうが、その銃でもこいつを倒す手段にはなり得ないのだ。そして、防御する為の武器でもないし、盾なんてのも持っていない。
 黒い鞭が、怒り狂ったラルウァの感情をそのまま表したかのように飛んでくる。叫び声が聞こえたが、誰の物なのか分からない程の風を斬る音が耳に届く。防御はしなかった。全てを受けるつもりだった。
「頼りない兄貴分で、ごめんな」
 聞こえたかどうかは分からない。ラルウァは泣き叫ぶように重低音を轟かせ、セレウグの全身を鞭で貫いた。

   ■   ■   ■

 スロー再生される映写機のように、その光景はゆっくりだった。だがそれは映写された映像でもなく、歴とした現実。
 ――現実、なのだ。
「せーれえええええええぇぇぇぇ!!!」
 ラルウァの猛攻を凌いでいたユーサが、倒れた盟友の名を呼ぶ。赤に伏し動こうとしない体に、尚も攻撃を加えようとするラルウァ。助けに向かおうにも、彼にも凶悪な鞭は向かって来ているので無理だ。
 ギリィと唇を噛んだその一瞬、何かが横切った。大型なせいで動きが鈍いのを逆手に、蝙蝠の羽根を広げたクロスは攻撃を加えられる直前にセレウグを救出し、直ぐにリレスがいる戦線まで下がってくれたのだ。
「リレス!」
「は、はい!」
 セレウグを地上に下ろし短く呼ぶ声に、リレスも慌ててそちらに向かう。と、その横を走る影に気が付いた。
「リレスちゃん、だったよね? アタシも治療手伝う!」
「あたしもいるわ。一人で無茶してたら、また倒れるわよ?」
「エネラさん、姉さん!」
 ギレルノが身を寄せていたグループの仲間と、初日から居合わせていたリレスの姉。心強い味方に、リレスも驚きつつ頷く。
 到着するなり、クロスは再び前線に飛んで行った。一瞬見たが、彼も大なり小なり傷を負っている。それでも何も言わず、頼むとだけ言い残して行ってしまった。ラルウァを倒せる人物が抜けるのが戦力的に痛いのは分かっている、でもあれでは――。
 セレウグは、ハッキリ言って直ぐにでも治療を施さなければ死に至る程に酷かった。攻撃されたショックで気を失っているが、その表情は苦しげだ。三人は頷き合い、自身が使える治癒魔法をそれぞれ唱える。
「(どうにかしなければ、セレウグさんだけじゃない……今にも沢山の人が、怪我をしてしまう……)」
 魔法に集中しつつ、横目で前線を見やる。どうか、みんな無事でありますように――そう祈るように、リレスは目を閉じた。

「セクウィ! セーレは……!」
「分からん。だが、大分ダメージを受けていたから、復帰は不可能だろう」
 戻ってきたクロスに問いかけたユーサの答えは、出来れば一番欲しくなかったもの。言っている彼自身も、苦々しく眉間に皺を寄せているのだ。
 親しくしていたセレウグにさえ、瀕死の重傷を負わせたラルウァ。そこにもう、ウィンタという人間の意識はないのか。――いや。ない方が幸せなのだろう、この場合は。
「……セクウィ」
「分かっている。俺達で倒した方が、被害は最小限で済むだろう。だが――」
「彼の事を考えるなら、クーザン君かユキナちゃんがやらないといけない。……彼らが復活するまで、僕達で食い止められると思う? ううん、そもそも」
 言い淀むクロスに、ユーサは尚も口を挟む。
「戦線復帰出来ると、思う?」
「…………」
 沈黙は、彼もそう思っているという肯定に違いなかった。幼馴染をラルウァにされ、殺せと懇願され、今慕っていた人物でさえその幼馴染に傷付けられたのだ。そんな状態の彼に戦えと言うのは、流石のユーサでも無理だ。
「……だが、今はそうするしかないだろう」
「トキワとしてなら、ここは容赦なく潰す所だけど。――僕としては、倒せるチャンスが来てるなら倒しておこうって所かな」
「貴様は相変わらず物騒だな」
「君だって、だから覚醒しないんでしょ」
 さっさとセクウィになれば、空を司る神である彼もディアナやカイルのグラディウス並、いやそれ以上の《月の力 フォルノ》を操る力を持っているのだ。それで完全に倒す事が出来ない訳ではない。それでも覚醒していないのは――つまりは、そう言う事だ。
「……まぁいいや。今は、ここを押さえる事と自分の身を守る事に集中しようかな」
「そうだな」
 以前の自分なら、こうして敵を前にして仲間の復活を待つなんて非効率な手段は選ばなかっただろう。仲間の心を思いやる――一見弱みとも思われるそれを考えるようになったのは、恐らく。
「ま、でも……これは、本気出さないとヤバイよねぇ……」
 ユーサはポツリと呟き、クロスと共にラルウァに飛びかかって行った。